↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/51

敗者たちの記憶

 最初に消えたのは、男の右腕だった。

 いや、消えたように見えただけだ。

 久遠玲司の視界から、黒い腕が突然失われた。

『玲司様、右方より高密度魔術反応!』

「えっ――」

 振り向くより早く、見えない何かが腹部を打ち抜いた。身体が浮き、肺から空気が押し出される。

「玲司!」

 伊佐波朔夜が踏み込んだ。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 強化した身体で玲司を受け止め、そのまま床を滑って後退する。

「……っ、げほっ!」

「生きてるか!」

「な、なんとか……」

「なら立て。次が来る!」

 玲司が顔を上げる。

 そこにいたのは、もはや人間ではなかった。

 かつて玲司を襲撃した黒い魔術師。大量の人工供物を取り込んだ身体は、異形へ変貌していた。

 背中から伸びる腕は六本。だが、数え直せば四本、瞬きすれば八本へ変わる。関節は逆方向へ折れ曲がり、腕の長さも一定しない。

 足元に影はなく、数メートル離れた場所で黒い影だけが動いていた。

「……認識干渉か」

 朔夜が青魔術、論理構築術式(ロゴス)を展開する。

「実体位置、前方十二メートル。いや、九メートル……十五メートル?」

『対象の存在座標が観測ごとに変動しています。通常の位置予測は不可能です』

 黒い魔術師が腕を持ち上げた。

「さあ、久遠玲司。見せてみろ。お前が、どこまで到達したのかを」

 次の瞬間、床が爆ぜた。

     ◇

「澪、下がって!」

 白瀬澪が後退した直後、足元を黒い腕が貫いた。

「ちょっ、どこから出てきたの、これ!」

「見えてる場所を信じるな!」

 朔夜が緑魔術、原生循環術式(アニマ)を放つ。炎が男を包むが、その身体をすり抜けた。

「そこじゃない!」

 朔夜は炎の揺らぎから実体を見抜き、左へ跳んだ。

 赤魔術、生命錬成術式(ロゴス)による加速。

 拳が何もない空間へ突き刺さる。

 歪んだ空間から男の胴体が現れ、黒い装甲に亀裂が走った。

「……当たった!」

 しかし、男の骨格が液体のように変形し、朔夜の拳を包み込む。

 六本の腕が一斉に向けられた。

『危険!』

 三発の銃声。

 玲司の魔術弾が腕を撃ち抜き、拘束が緩む。

 朔夜は後退したが、黒い爪が右肩を掠めた。包帯が裂け、血が飛ぶ。

「朔夜!」

「問題ない! 玲司、あいつの身体は攻撃を受ける瞬間に構造が変わる!」

「分かった!」

 玲司は目を閉じた。

 無数の扉。無数の人生。

 《愚者の選択(ロードアルカナ)》。

 別世界で十年以上戦い続けた兵士の経験を選ぶ。

 《技術読込(スキル・ロード)》。

 銃の重量、遮蔽物、敵の射線。戦場の情報が整理されていく。

「ノア、弾道補正!」

『了解しました』

 玲司は朔夜の炎を遮蔽物にして右へ回り込んだ。

 狙うのは腕の付け根。変形する瞬間、わずかに動きが鈍る。

 四発の魔術弾が黒い腕を撃ち抜いた。

 だが、切断面から新しい腕が生える。

「……嘘だろ」

「戦術は悪くない。だが、足りない」

 玲司の背後に黒い影が立ち上がった。

 衝撃。

 玲司は床へ叩きつけられた。

     ◇

 朔夜の炎が追撃を止める。

 玲司は転がって距離を取った。

『肋骨損傷の疑いがあります。身体活動の制限を推奨します』

「……今は無理だよ」

 兵士では駄目だった。

 ならば、次の扉。

 《技術読込(スキル・ロード)》。

 幾千もの試合を経験した格闘家。

 玲司は銃を左手へ持ち替え、迫る腕の内側へ踏み込んだ。関節を取り、男の身体を崩す。

 成功した。

 だが、次の瞬間、関節が消えた。

 腕が骨格のない帯状の組織へ変わり、玲司の手首へ巻きつく。

 引き寄せられた先で、男の胸部が裂けた。

 内部には無数の黒い結晶が並んでいる。

「玲司!」

 朔夜の蹴撃が男の側頭部を吹き飛ばす。

 玲司を引き戻し、二人は床を転がった。

「馬鹿! 近づきすぎだ!」

「ご、ごめん!」

「謝るのは後だ!」

 男の頭部が再生していく。

 玲司は、朔夜を見た。

 あれほど負傷しているのに、彼は戦場全体を見ている。玲司が失敗するたび、必ず助けに来る。

 だが、その身体も限界に近かった。

「……次は、研究者だ」

 玲司は再び扉を開いた。

