三十話 ニルとヨハンナ【4】
三十話です。5/17(日)投稿予定だったお話です。よろしくお願いいたします。
アンヘル・鬼行きつけのパン屋にて、無事ニルとフォルティスは焼きそばパンを買うことができた。
フォルティスは殴られなくて済むと安堵した様子で、大粒の涙を流しながら静かに泣いていた。大の大人が焼きそばパンが入った紙袋を持って泣いている姿は、若干引く。現にニルは引いていた。
確かに養父は乱暴で、粗野な性分ではあるが、力の加減というものは理解している。だから何もそこまで喜んで泣くことはないと思うのだが。
(やっぱり、そうなのかな?)
ニルは喜びを噛み締めているフォルティスを見上げながら、ある疑惑を膨らませていた。
ニルとフォルティスが店を出た後の店内では、パン屋の主人とその妻が話し込んでいた。
「ありゃ偽物だね」
妻のいきなりの発言にパン屋の主人は一瞬驚いて手を止めたが、すぐにパン生地をこねるのを再開した。
夫の相槌を待たずに妻は続ける。
「だってあんた!聞いたかい?アンヘル様だってよ!あたしゃ〜あの人がルシファー様のことをアンヘル様なんて呼んだとこ、一度だって聞いたことがないよ!」
「……そうだな」
パン屋の主人────ダゴンは静かに頷いた。
ダゴンはルシファーに仕える悪魔の一柱である。元々は魔界の宮廷でパンを作っていたのだが、ルシファーが地上に王国を築いた際に彼の国でパン屋を開いて現在に至る。彼のパンは王城にも献上されている。
彼と共に店を切り盛りする妻は人間だが、無論夫の正体を知った上で結婚をしている。
ダゴン夫婦は、フォルティス長官が毎朝必ずルシファーに店の焼きそばパンを買って行くのは知っている。お互い顔見知りなので、他愛無い世間話を少ししたりもする。だからこそ、いつもと違う彼に気付くことができたのだ。
(……珍しくニル様が同行していたのは、偽物だとわかっていたからか)
ダゴンは黙々とパン生地をこねながら一柱納得した。妻は、カァ〜ッ、とか、ア〜ッ、とか声を出していたが、ダゴンは何も心配することはないと思っていた。
(……きっと、ルシファー様も気付いておられる。あの方の目は誤魔化せない)
この国の秘密を探ろうと、毎年のように各国からスパイが入って来るが、大抵彼らは神秘に負けて何も得られず国に帰って行く。今回もそうなるだろうが、ダゴンはあることを懸念していた。
「……無傷で済めばいいが」
「何か言ったかい?」
いや、とダゴンは首を横に振った。
ルシファーは争いを好まない性分だ。食べること以外で殺すことはないが、例外というものはある。
ダゴンは生地をこねていた手を止める。
(……まぁ、ニル様が付いておられるから問題はないだろう)
フォルティスはあることに気が付いた。
この自称アンヘルの息子、ニル・鬼という青年は、中性的で端正な顔立ちなのだが、時々驚く程惚けた表情をすることがある。先程も店内で明後日の方角を見ながらボケ〜、としていた。店主とその妻は彼と顔見知りらしく、問題ないと言っていたが正直初見だと引く。
あまりにもな表情だったので、フォルティスは何かの病気ではないかとパン屋夫婦に言ったのだが、二人は顔を見合わせて首を傾げただけだった。
フォルティスは抱えているパンの袋を見下ろす。
(いくら何でも軍を統括する立場の人間に焼きそばパンを買って来いだなんて。大体、焼きそばパンって何だ!?何だこの麺とパンの組み合わせって。炭水化物に炭水化物を組み合わせやがって……)
さも当然のように焼きそばパンを要求したアンヘルにも、謎の組み合わせのパンにも、フォルティスは腹が立って仕方がなかった。
「あの……」
はっと我に返り、フォルティスは隣を見下ろした。ニルが少々ばつの悪そうな顔をしながら彼を見上げていた。
「このまま歩いていると遅れそうなので、ここからは俺のバイクで送ります」
そう言うと、ニルは道から外れて歩き出した。何が何やらわからなかったが、フォルティスは言われるままに青年の後を付いて行った。
ル・リエ王国には自然が多く、国土にある森や林の殆どは原生林だと言う。自然保護のためか、国のあちこちに王族やその土地を治めている領主一族しか入れない禁足地が数多く存在する。
