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05:本領発揮のストーカー

「ごちそうさま。凄く美味しかった」


 美来はそう言うと、隣を歩く男に笑いかける。


「喜んでくれたなら、よかった」


 男の顔が赤い理由は、先ほど飲んだワインのせいではないという事は長年の勘でわかっていた。


 いい男だと思う。特別に顔がいいとか性格がいいとか、そういう事じゃなくて。

 出会ってから二か月くらい。

 仕事もうまくいっているみたいで、こんな人と結婚すると安泰なのかもしれない。


 この人が選ぶ場所にはハズレがない。

 気になるところがあるとするなら、いつもいかにも狙っている女の為に用意しました。という事が透けて見えるレストランだという事がほんの少し気にかかるだけ。


 そんな細かい事を言っているからいつまでたっても、成立しないんだという自覚は十分にあった。


 付き合っていない。体の関係はない。

 いつも食事をしてバーで軽く飲んでからサヨナラする彼に、あーホテルはいかないタイプの人なんだ、なんて大分廃れた感想を持っていた。


 でも多分、今日告白されるのだろうという、直感。

 そうなるとその後は、さっそくホテルに行くのだろうという、連鎖した直感。


 その思いどおりはなんだか気に入らないな、と思う反面、付き合うというのはそういう事な訳で。

 わかり切った結末に、退屈している。


 だからなんだか、落ち着かない。

 頭ではいいなと思っているのに、予想がついて退屈なだけなら、この男の告白をどうやって断ろうかなんて考えているのだ。


 もう少し食事の回数を減らしておけばよかったとか。

 先ほどの笑顔は思わせぶりな態度に思われただろうとか、そんな感じ。


 選んでいる暇なんてない。

 いつまでも自分が女として男を選ぶ立場だと勘違いしているのではないかとさえ、美来は感じていた。


 男の話に、相槌を打つ。

 もう男が何の話をしているのかさえ、分からない。


「付き合ってみない?」


 ほらやっぱり来た。と思ったのは、朝にはジョギングしている人で賑わう公園だった。

 夜の今、人気はない。池と木に囲まれ、一定の間隔で古いベンチがあった。


 もうこんなところまで来ていたのか。ヒールがコツリと地面のレンガを打って、美来は足を止めた。


 どんな流れでその言葉にたどり着いたんだっけ。まともに聞いてもいなかったくせに、取って付けた様に思いだそうとしていた。


 美来は少し前で止まった男の顔を見た。真剣な表情をしている。


 別にタイプではない。

 これはラストチャンスかもしれない。

 とんとん拍子で事が進んで、運がよかったら30までには結婚できるかもしれない。


 それに、もし合わなければ別れればいいだけだ。

 心の相性も、身体の相性も。


 返事をするために、美来はすっと息を吸った。


「こんばんはー」


 それを遮る様に、軽い口調で誰かがそういう。

 男は急に聞こえた声に、びくりと肩を浮かせて美来の後ろに視線をやる。


 嫌な予感はしていた。

 そしてその予感は大当たりだ。

 美来が振り返ると、そこには衣織がいた。


「こんばんは……」


 やっとのことでそういう男だが、衣織は当然男の方など見向きもせず、薄い笑顔を張り付けて美来の顔を見ていた。


 唖然として声が出ない美来の反応は想定内なのか、衣織は表情を崩さない。


「えっと……知り合い?」

「そう知り合いー」


 どうせ返事を待っていられたって、しばらくは喋ることはできなかっただろう。

 しかしそもそも美来に喋らせる気なんてないと言わんばかりに、男の言葉にかぶせて衣織が返事をする。

 勿論、美来の顔から視線を逸らす事なく。


「ねー、遊ぼ?」


 ありったけの遊び心と可愛さを混ぜてそういう衣織に、心を持って行かれそうになったことは否定しない。


 しかし次の瞬間には、え、今言うの? 正気か? と思っている分、自分にはまだ常識があったらしい。


