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五話 ルシファーとユルバン【5】

 捕食の描写があります。

 血の繋がり故なのかはわからない。けれど、二人の間で起きる奇跡の要因(ファクター)はそれしかないと、ユルバンは考えていた。

 それは虫の知らせのようなもので、ユルバンの身に何かあればルシファーは感知することができたし、その逆も然り。ルシファーとユルバンはお互いの身に起きたことを感じ取ることができるのだ。

 それは、ルシファーが実子とですらできないことであり、ユルバン以外にもルシファーの血に適合した人間はいたが、彼らがルシファーと繋がることはできなかった。ユルバンだけが何故かルシファーと繋がることができるのだ。

 そして今、ユルバンとルシファーは繋がった。

 ユルバンは王城に駆け込むと、まずは普段ルシファーがいるであろう彼の書斎に向かった。彼は大抵、自分の書斎にいて仕事をしているので、まずこの部屋に来れば会える確率は高かった。

 ユルバンは深呼吸をすると、ノックを数回繰り返したが、いずれも返事はなく扉に耳をつけて中の音を聞いてみたが生き物の気配は感じられなかった。

 その様子を見ていたニルが、不安そうにユルバンの顔を覗き込む。

「……なぁ、お父様に何かあったのか?」

 ユルバンは扉から耳を離すと、首を横に振った。

「わからない。けれど、嫌な予感がする」

 ユルバンは右手を頭の上から背中に回すと、何処からともなく一振りの杖を取り出した。歪に曲がったトネリコの枝に、杖の天辺には穴熊の頭を象った真鍮の装飾が施されている。

 ユルバンは杖を高く掲げると、呪文を詠唱した。

「よすが」

 そう唱えると、真っ赤な宝石がはめ込まれた穴熊の目から黄金の蝶がひらりと舞い上がり、その姿を一筋の光の糸に変えた。その光の糸は書斎前の扉から廊下の先に向かって伸びていた。

 ニルはじっとその光の先を見つめる。

「よすが────失せ物捜しの魔法だな。この光はお父様が辿った道ということか」

「行ってみよう」

 ユルバンとニルは光の道を辿った。光は城内の長い廊下を真っ直ぐ伸びており、その先を見ても曲がっている気配はない。この先にあるのはルシファーの趣味部屋とトイレだけだ。

 ルシファーは基本的に書斎に完備されているトイレを使う。故障でもしていない限り、まずフロアのトイレを使うことはない。書斎のトイレも先日修理したので、ルシファーが乱暴な使い方をしなければすぐに壊れるということはないだろう。

 鍵のかかった趣味部屋の前を通過し、二人はフロアに設置されたトイレの前に着いた。鍵はかかっていないが、光がドアの奥に伸びている。一応、ユルバンはノックをしてみたが中から応答はなく、気配もない。

 ユルバンが慎重にドアを開けてみると、中には洋式の水洗便器があるのみで、ルシファーの姿はなかった。滅多に使われないトイレだが、ルシファーが定期的に掃除をしているからきれいではあった。

 ユルバンはトイレの中を一通り見回し、開いている窓に気がついた。換気のための窓だが、人一人位は通れる大きさだ。光の筋は窓を越えた辺りでうっすらと途切れていた。

 まさか落ちたのか、とユルバンが下を見ようと窓枠に手をかけた刹那、ザリ、と何が指先に触れた。見ると生き物の鱗のようで、それを見たユルバンは顔を顰める。そして、窓から顔を出し、周囲を見回した。

「どうした?」

 ニルが尋ねると、ユルバンは振り返って鱗を見せた。

「竜蛇(りゅうじゃ)の鱗だ。一般的な蛇の鱗はこうは剥がれないけれど、竜蛇の鱗は全部独立しているから擦れるとこうして剥がれる。

 おそらく、何者かが竜蛇をこの窓から忍び込ませ、書斎から出て来た師匠を丸飲みさせたんだろう。そして、出て行く時もこの窓を使った」

「誘拐!?」

 ニルが驚きの声を上げると、ユルバンはうん、と頷いた。

「おそらく……」

 いや絶対だ、とユルバンは誘拐を確信していた。ルシファーは生き物として食物連鎖の頂点に立つ存在であるため、その最強生物たる彼を狙う野生の生き物はこの世にまず存在しない。地上最強種の竜ですら彼を襲わない。更に付け加えると竜蛇は地竜の一種であり、姿は蛇に似ているが正真正銘の竜種だ。つまり、率先して自ら最強捕食者であるルシファーを襲うとは考えられない。