 魔術研究に人生を費やした自分。

 黒魔術。存在干渉。観測による状態の確定。

「……そうか」

 男は単純に身体を変形させているのではない。

 観測された情報に合わせて、存在状態そのものを変えている。

 ならば、観測を固定すればいい。

「ノア! 青魔術の観測補助を最大出力に!」

『対象の情報密度が高すぎます』

「一瞬でいい!」

 解析線が男へ集中した。

 その瞬間、男がこちらを見た。

「……それも、知っている」

 黒い術式が反転する。

 玲司の視界が暗転した。

『警告! 観測情報が逆流しています!』

 脳の奥で、何かが弾けた。

     ◇

 そこは、戦場だった。

 赤い空。崩れた建物。燃え上がる炎。

 玲司は泥の中に膝をついていた。

 目の前には、胸に大きな穴を開けた朔夜が倒れている。

「……おい。起きろよ、朔夜」

 口から出たのは、低く擦れた大人の声だった。

「……頼むから」

 抱き起こした身体は冷たかった。

 この世界の玲司は、何度も救命処置を試みていた。

 そして、すべて失敗した。

 視界が割れる。

 次の世界。

 天城市が燃えていた。

 空には巨大な黒い円環。街路には人工供物が溢れ、学院が崩壊している。

 右腕を失った玲司が、瓦礫の上から最後の一発を撃った。

 だが、届かない。

 黒い光が都市を呑み込んだ。

 次の世界。

 白い研究室。透明な培養槽。

 その中に、澪が横たわっていた。

「……澪。お願いだ……」

 何年も研究し、何千もの仮説を試した。

 それでも、彼女は目を覚まさない。

 次の世界。

 病院の廊下。

 玲司は古びた写真を握っていた。

 そこには笑う澪と、幼い自分が写っている。

 だが、もう澪はいなかった。

 視界が割れる。

 また。

 無数の世界。無数の人生。

 朔夜を失った世界。街を守れなかった世界。仲間を殺した世界。何も選べず逃げ続けた世界。

 そして、どの世界でも。

 澪は死んでいた。

「……やめろ」

 玲司の声は届かない。

 兵士。研究者。魔術師。殺人者。逃亡者。英雄。誰にも知られず死んだ者。

 すべて久遠玲司だった。

 そして、誰も大切なものを守れなかった。

     ◇

「玲司!」

 朔夜の声が、水の底から聞こえるようだった。

「おい! 返事しろ!」

 玲司は目を開けた。

 地下研究施設。黒い魔術師。燃え上がる炎。

 現実へ戻っていた。

 しかし、身体が動かない。

『外部情報と記憶情報の区別が不安定です』

「……僕は」

 玲司は自分の手を見た。

 十七歳の手。

 なのに、存在しない傷跡の感触がある。右腕を失った記憶も、誰かを抱いて泣いた記憶も。

 全部、自分のものだった。

 けれど、全部自分のものではなかった。

「……僕は、何を借りてるんだ……?」

 黒い魔術師が近づく。

「理解したか。お前が見ているものの意味を」

「……あの世界の僕たちは……」

 玲司は言葉を失った。

 彼らは勝者ではなかった。

 未来を変えられず、守れず、何度も選択を誤った者たち。

 玲司が借りていたのは、敗者たちの記憶だった。

「……そうか」

 玲司は息を吐いた。

 ずっと勘違いしていた。

 別世界には、自分より優れた人生を生きた玲司がいる。その力を借りれば、誰かを守れるはずだと。

 だが、彼らも失敗し、後悔し、自分と同じように弱かった。

 それでも。

 敗北したということは、その瞬間まで戦っていたということだ。

 守れなかったということは、守ろうとしたということだ。

 そして、失敗した者にしか分からないことがある。

「……だったら」

 玲司はゆっくりと立ち上がった。

「まだ、終わってない」

 男が足を止める。

「……何?」

「僕は、まだ負けてない」

 玲司は銃を握り直した。

「みんなが失敗したなら、その失敗を使えばいい。同じ間違いをしなければいい。守れなかった理由を覚えていればいい」

 男の口元が、わずかに動いた。

「……そうだ」

 ほとんど聞こえない声。

「それでいい」

     ◇

「玲司! 何をする気だ!」

 朔夜が叫ぶ。

 玲司の意識の奥では、無数の扉が開いていた。

 これまでは一つの世界から必要な技術だけを読み込んでいた。

 だが、そのさらに奥には、別の扉がある。

 経験だけではない。

 人格、記憶、感情、生きてきた人生そのものを、自分へ重ね合わせる力。

 戻れなくなるかもしれない。

