257.
滝の家に借りた寝具を返しに行った佐助と燐は、滝の案内で客用の物を買いに歩いていた。
「あれ?ここって」
しっかりした作りの物に当てがあると連れて来られたのは滝と燐が住む長屋の一番奥の家。首を傾げる燐に滝は構わずドンドンと戸を叩く。
「居るだろ?新しい敷き藁を売って欲しいんだがね」
「何だいお滝ん所にゃ…あらお燐ちゃんじゃないか」
戸を開けた洗濯仲間のよねは戸を開ける手を止め、燐の後ろにいる男を怪訝そうに見詰める。
「燐がいつも世話になってるようで」
佐助は軽く会釈をしながら手土産と笹包みを差し出した。
「なんだい何処の色男が騙しに来たのかと思ったら。ご丁寧に、どうもねぇ」
佐助の顔を見たよねは、滝の顔を見ると安心したように戸を開け、いつもの笑みを燐に向ける。
「そんで敷き藁だったかい?」
「ああ。燐のとこも請状の仕事だってぇのが来てね。昨日はうちの寝藁を貸したんだけど、持ってた方が良いだろうと思ってさ。アンタんとこの敷き藁は丈夫だし丁寧に編んでるからねぇ」
説明も兼ねているのか滝は佐助達の方に向かって良い仕事をしているんだと告げると、よねは不思議そうに2人を見た。
「そん時だけ貸すんじゃあ駄目なのかい?」
「若夫婦ってのは一枚っきりで仲睦まじいのさ」
月に何度も来ないなら一晩少し我慢すれば良いだろうにと言うよねに、滝は含み笑いで返す。
「滝さんっ」
「あーらぁうちなんざ随分と添い寝はご無沙汰だぁ。ちょっと待ってな」
真っ赤な顔で滝の名を呼ぶ燐の様子に理解したよねは、同じくニヤつきながら家の中へ引っ込んだ。
「亭主が戻ってなくてさ。出来てんのはこれが最後でね」
敷き藁を巻いて縛って持ってきたよねの言葉に滝は眉を下げる。
「なんだい、まだ戻って来ないのかい?」
「まぁ雪も降ってるんじゃあさ。森抜けて毎回通うよりゃとでも思ってんだろ」
よねは佐助の支払い顔見知り料金だからと幾らか返して来た。困ったように佐助が滝に顔を向けると滝は貰っときなと笑みを返す。
「アンタも滝んとこのと一緒に普請に戻んのかい?」
よねは困り顔の男を見上げると城の修繕に再び行くのかと問い掛ける。佐助が誘われてはいるがと歯切れ悪く言えば、滝が苦笑する。
「ほぉら毎日帰って来れねぇと思ったのか、行き渋ってるじゃないか。うちのは家じゃねぇと寝れねえって毎日帰って来るからね。アンタも一緒に通えば良いよ」
「お燐ちゃん一人にすんのは心配ってかい?」
アハハと笑いながら佐助の背をドンと叩く滝を見たよねは燐に声を掛ける。赤らめた顔を顰める燐を見て笑っていたよねは、うちは心配もされねぇよと肩を竦める。
「お代がわりっちゃあなんだがさ。もしうちのが居たら、別嬪の女房が首を長ぁくして待ってたって言っといとくんな」
よねは銭を手に持っている佐助に苦笑しながら、それは受け取っとくれと笑みを浮かべた。
「そんじゃ有り難く。五郎さんが顔見知りなら必ず伝えます」
ぺこりと頭を下げる佐助の様子に、よねはよろしく頼むよと言うと軽く手を上げ戸を閉めた。
「さっきの話だがさ」
よねの家から少し離れると滝は少し声を落として話し始めた。
「およねんとこのは行方知れずになっちまってさ。うちのも最初はもう行かねぇって言ってたんだが、断れねぇよう手を回されたみたいでねぇ」
数日前の行方不明者はよねさんの夫だったんだと燐は不安気に佐助を見た。
「俺も昨日の話もそれで。まぁ仕事回してもらえねぇってのも困るけど、良くねえ噂が多いってんで」
佐助は昨日才蔵が来たのは、自分が引き抜かれていないかの確認と、上からの圧力で城の普請に協力をしなければ今後の仕事が減るかもしれないと困り顔で相談されたと話した。
「やっぱりアンタんとこもかい」
話を聞いた滝も早文で同じようなことを告げられたと溜息交じりに話す。
「良いかい?銭の良い話にゃ絶対に乗っちゃあいけないよ。それと毎日帰らねぇとって帰って来な」
家の前に着いた滝は伺うように左右を見ると、別れ際に低く告げそれじゃあねといつも通りに戸を閉めた。
「…思ったよりも早ぇかもな」
戸を閉めた佐助の呟きに燐は今朝まで遠くにあった戦の存在が身近になり眉を下げる。
「んな顔しなくてもへーきだって」
燐の思いに気付いた佐助はヘラリと笑うと抱えていた敷き藁を部屋の中に置いた。
そしてその二日後、城から直接来た男達によって強制的に五郎と佐助は連れて行かれた。
「戦が近いとあることなんだよ。帰って来るって言ってったろ?」
早朝ドンドンと無遠慮に戸を叩かれ連れて行かれたことに未だ蒼白い顔の燐を見て、滝は眉を下げつつ背を擦ってやる。
「なんか、強盗みたいで…驚いてしまって、すみません」
連行されたショックよりも、押し入り強盗のような態度に恐怖を拭えず燐は震える手をギュッと握る。
「お滝さんが居るから安心おし。朝餉まだだろう?ご相伴に預かろうかねぇ」
滝の言葉に頷いた燐は、今日行くことを想定してなのか鍋に出来ていた佐助の料理を見ると、自分が不安がってる場合じゃないと口を引き結んだ。




