262.
よねが加わり、女4人で再び会話を弾ませながらの食卓。行き交う会話の幅に燐は圧倒されていた。
「どうしたんだい?そんな顔してさぁ」
「あ、なんか皆の会話が凄いなって」
そんな変な顔してた?と思いつつ告げると滝とよねは顔を見合わせ声を出して笑う。
「言われてみりゃあ戦も殿様の膳立ても、繕い物の話もってえんなら、そうかね」
滝の言葉に頷くと、滝は長屋には色んな噂が集まるんだと笑ったまま答える。
「女の暇つぶしなんざ喋るくらいだからさ」
同意し頷いたおよねの言葉にそうなんだと思っていると、じっとこちらを見るお浜と目が合う。
「お燐さんってのは、やっぱりやんごとねぇお人なんだねぇ…」
ほぅと小さく息を吐きながら燐を見詰めるお浜の言葉に燐は首を傾げた。
「ええっと、何か…変でしたかね?」
「変ってこたぁないけど、お浜は何だって急にそう思ったんだい?」
お浜の言葉の意味が分からないと首を傾げる困り顔の燐に苦笑した滝は、今度はお浜を見る。
「だあってさぁ…飯食うのに、こうだよ?」
育ちの良し悪しは言葉より先に身体に出るものなのかと、お浜は姿勢を正すように座り直して箸を持ち直し碗を口元に運ぶ。
「アタシはさぁ。食事はこうだって思ってたからさ」
首を傾げる燐を見たお浜は、今度は片膝を立て、勢いよく碗の中身をかきこんだ。
「嫌だねぇ。そんなんアンタだけだよお浜」
「あー!およねさんだって、さっきこうやって食ってたじゃないさ」
そろそろと箸を動かすよねを見て、お浜が裏切り者と叫ぶ。
滝が豪快に笑い、燐もつられて口元を緩めた。
「なんでぇ騒がしいと思ってたら皆揃ってんのか」
ガラリと無遠慮に戸が開くと五郎の大きな声が響く。
「早いじゃないさ」
滝は入口に集まっている男たちに声を掛けると食器を纏め立ち上がる。
「およね、早く帰んな」
台の上を布で拭いて残ったおかずを皿に纏めていたよねは、訝し気に五郎を見た。
「何だい、片付けたら帰ぇるさね」
「宗助。寝かせて来た」
邪魔はしないよと笑っていたよねは、五郎の言葉に草履も履かず家を飛び出す。
「見っかったんだね、良かったよ」
お浜の言葉に燐と滝は頷くも、男たちは顔を曇らせる。
その様子にお浜が問えば、お浜の夫はチラと五郎を見た。
「長くなるんなら飯食ってきな」
滝の言葉に男たちはぞろぞろと家の中に入って来た。
淹れたての暖かい湯を啜った五郎の頭に、昼間の湿った土の匂いが蘇る。
堀の水抜きを作ると聞かされていたが、実際掘らされていたのは、人ひとり身を屈めて通れる横穴だった。
「こりゃ…本当に水抜きか?」
前を進むお浜の夫、清吉が呟く。
「喋るな」
五郎は清吉の不信感を短く制した。掘る向きがおかしいと不安を抱え、鍬を入れる音だけが、腹に響く。
地下の空気は重く、吐いた息がすぐ喉に貼りつき、どれほど掘ったのか、もう時刻の見当もつかない。
「?」
そのとき一定の間を置いた、規則正しい小さな音が聞こえた。
偶然ではない。
同じ深さ、同じ高さで、こちらへ寄せてくる音だ。五郎は手を止め呟く。
「他にも掘ってんのか?」
この排水坑は一本と聞いている。ならば、向こう側は城の内だ。
疑問に思って手を止めると、土がぽろぽろと落ち、壁に小さな穴が開いた。
「五郎、音立てるな、宗助だ」
指一本、せいぜい二本ほど。そこから聞こえた声に五郎は息をのむ。
「宗助…?」
よねの夫、宗助は普請に出たまま行方知れずだった。驚きを感じ取ったのか宗助の声が続く。
「見張りが近え。おめぇ、何を掘らされてっか知ってっか?」
「排水坑、だ」
五郎は鍬を動かし掘り進める振りをしながら答えた。
「違え。これは逃げ口、城の外へ抜ける隠し道だ。…絵図を引いてた男も言い当てた男も、もう居ねぇ」
宗助の言葉が途切れた、少しの間。それだけで、何が起きたか分かった。
「この穴が繋がりゃ掘った者は皆、始末される。良いか?一旦塞いで、お前等逃げろ」
「お前はどうする?」
「俺はどの道、もうすぐ殺される」
宗助は自分一人が死ねば皆助かると話すと、穴を塞げと五郎に告げた。
宗助の震えも、迷いもないその静かな声が、五郎の胸を締めつける。
「申し訳ごぜえません!」
背に響く声に、五郎は振り返った。佐助が地に伏している。
「不手際にございます!排水の筋を誤り、外と内を繋げてしまいました!」
地面に這いつくばり詫びを述べる佐助に、何事かと近付いて来た侍たちがざわつく。
五郎は急ぎ佐助の横に膝をついた。
「二重の掘りが、このまま掘りゃ地が崩れます!」
二人の声にざわめきが広がる。
「奉行へ申し立てる故。一旦作業はやめ、今日は引き上げよ」
「ど、道具を取りに戻りてぇんですが」
侍たちはチラと振り向き、屈んで穴の奥を一瞥し道具を確認すると頷き城へ戻って行った。
「宗助、」
「おい、何が起った?」
五郎が名を呼ぶと焦った声が帰って来る。
「見張りは?」
「慌てて皆奥へ戻っちまった」
五郎が急ぎ坑の奥の塞がれかけた壁を崩す。
「五、郎…おめぇ」
そこには死人のような顔色で、土に宗助が穴に寄りかかり、目を見開いていた。




