↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/51

最後に残るもの

 最初に異変が起きたのは、天井だった。

 中枢保管区を覆う巨大な記憶媒体が、一斉に黒く染まる。無数の魔術回路が壁を這い、床を走り、広間の中央に立つ御影征司へと収束していく。

『警告。施設全域の記憶保管装置が起動しています』

「……何をするつもりだ」

 玲司が銃口を向ける。

 御影は答えなかった。

 代わりに、右手をゆっくりと持ち上げる。

 その指先から伸びた黒い回路が、首筋へ突き刺さった。

「……っ!」

 御影の身体が痙攣する。

 皮膚の下に黒い光が走り、背後の保管装置が生き物のように脈動した。

『生体情報と記憶保管網の接続を確認。対象の神経系が施設の演算中枢に組み込まれています』

「……自分の身体を、装置に?」

『はい。御影征司は自身を記憶保管装置の制御核にしています』

 御影が顔を上げた。

 その瞳は、既に人間のものではなかった。

「人間の判断には限界がある」

 声が二重に響く。

「一人の経験では、選べる答えが少なすぎる。ならば、千人の経験を使えばいい」

 背後の装置に、無数の映像が浮かび上がった。

 戦場。

 研究室。

 燃える街。

 誰かの最期。

「ここには、数え切れないほどの人生が保存されている」

 御影は笑った。

「君たちが何を選ぼうと、既に誰かが同じ選択をしている」

 次の瞬間、御影の姿が消えた。

『右前方!』

「――っ!」

 玲司は咄嗟に身体を捻る。

 黒い刃が頬を掠めた。

 御影が、いつの間にか目の前にいた。

 玲司は反射的に引き金を引く。

 しかし、御影は銃声より早く身を沈めた。

 魔術弾が頭上を通過する。

「遅い」

 御影の拳が玲司の腹部へ突き刺さった。

「がっ……!」

 身体が浮く。

 背後の壁に叩きつけられ、肺から空気が押し出された。

「玲司!」

 朔夜が踏み込んだ。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 強化された左拳が御影へ迫る。

 だが、御影は今度、朔夜の拳を受け止めた。

「……なっ!」

「格闘術式、第三百七十二記録」

 御影は朔夜の腕を捻り、そのまま床へ叩きつける。

 床が砕けた。

「ぐっ……!」

「続いて、対魔術師近接戦闘、第八十一記録」

 御影の右腕が青く発光する。

 青魔術、論理構築術式(ロゴス)。

 圧縮された空気が、至近距離から朔夜を吹き飛ばした。

「朔夜!」

 澪が白い障壁を展開する。

 朔夜の身体を受け止めた直後、御影の銃口が澪へ向いた。

 いつの間にか、その手には拳銃型デバイスが握られていた。

「射撃戦闘、第千四百六記録」

 銃声。

 白い障壁が、一撃で砕けた。

「きゃっ!」

 澪が後退する。

 玲司は床を蹴った。

「……澪から離れろ!」

 青い魔術弾を三発。

 御影は一発目を避け、二発目を弾き、三発目を黒い障壁で受け止めた。

 そして、笑った。

「素晴らしい」

 御影の背後で、数百の記憶媒体が点灯する。

「次は、どの人生を使おうか」

     ◇

 戦いは、一方的だった。

 御影は攻撃のたびに戦闘技術を切り替えた。

 銃撃。

 格闘。

 魔術制御。

 近接戦闘から長距離射撃へ、さらに防御術式へ。

 その動きに、一貫した癖がない。

 玲司が射撃の隙を見つけても、次の瞬間には別人の戦い方に変わっている。

「……くそっ!」

 朔夜が左手を振る。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 床から伸びた根が御影の脚を絡め取った。

 しかし、御影は足元へ赤い光を集中させる。

 根が内側から引き裂かれた。

「第六十二記録。森林戦における拘束解除」

「……そんな記録まであるのかよ!」

 朔夜が舌打ちする。

 玲司は御影の背後へ回り込んだ。

 だが、引き金を引く直前。

 頭の奥で、何かが弾けた。

 夕暮れの教室。

 隣の席。

 笑っている澪。

 その光景が、突然、黒く塗り潰される。

「……え?」

 玲司の足が止まった。

 今、何を忘れた?

