六話 ルシファーとユルバン【6】
戦闘描写があります。人を罵倒する描写があります。
元来、神秘は文明の陰でひっそりと息づくものだった。人々の目に滅多に触れることがなく、時々浮上して顔を覗かせる、故に神秘は神聖で、尊いものなのだ。
ただ、時代の流れと共にその意味を歪曲させる者達が現れ、神秘を秘匿し、独占し始めた。先祖の言葉を守る者と誤った言い伝えに従おうとする者────神秘の世界はひどく荒れた。
すさぶ神秘の世界に追い討ちをかけるように科学が発展し始め、幻獣達も棲家を追われた。中には上手く隠れて生活をする者もいたが、殆どはルシファーが治めるル・リエ王国に移住した。エルフやドワーフもそうした者達であったが、ドワーフはルシファーに友好的なのに対し、エルフは頑なに彼と関わることを拒み、王国領海にある無人島を自治区として住み始めて現在に至る。
エルフ達が住む無人島は七個の島が密集しており、長とその家族や親戚が住む島、兵士が住む島、市民が住む島と住み分けて暮らしていた。そして、世にも珍しいピポグリフの生息地でもあった。
「あいつら、飼い慣らしていたのか」
ニルは王城内の螺旋階段を上がりながらぼそっとぼやいた。彼の前を歩くユルバンはうん、と頷く。
「グリフォンと比べると気性は穏やかだからね。まぁ、それでもかなり時間はかかっただろうし、その間に死人は出たと思うけれどね」
幻獣は基本的に懐かない。生まれた時から世話を続けていれば懐くが、途中から飼い慣らそうとしてもそれはかなり困難な道のりであり、中には十年以上かかっても懐かず断念するという話も聞く。
以前、ルシファーは処女しか乗せないというユニコーンに乗せろ、と圧をかけて乗せてもらったことがあるらしいが、それは彼だからできることであってまず他の人には不可能だ。蹴り飛ばされて死ぬ。
(あ!でも俺もただ見つめていただけで野生の熊が道を譲ってくれたことあったな。あれってそういうこと!?)
ユルバンは昔山で出会った熊のことを思い出し、はっとした。もしかしたら、熊はユルバンの中に流れるルシファーの血を嗅ぎ取ったのかもしれない。
ユルバンはふむ、と考えた。
(もしかしたら、使えるかも……)
二人が螺旋階段を上がると、開けた場所に出た。そこには円形状の台座があり、古い望遠鏡が置かれていた。ここは、星見台だ。丁度王城の裏手にあり、晴れていればユルバンの屋敷からも見え、方角はエルフの自治区に向いている。
ユルバンは望遠鏡を傾けて覗き込むと、ニヤッと笑った。遠くの方に二つの空飛ぶ影が見えた。片方は安定した飛行だが、もう片方は足で何かを掴んでいるせいかフラフラと不安定な飛び方をしている。
「見つけた。やっぱり無人島の方角に飛んで行く」
ニルは腕組みをしながら溜息を吐く。
「それで?どうするんだよ。さっきみたいに彗星で撃ち落とすか?」
彗星はその名の通り、ほうき星の如く尾を引いて対象に飛んでいく魔法だ。攻撃魔法の基本とされており、最も簡単な魔法なのだが出が速く、多くの魔法使いに重宝されている。
ユルバンは望遠鏡から目を離して首を横に振った。
「いや。彗星の射程範囲から出てしまっているから、ここからだとまずどうやっても当たらない。となれば追いかけるしかない」
ユルバンは杖を取り出すと、軽く横に振った。
「羽化登仙」
そう唱えるとユルバンが纏うボディスーツの背面がばらりと剥がれ、蝶の羽を模った。
「よっ、と」
ユルバンは軽く星見台を蹴り、ふわりと舞い上がる。
ニルは一歩前に出て、頭上を仰ぐ。
「あっちは人を乗せて、更に獲物も持っているからすぐ追いつけるだろ。気をつけろよ」
「ラジャ」
そう言うとユルバンは蝶の羽を羽ばたかせてヒポグリフを追いかけた。