 唖然としている二人に、笑顔の衣織。

 ただ美来には、彼にとってはこれがベストタイミングなのだという事は理解していた。


「困ってるだろ」


 男は美来よりも先に正気に戻って、少し強い口調で衣織に言った。


「お兄さん、彼氏じゃないんでしょ?」

「違うけど……」

「じゃ、お互いおんなじ立場じゃん」


 違うけど。違うけど、今、彼氏になりかけていた男だ。


 見てたでしょ!? と言いたかったし、いや、そっちがお邪魔虫で……。という言葉が喉元まで出かかったが、余りにも当然という顔をしている衣織に、美来はパニックになっていた。


 おかしいのは私か? 私が酔ってるの? と頭を抱えたくなる気持ちを抑えてとにかく何かしゃべろうとするのに、何の言葉も出てこない。


「どんな知り合いのか知らないけど、空気を読んでくれないか」

「どんな空気?」


 しれっとした態度の衣織に、男がいらっとしたのが分かった。

 相変わらず、本当に生意気な子どもだな、としっかり丸め込まれてやることをやったくせにそんな事を思っていた。


「どうせ断られるんだから、今も後も一緒だよ」


 断るかどうかなんてなんでわかるんだよ、と思う美来をよそに、さすがにそこまでの言葉を吐かれるとは思っていなかったのか。唖然としている男に、衣織の嫌味なくらい綺麗な顔に笑顔が浮かんだ。


「若い女の子、好きでしょ? お兄さん」


 絶対にその綺麗な顔で言うセリフではない言葉を吐いても、衣織は笑顔を崩さない。

 もう、衣織が何を言っているのかわからなくなった二人は、ただ唖然とその場の流れに身を任せていた。


「女もさ、どうせなら若い方がいいに決まってんじゃん」


 その言葉で美来は悟った。

 衣織が自分の容姿も年齢の価値も、全てわかった上で喋っているという事が。


 この子は本当に、とんでもない子かもしれない。


 衣織はそう言うと、美来の手を引いて歩いた。

 男は完全に戦意喪失して、引き留めようともしない。


 大人二人は、ぼけーっとしたまま、ただ想定外の行動をする子どもの言いなりになっていた。


 どうするの? どうしてくれるの? どうしたらいいの?


「チャンスだったのに……」


 美来は大して考えもせずに、思ったことをぽろりと口にした。

 さっきまでなんか違うとか思っていたのに、口に出すと本当にチャンスだった様な気がする。


 人間ってゲンキンな生き物だ。


 そしてふつふつと、自分の手を握る子どもへの怒りが湧いてきた。


「余計な事しないでよ!!」

「乗り気には見えなかったけど」

「そうだけど……。そうじゃなくて!! それは!! 私が決める事なの!!……ちょっと、私、戻、」

「えーヤダ。彼氏できたら、もう遊べないじゃん」


 そう言って来た道を戻ろうとする美来に、衣織は身体を動かし、通せんぼをする。


 確かに彼氏ができるまで遊ぼうとか言っていた気がするが、正式な約束をした覚えはない。

 それから、そんな物理的に邪魔してくるなんて聞いてない。


「私には私の人生があるの!」

「じゃあ、その人生にお邪魔するねー」


 テキトーな事を言うストーカーは、美来の怒りなんてそっちのけで、腹が立つくらいニコニコ笑っている。


「何笑ってんの!?」

「今日も顔がいい」


 溜まりに溜まった感情を爆発させてそういう美来だったが、その一言で完全に戦意喪失した。


 子ども相手に本気になったら、大人げない。大人って損だ。


「所でさーお姉さんさー」


 今更なんだよ。と思った美来は、仕方なく視線だけを衣織に移した。


「名前、何て言うんだっけ?」


 思い出してみれば、この子に一度も名前を呼ばれたことがない。


 この子、名前も知らない女に付きまとっているの?

 ヤバすぎだろ……。と思う美来をよそに、衣織は相変わらず笑顔を浮かべていた。

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