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香の覚悟

「今、ジンブは一つの纏まりになっているんだよね?」

とドラズさんが尋ねます。


「はい、ジンブには力を持った十の大名家がありました。父や祖父、それから大名家の龍山家が中心になって、十傑連盟を成立させました」


「今から五十年近く前、先祖返りと戦ったのが龍山家なんだよ。十傑同盟っていうのは、今後、また先祖返りが出現した時に全勢力が協力するためのものだね。あたしがジンブを離れる時はその構想を久忠が話していた」


「龍山家にそんなことがあったなんて聞いていません。…………いえ、待ってください。確か五十年くらい前に龍山家の領内で大災害が起きて、いくつもの村が消滅したって……」


「久忠と龍山家は先祖返りことを隠蔽したんだね。その存在を知り、利用しようとする馬鹿が現れないように……。皮肉だね。自分たちの一門に先祖返りが出るなんて……」


 ドラズさんはとても悲しそうな表情をします。


「けど、なぜ、お爺様は先祖返りを知っていたんですか?」


「知っていたのは久忠じゃないさ。龍山家さ、あの一族は元々、遥か昔、敵対していた妖怪と戦っていたからね。あたしが当時聞いた話じゃ、先祖返りが起きうる妖怪は三体だよ。〝戦鬼皇〟〝妖狐帝〟〝天狗王〟」


 その三体の妖怪なら私も知っています。

 一千年以上昔にジンブで暴れ回った大妖怪だと聞いています。


 戦鬼皇は封印され、妖狐帝とは和解し、天狗王はどこかに消えたと聞いています。

 でもそんなのは伝説の話で……いえ、師匠の姿は鬼でした。


 それに私のあの姿は…………


「先祖返りしたら、人格が変わり、妖怪の力に支配される」


 確かに私はあの時、戦いたい衝動に駆られて、自分を止められませんでした。

 でも、師匠にはそんな様子はありません。


「ドラズさん、師匠は昔のままでした。妖怪の力の制御していると自分で言っていました」


 それを聞いたドラズさんは苦笑しました。


「それは、そう見えるだけだね。そう思っているだけだね。自分でも気付かないうちに変わっているはずだよ。香ちゃんの師匠は本当に何も変わっていなかったかい? よく考えてみな」


 師匠は昔から無表情で物静かでした。

 でも、自分の強さの証明の為に人を殺すような人ではありません。

 まして、あれだけ愛した姉様を殺した時は信じられませんでした。


「すでにあの時、戦鬼皇の力に浸食されていた……」

 

「思い当たることがあったみたいだね。昔話はこれくらいにするよ。あたしたちは一刻も早く脱出するんだ」


 ドラズさんの言っていることは分かります。

 ここは退くべきです。

 幸い、ここは天空都市、師匠だって簡単には地上に戻って来れないでしょう。

 その隙にギルドや西方連合、それに竜人族や巨人族にこのことを知らせて、万全の討伐連合軍を編成して挑むべきです。


 そんなことは分かっています。

 それでも私は……


「ごめんなさい、ドラズさん。それでも私はここに残ります」


「香ちゃん、千代ちゃんのことは分かる……なんて言うつもりはないよ。でも、さすがに勝ち目がない。香ちゃんが今まで無謀な戦いをしてきたのは知っているよ。それをどうにか切り抜けてきたこともね。ただ、今回は相手が悪すぎる。それにハヤテ君だっていないんだ」