 誰かと話していた。

 何でもない、いつもの放課後。

 けれど、その相手の顔が思い出せない。

『玲司様! 精神干渉を検出!』

 ノアの警告が響く。

 御影がこちらを見ていた。

「戦闘経験だけではない」

 御影の瞳が黒く輝く。

「君たちが共有している記憶も、ここでは私の管理対象だ」

 黒い光が広間を満たした。

「……っ!」

 朔夜が頭を押さえる。

 澪も膝をついた。

「……何、これ……!」

 玲司の視界が揺れる。

 昨日の教室。

 三人で歩いた帰り道。

 くだらないことで笑った時間。

 それらが、砂のように指の間から零れ落ちていく。

「……やめろ!」

 玲司が叫ぶ。

 御影は静かに首を傾げた。

「なぜだ?」

 黒い魔術回路が、さらに強く輝く。

「君たちは記憶に依存しないと言った。ならば、失っても構わないはずだろう?」

 その言葉と同時に。

「……おい」

 朔夜の声が響いた。

 玲司が振り返る。

 朔夜は、こちらを見ていた。

 だが、その表情がおかしかった。

「……お前」

 困惑。

 警戒。

 そして、僅かな恐怖。

「……誰だ?」

 玲司の呼吸が止まった。

「……朔夜?」

「悪い。顔は見覚えがある」

 朔夜は額を押さえた。

「でも、名前が……出てこねえ」

 玲司は言葉を失った。

 胸の奥が冷たくなる。

 まただ。

 自分が《存在読込》(オーバーロード)の反動で朔夜の名前を忘れた、あの日と同じ。

 今度は、朔夜が自分を忘れている。

「……朔夜、僕は」

「待て」

 朔夜が左手を上げた。

 その目が鋭くなる。

「今、説明するな」

「……え?」

「敵が記憶を弄ってるなら、お前の言葉を信じていいかも分からねえ」

 玲司は息を呑んだ。

 御影が笑う。

「賢明だ。君の目の前にいる少年は、本当に味方なのかな?」

 朔夜の銃口が、僅かに揺れた。

 玲司は動けなかった。

 その時。

 御影の右腕が変形した。

 黒い刃が伸びる。

 狙いは、玲司の背中。

『玲司様、後方!』

「――っ!」

 振り向く。

 間に合わない。

 しかし、刃は届かなかった。

 朔夜が割り込んでいた。

 左手のデバイスから青い障壁が展開し、黒い刃を受け止める。

「ぐっ……!」

「……朔夜!」

「名前は分かんねえって言っただろ!」

 朔夜が叫ぶ。

「でも、今こいつがお前を殺そうとしたのは見えた!」

 青い障壁が軋む。

「だったら、止める理由は十分だ!」

 朔夜は左腕を振り抜いた。

 障壁が爆ぜ、御影の身体を押し戻す。

 玲司は、その背中を見つめた。

 覚えていなくても。

 朔夜は、守ってくれた。

     ◇

「……オタクくん!」

 澪の声が響いた。

 振り返ると、彼女が玲司へ駆け寄ってくる。

 その顔は青ざめていた。

「……あーし、変なの」

「……澪?」

「あいつと、いつ初めて会ったのか分かんない」

 澪が朔夜を見る。

「小さい頃から一緒だったはずなのに……どこで会ったのか、何を話したのか……全部、ぐちゃぐちゃ」

 声が震えていた。

「……怖いよ」

 玲司は手を伸ばした。

 澪は、その手を強く握った。

「でも」

 彼女は涙を拭う。

「今、オタクくんがここにいるのは分かる」

「……うん」

「だから、離さない」

 玲司は、その手を握り返した。

 御影が二人を見つめる。

