三十一話 ニルとヨハンナ【5】
三十一話です。よろしくお願いいたします。
「あらやだ。聖女様のお出ましだわ」
ヨハンナは土煙を払って現れたジャンヌに向かってぼやいた。
「索敵型か」
ニルが呟くとフォルティスは、えっえっ、と困惑しながらニルとジャンヌを見比べる。
索敵や探知を得意分野とする索敵型ジャンヌだが、だからといって後方支援しかできない訳ではなく、前衛で戦闘もこなせるよう設計されている。
(ジャンヌが出張って来たということは、お父様はフォルティス長官が偽物だと気付いているな。おそらく、生死関係なく連れて来るよう命令されているんだろう)
ジャンヌに出動命令が出せるのはルシファーとグウィネヴィアだけだ。流れとしては、ルシファーがグウィネヴィアに出動要請を出し、どの機体を派遣するかは王妃が判断する。今回の場合は対象の逃走も視野に入れての捜索を考慮したため、索敵型が遣わされたと思われる。
(流石お母様。的確な判断をなさる!)
危機的状況ではあったが、ニルは養母の判断に感服した。
「────で。どうするの?」
ヨハンナがため息混じりに弟に尋ねると、ニルはニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
「勿論、逃げる!」
そう言うとニルはフォルティスを後部に座らせると、素早くオディールに跨りエンジン全開で走り出した。
ジャンヌは走り去って行くバイクを静かに見送る。
「こちら索敵型。報告します。対象はニル様と行動を共にしています。追跡しますか?」
すると、内蔵された無線から同じ声が応答した。
「了解しました。そのまま追跡を開始してください。くれぐれもニル様を傷付けぬよう」
索敵型ジャンヌは頷く。
「了解しました。本機」
ジャンヌは祈るような仕草をした。
「エネルギーの消耗は激しいですが、索敵範囲を広げましょう」
「△⭐︎*#&〜!?」
オディールから機械音が鳴り響いた。それは音というよりは、声のようだった。
ニルはそれを聞くと、げっ、と引き攣った。
「まじか!」
ニルの後ろに乗っているフォルティスはその反応を見て、俄かに表情を曇らせる。
「何かあったのですか?────いえ、それよりもまずは」
フォルティスはそこで一旦区切って深いため息を吐いてから口を開いた。
「あれは一体何ですか!?」
そう言いたくなる気持ちもわからなくはない。
ニルはここまで半信半疑だったが、それが確信に変わった。やはりこのフォルティス長官は偽物だ。上手く変装をしているつもりのようだが、軍部を束ねる長官が国家機密であるジャンヌの存在を知らない訳がない。
ニルは以前、ルシファーから長官は知っていると聞いたことがあったため、知らないと言い張っているこの男はフォルティス本人ではない。
ニルは上手く木々を躱しながらオディールを駆る。
何か良い言い訳はないものかと思案する。養父とユルバンなら上手く煙に巻くことができるのだろうが、ニルにその技量はない。迷った末、
「………い、イリュージョン、です」
と、小声で答えた。
「そんな訳ないでしょうが」
(ですよね〜)
ニルは内心で苦笑した。
「オリンピックの飛び込みの強化選手と思っておいてください」
「はぁっ!?」
どう説明した所でこの男に理解はできないだろう。ならば適当なことを言ってのらりくらりと躱すのが得策だ。
兎に角、今はこの偽フォルティスを逃がしてやるのが先決だ。仮にジャンヌが彼をうっかり死なせてしまったとしても、ルシファーがこの男の脳を食べれば有益な情報が自然と魔王の中に流れる仕組みになっている。
ルシファーが捕獲の際に標的の生死を問わないのは、どんなに死体が損壊しても食べることによって、その人物の記憶を自身にインストールできるからである。
ニルは養父に逆らうつもりはない。ただ、自分なりのやり方でこの男から情報を引き出したいのだ。最愛の両親を守るためにも。
だいぶ山道を走っている。道なき道を走行しているため、バイクにも乗り手にもかなり悪路なのだが、ニルは嵐でもなければほぼ毎日のように山の中をオディールと共に駆けているし、オディールも通常の大型バイクと比較すると細部のパーツまで頑丈に作られているため、山の中を走った所でどうということはない。
一方で、フォルティス────の、偽物────は、オディールが木の根に乗り上げたり、大きな石を踏んだりする度にうっ、と小さく呻いた。正直、本物のスパイなのか怪しく思える。
「あんた、意外と軟弱なんだな」
ニルは最早偽物相手に物腰丁寧青年を演じる必要はないと判断し、いつものやや粗野な自分に戻した。