ニルの言う通り、ユルバンとヒポグリフの距離はどんどん詰まっていき、ものの数分で追いついてしまった。ヒポグリフに乗る二人組は顔を隠しておらず、尖った特徴的な耳が見えた。やはり、エルフのようだ。
どうやら人を乗せているからとか、荷物を抱えているからとかではなく、ただ単純に騎乗者の手綱スキルが低いようで、ヒポグリフには申し訳ないが騎乗者が下手なお陰でユルバンでも容易に追いつくことができた。これが手練れであれば、ユルバンは追いつけず、彼らはとっくに自治区に入ってしまっていただろう。
更に付け加えると誘拐犯は二人組なのだが、どちらもユルバンが迫っていることに気がついていない。これはどうしたものかと、ユルバンは若干速度を落として暫く二頭のヒポグリフの後ろを飛行していたのだが、このままだと自治区の領空に入ってしまうので、意を決して声をかけることにした。
すいと二頭のヒポグリフの右横に移動すると、あの、と申し訳なさそうにユルバンは左隣の騎手に声をかけた。騎手は真横に現れたフライングヒューマノイドに驚いて声を上げた。
「うわっ!?並走してる!」
その声に竜蛇を掴んでいるヒポグリフの騎手が驚き、更にその奥でヒポグリフと並んで飛んでいる得体の知れない男に驚く。
「ぎゃっ!?こいつ羽がある!」
あぁ、とユルバンはゆっくり頷いた。
「これは羽化登仙と言って、飛行魔法の一種だよ。自分に翼を生やして飛ぶタイプの魔法で、どんな翼になるかは個人によって異なっていて────」
「魔法について聞いてんじゃねぇんだよ!何で魔法使いがヒポグリフに追いつけるんだよ!?」
どうしよう、とユルバンは悩んだ。
貴方達のスキルが低くてヒポグリフが本来の性能を発揮できていません、とは言いずらいがそれ以外に魔法使いがヒポグリフに追いつける理由が見つからない。
ユルバンが答えに窮して作り笑いを浮かべていると、竜蛇を掴んだヒポグリフの騎手が怒鳴る。
「答えろやっ!」
「島のエルフですよね?」
「質問を質問で返すなっ!」
「こちらも質問には答えるので、そっちも答えてください。まず、何故俺が貴方達に追いつけたかというと、その……貴方達の手綱スキルが低いからです……」
騎手二人が口を開けて沈黙する中、ユルバンは解説を続ける。
「乗り手と乗られる側の信頼関係が百パーセントであれば、乗り手の意思を汲み取って彼らは動いてくれます。けれど、お互いの信頼関係ができていないと、百パーセントの力は発揮できない。これは馬でもロバでも、ラクダでも同じです。
ヒポグリフは幻獣────元々懐きにくい種であるため、幼獣の頃から育てるのが基本です。ただ、これも誠心誠意世話をしなければ成獣になっても信頼関係は築けません。
ヒポグリフは麒麟とまではいきませんが、飛行する幻獣の中でもトップクラスに速い生き物です。けれど、この子達は今ジェット機以下の速度で飛んでいる。更に言うと目も死んでいる。多分、嫌々飛んでいるんでしょうね」
嫌々、とユルバンの左隣を飛行するエルフがヒポグリフを見下ろしながらボソッ、と呟く。それまで口をあんぐり開けていた相方のエルフが、はっと我に返るとユルバンに怒鳴り散らした。
「長々と講釈垂れやがって!たかが人間の分際でぇ────」
そう喚くと彼は右手をユルバンに向けて突き出したその腕には、純銀製のブレスレットが見えた。
(あれは────)
ユルバンがブレスレットに目を奪われていると、突如エルフの右手が光った。
「彗星!」
速射された魔法がユルバンの顔面に直撃し、彼は顔から煙を上げながら落下していった。
六話目を呼んでくださり、ありがとうございます。
誤字脱字チェックをしていたらピポグリフが増殖しており、一体ピポグリフとは何者なんだとつっこみを入れながら直しました。はい。
今回もご縁がありましたら、よろしくお願いします。




