263.
久々に早い帰宅だった佐助は分身を出し、箪笥の奥から燐のダウンを引っ張り出して見せた。
「久々に風呂いこ?」
「……佐助さん、疲れてないの?」
いつもなら家に戻っても、食事を摂る間もなく普請へ向かう。
たまに早く帰ってきたとしても、身体を横にすることはほとんどない。
燐はダウンを受け取りながら、眉を下げた。
「んー、けど聞きたいこともあるんだろ?」
「お願いします」
佐助の言葉に燐は頭を下げるとダウンを受け取りしっかり着込んだ。
「隠れ家に兵糧作りに……お前さん、随分と馴染んでんなぁ」
囲炉裏の前でお代わりをよそってもらいながら、白雲斎は燐の日常に声を洩らす。
「俺の嫁さんは優秀なの」
髪を手ぬぐいで拭きながら戻って来た湯上りの佐助の声に、燐は顔を顰めた。
白雲斎は燐の様子をちらと見るも、そのまま碗の中身を啜る。
「そんじゃあ次、ゆっくり浸かってこい」
予め話があるからと言われていた燐は頷くと、風呂道具を持ち風呂へ向かった。
「ありゃお前の言う通り優秀かもしんねぇぞ」
足音が聞こえなくなると白雲斎は碗を床に置きながら、燐から得た情報を佐助に告げる。
「だね。俺も燐ちゃんから聞いた家が本当に離反するとは思わなかった」
洗濯しながら燐の聞いてきた噂話を調べてみれば、織田に内通していた家臣に繋がったことを佐助は溜息混じりにぼやいた。
「今日抜け穴が繋がっちまったって、拙かったと思う?」
佐助は白雲斎に問い掛けた。
「んなこと言ったって、今日しかなかったんだろ?」
「まぁねぇ。あれ以上放置してたら死んじまってたかも……だけどさぁ」
引退宣言はしていても情報は把握しているのかと、佐助は白雲斎の言葉に溜息交じりに答える。
「頃合いで言やぁ今日じゃ無かっただろうが、なっちまったら悔やむより先を見ろ。ってこったな」
白雲斎は軽くそういうと鍋に残っていた汁を全て碗によそう。
佐助は空になった鍋を白雲斎から受け取り土間へ降りた。
燐は湯に浸かりながら、湯けむりの向こうに浮かぶ月を見ていた。
衰弱しきっていた、よねの夫。
普請とはあれ程までに過酷なのだろうか?
「普請現場の日常って、時代劇とかでやってなかったしなぁ」
ピラミッドを作らされる奴隷と同じ環境なのだろうか?
自分の中にある知識で現実を補おうと暫く考える。
「師匠は秘密の抜け穴的なこと言ってたし」
秘密が知られれば。
そう考えた燐は、この世界の命はみな平等ではないと才蔵が言っていたことを思い出し、勢いよく湯から出た。
「分かんない事考えてたって仕方ない」
燐はスウェットに着替え濡髪を拭きながら足早に囲炉裏の部屋へと戻った。
「話し合い終わりました?」
「一旦な」
頷く白雲斎の斜め前に座り、囲炉裏の火に手を翳すと緩く風が髪に当たる。
ドライヤーの術、良いなぁと燐は白雲斎を見た。
「朝飯の用意で手ぇ打つぞ?」
「あー、じゃ…あ、でも聞いたら今後命狙われるとかなら聞かないです!」
また人の心読んでと思ったが折角だから聞いておこうと思いつつ、この人うっかりぶっこんで来るからなとちょっと警戒した。
「城のことか?それとも」
「師匠」
やんわりと白雲斎の言葉を制す佐助。
燐はさっと耳を塞ぎ、聞かない方が良いのかなと佐助を見る。
「さっき話したが、この姫さんもう知っちまってたぞ?お前も色々動くなら姫さんに構ってらんねぇだろ」
白雲斎の言葉に囲炉裏の側に戻って来た佐助は、下手に隠して勝手に動かれるよりはと思うとその場に座った。
2人の雰囲気に燐は眉を下げる。
この間の地図もだけど、師匠って結構重要事項ぺろっと話しちゃうよね
「……なんか聞いたら駄目な感じ?」
「そりゃ、お前さんが何聞くかにもよんだろ」
相変わらず1㎜も緊張感もないなと燐は白雲斎を見る。
そして、これから起こり得るであろうことを予想しつつ言葉を選ぶ。
「皆、無事に帰って来れるかなって」
真っ直ぐ佐助を見る燐の言葉に動揺する佐助。
中々聡い姫様だと白雲斎は佐助の答えを黙って待った。
燐の言う「皆」とはどこまでの範囲なのか。佐助は眉を寄せる。
「……長屋連中の無事ってんなら請け負うよ」
燐の胸の内の名を探った佐助が頷くと、燐は顰めた顔を佐助に向けた。
「佐助さん達もだよ?」
「へ?俺?」
「うん。佐助さんも才蔵さんも鎌之助さんも、海野さんも筧さんも」
燐の続く言葉に佐助は思わず声を洩らした。
白雲斎は茶を啜りながら忍が無事帰還ってのは俺でも難しいかもなぁと呑気に思う。
「お前さんの知り合い皆が無事にってぇのは無理だぞ?」
何も言わない佐助の代わりに答え、空の湯飲みを差し出す白雲斎に燐は茶を注ぐ。
「私は実際戦渦にいたことが無いし、歴史の中の出来事って感じで。巻き込まれた人達の事とかは良く分かんなくて」
燐は佐助の湯飲みにも茶を足すと、自分の知る限りの話をした。
人の死を平等だと捉えている燐。
燐の話を聞くうちに本当に死と疎遠な場所だったのだと改めて佐助は燐の世を思った。
「んで皆無事、か」
戦の無い世から来たのであれば軽く無事と言えるのかと白雲斎は呟いた。




