最終話:蒼銀の雫
月光に照らされた、オドアルの遺跡。
帝城が失われたオドアルの白亜の階段。
遺跡の全貌が見渡せるその場所に、二人は腰を下ろした。
「オドアルって、どんな街だったの?」
サラが、不意に質問を投げ掛ける。
ファルは、ゆっくりと思い出すように話し出した。
「アステリアの王都と、ルヴィエラが混ざったような街だな」
「なにそれ…落ち着かなそう」
サラが小さく笑う。
ファルも小さく笑いながら、オドアルの街だった遺跡を見下ろす。
「もう、あまり覚えていないんだ…」
「…いいよ。忘れちゃいなよ」
「そうだな…もう必要、ないもんな」
それでも、ファルの目はオドアルの遺跡を写している。
その目を、サラが覗き込む。
「寂しい?」
「いや…少しだけすっきりしたよ」
サラの目を写した黒い瞳。
そこに在るはずの、金の遠隔は、小さな光に成り下がっている。
「後悔はしてないの?」
「どうだったのかな…。分からないな」
ファルは自嘲気味に笑いながら、絡めたままの指を動かし、サラの指で遊ぶ。
「そっか。…私はね……後悔ばっかりだよ」
絡められたサラの左手の指が、小さく震えだし、声は小さくなる。
「知らなかった事も、知った事も…ファルと出会ったことも……」
激しく揺れる声。
沢山の雫が落ちるのに、サラの瞳はファルを捉えたまま離さない。
「一緒に旅したことも……今、ここにいることも!全部…全部!」
小さな叫び。
その叫びを抱き締めるように、サラの背中に暖かい腕が回された。
「こんな世界…大嫌いだよ!」
声が、大きく震えた。
サラの空いていた右手は、ファルの衣の上から、心臓に添えられる。
サラの唇が、小刻みに震え、言葉を遮ろうとする。
それでも、サラは止められない。
「温かいのに…ちゃんと生きてるのに……」
心臓に添えられた手が、衣を強く握る。
「なんで…なんでよ……」
衣を握った手を、ファルの胸を殴るように打ち付ける。
「…俺も同じだ」
ファルの瞳から、溢れた雫は、月光に照らされ、蒼銀に光る。
絡めた指を解き、互いの温もりを抱き締める。
「約束なんて…しなきゃ、よかった……」
「ああ」
「ファルのこと…嫌いになればよかった!」
「…そうだな」
サラの嗚咽が、静寂を殺し続ける。
月に雲が掛かり、影が二人を隠す。
「やだよ…こんなの、やだよ……」
「…ごめん、ごめんな」
痛いほど身体に絡む互いの腕。
それでも、足りない。
ただ、時間だけが過ぎた。
それでも――。
「約束…守らなきゃ…」
サラの瞳が、またファルの瞳を捉えた。
「サラ…俺を引き摺り出してくれて……ありがとう」
「…うん」
優しく紡がれる言葉。
その言葉に、また沢山の雫が溢れて行く。
「サラのお陰で…堕ちる事が……人で、居ることができた」
ファルの手が、雫で濡れたサラの頬を撫でる。
「生きたいと、思えた」
「……ぅん」
「一人じゃ、なくなった」
「ぅん……うんっ」
サラの呼吸は震え、頬に添えられた手に、雫が伝う。
「ファル…私、ファルを一人になんてしない」
「…ああ」
「永遠なんて、私が…終わらせてあげる」
ファルの背中に回されていたサラの右手は、また心臓に添えられ、左腕はファルの首に掛けられた。
「私は、大丈夫だよ。…これからも生きて、ちゃんと死ぬから……約束」
ファルが笑顔で返事を返す。
ファルの瞳に写るサラが、自分で触れられそうなほど近い。
サラは、雫で濡れた顔で、満面の笑みを作り出す。
「ファル……大好きだよ」
ゆっくりと、重ねられた唇。
ゆっくりと、失われる温もり。
冷たい。
返事はない。
分かっていた。
ファルの心臓だった場所に添えられていた手が、柔らかい石を砕いた。
目を開ければ、人の形をした水晶が、静かに佇んでいる。
サラの震える呼吸が、音を出す。
それは、次第に大きくなり、オドアルの遺跡を包んだ。
音が枯れても、小さな嗚咽は時を刻む。
冷たい水晶に、サラの手が添えられた。
「ファル…私、うそつきだから……」
ゆっくりと、水晶を撫でる手が、心臓だった場所で止まる。
「約束…守ってあげられないよ……ごめんね」
手に力を込めていく。
「だからね…違う約束、するね」
サラの蒼い瞳に、金の円環が浮かぶ。
「例え、数百、数千の歳月が過ぎようとも必ず見つけて守るって……約束、だよ…」
オドアルの遺跡には『神の遺骸』が鎮座する。
心臓を抉られ、力を奪われた『神の遺骸』が…。
『虚飾の歴史に、夢は解けて絡む。――二人の罪人は再演の旅を孤独で染める――』 完
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