 自分が誰なのか、分からなくなるかもしれない。

 それでも、目の前には守りたい人たちがいた。

「……ノア。僕の意識を監視していて」

『意図を確認できません』

「もし僕が、僕じゃなくなりそうだったら……呼び戻して」

『現在の記憶混線率は危険域です。これ以上の読込は自己同一性の喪失につながる可能性があります』

「分かってる」

『推奨できません』

「それでも、やる」

 玲司は目を閉じ、扉を開いた。

 《存在読込(オーバーロード)》。

 瞬間、世界が砕けた。

     ◇

 頭蓋骨の内側を無数の針で刺されるような激痛。

 玲司は膝をついた。

『警告! 未確認の根源魔術発動を検出! 記憶領域への異常な情報流入を確認!』

 別世界の人生が流れ込む。

 戦場。研究室。病院。廃墟。学院。

 知らない街と、知っている顔。

 朔夜。澪。

 何度も失う。

 玲司は歯を食いしばった。

 全部は要らない。

 今必要なのは、敵を倒す経験と、仲間を守る判断。

 無数の人生から、一人を選ぶ。

 ある世界の久遠玲司。

 彼は優れた兵士でも、特別な魔術師でもなかった。

 だが、誰よりも多くの敗北を記録していた。

 仲間が死んだ理由。退路を失った原因。敵の攻撃を読み違えた瞬間。

 そのすべてを書き残し、次の戦いでは同じ失敗を繰り返さなかった。

 それでも最後は仲間を守りきれず、戦場で命を落とした。

 だが、積み重ねた失敗は消えていない。

 玲司は、その人生を選んだ。

 《存在読込(オーバーロード)》。

 意識が重なる。

 呼吸が変わる。視線が変わる。

 敵だけでなく、味方の位置、退路、遮蔽物、攻撃の順番までが一つの図として浮かび上がった。

『玲司様! 自己同一性の維持が困難です! 直ちに発動を停止してください!』

 玲司は顔を上げた。

「……まだだ」

 声が、わずかに低くなっていた。

 自分の声なのに、自分のものではない。

「……まだ、僕が選ぶ」

     ◇

 黒い魔術師が動いた。

 八本の腕が一斉に伸びる。

「朔夜、左へ三歩!」

 朔夜が反射的に従う。

 直後、立っていた場所を黒い腕が貫いた。

「今度は右! 炎を床に!」

「分かった!」

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 床を這う炎によって、男の足元の影が歪んだ。

「……そこか!」

 朔夜が赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)で踏み込み、胴体へ拳を叩き込む。

 男は身体を変形させて受け流した。

「今!」

 玲司の魔術弾が、男の背後の床へ命中する。

 術式が弾け、黒い影が途切れた。

「……何をした?」

 玲司は答えない。

 認識干渉は完全ではない。

 存在位置をずらすためには周囲の術式への干渉が必要で、そこにはわずかな遅延がある。

 別世界の自分が何度も仲間を失って得た知識。

 玲司は、それを今の戦場へ適用していた。

「朔夜! 次は上から!」

「了解!」

 青魔術で術式変動を解析し、緑魔術で上方に炎の障壁を作る。

 黒い腕が炎へ触れ、実体位置が浮かんだ。

 朔夜が跳ぶ。

 赤魔術による蹴撃が肩の装甲を砕いた。

「……まだだ!」

 男の背中から新たな腕が伸びる。

「二秒後、右腕が来る!」

 朔夜は迷わず身体を沈め、頭上を通過した腕を掴んだ。

 赤魔術で関節を固定し、緑魔術の炎を流し込む。

「……ぐああああっ!」

 初めて男が苦痛の声を上げた。

「ノア! 敵の術式核を探して!」

『解析開始』

 絶えず変化する身体。

 しかし、変わらない場所が一つだけあった。

 取り込んだ人工供物から流れ込む魔術的な代償。

 そのすべてが集中する、胸部の奥。

「……見つけた」

 玲司は銃を構えた。

     ◇

 黒い魔術師の身体は、崩壊と再生を繰り返していた。

 それでも無数の腕が襲いかかる。

 朔夜は青魔術で軌道を読み、赤魔術で回避し、緑魔術の炎で迎撃する。

 だが、右肩の傷が限界に達していた。

「……っ!」

 膝が落ちる。

 黒い腕が迫った。

「朔夜!」

 その瞬間、白い光が差し込んだ。

「――いい加減にしてよ!」

 澪だった。

 両手を広げ、黒い腕を睨みつける。

「あーしの友達に、これ以上何すんの!」

 白魔術、神話顕現術式(ミュトス)

