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06:顔がいいのは面倒くさい

 次の週の水曜日。

 美来は溜まり場になっているスナックみさに来ていた。


 金曜日まで我慢する気ではいたのだ。

 月曜日の時点で危うかったが、水曜日まで耐えたことを褒めてほしい。


 ママの美妙子が買い物に行っている間、二人はいつも通り酒を楽しみながら、なんちゃって店番をしていた。


「で? ストーカーにそう言われて、どうしたんだよ」


 ハルは笑いを堪える事もせずに、酒を片手にそう言った。


「名前教えてあげて、家の近くまで送ってもらって帰った」

「結局どっちもどっちじゃん」


 そう言ってまた笑うと、酒を飲む。

 バカだなんて重々承知だ。これがハルくらい年が近かったりしたら、なんて常識のないヤツなんだと言えただろう。


 しかし相手は10以上も年下の子どもだ。


 若いときは自分もそれくらい非常識だった気がしなくもない。

 そしてそれが衣織の性格だと思うと、真正面から人格否定の様に責める気にはなれない。


 しかし実際に迷惑を被っている訳だから、一度しっかりと否定しなければいけないのかもしれない。


 あの顔の顔面に……? じゃなかった。あの綺麗な顔の年下の男の子に……? いや、違う違う。というやり取りを、今日だけでかれこれ30回は行っている。


 本当に手を焼かせられる。

 まさか、18歳の自分の時間の価値と、29の女の時間の価値が思っているんじゃないだろうな。


 いや、きっと思っているのだろう。そうじゃなければ、彼氏ができそうな29の女の恋路を邪魔するはずがない。


 そんなことを考えていると、ドアにつけられた鈴が鳴った。


 二人が反射的に視線を向けると、そこにいたのは、20になるかならないかくらいの、若い女の子だった。


 厚底の靴に、短いスカート。髪についたリボンがよく似合う、人形の様な子。

 その子は真っ直ぐに美来を見たまま、ずんずんと進んでくる。


「衣織に付きまとってる女、アンタ?」


 しかし愛らしい見た目に反して、口調にはたっぷりの恨みが込められていた。


「衣織くんの知り合い?」

「聞いてんのはこっちなんだけど」


 女の子は眉間に皺を寄せてそういう。


 なんだなんだ。あの子の彼女か……? 嘘だろ、勘弁してくれよ。と思う美来だったが、何もしていないのにずっと敵意むき出しにされていることにちょっと腹が立って、加えてこんな状況を招いている衣織にも腹が立った。