それまで好青年なニルがいきなり砕けた口調になったことに驚いたのか偽フォルティスは、
「はぁっ!?」
と、声を荒げた。
ニルはため息を吐いた。
「たかだか段差位で呻くなよ。それでもスパイなのかよ」
「なっ────」
偽フォルティスは顔を引き攣らせた。
ニルは構わず続ける。
「何故わかったかって?本物なら知っていることを知らなかったからさ。そんでもって、お父様もあんたが偽物だって気付いてる」
ルシファーがどの段階で気付いたかは不明だが、おそらくこの偽物はルシファーのことをアンヘルと呼んだのだろう。
アンヘルはルシファーの人間社会における名前であって、近しい者ならば何も知らない第三者がいない所では本名のルシファーで呼ぶ。本物のフォルティスは軍部を統括する立場にあるため、ルシファーの正体を知っている。
おそらく、ルシファーはフォルティスが自分のことをアンヘルと呼んだことに疑問を抱いたのではないだろうか。
(ま。全部俺の勝手な想像なんだけれどね)
正確なことは不明だが、可能性としてはあり得る。
これまで世界中の名だたる諜報機関から派遣されたスパイ達が悉く失敗したのは、ルシファーに近しい者に変装して近付いたばかりに、呼び名で偽物だと自ら告白してしまっていたからだ。
(それだったらお父様とあまり面識がない人物になればいいのだけれど、それだと欲しい情報が入ってこないんだろうなぁ)
こちらも別にルシファーの素性を隠しているつもりはない。現に国民は王家が人ならざる者達であることを知っている。故に彼らはもし街頭インタビューで悪魔はいると思いますか、と訊かれれば迷うことなくイエスと答える。
国外の人間の中にはそういった超常の存在を信じない者もいる。これまでのスパイやこの偽フォルティスもそうだろう。
まさか焼きそばパンを態々買いに行かせた小男が悪魔の総大将で、尚且つパン屋の親父がその配下の悪魔だなんて信じられないだろう。
偽フォルティスは観念したのか重たい口を開いた。
「………確かに私は偽物だ。本物が怪我をして自宅で療養していると聞いてな。これは使えると思ったんだ」
余計なことを、とニルは彼の行動に呆れた。
元々は別の身分で潜入していたのだろうが、好機とばかりにルシファーに近い立場の人間に変装するから命を狙われる。
(雇い主に関しては流石に喋らないだろうな。まぁ、さっきオディールに勝手に跨った辺りを見ると、うちの軍事力を見に来たって所かぁ?)
ニルが偽フォルティスの告白を聞いて己の頭の中で推理を巡らせていると、周囲からバキバキバキ、という音が聞こえてきた。
ニルは怪訝に思いながらも、決して止まってはいけないと自身の直感が告げていたので走り続けた。音は尚も鳴り続けていた。
(何だ?土砂崩れか?)
土砂崩れの前兆として山の中でバキバキという音が聞こえるというが、国内の山でそういった兆候は見られないという報告を最近専門家から受けたばかりだ。
ル・リエ王国は山が多い。丁度山と山の間にある集落や町もあるため、定期的に全ての山を調べているのだ。
偽フォルティスも音に気が付いたのか、周囲を警戒して振り返った刹那────
ドオォン、という音と激しく木々が薙ぎ倒される音と共に索敵型ジャンヌが横滑りで彼らの後ろに出現した。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
あまりにも凄まじい再登場に、ニルも偽フォルティスも驚愕の絶叫を上げた。
三十一話目を読んでいただき、ありがとうございます。さて、今回から少しずつ登場人物についてお話していこうかなと思います。
まず、最初はルシファーを紹介します。当初は彼を主役にと考えていたのですが、仮にも一国の主があちこちを動き回るのはどうかというのと、彼は構想の段階から最強という設定だったので、物語のキーパーソンという役割に収まってもらいました。
物語の中で彼は善人ではありません。どちらかというと悪人です。また私利私欲、損得勘定で動いています。良く言えば自分の気持ちに素直に生きており、悪く言えば周りを一切顧みない我が道をガンガン進んで行く暴君です。
ただ、人の意見を全く聞かない訳ではないので国は独裁にはなっていません。やろうと思えば独裁政治も可能なのですが、そもそも彼は面倒臭がりですから自分だけで考えて押し進めて後々何かあったら事後処理が面倒だな、と考えているため国は民主主義になっています。
ル・リエ王国の地理や歴史等はいずれまたお話できればと考えています。
ご縁がありましたら、次のお話もよろしくお願いいたします。




