九話 千年日記【2】
やや偏った意見を言う場面があります。怪我をする描写があります。独自設定が追加されている描写があります。
ユルバンは頭に刺さった硝子片を一つ一つ丁寧に抜いた。痛みはあるが血が出ている様子はなく、無論硝子片にも血液は一滴も付着していなかった。
何故、ユルバンの頭に硝子片が刺さっているかというと、丁度マギアの話が終わったところに大きな烏が窓を突き破って部屋に突入して来たのだ。その時、咄嗟にマギアと白玉を庇ったユルバンの頭にいくつかの硝子片が突き刺さってしまったという訳だ。
そして今、一人と一匹はその突入烏の背に乗ってエルフ達が住む島を目指しているところだった。
白玉はどうやら気乗りしないらしく、館に残ることを選んだ。元々、屋内を好む妖怪故案件に関わらず外に出ること自体気乗りしないのかもしれない。
さて、彼らが乗っているの八咫烏は日本という島国に古来から生息すると言われている、神話に登場する神鳥だ。一部の八咫烏がこの王国に棲み、王族の伝令役として王家に連なる者達にルシファーの言葉を伝えている。王家の敷地内に彼らが暮らす領域があるらしいが、結界が張ってあるのか誰も見たことがない。彼らは何処からともなく現れ、王の言の葉をその翼に乗せて飛ぶのだ。
「エルフの長エーアデ殿には、貴方達二人が空から来ることを伝えてありますので、ご安心ください」
烏の声は意外と若く、少年のようだった。
「流石は薄暮。礼を言うぞ」
マギアは感謝の言葉を述べながら、烏の頭をポンポンと撫でる。
薄暮、と呼ばれた八咫烏はへへっ、と照れくさそうに笑う。このやり取りから察するに、マギアとこの八咫烏は面識があるのだろう。マギアは王家直属の者ではないが、王家とそれに連なる者達とはよく交流しているため、ルシファーを通して八咫烏と繋がっていても不思議ではない。
(人脈が広いんだなぁ)
ユルバンはマギアの顔の広さに感心した。
暫くすると、眼下にエルフ達が住む島が見えてきた。薄暮は緩やかに高度を下げ、小さな桟橋の上に降りた。
ユルバンはマギアを抱えて桟橋に立ち、辺りを見回した。穏やかな波の音と、潮風が香るのみで特におかしなことはない。
「あれ?」
ユルバンは思わず声を上げて首を傾げた。
ルシファーを拉致してでも島に呼びたかった位だから、何か島に問題が生じたのではと考えていたのだが、今のところその気配は全くない。
怪訝な表情を浮かべるユルバンを、マギアは彼の腕の中で訝しそうに見上げる。
一人と一匹が考え込んでいると、バサッ、と薄暮が翼を広げた。
「では、僕は一旦失礼します。お帰りの際はこの笛を吹いてください」
そう言うと、薄暮は羽毛の中から小さな貝の笛を取り出してユルバンに差し出した。
ユルバンは貝笛を受け取るとマギアに渡し、彼は自身の腹部にある袋にそれを入れた。
薄暮はそれら全てを見届けると、ぺこりとお辞儀をして飛び去って行った。
本土へと飛び去る八咫烏を見送りながら、ユルバンは呟いた。
「本土とそんなに離れていないんだ……」
「けれど、舟だとそれなりに時間がかかるんだよ。この島、中途半端な場所にあるからな」
マギアの言葉にあぁ、と頷くとユルバンはくるりと向きを変えてエルフ達が暮らす島の中心部に向かって歩き出した。マギアはユルバンの腕から器用に彼の肩に登った。
島の内部は然程高低差はなく、なだらかで歩き易かった。島の中を流れる小さな川がいくつかあったが、どの川の水も飲むことができた。どうやらルシファーが整備したライフラインは今もちゃんと機能しているようだ。やはり島に問題があるようには見えない。
ユルバンは頭の上から背中に手を回すと、何処からともなく杖を取り出した。湾曲したトネリコ製の柄に、真鍮製の穴熊の頭を模した飾りがついた杖はユルバン専用で彼にしか扱えない。無論、ルシファーもこの杖で魔法を使うことはできない。
ユルバンが杖を掲げると、穴熊の両目から小さな火が一瞬燃え上がって静かになった。
首を傾げながらユルバンは杖を下ろす。
「やっぱり、この島自体に問題はなさそうだ」
考え込むユルバンの顔をマギアが覗き込む。
「だとしたら、エルフに問題が生じているのかもな」
一人と一匹は顔を見合わせると、深い溜息を吐いて奥地に向かって歩き出した。
それはとても厄介なことになりそうだ。
マギアはユルバンの肩の上で頬杖をつく。