「興味深い。記憶を失っても、感情的な結びつきは残るか」

 御影の背後で、黒い魔術陣が展開した。

「ならば、その感情も分解してみよう」

 無数の魔術弾が生成される。

 玲司は澪を庇うように前へ出た。

『玲司様。敵対象の術式出力が上昇しています』

「……ノア。何か方法は?」

『記憶保管装置との接続を断つ必要があります』

「……どうやって?」

『御影征司の身体には、施設の記憶情報を統合する中枢回路が存在します』

 玲司は御影を見る。

 胸部。

 黒い回路が集中している。

「……あそこを撃てば」

『通常の射撃では防御されます。さらに、対象は損傷した回路を別系統へ切り替えられます』

 玲司は歯を食いしばった。

 ならば、すべての回路を同時に止めるしかない。

 しかし、御影の周囲には無数の防御術式がある。

 そのすべてを突破する方法など――。

「……いや」

 玲司は顔を上げた。

 ある。

 一人では無理でも。

 三人なら。

「……朔夜!」

「何だ!」

「……あいつの胸の回路、見える?」

 朔夜は御影を睨んだ。

「見える。で?」

「……そこを壊したい」

「了解」

 即答だった。

 玲司は目を見開く。

「……いいの? 僕のこと、覚えてないのに」

 朔夜は一瞬だけ振り返った。

「お前、さっきから変なことばっか聞くな」

「……え?」

「俺が信じるかどうかは、俺が決める」

 朔夜は笑った。

「今のお前は、命懸けで誰かを守ろうとしてる。だったら十分だろ」

 玲司の胸が熱くなった。

「……ありがとう」

「礼は勝ってからにしろ!」

 朔夜が踏み込む。

 赤魔術の光が、床を赤く染めた。

     ◇

 御影が右手を振った。

 黒い魔術弾が、雨のように降り注ぐ。

「澪!」

「分かってる!」

 白魔術、神話顕現術式(ミュトス)。

 白い障壁が三人を包む。

 無数の弾丸が衝突し、激しい光が散った。

「……っ、重い!」

 澪の膝が沈む。

 既に透花の生命維持で消耗している。

 これ以上、長くは持たない。

「朔夜、頼む!」

「おう!」

 朔夜が左手を振る。

 青魔術、論理構築術式(ロゴス)。

 御影の周囲に、複数の解析陣が展開した。

「……見つけた!」

 朔夜が叫ぶ。

「胸の回路は、背後の保管装置と繋がってる! ただし、接続点が多すぎる!」

『解析結果を共有してください』

「誰だ?」

『玲司様のデバイスに搭載されたAI、ノアです』

「……なるほど。便利な奴だな!」

『評価に感謝します』

 朔夜は苦笑しながら、解析情報を送った。

 玲司の視界に、無数の青い線が浮かび上がる。

 御影の身体から伸びる黒い回路。

 その接続点。

 さらに、背後の記憶媒体へ繋がる供給経路。

『解析完了。主接続点は三箇所』

「……三つ」

『はい。ただし、敵対象の防御術式が各接続点を保護しています』

 玲司は息を吸った。

「……なら、順番に壊そう」

 御影が笑う。

「無駄だ」

 黒い障壁が展開する。

「君たちの攻撃手順は、既に解析済みだ」

「……そうかもしれない」

 玲司は銃を構えた。

「でも」

 隣で、朔夜が笑った。

「今から考えることまでは、分かんねえだろ?」

 朔夜が床へ手を叩きつけた。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 床の亀裂から、無数の根が伸びる。

