七話 ルシファーとユルバン【7】
捕食描写と若干の暴力表現があります。
ゾンネとモーントはエルフの中でも比較的若い戦士だった。若いながらも智恵と武勇に優れ、エルフ長一族への忠誠心も高かったことから、現長のエーアデの側近に召し抱えられた。
ゾンネは魔法と剣の使い手で、モーントは弓の名手だった。二人共自分の腕には自信があり、エルフの中でも突出していることは自他共に認めていた。
ただ、彼らはあまりにも外を知らな過ぎた。上には上がいるということを。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃ!?」
ゾントとモーントはやる気のないピポグリフを必死に駆る────というよりは、この状況に騎手共々驚いたピポグリフ達が驚愕、恐怖から逃げ惑っているのだが────
「何で何で何で何で何でエェェェェェェ!?」
ゾントは目に涙を浮かべて泣き喚きながらも手綱をしっかりと握り、必死に逃げた。モーントも泣きはしなかったが必死の形相で逃げる。二人以上に必死の形相で爆速で飛行するピポグリフ二頭。ル・リエ王国上空ではパニック映画さながらの光景が繰り広げられていた。
ゾントは何度も後ろを振り返っては、その都度悲鳴を上げる程怯えていた。
「何で!?魔法で顔を吹っ飛ばしたのに、何であいつ無事なの!?確かに吹っ飛んだじゃん!?」
ゾントが放った彗星が追って来た追手の魔法使いの顔面に直撃。肉が焼ける臭いと、黒煙を上げながら魔法使いは地上に落ちて行った────筈だった。
魔法使いが落下したのを見送り、二人が安堵した直後、彼は数秒後に彼らの前に現れた。顔は無傷で、とても魔法が当たった直後とは思えない程綺麗だった。そして、その瞳は真っ赤に燃えており、二人とピポグリフを見下ろした。
あり得ない光景を目の当たりにしたからか、それとも眼前の者に絶対的強者の面影を見たのか、ヒポグリフ達はガタガタと震え出し、ゾントとモーントが指示を出す前に猛スピードで島に向かって飛行を始めた。 二人は突然のことに驚いたのと同時に、もうこれはヒポグリフに任せるしかないと、自分達は手綱を握ることに集中した。
あまりの恐怖にピーピー泣き喚くゾントにモーントが恐怖を抑えながら口を開いた。
「た、確かルシファーの弟子にとんでもない魔法使いがいるって、聞いたことがある!元は人間だったけれど、ルシファーの血に完全適合できた、珍しい個体だって。確か名前は────」
「ユルバンです」
真上から声が降って来たので、二人は恐る恐る視線を上に上げると、本気のヒポグリフに余裕で追いついている魔法使いの姿があった。彼はニコッ、と微笑む。
「以後お見知りおきを」
「ピギャアァァァァァァァァ!!」
ゾントとモーントが悲鳴を上げる前に、二頭のヒポグリフが大絶叫して上空で暴れ出した。あまりの恐怖にパニック状態に陥ったのだろう。すると、竜蛇を掴んでいたヒポグリフが思わず離してしまい、竜蛇は地上に真っ逆さまに落ちて行った。
ユルバンは杖を竜蛇に向けて魔法を放つ。
「浮雲」
すると、竜蛇が地面に直撃する直前に何処からともなく雲が現れ、受け止めた。竜蛇はポカンと訳がわからないといった表情で雲の上で伸びている。
一方、上空ではパニックになって前にも後ろにも進めないヒポグリフ二頭が暴れていた。
ゾントは何とかヒポグリフを落ち着かせようと右手を掲げる。
(仕方ない!魔法で大人しくさせて────)
そう思った刹那、ゾントの脳天から衝撃が駆け抜けた。何かが頭に当たったのだろうが、そのまま気を失ってしまったので何が起きたのかゾントにはわからない。わからないまま、ゾントはヒポグリフの背からずるりと落ち、真っ逆さまに落下した。
何が起きたのかというと、ゾントが魔法でヒポグリフを大人しくさせようとした時に、ユルバンがそれを阻止しようと杖で素早くその脳天を強打したのだ。エルフは人よりは頑丈だから、杖で殴った位では死なない。
気絶したゾントは竜蛇と同じ、浮雲の上に落ちた。
一方、地上では落下地点に駆けつけたニルが浮雲の上で伸びる竜蛇とゾントを見比べ、首を傾げる。
「…………………誰?」
ゾントを乗せていたヒポグリフは主を置いて一目散にその場から離脱し、モーントが駆るヒポグリフも逃げ出したそうに暴れ続けているが、モーントが何とか制御しようと手綱を話さない。その状況を見て、ユルバンはしまったと後悔した。
