252.
帰宅後。あからさまに落ち込んでいる佐助を持て余す燐の頭に、別れ際の厄介払いに成功した顔の白雲斎と申し訳なさそうな才蔵の姿が浮かぶ。
「ごめ」「もう謝らなくて良いよ。そもそも佐助さんのせいじゃないし、解決したっぽいし。だから寝ようよ」
外は雪。時間が経てばもっと寒くなるよ?と、家に帰ってから草履を脱がずにいる佐助を促す。
「ごめん、寒いよね」
「佐助さんも寒いでしょ?ほら、湯冷めしちゃうってば」
こちらを見ない佐助に小声で話し掛けながら佐助の手を取ると、佐助は草履を脱いで大人しく手を引かれる。
「はい、入って。明日って何かあったっけ」
布団の上まで誘導した燐は、先に入ると掛布を捲りながら明日の予定を確認する。おずおずと布団に入って来た佐助は緩く首を振った。
「じゃゆっくり寝られるね。雪降ると寒いから布団から出たくなくなるから良かった」
積もりそうと雪の降り方を思い出していた燐は小さく笑うとお休みと背を向ける。
「あのさ、明日…俺、師匠か、無理なら海野…とにかく誰かに代わるよう言うから」
「何を?」
寒いなと縮こまっていると背に声が掛かる。燐は何のことだと佐助の方へ向きを変えた。
「俺じゃ、燐ちゃんを守れねぇから。誰か代わりを探すってこと」
隣に聞こえる配慮だけではない小さな声に見上げた佐助は、いつもの様にヘラリと笑っていた。
「今更夫が変わるのとか変じゃない?」
突然違う男が夫ですって長屋の噂一人占めになるわと燐は眉を寄せる。
「そこはほら、俺等忍だし?」
何とでもなると佐助の答えに、燐は少し考える。
「私と居るのが嫌とか面倒見るのに疲れたとか、そういう感じ?」
燐の問いに佐助は目を見開くも、違うと首を振る。ならばと燐は続けた。
「じゃ続行で。これからも宜しくお願いします」
「俺じゃ、守れなかった。燐ちゃんも聞いたろ?…なのに、俺、で…良いの?」
燐は、面倒臭ぇぞと言っていた白雲斎の言葉を噛み締め、どういえば納得するんだろうと考える。
「あれだよね?何か花の匂いが分かんなかったやつ。けどそれ以外は物凄く助けてもらってるし、匂い分かんなかったとして私が鬱陶しく絡むだけでしょ?そこ我慢してくれたら問題なくない?」
故意でなかったとはいえ、惚れ薬のような催眠効果がある物を持たせられた女の発言かと、佐助は暫く驚き過ぎて思考が止まった。
「ええっと…聞いてたよね?それ嗅ぎ続けたらとか、その、効力、とか」
「え?うん。だから私が佐助さんにうざ絡みするだけでしょ?あ、そういうのが嫌だったら誰かと変わってもらって良いんだけど」
プロなんだからそこは軽くあしらえるだろうと思いを前面に出し佐助を見ると、佐助は困ったように眉を下げる。
「それだけじゃなくてさ。此れから…危険な目に遭うかもとか、考えねぇの?」
「あー、うん。けどもしそうなったら助けてくれるでしょ?」
軽く流す燐の答えに佐助は胸元をギュッと握った。
「私は佐助さんが良いよ。もう結構夫婦で過ごしてるし。あ、佐助さんが嫌じゃなかったらだけど」
燐の答えに佐助は唇を引き結ぶと燐の背に腕を回し距離を詰める。
「師匠みてぇに何でもってのは無理だけど、俺でも良いって言ってくれんなら、」
何か決意みたいな感じは伝わったと燐は佐助の腕を掴んだ。
「うん。そんな頑張んなくても大丈夫だから。それと佐助さんで、じゃなくて佐助さんが、良いの。で、取り敢えず腰の手は離そうか」
さっきより若干下に移動している佐助の腕を掴む手に力を込め佐助を睨む。
「俺がいーって言ったんだから、いーんじゃねぇの?駄目なの?なんで?」
「や、だから佐助さんが良いのはそうだけど、どんな理由でも尻触ったら犯罪だかんね?何なの?真面目からのチャラさとかそういうの要らないんだけど。もう寝るからね?おやすみ」
何なのコイツと燐は顔を顰めると、佐助に背を向ける。何なのは俺の台詞だと佐助は困惑顔で燐の背を見た。
「…。良いんだ。俺、が」
聞き慣れない自分を選ぶ言葉。確認するよう口に出すと、内側が仄かに色付いた気がした。
燐の言葉を思い出した佐助の頬が緩む。規則正しく聞こえる寝息に佐助は燐を抱き寄せる。
「俺の好きの中に、燐ちゃんも入ってると思うんだよね」
若干おかしな女だとは思うが一緒にいると暖かい色が見える。佐助は燐の顔に掛かっている髪をそっと指先で退けた。
「如何やったら手に入んのかな」
戦場ならば戦利品として女を連れて行くこともある。今まで興味もなかったが、忍にもそれが出来るのだろうか?
「他の奴に触れさせたくねぇしなぁ」
だが戦利品としてならば他の男にも渡さなくてはならない。それは嫌だと佐助は引き寄せた腕に力を込めた。
「そもそも異界の姫様を褒美に、てのは忍じゃ無理か」
忍以外の、例えば村の出でも戦場で大将首を獲り、国主の覚えが良ければ領地持ち位にはなれるがと佐助は溜息をついた。
翌朝。燐は首の違和感に顔を顰める。
「寒、」
何故いつも抱えられて寝ているのだろうと思うも、寒さに深く考えることを辞め、再び目を閉じた。