 御影は即座に防御術式を展開した。

 しかし、根は御影へ向かわなかった。

 背後の記憶媒体。

 そこに絡みつく。

「……何?」

 御影の表情が変わった。

「本体じゃなくて、供給元を狙う!」

 朔夜が叫ぶ。

 根が記憶媒体の接続部を締め上げた。

 黒い回路が軋む。

 御影は即座に切断しようとする。

 だが、その瞬間。

「……澪!」

「任せて!」

 白い光が、御影の視界を覆った。

 攻撃ではない。

 澪の白魔術が、記憶干渉によって生じた認識の乱れを一時的に抑え込む。

 御影の視界に重なっていた無数の戦闘記録が、僅かに揺らいだ。

「……っ!」

 御影の動作が止まる。

『敵対象の戦闘記録切替に遅延を確認』

「……今だ!」

 玲司が引き金を引く。

 青い魔術弾が、御影の左肩を貫いた。

 黒い回路が断裂する。

 第一接続点、破壊。

「……小賢しい!」

 御影が怒鳴った。

 黒い魔術弾が、玲司へ殺到する。

 しかし、朔夜が割り込んだ。

 赤魔術。

 強化した左腕で床を砕き、破片を盾にする。

 魔術弾が破片へ衝突した。

 爆発。

 煙が広がる。

 その中から、朔夜が飛び出した。

「二つ目!」

 青魔術による圧縮衝撃。

 御影の右側面を覆う障壁が砕ける。

 玲司が撃つ。

 第二接続点、破壊。

 御影の身体が大きく揺れた。

「……馬鹿な」

 背後の記憶媒体が次々と消灯する。

 しかし、御影は倒れない。

 最後の接続点。

 胸部中央。

 そこへ、残されたすべての魔術回路が集中していた。

『警告。敵対象、全記憶情報を中枢へ集約しています』

 御影の身体が黒く染まる。

「……認めん」

 声が低く響いた。

「記憶を持たない人間に、何が残る」

 黒い光が広間を覆う。

「過去を失った者が、どうして自分自身でいられる!」

 御影が両腕を広げた。

 無数の記憶が、玲司の頭へ流れ込んでくる。

 知らない人生。

 知らない死。

 知らない後悔。

 何百人もの声が、同時に叫ぶ。

 ――お前は誰だ。

 ――何を覚えている。

 ――何を根拠に、自分を自分だと言える。

「……っ!」

 玲司は膝をついた。

 頭が割れそうだった。

 朔夜の顔が、分からなくなる。

 澪と過ごした日々が、遠ざかる。

 透花と出会った教室さえ、曖昧になっていく。

 何もかもが、黒い海へ沈んでいく。

「……僕は」

 玲司は呟いた。

 自分は、誰だった?

 何をしてきた?

 誰と笑い、誰を守ろうとした?

 思い出せない。

 けれど。

「……オタクくん!」

 声がした。

 澪だった。

 彼女が、玲司の手を握っている。

「……大丈夫」

 澪の声が震える。

「思い出せなくても、あーしはここにいるから」

 反対側から、朔夜の声が響いた。

「おい! 立てるか!」

 玲司は顔を上げた。

 朔夜が、こちらへ手を伸ばしている。

 その名前を、今度は玲司自身が思い出せなかった。

 それでも。

 その手を取っていいと、思った。

「……うん」

 玲司は立ち上がった。

「……行こう」

 朔夜が笑う。

「おう!」

     ◇

 御影が、最後の魔術弾を生成した。

 巨大な黒い球体。

 内部には、無数の記憶情報が圧縮されている。

『高密度黒魔術反応。直撃すれば精神構造の維持は困難です』

「……分かってる」

 玲司は銃を構えた。

 だが、照準が揺れる。

 敵の姿が、いくつにも重なって見える。

 記憶干渉。

 視覚情報の改竄。

 玲司は、目を閉じた。

「……ノア」

『はい、玲司様』

「……今、僕が見てるものは信じられない」

『はい』

「……だから、君の記録を信じる」

『了解しました』

 ノアが外部観測情報を展開する。

 御影の位置。

 胸部の術式核。

 そして、三人の現在位置。

 玲司は目を開けなかった。

「……朔夜!」

「何だ!」

「……敵の足を止めて!」

「了解!」

 朔夜が踏み込む。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 床から伸びた根が、御影の両脚を拘束した。

 御影は黒い魔術で根を焼き払おうとする。

 しかし、その前に。

「……まだだ!」

 朔夜の左腕が赤く輝いた。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 強化した拳が、御影の胸部へ叩き込まれる。