「だとしても、私はここで逃げるわけにはいきません。たとえ刺し違えてでもあの人を止めます」


「差し違えるだって? そんなことが出来ると思っているのかい?」


「実はですね…………」


 ドラズさんに私が狐のような姿になったことを説明しました。


「戦鬼皇と妖狐帝と血筋がこんなところで……戦鬼皇に妖狐帝が共鳴でもしたのかね」


「はい、だから私なら…………」


「妖狐帝の力で戦いに勝った後はどうするつもりだい?」


 ドラズさんは私を睨みつけました。


「言ったはずだよね? 一度、完全に先祖返りしたら、戻れないんだよ。香ちゃんは化け物になるんだ」


「でも、私は今、人間の姿です。師匠と戦っている時は狐の姿だったのに、戻って来れたんです」


 それを聞いたドラズさんは驚いていました。


「そんなことはないはず……何か理由があるんじゃないのかい?」


 理由、それはすぐに思いつきました。


「私が暴走した時、この脇差が光ったんです。その光を受けたら、力が抜けて……」


 ドラズさんは脇差を確認しました。


「ただの脇差に見えるけど……何かの力が込められているのかもね。だとしたら、戻って来れたのは奇跡さ。これ以上の奇跡を望むものじゃないよ。今後は魔力を使わずに生活していくことだね。魔力を使えば、妖怪の血の浸食を進むからね」


「魔力を使わなければ、私は今まで通りに生きていけるんですか?」


 私の質問にドラズさんは沈黙しました。

 気休めで嘘を言われるよりはマシです。


「……少なくとも明日、明後日に先祖返りすることはないよ。香ちゃんは残された時間で好きな人に事情を説明しな。ハヤテ君なら何とか出来るかもしれない。駄目だとしても、子供を作る時間くらいはあるはずだ。事情を知れば、ハヤテ君もリザちゃんたちだって、協力してくれるはずだよ」


 私はもう少しで人間でなくなってしまします。

 だからお願いです、ハヤテ、その前に子供を作りたいです。

 生きた証を残したいんです。


と言えば、ハヤテは受け入れてくれるでしょう。

 残された時間が少なければ、リザちゃんたちは私が人間である期間はハヤテを譲ってくれるかもしれません。


 でもそんなのは嫌です!


「情けでハヤテと一緒になったって私は喜べません。私は最期まで自分の人生に後悔したくありません。残っている時間が少ないなら、私は千代を救いたいです」


 私が宣言すると、ドラズさんは何かを言いかけ、止めました。

 そして、溜息をつきます。


「そういう頑固で、真っ直ぐなところ、久忠にそっくりだね。本当に後悔はないんだね?」


「ありません」と私が答えると


「香ちゃんをあの化け物の所に置いて、千代ちゃんを救出する。その後、あたしたちは逃げるよ」


「師匠、それじゃ香はどうなるんですか!?」


 ディアスが声を張りました。


「ディアス、私はここで本懐を遂げます」


「生きることを諦めてどうするんですか!」


 詰め寄るディアスに私は首を横に振りました。


「生きることを諦めたのではありません。生き抜くことを決めたんです。最期まで私らしくいたいのです」


「香……君は初めて出来た僕の友達なんですよ」


「ディアスには新しい友達がきっと出来ますよ。そうだ、今度、ハヤテに会って、一緒に旅をしてみたら、どうですか? リザちゃんやアイラは騒がしいですけど、きっと楽しいですよ」


「香……」


「ディアス、女が覚悟を決めたんだ。これ以上、何かを言ってやるんじゃないよ」


 ドラズさんがディアスの肩をポンと叩きます。

 ディアスは黙り、下唇を噛みました。


「というわけだ、レンリス、あたしに小型の飛行艇を一機貸してくれないかい?」


「あんたは舐めているのかい? 言っただろ。飛行艇はそう簡単に操縦できないよ。それに不測の事態が起きた時に切り抜ける為にも優秀な乗り手が必要だよ」


「そうかもしれないけどねぇ、危険なことに優秀な人材を巻き込みたくないだろ?」


「私が行こう」


 レンリスさんが言った瞬間、他の乗員が悲鳴に近い声を上げました。


「騒ぐんじゃないよ、みっともない。私たちがここに来たのは何の為だい? 観光じゃないだろ! 天空都市と国交を結ぶ為さ。その為に無茶はするさ!」


「レンリス……感謝するよ」


 ドラズさんとレンリスさんは握手をしました。


「船長、もし、私が帰らなかった場合、主砲の使用を許可する。結界を破って、脱出しな。ヒューベリアの出力は落ちるだろうが、地上に戻るまでは待つだろうさ」


「かしこまりました。棟梁、お気を付けください」


 船長さんは多くを口にしませんでした。



「ニ十分後、小型飛行艇で天空都市への再突入をするよ!」


 レンリスさんはそう言いました。

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