「エルフって、確かに種の中では上位に相当するけれど、謎な部分が沢山あるんだよ。ドワーフみたいにルーツや生態系がはっきり判明していないし、自分語りはしない連中だから何を考えているのかはわからない。だから、今回の呼び出しの理由もわからない」
ブニ、とマギアはユルバンの肩に顎を乗せて大きな溜息を吐いた。
「わかっているのは食生活で、基本的に獣の肉は口にせず、硬いパンを主食に、野菜やハーブを食べる。祝い事の時だけ魚を食べる習慣があるけれど、調味料は基本的に使わず、素材の味を重視する。料理によっては塩を使うこともあるが、かな〜り薄味。濃い〜味付けを好むドワーフからは評判が悪い。
野菜を茹でたり、スープに使う水は基本的に祝福を施した聖水で、悪しき者は決して口にしないんだが────」
「師匠はガブガブ飲んでいたねぇ」
ユルバンがマギアの言葉を繋げる。
ルシファーに聖水は効かない。神の教えを説く者や神聖なる者からしたら暴挙だろうが、彼は時々酒を聖水で割って飲むことがある程聖水への耐性が異常に高い。
そもそもルシファーは元は大天使であり、堕ちたとてその神聖が全く失われるかというとそういう訳ではないようで、別段彼は神聖なものを目にしたり、耳にしたりしてもけろっとしている。神聖耐性については他にも理由はあるのだが、それは追々。
それにしても、とユルバンは森の奥に目を凝らす。
「な、何も見えてこないんだけど……!?」
島の最奥にあるというエルフの集落その中心、歴代エルフ長とその重臣達が住まう館が建ち並ぶと聞いていたが、それらしい建物は一向に見えない。それどころかどんどん緑が深くなっているような気がする。
(もしかして────)
ユルバンは杖を構えると、横に薙ぎ払うように大きく振って詠唱した。
「野火────!」
ゴォッ、と杖から炎が迸ると周りの木々や草、花を焼き払った。火は止まることなく辺りの風景を焼き払い、そしてそれが徐々に姿を現し始めた。
マギアはくっと背筋を伸ばして変化する周囲を見回して頷いた。
「成る程。迷彩魔法か!エルフは結界魔法や隠匿魔法が得意と聞いてはいたが、実物を目にしたのは初めてだ!」
ユルバンが放った火は、エルフが魔法で隠していた彼らの居城を暴き出す。
大理石の建造物がユルバンとマギアの眼前に建ち並び、荘厳ながらも清らかで穏やかな風景が姿を現した。そして、一人のエルフが立っていた。
マギアがコソッ、とユルバンに耳打ちをする。
「フォルモントだ。旧時代のエルフの生き残りで、若い頃は最強の女戦士と謳われた武人。今は結界魔法に特化した魔法使いだ。要するに、あの迷彩魔法はあいつの仕業だな」
成る程、とユルバンは頷いた。
フォルモント────その名声にはユルバンも聞き覚えがある。豪奢な金髪に黄金の瞳、その美貌に自惚れることなく人格者であり、異性同性問わず尊敬されている高位のエルフ。旧時代からの生き残りであり、ルシファーとはその頃から因縁があるようだが、両者の詳しいことは不明。結界魔法に特化しており、島に観光客等が近づかないよう人払いの結界を張っている張本人だ。
フォルモントはユルバンをじっ、と見つめたまま動かない。その表情は怪訝そうで、とても悩んでいるように見えた。
ユルバンは首を傾げる。
(俺、何かしたかな?)
結界を焼き払ったのがまずかったか?いやしかし、結界をどうにかしなくては話が進まない。
いつまでも突っ立っていられないので、ユルバンは自ら一歩前に進み出て挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ルシファーの名代として参りました。宮廷魔法使いのユルバンと申します。長エーアデ様にお目通り願いたく────」
ビッ、とフォルモントは右の掌を前に突き出すと、ユルバンの口上を遮った。
「ユルバン、とやら。話は長から聞いています。私について来なさい」
静かながらも大気を震わす力強い口調、そして上から目線な態度にユルバンは苦手意識を感じたが深く頭を下げると彼女の後に続いた。
九話を読んでいただき、ありがとうございます。
エルフという種族はいつの時代も、何処でも、誰もが憧れる優れた種族というイメージが強いです。色んなことを知っている森の賢者みたいな存在ですね。
私はエルフは文武両道というイメージがあります。はい。
ご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。