 鈍い衝撃音。

 黒い装甲に亀裂が走った。

「……貴様!」

 御影が叫ぶ。

 朔夜は笑った。

「俺の名前も知らねえ奴に、負けてたまるか!」

 その瞬間、澪が白い障壁を展開した。

 御影の黒い魔術弾が放たれる。

 白と黒が衝突する。

 轟音。

 障壁が砕けた。

 澪の身体が後方へ吹き飛ぶ。

「……っ!」

 玲司は目を開けかけた。

 しかし。

「撃って!」

 澪の声が響いた。

「あーしは大丈夫! だから、今!」

 玲司は、引き金に指をかけた。

『敵術式核、露出』

 ノアが告げる。

『射線確保。距離十二・四メートル』

 玲司は息を吸った。

 過去の経験は、使わない。

 別世界の自分にも、頼らない。

 ただ、今ここにいる仲間を信じる。

「……これが」

 玲司は、静かに呟いた。

「……僕たちの選択だ!」

 引き金を引いた。

 青い魔術弾が、一直線に飛ぶ。

 御影の胸部。

 黒い装甲の亀裂。

 その奥にある術式核へ、弾丸が突き刺さった。

 瞬間。

 世界が、白く弾けた。

     ◇

 爆発は、音を置き去りにした。

 巨大な記憶保管装置が震え、無数の魔術回路が断裂する。

 黒い光が消えていく。

 天井の記憶媒体が、次々と停止した。

『中枢術式核、破壊を確認』

 ノアの声が響く。

『御影征司と記憶保管装置の接続が切断されました』

 玲司は、ゆっくりと目を開けた。

 広間の中央。

 御影が膝をついていた。

 胸部の黒い回路は砕け、身体を覆っていた魔術光も消えている。

「……終わったのか」

 朔夜が呟く。

『敵対象の戦闘機能停止を確認』

 玲司は、御影へ近づいた。

 御影は顔を上げた。

 その瞳は、元の人間のものへ戻っていた。

「……理解できない」

 御影が呟く。

「記憶を失い、経験を奪われ、それでも君たちは戦った」

 玲司は答えなかった。

 御影は、震える手を見つめる。

「……君は」

 その声は、ひどく弱かった。

「……何を根拠に、自分を信じる?」

 玲司は、少しだけ考えた。

 失った記憶は、戻っていない。

 今も、朔夜との幼い頃の出来事を思い出せない。

 澪と過ごした日々にも、欠けた部分がある。

 そして、これからも失うかもしれない。

 それでも。

「……覚えていることだけじゃない」

 玲司は答えた。

「今、僕が何を選ぶかだ」

 御影の目が、僅かに見開かれる。

「……そうか」

 小さな声だった。

「……記録されていない選択、か」

 御影は、ゆっくりと目を閉じた。

 その身体が、床へ崩れ落ちる。

『御影征司、意識消失。生命反応あり』

 ノアが告げた。

 玲司は銃を下ろした。

 戦いは、終わった。

 けれど。

「……オタクくん!」

 澪の声が響く。

 振り返ると、彼女が透花を抱きかかえていた。

 少女の顔は、青白い。

 呼吸は浅く、手は冷たい。

「……透花?」

 玲司が駆け寄る。

 透花は、僅かに目を開けた。

「……れい、じ……?」

 その声は、消え入りそうだった。

『警告。記憶保管装置の停止に伴い、透花様の生体維持補助も低下しています』

「……そんな!」

 玲司は顔を上げた。

 御影を倒した。

 記憶保管装置も止めた。

 それなのに、透花の身体はまだ崩壊しようとしている。

「……ノア、何か方法は!」

『施設の補助装置を利用できる可能性があります。ただし、記憶保存回路と生体維持回路を分離する必要があります』

 玲司は、透花の手を握った。

 冷たい。

 けれど、確かに温もりが残っている。

「……透花」

 少女が、ゆっくりと顔を上げる。

「……もう少しだけ、待ってて」

 玲司は、その手を強く握った。

「……今度こそ、君の明日を守るから」

 透花は、僅かに笑った。

 その瞳から、一筋の涙が零れた。

 戦いは終わった。

 しかし、少女を救うための最後の選択は、まだ残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。