八話 千年日記【1】
きつい物言いの描写、思想に関する描写が若干あります。幻想種が登場しますが、独自解釈が含まれています。新しい登場人物が出てきます。
「────え」
ル・リエ王国王都に聳える王城、その城の執務室にて三毛の珍獣が怪訝な顔でルシファーを振り返る。
ルシファーは書類にサラサラと記入しながら続ける。
「だからな、其方とユルバン君でエルフの島に行ってほしいのよ。おぬはほら、先の拉致未遂事件でグウィネヴィアからお出かけ禁止令を出されているから、暫く何処にも行けんのよ」
珍獣────マギアは横になっていたクッションから身を起こすと、トコトコとルシファーの机に歩み寄り、ぴょいっと飛び乗った。
マギアは竜鼠と呼ばれる地竜の一種で、竜種の中では最小ながらも古竜に分類されている稀少種だ。姿はモルモットに似ているが、ロップイヤーと頭頂部に二本の小さな角が生えている。
マギアは机の上ですっくと直立すると、魚のように丸い目をキロッ、と動かしてルシファーに確認をするように聞き返す。
「本気?あいつらが、オレらのこと島に上げてくれると思う?」
マギアの質問にルシファーは書類を作成しながら答える。
「受け入れざるを得ないだろ。長のエーアデ君なら受け入れるさ」
「門前払いされたら?」
ルシファーは手を止め、マギアと正面から目を合わせるとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ユルバン君に任せるさ」
「不法侵入しろとさ」
マギアはバリっ、とクッキーを鋭利な牙で噛み砕きながら言った。焼き過ぎたのか、やけに硬いクッキーだ。
テーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛け、黙って話を聞いていたユルバンだったが、マギアの最後の一言に眉を顰める。
「何じゃそりゃ」
マギアは紅茶でクッキーを流し込むと、深い溜息を吐く。
ルシファーからの命令をユルバンに伝えるために、マギアは狂人館を訪れていた。丁度クッキーが焼き上がった所だったようで、いただきながら例の案件を話していたのだ。
「要はどうにかこうにかして、長のエーアデに会えってことなんだろうよ。ルゥがはっきり言った訳じゃないけれど、あいつとは付き合いが長いからな。言わんとしていることは何となくわかる。
要するにこの前の拉致未遂事件には何か裏があって、長のエーアデが絡んでいるってことなんだろうよ」
ふむ、とユルバンは思考を巡らせる。
「師匠の推理だと、拉致未遂事件はエーアデが主犯ってことになるんだろうけれど。それをしてエルフに何のメリットがあるんだろ?」
う〜ん、と一人と一匹が考え込んでいると、フワリフワリと白くて丸い綿の塊みたいな物がマギアの頭の天辺に下りて、パチッ、と大きな目を開いた。
「ピィー……ピィー‥…」
綿毛の生き物がか細い声で鳴く。
「おぉ!白玉じゃないか。元気にしてたかぁ?」
マギアがそう尋ねると、白玉と呼ばれたその生き物は鰭のような手をパタパタと嬉しそうに動かした。
白玉はケセランパセランと呼ばれる妖怪の一種で幸福をもたらすと言われており、日本の北部では代々ケセランパセランを継承する家もあるという。
白玉はユルバンが日本に滞在していた頃に彷徨っている所に遭遇し、保護したのが出会いだ。以降、ユルバンと共に狂人館に住んでいる。
さて、とマギアはティーカップを置くと、改まるように座り直す。
「どうする?行っても良い思いはしないだろうけれど、行くか?」
その言葉に待ってました、と言わんばかりにユルバンは顔を輝かせる。
「勿論────行く!面白そう!」
「こんの似た物師弟……」
ワクワクするユルバンにマギアは呆れたように溜息を吐いた。
マギアはユルバンからペンと紙を借りると、サラサラと何かを書いた。そして、腹部にある袋に前脚を突っ込むと中からニュッ、とインコ位の大きさの絡繰仕掛けの鳥を取り出した。
竜鼠はコアラやカンガルーのような有袋類が持つ袋を腹部に持っており、その中は四次元空間となっている。本来の用途は採取した木の実や巣材を一時的に入れておくものなのだろうが、マギアは鞄代わりに色んな物を入れている。
紙を絡繰鳥の脚についている小さな筒に入れると、マギアは窓から鳥を飛ばした。どういう仕掛けかはわからないが、絡繰鳥は機械的な羽音を立てて空高く飛んで行った。
絡繰鳥を見送り、マギアは窓を閉めてソファーに戻って来た。
「ルゥの所に手紙を送った。多分すぐ返事が来るだろうから、少し待とう」
紅茶を飲むマギアに、ユルバンは思い出したようにある質問をした。
「前々から思っていたけれど、エルフって何で師匠に冷たいのさ。その割には国に侵攻しようとか、玉座を簒奪しようとかいう気はなさそうだよね」
ユルバンの疑問にマギアはあぁ、と気の抜けた返事をしてティーカップを置いた。