ニルは道を逸れ、迷うことなく近くの林に入って行った。まあ彼は王族だから何処に入っても問題はないのだろうが、フォルティスは別だ。聞いた話だと、禁足地は軍の人間でも入るには許可がいる。例え王族に同行するにしても、必ず許しを得て入らないければいけない。無許可で入ったとなれば、処罰される。
フォルティスは辺りをキョロキョロと見回す。
(流石に市街を囲む林に禁足地はないだろうが……)
大丈夫と自分に言い聞かせながらも、フォルティスは内心不安で変な汗が全身の毛穴から溢れ出る。
ある程度進んだ所でニルはピタッ、と歩みを止めると丁度彼の腰辺りの空間をトントン、と叩いた。
気でも触れたかとフォルティスが怪訝に思っていると、何もなかった所に突如として一台の黒い大型バイクが現れた。
「なっ……!?」
フォルティスが声を上げると、ニルが振り返った。
「迷彩機能を搭載しているんです。この子は、オディール、俺の愛車というか愛機です」
フォルティスは漆黒のバイクを凝視する。
この国の技術はここまで発展していたのか。神秘の国と言われ、多くの事柄が秘匿されている国。噂では大国にすら匹敵する軍事力を保持しているというが、このバイクもそのうちの一つなのだろうか。
(兵装バイクの開発に着手しているという話は聞いたことがあったが、もしやこれが……?)
少し前にアンヘルが世間に公表した兵装バイクの開発に関するニュースは、世界中で話題になった。
兵装バイクといっても目的は救助活動であり、そのためにバイクのボディーを通常の物より頑丈に設計してあるそうで、特に兵器を搭載している訳ではない。
(────と、いうのがアンヘルの言い分だが、実際の所はわからないな。乗ってみるか)
よし、とフォルティスは焼きそばパンが入った紙袋をニルに渡すと、颯爽とバイクに跨った。が、その直後突如として目の前に木が現れ、フォルティスは顔面を強打した。顔の中心に激痛が走ったことから、恐らく鼻が折れた。
気絶こそしなかったものの、フォルティスは慌てて起き上がると自力で鼻の骨を戻した。その様子をニルが顔を顰めながら見ていた。
フォルティスは何が起きたのかわからず、ニルに尋ねる。
「な、何があった……!?」
状況が飲み込めないフォルティスに、ニルはやれやれと思いながらも説明をすることにした。
「オディールは、救助活動を目的として設計されたバイクで、盗難を防ぐために予めライダーの指紋や脈拍等の身体情報を入力しておくんです。そうすることで、ライダー以外が乗るとAIが判断して振り落とす仕組みになっています」
「危なっ!」
「えぇ。でも、便利ですよ?鍵かけなくてもいいですからね。その鍵を、何処だ何処だと探し回る必要もない訳ですし」
「そういう問題じゃねぇ!」
フォルティスはゆっくり立ち上がると、バイクを見下ろす。もう乗る気はしない。彼には第六感というものはなかったし、そもそも信じてすらいなかった。だが、もしかしたら今感じているものがそれなのかもしれない、という自覚はあった。
(拒絶されている……!このバイクから、激しく拒絶されている……!)
ニルはオディールと睨み合うフォルティスに首を傾げた。
(何なんだ。この人……)
ニルがオディールの後方部分を開けて焼きそばパンをしまった刹那、ドォンッ、と凄まじい落下音と共に土煙が辺りを包んだ。
三十話目を読んでくださり、ありがとうございます。まさかまさかの三十話で、私自身驚いています。正直、ここまで続けられると思っていませんでした。本当に驚いています。
兎に角、書くのが楽しくて仕方がありません。私は本を読むのは苦手ですが、書くことは昔から好きでした。ですから、夏の読書感想文は大変でした。毎年一番時間がかかりました。その後の作文はあまり苦労をした記憶はありませんが、親から書き直しなさいと言われたことは何度もあります。ということは、苦労をしたのかしら……。
ご縁がありました、次のお話もよろしくお願いいたします。次からは少し登場人物のことに触れていきたいと思っています。




