第四十話:二人の虚飾は解けて
曇天の夜空は、重く二人を包んでいる。
焚き火の炎は静かに二人を照らし、大きな影を伸ばしている。
「サラ?」
ファルの声に優しく呼ばれ、回した腕に力を込める。
ファルの胸に埋めた顔は見えない。
口からは小さな嗚咽が漏れる。
「サラが、望むようにすればいい」
ファルの胸に埋めた顔が、小さく横に振られる。
細く、しなやかな髪が、ファルの指を絡めとるように乱れた。
口から漏れる嗚咽が、少しだけ大きくなる。
絡められた髪は、背中を撫でれば簡単に解ける。
「大丈夫…一緒にいるから」
少しだけ大きく横に振られた髪が、何度もファルの指に絡む。
その度に、冷たい髪が指からすり抜けていく。
「サラ…顔、見せてくれるか?」
サラの顔が胸に強く押し付けられた。
頭を撫でると、回された腕の力が強くなる。
ファルは子どもをあやすように、ゆっくり、優しくサラの背中を叩く。
風で乱れたサラの髪が指に絡めば、優しくほどいていく。
ファルは、さも一瞬かのように、ひとつひとつ大切にする。
「次は、どこに行きたい?」
ファルが訪ねても、サラは首を横に振るだけ。
少しだけ困ったような顔しても、サラには見えていない。
「まだ、行っていない街が、沢山あるだろう?一緒に行こう」
サラは腕に力を込める。
否定とも肯定とも取れる仕草を、真似て返す。
「そうだな…フラティアはどうだ?菓子の街だ。きっとサラも気に入る。それから――」
色々な街、景色を口にしても、返事は首を横に振るか、しがみつくように腕に力が入るか。
何度も、何度も、繰り返す。
変わらぬ曇天。
ファルが軽く息を吐く。
サラの手が力強くファルの衣の背を握る。
ファルが軽く身動ぎすれば、すり寄るように身を寄せた。
「ごめんな…サラ」
ファルの一言。
サラの腕が、ゆっくりと力を込め、衣の背を握る手が震える。
「なん…で、謝るの……」
ようやく絞り出された声は、柔らかい風にすら消えてしまいそうなほど小さい。
「俺は…サラの心を、守って…やれない」
涙を殺したファルの声は、酷く歪んでいる。
サラの小さな身体をファルが包む。
「ばか……ばか、ばかっ」
サラは、ファルの衣を握った手で何度も背を叩く。
弱々しく繰り返し、直ぐに叩くのをやめた。
「…どこにも…行きたく、ない」
更に弱々しく絞り出された声。
聞き逃してしまいそうな声。
それでも、ファルにはしっかりと聞こえた。
「…そうだな、行きたく…ないな」
「私…きっと…笑えないよ」
「ああ」
柔らかい風も止み、音が失くなる。
ファルには、サラのすすり泣く声だけが響く。
サラには、ファルの心音だけが響く。
たまに混ざる焚き火が爆ぜる音すら、心臓が跳ねてしまいそうなほど、長い沈黙。
それを破ったのは、サラの声。
「ファル…私ね……考えないように、してた」
ファルは、小さな声で紡がれる言葉をしっかりと受け止める。
「約束…守るのが、どういう意味か…」
「あぁ」
「……酷すぎるよ」
「そう、だな。…ごめん」
サラは少しだけ大きく首を振る。
ファルの衣に擦れる音が、酷く大きく聞こえた。
「違うよ…」
漸く、サラが顔を上げた。
泣き腫らした顔は、焚き火に照らされ、瞳に残る涙が小さく光る。
「……ファルは、こんなに優しいのに…世界は、残酷過ぎるよ」
「…サラ」
予想外のサラの言葉に、ファルが眼を見開いた。
「ファルは…忘れないでくれる?」
「当たり前だろ」
ファルの腕が、力強くサラを抱き寄せた。
サラは、それを噛み締めるように目を閉じる。
「うん…私も、絶対忘れない……忘れないよ」
ファルの腕が、サラの腕が、忘れないように互いを包む。
曇天の空は流れ、遠くの空を覆っていった。