「それについてはかなり長い話になるけど、いいか?」
「勿論。お願いするよ」
ユルバンが頷くと、マギアはもう一口紅茶を飲んで喉を潤してから話し始めた。
「まず、今ある文明より前に古代文明時代と旧文明時代という二つの時代があったんだ。どっちも今、天にいる神によって滅ぼされたんだけれど、ルゥが堕天したのが旧文明時代初期の出来事なんだ。
堕ちた理由はさておき、ルゥが地上に落下した際あいつの肉体は衝撃で飛び散った。飛散したルゥの骨や肉片から様々な魔物や幻想種が派生した。ドワーフはその最たる種族だな。
んで、エルフってのはそのルゥから生まれた者達の抑止力として神が直々に創造した種族で、だからルゥやその一族、魔物と敵対する立場にある────て、ことになってる」
「なってる?」
うん、とマギアは渋い表情で頷く。
「これはエルフ達が勝手に言っていることだから、真実かどうかはわからないってことさ。実のところ、ルゥもどの種族が自分から生まれたかなんか憶えちゃいないだろうしな」
一息つくとマギアは紅茶を飲んだ。その頭上で白玉が大きな欠伸をして伸びをした。どうやら白玉にとってはあまり面白くない話のようだ。
んで、とマギアは話を続ける。
「旧文明時代が終わって、今の時代になって暫くしてからエルフが住み易い土地が減っていったんだ。それで土地を求めてこの国に来たんだが、よりにもよってあいつらが選んだのはあの無人島だったんだよ」
「あ〜」
ユルバンは大きく頷いた。
この国に曰くつきの場所が建造物を含めていくつかある。そのうちの一つがエルフ達が住んでいる島だ。元は無人島で、人どころか生き物が一切棲んでいない生命の息遣いが感じられない島だった。緑豊かな自然はあるものの、鳥さえあの島では羽を休めない。何故なら────
ユルバンは成る程、と呟く。
「あの島には飲める水がない。掘れども出てくるのは海水ばかり。苦労しただろうね」
「そ。だからルゥはなるべくあの島には住ませたくなかったんだけれど、当時のエルフの長は自分達に渡せと一歩も引かなかった。ルゥはあの島の不便さをとくとくと説明したけれど、自分達で何とかするの一点張りで、結局ルゥが折れてエルフ達はあの島に住み始めたんだけれども……」
あぁ、とユルバンは気の抜けた声で頷いた。
「飲み水がないからすぐにダウンしたのか。師匠のことだからそうなることは見抜いていただろうし。おそらくすぐにライフラインを整備したんでしょ?」
こくり、とマギアは頷いた。
「それ以降、連中はルゥと距離は置いても突っかかることはなくなった。エルフってのは賢者と言われて、その美しさから憧れの的だけれど、実際は周囲からの評価をとんでもなく気にする性格なんだよ。自分達が住める環境を整えてくれたのに、その後に国に攻め入ったら他の種族から悪い噂が立ちかねないから、オレ達を攻撃してくることはないのさ。常に噂に神経を擦り減らしている連中なんだよ」
周りが思っているような理想の種族ではないということか。ユルバンはエルフの美しさが途端にとても儚いもののように思えてきた。
長い長い寿命を持つエルフにとって、生涯周りからの評価を気にし続けて生きるというのは大変だろうに。最高の種族というエルフのプライドがそうさせるのだろうか?
(わかんないなぁ……)
ユルバンは元は有限の命を持つ人間で、その後人為的に悠久の時を生きる存在になったのだが、だからといって自分をよく見せようという考えも、プライドもなかった。ただただ、魔法と薬の研究に日々を費やして、親しい人達とお茶をしながら話したり、人間の時と何ら変わらない日常を過ごして────その中でユルバンは、自分達が他種族より優れていると思ったことは一度もなかった。そう、一度も────
マギアの話を聞く限りでは、エルフは自分達を如何によく見せるかということに悠久の時を費やしているように思える。ただ、マギアの個人的な意見が含まれていることも否めないので、ユルバンは実際にエルフに会って話してみたいと思った。
(話して師匠との亀裂が埋まるとは思えないけれど、まずは相手を知るところから始めないと……)
相互理解は難しいかもしれないが、ユルバンがエルフのことを理解することはできる。そのためにも、彼らの住む島に渡らなければならないのだ。
八話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回のお話はずっと書きたいな、と思っていた内容なのでとても楽しく書かせていただきました。エルフに対する独自解釈がふんだんに盛り込まれているのですが、私の中で「エルフって、実はこんなんだったりして?」という設定が今後沢山出てきます。
ご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。