四話 ルシファーとユルバン【4】
一部、残酷な表現があります。
ル・リエ王国王城は一際高い場所に建っており、その背後の崖下には広大な森が広がり、更にその先は海になっている。
その裏手の海域に十個程の島々からなる無人島がある。そこは神聖な土地とされ、所謂禁足地に指定されている所で観光客は勿論、国民ですら入ることは許されない。時折、神事として王家の人間が出入りすることもあるが、それはあくまで表向きの理由である。
ルシファーが丁度朝の散歩に出る前、まだ日が昇る少し前、その島から一隻の舟がゆっくりと漕ぎ出し、誰にも気づかれずに城の裏での海岸に着いた。
舟からは二つの人影とヒポグリフが二頭降りて来た。人影はフードを目深にかぶり顔を隠しているが、身なりや乗って来た舟のシンプルだが調和の取れた装飾を見るに、ただの遭難者という訳ではなさそうだ。
一人が舟に手を翳すと、舟は一人でに島へ帰って行った。更に二頭のヒポグリフにも手を翳し、音無しの魔法をかけた。これで羽音は聞こえない。
よし、と人影は頷く。
「音無しの魔法をかけた。これで、我らの行動は誰にも気づかれない」
ちらり、ともう一人の人影に顔を向けたが何も反応しない。
「おい。無視をするな────あ」
何かを思い出し、慌ててもう一人に指文字で伝えると、それを見た相方はうんうん、と無言で頷いた。
う〜ん、と人影は頭を捻った。
(この魔法、便利だけれど会話が成立しなくなっちゃうんだよなぁ)
音無しの魔法は、自分達が立てる物音全てを周囲に聞こえなくする魔法で隠密活動に優れているのだが、会話も魔法の範囲内に入ってしまうので任務中だと支障が出てしまうことがある。その改善策として彼らの間では指文字が使われているのだが、そのことを忘れてつい口で話そうとしてしまうことがある。
「ヒポグリフに乗って、城まで行くぞ」
指文字でそう伝えると、相方はまた頷く。
ヒポグリフは馬とグリフォンの交配者で気高い生き物だが、グリフォン程凶暴ではないため、信頼関係を築けば大きな戦力になる。また、親と比べると温厚な性格の個体が多いので、滅多なことがなければ暴れたり、乗り手を蹴り飛ばしたりしない。
二人はそれぞれのヒポグリフに跨ると、白み始める空を一気に駆け抜けた。
現在────
ユルバンとニルが地下牢から森の館に戻ると、玄関先に籠に入った魚が置いてあった。
「ごんぎつねみたいだ」
ユルバンがしげしげと魚を見下ろしながら言うと、ニルが首を横に振る。
「多分、漁村の奴らだろ」
「何か可愛くない?ごんぎつね」
「でもあれ、悲しい話じゃん」
ユルバンは魚が入った籠を抱えて館に入る。
「確かに悲しいけれど、ごんは可愛い狐だよ」
ニルもユルバンに続いて館に入る。
「悪戯狐だろ。畑とか荒らしたり、悪さばかり」
「まぁ、確かに。生活がかかっている人からすれば、悪い狐だろうね」
ユルバンの畑も野生動物に荒らされることがある。けれど、ユルバンは罠を仕掛けたり、鉄線を張ったりはしない。彼の畑の作物は自分と漁村の民の分を作っているのであって、売り物ではない。大切に育てた、という気持ちは勿論あるが、態々食べに山から下りて来るということは、それ程美味しい野菜ということだ。それ故に、ユルバンは畑を荒らされても怒ったりしない。
不気味な廊下を歩きながら、ユルバンはふと思い出した。
(あ。でも、流石に西瓜を育てた時は寝ずの番をしたことがあったなぁ。猪の突進を正面からくらって一時的に呼吸ができなくなったっけ。まぁ、火炙りで喉が焼けるよりましかぁ)
ユルバンはへらぁ、と緩い笑みを浮かべて笑った。その様子を後ろから見ていたニルは訝しげに彼の顔を覗き込んだ。
(また変なこと思い出してんな……)
台所に魚を持って行くと、ユルバンは手を洗って早速魚を捌いて切り身にし始めた。
ユルバンの館に使用人はいない。勿論、調理人も。館のことは全てユルバン一人でやっている。最初こそ大変だったが、段々と優先順位や簡略化できるもの等わかるようになってきて、今では一人で回せるまでになっている。どうしてもという時は魔法の力を借りることがあるが、基本的に日常生活で魔法は使わないようにしている。
ユルバンが切り身にした魚を一切れ一切れ包んでいると、ニルは台所の窓から庭を覗いた。ゴーレムが日光浴をしている。
「あのゴーレム、どうなんだ?」
ニルが尋ねると、ユルバンは手を止めずに答える。
「順調だよ。時々敷地内にある川で水分補給しているし、野菜泥棒も来なくなったし、防犯にも役立ってる」
(野生動物以外のものが来たいたんだな……)
ニルはふぅん、と相槌を打ってそれ以上は追及しなかった。
捌いた魚を包み終えると、ユルバンはそれらを冷凍庫に入れた。
(ふふん!これで暫くおかずに困らないぞ!)
