二十八話 ニルとヨハンナ【2】
二十八話目です。よろしくお願いいたします。本日から投稿日を第三、第五日曜日に変更いたします。
「あの」
ニルが声をかけると、フォルティスが振り返った。
ニルもそこそこ背は高いが、フォルティスは二メートルあるのではないかと思う程の大男だった。こうして対峙してみると、改めてその大きさを理解した。
(首が……)
早くも首に限界がきそうだったので、ニルは前置きはさておき本題に入ることにした。
「初めまして。アンヘルの息子のニルと申します。父がよく買っているパン屋さんなら、知っていますよ」
アンヘルとは、ルシファーの人間社会での名前だ。フルネームはアンヘル・鬼、末端王族の自由人という位置付けで、世界のあちこちでカジノを経営して莫大な富を築いている大富豪。その一方で、動植物の保護活動や孤児院の開設にも力を注いでいる。本当に。
フォルティスは少し考えるような素振りをしてから、あぁ、と朗らかな声を上げた。
「貴方がニル様でしたか。アンヘル様が蝶よ花よと大切に育てているという。お初にお目にかかります。私はフォルティス。軍部を統括しております。以後、お見知りおきを」
フォルティスの丁寧な挨拶に面食らってしまったニルは、またもや惚けた表情をしてしまった。
これはニルの偏見だが、軍人というのは横柄で乱暴者ばかりと思っていたのだが、どうやらこのフォルティスという男はそうではないようだ。
(眩しい……眩しい男だ……)
ニルは身内以外との接触は殆どない。会ってもユルバンかアナーカ位で、後は身の回りの世話をさせるためにルシファーが鋳造したオートマタだけだ。
アンヘル・鬼に養子がいるということは世間的にも有名だが、その養父の過保護により国内のメディアにすら出たことがないニルの顔を知る者は少ない。
それに、ニルは本能的に軍人という者に苦手意識があるため、敢えて軍と接触しようとは思わなかった。だから、ニルはフォルティスとは初対面である。
行きましょう、とニルはフォルティスを促した。
「大変ですね。焼きそばパンを買わないといけないなんて」
ニルはいつものがさつな態度を引っ込め、淑女のように淑やかに振る舞うことを努めた。
フォルティスはあはは、と少し────いや、かなり困った様子で笑った。
「いや〜。私としたことが、ど忘れしてしまってアンヘル様には申し訳ないことをしてしまいました」
「父は意外と何とも思っていないかもしれません。阿呆なので」
フォルティスは少し驚いた様子でニルを見下ろしてきた。意外、とでも言いたそうな表情である。
ルシファーは誰の目から見ても阿呆である。父として尊敬はしているが、それよりも阿呆な面が目立つ。ただそれが彼の短所であり、長所でもある。
養母グウィネヴィアは、彼のそんな阿呆な所に惹かれたのだとか。まぁ、わからなくはない。
暫くの沈黙の後、フォルティスがそれにしても、と口を開く。
「皆さん、アンヘル様のことをとても慕っておられる様子で、正直驚きました。あそこまで人心を惹きつける方を私は見たことがありません」
やたら褒めるな、とニルは思ったがその言葉は飲み込んで相槌を打った。
「────まぁ、父はカリスマ性はやたらあるみたいですから」
星の引力、とでも言うべきか。ルシファーには不思議と周りを惹きつける力がある。本人は無自覚のようで、それ故に困り事に発展しているのだとか。
ただ、このカリスマ性が別方向に働いている者もいるようで、ユルバンはただただルシファーが心配なだけらしい。
(……そういやぁ、ユルバンの奴しょんもりした表情で心配だとか言ってたな)
阿呆と突き放す者もいれば、やたらと過保護な者もいるのだ。
それにしても、とニルは隣で成る程成る程、と頷いているフォルティスを上目遣いに見上げる。
(この人、何て大胆な方法を取るのだろう……)
「この半年間で退職をした軍人のリストです。殆どが長年勤めてくれた者達ですが、中には家の事情が理由で辞めた若者もいます。彼です」
アナーカ国務大臣は、そう言って自身のタブレットをルシファーの机の上に置いて見せた。
ルシファーはタブレットの画面を指でスライドさせながら、退職した軍人達の履歴書や顔写真を確認する。
「これって……」
ルシファーがある人物の写真をまじまじと見つめながら呟いたので、アナーカは一緒にタブレットを覗き込んだ。
「あぁ。気が付きましたか」
「いや……気が付きましたか、て……気が付かん方がおかしいだろ……」
「随分前に流行った顔ですからね。この顔を知らない者もいるでしょう。知っている者がいたとしても、似てる顔だなぁ、位でしょうね」
冷静なアナーカに対して、ルシファーは驚きと困惑を隠せなかった。意外と彼は顔に出易い。
アナーカは続ける。
「この人物が退職した後、ある国の諜報機関のデータベースに我が国の軍事に関する情報があったと、ジャンヌから報告がありました」
へぇ、とルシファーは心底面倒臭そうな声を出した。
「ジャンヌ君に伝えて。そのデータだけ破壊するように、て」
ルシファーがそう命じるとアナーカは御意、と頷いた。
ジャンヌとは、ル・リエ王国が保有するAIのことだ。王族や彼らに連なる貴族、そして一部の政治家が使うことを許されている国家機密級の存在である。
彼女の強みはあらゆるセキュリティを突破することができる解析力と、己の分身を相手に気付かれずにネットワークに潜伏させられることだ。また、対話も生身の人間としているように滑らかで、澱みない。
ルシファーはこの究極AIとその端末を大戦時に完成させており、彼女のお陰で王国は戦火に巻き込まれずに済んだ。
「それにしてもなぁ────」
ルシファーは改めてタブレットの画面と睨めっこをするとグアー、と椅子の背凭れごと勢いよく後ろに倒れた。
「こぉれ、まんまちょっと前に世間を騒がせた夢の中の男じゃんかっ!」
タブレットに映し出された男の顔は、かつてThis Manと呼ばれた謎の男の顔そっくりだった。というよりも、本人である。
アナーカは呆れた様子で溜め息を吐いた。
「変装のネタがなかったんですかね」
ガバッ、とルシファーは起き上がると更に抗議を続けた。
「いやいやいやっ!トム君を見習えよ!めっちゃ変装のレパートリーあんじゃん!?」
「あれは小道具ですからね。後、あの人の本業は俳優です」
何とも言えぬ取り乱し方をするルシファーに、アナーカは落ち着いてツッコミを入れた。
「兎も角、この男が他国のエージェントであることは明白です。母国に我が国の軍事データを送っただけならまだしも、他にも何か情報を掴んでいるかもしれない。捕える必要があります」
アナーカの進言にルシファーは急に落ち着きを取り戻し、あ〜、と気の抜けた返事をした。
「それならわかっている。其方もであろう?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらルシファーはアナーカを見上げる。
「えぇ。どうしますか?」
「ジャンヌ君の端末を向かわせろ。おぬも後から向かう」
ルシファーがタブレットを差し出すと、アナーカはそれを無言で受け取り、画面に映る男を憐れんだ。
(この男、死んだな……)
憐れ。ファウストの二の舞である。
二十八話目を読んでくださり、ありがとうございます。
後二話で三十話目に突入するのですが、まさかここまで書き続けられるとは思っていませんでした。もう駄目だ、と思う時もあるのですがその度にルシファー達が私の手を引っ張って起こしてくれるのです。どうやら私は駄目だと思った時に頭が働くようで、それが不思議でなりません。はい。
では、次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