(調教、或いは魔法で操作されていたか)

 ユルバンがう〜ん、と眉間を指で押さえて考え込む傍らで、ニルは父親が誘拐されたことにただただ狼狽えていた。

 ユルバンは自分がどうすればいいか結論を出そうと思案した。

(師匠のことだから放っておいても後々けろっと帰って来るとは思うけれど、心配なのは誘拐犯だよなぁ)

 う〜んう〜ん、と悩んでいると、ニルが大きな声で怒鳴った。

「助けに行くのか、行かないのか、どっちなんだよ!?」

「助けに行くよ────犯人を」

「何故!?」

 二人はトイレから出ると、急いで王城の庭に出た。

「なぁ!誰がお父様を攫ったんだよ!?そんで何で犯人を助かるんだよ!?王を攫ったんだぞ?万死に値するじゃないか!」

 ニルは庭に出るなり何かを探すように、しきりに辺りを見回すユルバンに大声で怒鳴った。しかし、ユルバンはその声には答えず、ただただ周囲に目を凝らしていた。

 ニルは大きな溜息を吐いて怒りを募らせる。

(くっそ。何なんだよ!)

 ルシファーが狙われることは珍しくはない。幾度となく危険な目に遭ってきたし、誘拐されたこともないことはない。彼のことだからけろっと帰って来る────そうとわかっていても、ニルは心配せずにはいられなかった。

 なのに、犯人の身を案じるユルバンが理解できない。

 ニルは舌打ちをすると、大股でユルバンに歩み寄って彼の肩をむんずと掴んだ。

「おい!聞いて────」

 そう声をかけた刹那、咄嗟にユルバンがニルの身体を引き寄せ、彼の唇に自分の人差し指を当てた。静かにしろ、という意味だろう。

 むぐ、と口をつぐみ、ニルはユルバンの横顔をまじまじと見つめた。

(…………相変わらずきれいな顔してやがる)

 ニルを抱き寄せる手の温もりが、徐々にニルの身体に伝播していく。その熱に酔うようにユルバンに凭(もた)れかかろうとした刹那────

「見つけた!」

 ユルバンは声を上げるとぱっとニルから手を離し、数歩前へ出て杖を天高く掲げた。

「彗星!」

 カッ、と杖が光ると光が尾を引きながら茂み目掛けて飛んで行き弾け、同時に茂みから長い影がビョンッ、と飛び出て来た。それは大きな蛇だった。ただ、顔は竜に似ていかつく、瞳も蛇とは比べ物にならない程凶暴な色を秘めていた。

 ユルバンも実物を見るのは初めてだが、こんなにも竜に近いものかと驚愕した。

(これが、竜蛇……)

 竜蛇はじっと動かない。よくよく見ると胴体に不自然な膨らみがあり、どうやら何かを飲み込んで動けなくなっているようだ。

 ユルバンは竜蛇に杖を向ける。

(魔法をかけて腹の中の物を吐かせるしかないな)

 詠唱しようとした刹那、大きな影が城の下から天に舞い上がった。何事かと目を奪われていると、その影はユルバン達の目の前で竜蛇の胴体をむんずと掴むと再び空高く舞い上がって飛んで行ってしまった。

(あれは、ピポグリフ?まさか師匠を攫ったのは────)

 ユルバンはピポグリフを追いかけようと身を翻してピタッと立ち止まった。仰向けでニルが倒れている。その顔は不機嫌そうで、何か話しかけたらキレられそうだったが、声をかけない訳にはいかなかった。

「…………ニル。どうして倒れているんだい?」

 ユルバンが恐る恐る声をかけると、ニルは大きな舌打ちをした。

「いきなり抱き寄せたと思ったら、急に手を離したからだろうが!」

 ウガァッ、と吠えるニルにユルバンはただただ謝るしかなかった。

 ニルはユルバンに助け起こされると、ピポグリフが飛んで行った方角を見つめた。

「あれって、ピポグリフだよな?確かあいつらの生息地って────」

 ユルバンは神妙な面持ちで頷く。

「王城裏手の海域にある無人島だ。そして、そこにはエ(・)ル(・)フ(・)が住んでいる」

 先週、第三土曜日と勘違いをして四話目を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。二話立て続けになりますが、本日が予定の第三土曜日なので五話目を投稿しました。

 今回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

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