 しかし、子ども相手に大人がムキになるなんてみっともないといい聞かせて、美来は平然を装っていた。


「付きまとってるのは私じゃなくて、衣織くんの方ね」

「はァ?」


 いちいちイライラさせる言い方しかできないのか、この子は。と思ったが、もしかしたら自分もこんな感じだったのかもしれないと思い、無理矢理思考を軌道修正する。


「そういうのはさ、当人同士でやんなさいよ」


 ハルは子どもを軽く(たしな)める様な口調で言う。

 しかし女の子はハルの言葉なんて聞こえていないとでも言いたげに、少し間を開けて口を開いた。


「どうやって衣織、落としたの?」

「落としたもなにも……」

「なに?」


 なに、って正直に言うと絶対口悪く罵るじゃん。と思った美来は出来るだけ話を逸らそうとしたが、残念ながらそんな手段は到底思い浮かばなかった。


「いや、別に」

「そこまで行ったんだから言えよ」

「顔なんだけど……」

「……かお?」

「顔がタイプなんだって」

「はァ?」


 ほら、そういう反応するんじゃん。と思った美来は女の子のその一言を聞いただけでため息が出そうになった。


「何調子乗ってんのババア。キモイんだけど」


 もう勘弁して……。と思うと同時に、〝ババア〟と呼ばれて、いや、私はババアではない!! と胸を張って言えない年齢になっているのが、悲しい。


 若い子って、残酷だ。


「しつけのなってねーガキだなァ」


 ハルは場の雰囲気を変える様に、笑い交じりにそう言った。


「平日ド真ん中に酒に飲まれてる大人よりマシでしょ」

「確かに!」


 そう言ったハルは、自分の隣の椅子を二度叩いた。


「落ち着きなよ。一杯驕るよ、お嬢ちゃん」

「いらねーよ」

「そんな可愛くない事言うなよ」


 そう言ってそっぽを向く女の子にも、ハルの態度が変わることはなかった。


 大人がこれだけ相手をしてもダメなんだから、きっと何を言ったってダメだ。

 どこまでも不躾な態度に振り回されるな、と思いながらもイライラが募っていく。


 〝ババア〟という言葉を思い出しただけで、面白いくらいグサグサ刺さる。


 この焦燥感は何だろう。

 みんなが感じるものではないのだろうか。


 今のまま年を重ねて、自分には一体、何が残るんだろう。

 きっと、何も残らない。


 本当に嫌になる。

 嫌になるからまた、現実逃避。


 完全なお荷物を引き寄せてしまった合コンの日から計算して何箱か目のタバコを取り出して、ライターで火をつけた。


「可愛い顔は活用した方がいいよ。男は好きだよ。顔がいい女は」

「衣織くんのタイプではなかったってだけで」


 ハルが言い終わってすぐ、美来は唇からタバコを離したタイミングで飛び切りの笑顔を張り付けて言い放った。


「喧嘩売ってんの?」


 眉間に皺を寄せた女の子は、そういって美来の方へ一歩踏み出す。


「馬鹿か、お前。煽んな」


 ハルはそう言うと、隣に座る美来の頭を軽く叩いた。

 入口のベルが鳴る。

 三人が同時に声の方向を見ると、そこには衣織がいた。


「そこ、いい?」

「衣織……」


 少し横に避ける女の子に視線を向けた衣織はじーっと彼女の顔を見ている。

 何でここにいるの? と唖然としている美来をよそに、衣織は女の子を見ている。もしかして彼の視界には霧でもかかっているのだろうかと思うくらい、じっくりと女の子を注視していた。


「ごめん。誰だっけ?」


 もしかすると言われ慣れているのか。女の子は驚く様子も見せず、ただ悲しそうに俯くだけ。

 衣織は女の子が何も答えない事を知ると、大して興味も無さそうに美来の隣に腰を下ろした。


「何でここに? 何やってるの?」

「ストーカーしてきた」


 そうか、ストーカーしてきたのか。と納得しようとした自分をぶん殴りたい。

 しかし衣織は何を思われても平気と言わんばかりに、美来に笑顔を向けている。


「おー、またすげーのが来た。お前の周り倫理観どうなってんの?」


 ハルは感心したような、めんどくさそうな態度でそういう。

 もう、ツッコむこともめんどくさい。


 衣織はすぐに、美来越しにじっとハルを見つめる。

 巻き込まれては面倒だと思ったのだろう。その視線にハルは気付かぬふりを決め込んで、酒を飲んでいた。


「ねえ、美来さん。この人と身体の関係あるの?」

「ないよ」

「じゃあ、彼氏候補?」

「ありえない」

「そっか」


 何に納得したのか知らないが、衣織はハルに笑いかけた。


「じゃあ俺、お兄さんの事好きだよ。仲良くしよ」

「……コイツ、何言ってんだ」


 通訳しろ、と言いたいのか。ハルは少し間を開けてそう言うと美来を見た。


「彼氏候補なら排除したいんじゃない? 知らないけど。本人に聞きなよ」

「どういう理由で?」

「私の顔面が好きなんだって」


 とうとうハル同様、面倒くさくなった美来はもうどうでもいいから、子ども二人は早く帰ってくれないかなと思っていた。


「あのさ。そういうの言わないのが大人のマナーってヤツなんだけどさ、お前自分が最低って自覚ある?」

「ない」


 ハルの問いかけに、衣織は飛び切りの笑顔を張り付けて返事をする。

 私を挟んで会話をするのはやめてくれ、と思ったが、今それを言うとややこしくなりそうだったので、溜息を吐くだけにとどめた。


 綺麗だという自覚は昔からあった。

 いい事ばかりじゃない。仲良くしていると勝手に勘違いされて告白されたり。だってあーだったこーだったと、自分を好きな素振りを見せていたじゃないかと語る男に、そんなつもりはなかったと返すと、次の日から思わせぶりな態度をとる女だと言われるし。


 20を過ぎてからだ。それでも自分は恵まれている方だと思ったのは。


 まるで学生時代の時のような閉鎖的な感覚。

 顔の良さでこのレベルの面倒ごとを引き寄せるのは、久しぶりだ。


 本気で面倒くさいと思う反面、悪くないとも思うこの両極端な気持ち。


 どうにかしてこのざわつきを抑えたいのに、抑える方法を知らない。


 結局それからすぐ、女の子は泣きそうな顔をして帰って行って、「今日は帰って」という美来の言葉を聞くこともなく、衣織はスナックみさに入り浸った。


 そしてママの美妙子のハートまでしっかりと奪っていた。

 帰る頃にはすっかりその場の雰囲気になじんでいた。


「美来さん、一緒に帰ろ。家まで送るから」


 衣織の性格は分かった。

 提案を断るのは至難の業だ。言いくるめられるに違いない。

 そしてきっと、なんだかんだと理由をつけて泊まろうとするのだ。


 そうはさせるか。

 ついさっき女関係でトラブルに巻き込まれたばかりなんだ。


「じゃーね、美来さん」


 しかし、衣織はそう言うと、家に上がろうともせずあっさりと踵を返す。


 こんな時間まで付き合ったんだから、無理矢理な理由をつけてでも部屋に転がり込んで泊っていくものだとばかり思っていた美来は拍子抜けした。


 なんかちょっと気を張って損した。


 泊っていかないんだ。

 そう思うとなんだか、寂しい。


「いや、バカか私は」


 衣織の背中を見送り切るより前に、アパートの中に入った。

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