第四十三話:染まらぬ理、願いで染まる心
黒と金の意匠――。
ファルの姿を彷彿とさせるその装飾は、変わらずにそこにあった。
開放されたままの扉の先は、書庫のような光景が見えた。
サラは足を止めず、中に入る。
一歩、踏み入れた瞬間――。
自分がどこを向いているのか分からなくなる白が広がる。
「なにも…ない?」
不意に、握っていた手の体温が消えた。
「ファル!?」
サラの声が木霊するだけで、他の音は無い。
「ファル!どこ!?」
果てしない白。
入り口すら見失う。
壁など無い。
行けども行けども、何も、無い。
「なんなの…これ……」
立っているのかすら分からない。
自分の声すら忘れてしまいそうになる。
「ファル…どこにいるの?」
意識すら、自分のものか分からなくなりそうな感覚に、膝が笑いだす。
「やだよ…一人は、だめだよ……」
自分の頬に伝う暑さだけが、自分であると認識させてくれた。
時間の認識すら曖昧になる。
サラは、震える身体を抱き締め、大きく、深く息を吸った。
「ファルー!!」
サラの声は木霊することさえ忘れてしまう。
でも、止まれない。
だけど、止まらない。
涙を袖で必死に拭いながら歩く。
『――光の届かぬ深淵にて、万物は意味を見失う。全ては無に還る。永遠なる静寂こそが、真なる理なり』
声と呼ぶには、あまりにも無機質な音が響いた。
「え……?」
涙を拭った目を開けたら、見慣れた黒に包まれていた。
温かい。
「ファル……私、一人になりたく、ないよ」
サラを包んでいる黒い温もりが、力を込める。
「私……ファルを一人にも、したくない」
身動きが取れないほど、力を込めてくる温もり。
「サラ……」
「どうしたら、いいの…?分からないよ……」
ファルがゆっくりと腕を解き、サラの肩を掴む。
「では、約束をしよう」
「…約束?」
ファルの目がサラの蒼い瞳を捉えた。
「例え数百、数千の歳月が過ぎようとも必ず見つけて守る」
ソフィアにだけ、伝えた言葉とは違う。
サラにだけ、伝える言葉。
「…そうやって、ファルはまた、一人になるんだ…」
サラの唇が小刻みに震える。
サラの額に、ファルの額が当たる。
額から伝わる体温が、サラの震えを止めた。
「それから…これも約束だ」
「…なに?」
「例え、俺がどうなろうと、必ず、会いに行く」
サラにだけ贈る言葉。
「…うそ、じゃない?」
「うそを、うそにするのは得意だからな」
「うん……」
世界の真の理を見せる『灰刻の保管庫』。
歴史の真実も嘘も全て飲み込み、ただそこに鎮座していた。
第四章 完
次回、幕間