ユルバンはニッ、と得意げに笑って冷凍庫の魚を見下ろした。
(まぁ、米とパン、肉は買わないといけないけれど)
不老不死の身になると、あまり健康を気にしなくなる。大病を患っても辛いし時間はかかるが必ず治る。だからといって暴飲暴食を毎日続けていいかというとそういう訳にもいかない。
冷凍庫を閉めると、ユルバンは使っていたまな板と包丁を洗い始めた。
(人間だった頃は栄養バランスとか気にしたこともあったけれど、人間やめてからは多少偏っても大丈夫になっちゃったからなぁ。まぁ、それでもやっぱりバランスは考えるけれど)
種族によっては生き物の肉を口にしない者達もいる。以前、装備を作ってもらおうと山に住むドワーフを訪ねた時があったのだが、その時の世間話でエルフの料理は不味いという話が上がったことがあった。
エルフの料理は兎に角野菜中心で、生き物の肉といっても獣肉ではなく魚を使った料理で、肉中心の食生活スタイルのドワーフにとっては食べ足りない食事らしい。おまけに、かなり薄味でこれまた調味料やスパイスをしっかり使うドワーフの舌には合わなかったようだ。それ故、ドワーフの間では不味いという評価なのだとか。
ユルバンは洗ったまな板と包丁を立て掛けて自然乾燥させると、次いで自分の手を洗った。
(全員一致の不合格だった、ということか)
ユルバンはドワーフ達が横一列に並んで不合格の札を上げた姿を想像した。
(………番組としてはあんまり面白くないか)
はぁ、と自分の想像に溜息を吐くと、ニルが眉を顰めた。
「また変なこと考えてたんだろ」
「あぁ、うん。ドワーフが一斉に不合格の札を上げて満場一致の不合格判定」
ユルバンの回答にニルは更に眉を顰め首を傾げた。
「…………何の話?」
「食の話だよ」
ユルバンが手洗いを終えた時だった。ふと、庭にいたゴーレムが動いたのがユルバンの視界に入ったため、何事かとそちらに目をやった。ゴーレムは真っ直ぐ森を見つめている。
ユルバンは窓に歩み寄り、ゴーレムの視線の先に目を凝らす。森の中に何かいるのか?
木々や草花が不自然に揺れている気配はない。漁村の村人が来たことではゴーレムがうごかないように術式を作り替えた。
ユルバンはふと聳え立つ王城を見上げる。
(王城で何かあったか……?)
あのゴーレムは元々、城内に入る大扉の門番を務めていた。ゴーレムにかけられていた術式を解析したところ、城内で何らかの異変が発生した場合危険を感知するように設定されていた。
何が、と考えた時ユルバンの脳裏にルシファーの顔が浮かんだ。
「師匠────?」
ユルバンは血相を変えて走り出し、その後を訳もわからないまま、ニルが追いかける形で二人は館を飛び出た。
四話目を読んでくださり、ありがとうございます。
今回、ヒポグリフという幻獣を登場させたのですが、私の最初の入力が間違っていたのか、予測変換がおかしかったのか、誤字脱字チェックの際全て『ピポグリフ』表記になっていて焦りました。書いている時は気がつかなかったのですが、やはり見直しは大事ですね。
それにしても、ピポグリフ……我ながら可愛い名前だなと思ってしまいました。
次の話もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