ルシファーを見て野生動物が自ら道を開けたのなら、その血が流れているユルバンにも同じようなことができるのではと思い、ヒポグリフで試してみたのだ。結果、ヒポグリフは予想以上にユルバンの中に絶対強者たるルシファーの姿を見たようで、蛇に睨まれた蛙を通り越して蘇った恐竜から逃げ惑う人間のような錯乱状態に陥ってしまった。
ユルバンは天を仰ぐ。
(浮雲の効果はまだ持続しているな。よし、ヒポグリフを魔法で大人しくさせるしかないか)
ユルバンは杖を両手で持ち、ヒポグリフに向ける。
「擬似展開・アイギスの盾」
杖が青白く光り、くるりと回すと魔法で編まれた盾が顕現した。その盾には蛇の髪を持つ女性の顔がついており、彼女が開眼した瞬間、ヒポグリフとモーントは空中で硬直、そのままゾントの後を追うように落下して行った。
アイギスの盾はギリシャ神話に登場する有名な盾だ。盾の表面についている顔はメデューサの首で、見たものを石化させる力がある。これは、そのアイギスの盾のメデューサの力のみを魔法として顕現させたもので、例え目が合わずともメデューサが睨んだものを石化させることができるようにユルバンが考案した魔法だ。他にも名だたる武器の力のみを魔法として発動させる魔法を彼は開発している。
ユルバンはくるっ、と杖を回して持ち直した。
(今頃、竜蛇は師匠を吐き戻している頃だろう。この件は一段落してから師匠に相談して、エルフの処遇を考えてもらおう)
ユルバンは溜息を吐くと、ゆっくりと地上に降下した。地上では既に竜蛇がルシファーを吐き出そうとゲェゲェえずいており、その背中をニルがさすっていた。そして、その傍らには石化したエルフとヒポグリフと気絶したエルフの姿があった。
ユルバンの姿を見ると、ニルはくいっと親指で石化した一人と一頭を指さす。
「身体のパーツが折れないように浮雲から下ろしたが、エルフの外套が折れたぞ」
あぁ、とユルバンは気の抜けた返事をした。
「外套なら後で縫えるから大丈夫でしょ」
「疲れているな?」
ニルがそう尋ねるとユルバンは、ははっ、と乾いた声で笑った。その表情は引き攣っている。
「疲れるよ、そりゃ。だって────」
ユルバンが言いかけた刹那、ゲヘェッ、と竜蛇が大きくえずいてルシファーを吐き出した。ドチャ、と音を立てて地面に落ちた涎と胃液まみれのルシファーを見て、ユルバンとニルはお互い顔を見合わせて肩をすくめた。
「────この後、師匠を風呂に入れなきゃいけないことを考えるとね」
事後処理というのが最も疲れる。日頃からルシファーも言っていることで、終わった時にこの後どう処理しようかと一番悩むらしい。
今回の件でエルフを追及しなければいけないし、彼らを処罰しない訳にはいかない。王家がどう判断するかはわからないが、この後が厄介なことであることは間違いない。
ユルバンはそれらをひとまず置いておいて、ふぅ、と息を吐くとニルに笑いかけた。
「帰ろうか」
ただ、今はとても家に帰りたかった。
後日、ユルバンはルシファーに何故竜蛇から逃げなかったのか、何故素直に飲み込まれたのかを聞いたところ、当の本人は少し考えるように視線だけを上に向けて、
「…………昔、其方がまだ弟子入りする前に我が妻グウィネヴィアを怒らせたことがあってな。その時に妻の息のかかった竜蛇に飲み込まれて、吐き出された先がカリブ海辺りの無人島だったんよ。当時は携帯電話がなかったから、連絡のしようがなくてな。半年はいたと思う。
まるで日本のドッキリ番組みたいな展開だったんで、もしかして今回もそうなのかなって……」
「最近、グウィネヴィアを怒らせるようなことしたの?」
ユルバンが尋ねるとルシファーはうっ、と押し黙ってギュム、と口を結んだ。
師のその様子を見たユルバンは呆れた表情を浮かべる。
「謝った方がいいよ。俺も一緒に行くから」
ユルバンに連れられ、ルシファーは重い足取りで妻グウィネヴィアの元に謝りに行くことになったのだが、内容は兎も角として正妻の逆鱗に触れたことに間違いはなく、後日ユルバンは森の中の木に吊るされているルシファーを目撃することになるのだった。
七話目を読んでくださり、ありがとうございます。
今回はピポグリフの増殖を抑えることができました。はい。安心しています。
あまりタイトルにかかっていない内容だったかなと思ったのですが、ルシファーとユルバンの関係を最初は緩く書けたらいいかな、と思って書きました。
ご縁がありましたら、よろしくお願いします。




