第四十四話:支えるもの、絡めるもの
美の都ルヴィエラの玄関である港街ハヴァーヘルへ向かう船。
夕陽に照らされた海が琥珀色に煌めいてる。
サラは、寝台でファルの背中合わせに座り、軽く息を吐いた。
「ファル…変な質問、していい?」
「なんだ?」
サラは足を床から浮かせると、ファルの背中に寄り掛かる。
柔らかい衣の感触と温かさが同時に伝わる。
「今までの…私…たち?てどんなだったの?」
「それは見た目か?性格か?」
「性格…かな」
ファルも、サラの背中に軽く寄り掛かる。
小さな背中が、少しだけ押された。
「…みんな、ばらばらだったよ」
「…例えば?」
ファルは仕方なさそうに息を吐いた。
「我儘極まっていたり、全く話さなかったり、極端なのも多かったな」
そっと呟かれたファルの声は、しっかりとサラに届く。
「そんなに違うんだね…」
サラの手が、ファルの手に重ねられる。
「私も、ファルも…、変わっちゃう、のかな」
サラの手に力が入る。
ファルから返事はないまま、船が波を切る音が響く。
心地よい波の音が、沈黙を誤魔化した
サラが重ねた手を解き、指を絡めた。
居場所を探るように、何度か絡め直す。
「…温かいね」
「そうだな」
サラは、絡めた指に力を込めた。
ファルも同じように返す。
「もう、ほんとずるいなぁ」
サラが不意に声を張り、ファルの背に思い切り寄りかかる。
小さな背中は、ファルの背中に隠れて影を消した。
「どうした?」
ファルの質問に、サラが少しだけ、自嘲するように笑う。
「んー、なんだと思う?」
「分かるわけないだろ」
「だよね」
サラは頭もファルの背中に預けて、天井を見上げた。
足を床から離し、遊ばせる。
「ソフィアはずるいなぁって」
「そんなことはないだろ」
ファルが押し返すように、預けられた背中を、背中で押し返す。
「だってさ…一番、本当のファルを見てきたんだよ?ずるいよ」
「どうかな…。俺は、うそつきだからな」
ファルが自嘲気味に笑う。
指が、サラの薬指を撫でた。
「ソフィアは…婚約者、だったから。子どもの頃から知っていたよ」
遠くに語りかけるようなファルの声。
サラが、ファルの背中に頭を擦り付ける。
「尚更ずるいじゃん。ファルの小さい頃!」
「何も、面白いことはないぞ?」
「なんでよぉ」
ファルの背中を、頭で叩く。
ファルが小さく笑い、絡めた指を1つずつ、数えるよに、撫でていく。
「皇族の子どもなんて、面白みもなにもないさ」
「あ、ファルって皇帝だったんだよね」
楽しそうに笑うサラの頭に、ファルが頭をぶつけた。
「似合わない、とか思っただろ?」
「ばれたか」
サラは背中を離して、軽く背中を伸ばした。
「でもさ、ファルが皇帝のままだったら…こんな風に旅、できなかったね」
「出会わなければ……サラは、もっと笑えていたかも知れないな」
低く、小さい声。
その声に釣られ、サラはファルの背中を見た。
大きく、たくましい背中。
なのに、酷く脆い。
絡めた指を解き、その脆い背中を、静かに、抱き締めた。
「うん。…多分、もっと、もっと笑ってた」
ファルの手が行き場を失い、指の傷を撫でる。
瘡蓋を剥がすように強く。
「でもね、笑えるから良いってものでもないでしょ?」
ファルの肩に顎を乗せて、ファルの手を覗く。
傷に爪が食い込むほどに、強く握られた手。
その手に、手を伸ばす。
「ねぇ、ファル…見つけてくれて、ありがとう」
触れれば、握り返してくる手の温もり。
夕陽に照らされていた海は、いつの間にか月光が照らしていた。




