二十九話 ニルとヨハンナ【3】
二十九話目です。よろしくお願いいたします。
国家AIジャンヌ────ル・リエ王国が誇る技術の結晶であり、アンヘル・鬼ことルシファーが世界大戦時代に完成させた最高峰のAIである。
人のサポートを目的とし、円滑なコミュニケーションを可能にしたジャンヌは世界を驚かせた。その技術の特許はアンヘル・鬼と王家が取得しており、多くの国や科学者がその技術を我が物にしようと動いたが、王国は技術の漏洩を防ぐために門を閉じ、以降AIジャンヌは秘密保持のため、王家とそれに連なる貴族の間のみで運用されることになった。
ル・リエ王国王城、竜の植物園にて────
ある人物が、優雅に紅茶を飲んでいた。ティーカップの隣の皿には何種類か焼き菓子が乗っており、その人物はのんびりと菓子を口に運んだ。
首筋には鱗が生えており、額には小さな角のような物がある。また、ローブの裾からは爬虫類のような尾が伸びていた。
魔王ルシファーの妻、半竜の王妃グウィネヴィアである。ちなみに、アーサー王伝説のグウィネヴィアとは別人である。
王妃は日中は大抵この植物園でのんびり過ごしている。時々、ルシファーの仕事を手伝うこともあるが、王妃が積極的に彼の仕事に関わることはあまりない。
毎日せかせかと動き回っているルシファーとは正反対の生活を送っており、おそらく王城内で最も優雅な毎日を送っている人物である。
そんな王妃の傍らに常に立っているのが、ジャンヌである。見た目は十代後半位の若い女性で、王妃の傍を離れることはない。
彼女はAIジャンヌが自ら造り出した自身の端末である。つまり、アンドロイドだ。何機か存在しており、それぞれで用途と見た目が異なる。今、グウィネヴィアの傍に控えているのは汎用型である。
モソモソと菓子を口に運ぶグウィネヴィアを見て、ジャンヌが口を開く。
「やはり、別のお菓子を持って来ましょうか?」
「……いえ。これはこれで。それに、賞味期限が過ぎたお菓子がどの位不味くなるのか、試してみたかったですし」
やや低めの、ハスキーな声でグウィネヴィアは答えた。
そう、王妃が食べている菓子は賞味期限が過ぎた菓子なのだ。生菓子ではないし、消費期限ではないからちょっと食べてみようという、王妃の好奇心から始まったことである。
(美味しくないんじゃないかな……)
グウィネヴィアの食事の速度は割とゆっくりだが、それでも遅過ぎる。多分、あまり美味しくはないのだが、自分が言った手前もういらないとは言えないのだろう。
(私も食べられなくはないからお手伝いできるけれど、グウィネヴィア様一本気な所があるから、きっと断固として申し入れを断ってくるだろうなぁ)
よく言えば真面目なのだが、融通がきかないとも言える。こういう所は夫婦で似ており、ルシファーも覚悟を決めたことに関しては一人でやり切ろうとする所がある。また、死なない程度の好奇心を満たそうとする所も似ている。
どうしたものかとジャンヌが思いあぐねていると、テーブルの上に置いていたグウィネヴィアのスマホが鳴った。
グウィネヴィアが徐にスマホの画面を見ると、一件のメッセージが届いていた。
「アナーカからですね」
「国務大臣から?急用ですかね」
二人でスマホの画面を覗き込み、アナーカからのメッセージを開いた。
「おやおや、まあまあ」
「あちゃ〜」
メッセージの内容は、他国のスパイが潜り込んでいること、そしてそのスパイがフォルティス長官に変装していること、その確保のためにジャンヌの出動要請が出ていることが書かれていた。
「……半殺しですかね。それとも、全殺し?」
ジャンヌが真面目に尋ねると、グウィネヴィアは静かに首を横に振った。
「あんこじゃないんですから。まぁ、最悪死んでしまっても相手の方は文句は言えないというか……」
相手も捕まった場合は自害する覚悟で潜入していると思うが、スパイである以前に人間である。心や感情が存在し、窮地に追い込まれた人間は思いもよらない行動に出ることがある。
グウィネヴィアはふむ、と考え込む。
「索敵専用機を向かわせましょう。貴女はここに残ってください。アナーカにはわたくしから伝えます」
「承知いたしました。では、本体に索敵専用機の出動命令を出します」
王城最深部────
AIジャンヌの本体はまるで大きな柱のように、城の最深部に鎮座しており、その存在は秘匿されている。
最深部は彼女のいわば工場であり、多くの機械を自ら操作しながら本体の代わりに動いてくれる端末を製造、調整している。
現在、端末はグウィネヴィアの護衛を務める汎用型を加えて五機存在している。それぞれ索敵、近接、遠距離、防御に特化している機体だ。汎用型はそれらの長所を纏めて一番最後に造られた最新型なのだ。
本体を囲むように配置されたポッドの一つが音を立てて開き、一機のアンドロイドがゆっくりと起き上がった。
索敵型ジャンヌ────ヨーロッパ寄りの容姿をしている汎用型とは異なり、褐色の肌をしたミステリアスな女性の姿をしている。その姿は何処となくシャーマンのようである。
索敵型ジャンヌがポッドから出ると、頭上から声が降って来た。
「命令します。フォルティス長官に変装をした工作員を確保しなさい。生死は問いません」
す、と索敵ジャンヌは本体に向かってお辞儀をした。
「承知いたしました」
成る程、とジャンヌは頷く。
(王国に入って来る工作員の目的はみ〜んな同じだから、今更生け捕りにして事情聴取をする必要もないし、最悪死体を解剖すればわかることもあるだろうしね)
ジャンヌは地上に出るエレベーターに乗った。
地上に出るには超高速のエレベーターに乗る必要があるのだが、人間が乗ったら失神するか最悪死んでしまうが、アンドロイドである彼女には普通のエレベーターと変わらなかった。
端末ジャンヌ達は、一機で都市一つを壊滅できる程の戦闘能力を有している。それぞれ特化しているものはあるが、現代の人間の武力と技術では彼女達を破壊することは不可能である。
索敵型も特化しているのは探知や観測、他の姉妹機のサポートが主な役目であり、直接的な戦闘能力は他の四機に劣る点はあるものの、搦め手を使った戦いは四機の中でも随一の能力を誇る。
(索敵型が出るのは久し振りね。さぁ、探しますか)
エレベーターが地上に着くと、ジャンヌは軽い足取りで城の外に出た。
全身に日の光を受け、ジャンヌは深呼吸をする。
「さぁ!お仕事、始めますか!」
タン、と地面を蹴ると彼女は上空に跳び上がった。久し振りに見る王国を一望し、満面の笑みを浮かべる。
ジャンヌシリーズは多少人格に差異はあれども、基本的にはどれも性格は同じであり、また情報は本体を含めて全機に共有される。
意気揚々と外に飛び出した索敵ジャンヌを、地上から見上げている一台のバイクがあった。
二十九話目を読んでくださり、ありがとうございます。次で三十話目になるのですが、過去ここまで書けたことがないので、正直驚いています。まだまだ走り続けると思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