 淡い光が指先から広がり、黒い腕を一瞬だけ止めた。

「澪、下がって!」

「分かってる!」

 澪は後退する。

 白い光が消え、黒い腕が再び動き始めた。

 しかし、朔夜はすでに立ち上がっていた。

「……助かった!」

「あとでちゃんとお礼言ってよね!」

「何回でも言う!」

 朔夜は笑い、最後のカートリッジを装填した。

 赤、緑、青。

 三つの術式が同時に展開される。

「玲司! お前が道を作れ!」

「……僕が、決める!」

 朔夜が踏み込む。

 緑の炎が退路を塞ぎ、青魔術が術式変動を捉える。

 赤魔術が身体を限界まで加速させた。

「右上、三本!」

 朔夜が回避する。

「次、左下!」

 炎が弾ける。

「今!」

 朔夜の拳が胸部へ突き刺さった。

 黒い装甲が砕け、赤黒い光が露出する。

 術式核。

『射撃可能』

 玲司は引き金を引いた。

 魔術弾が一直線に飛び、核を貫いた。

     ◇

 音が消えた。

 黒い魔術師の身体が崩れ始める。

 腕が落ち、装甲が砕け、黒い術式が砂のように散っていく。

「……見事だ」

 男が呟いた。

「ようやく……ここまで……」

 玲司は銃を下ろさない。

「……お前は、何を知ってるんだ」

「……いつか、分かる」

「待て! 澪のことを教えろ! お前たちの目的を!」

 男の身体が崩れていく。

「……彼女を……」

「……何?」

 続く言葉はなかった。

 黒い粒子が空間へ溶け、何も残らなくなった。

 勝った。

 人工供物事件の中心にいた男を、ようやく倒した。

 だが、達成感はなかった。

「……玲司?」

 朔夜の声がした。

 玲司は振り向いた。

 そこには黒髪の少年が立っていた。

 傷だらけの制服。血を流す右肩。

 とても大切な人のはずだった。

 なのに。

「……誰?」

 朔夜の表情が凍りついた。

「……は?」

 知っている。

 何度も一緒に笑い、喧嘩し、助けられた。

 それなのに名前が出てこない。

「……ごめん。君の名前……何だっけ……?」

『警告。自己同一性の維持に重大な異常を確認』

 知らない記憶が流れ込む。

 戦場。研究室。病院。廃墟。

 どれが本当の記憶なのか、分からない。

「……僕は、誰なんだ……?」

 膝が崩れた。

 その瞬間。

「――オタクくん!」

 聞き慣れた声が響いた。

 明るくて、少し強引で、いつも自分をからかう声。

 澪が駆け寄り、玲司を抱きしめた。

「オタクくん!」

「……澪?」

「そう! あーし! 白瀬澪! オタクくんの幼なじみ!」

 玲司の記憶が揺れる。

 幼い頃の夕焼け。

 転んで泣いていた自分の手を引き、少しお姉さんぶって笑う少女。

「……ほら、オタクくん。ちゃんと帰ってきてよ」

「……帰る?」

「そう。あーしたちのところに」

 澪が手を握った。

 別世界の記憶が少しずつ遠ざかる。

 戦場の匂いが消え、研究室の冷たさが薄れ、知らない人々の声が静かになる。

「……僕は」

 玲司の声が震えた。

「……久遠、玲司」

「うん」

「天城魔術学院の……二年生で……」

「うん」

「……澪の、幼なじみで……」

「そうだよ」

 玲司は顔を上げた。

 その向こうに、傷だらけの朔夜が立っている。

 必死に名前を探した。

「……さく……」

 朔夜の目が見開かれる。

「……朔夜」

 朔夜は大きく息を吐いた。

「……馬鹿野郎。本気で焦っただろ……」

「……ごめん」

「謝るな。戻ってきたなら、それでいい」

 朔夜の手が玲司の肩に置かれた。

 玲司は二人を見つめる。

 澪。朔夜。

 別世界の自分たちは、何度も大切な人を失った。

 だが、今この世界では二人とも生きている。

 まだ終わっていない。

 未来は決まっていない。

 選ぶのは別世界の誰かではなく、今ここにいる自分だ。

 玲司は二人の手を握った。

「……ありがとう。僕を、見つけてくれて」

「当たり前じゃん」

 澪が笑う。

「何回でも見つけてやるよ」

 朔夜も疲れた顔で笑った。

 その瞬間、地下研究施設の奥から低い振動が響いた。

 床が揺れ、天井から破片が落ちる。

『緊急警告。世界線干渉装置の制御系に重大な異常を検出』

 巨大な黒い円環。

 その中心で赤い光が点滅していた。

『制御者の生体反応消失により、装置が暴走を開始しました』

 円環が回転し、空間が歪む。

 床の黒い術式が一斉に発光した。

『このままでは施設全体の崩壊が予測されます』

「……まだ終わらないのかよ」

 朔夜が舌打ちする。

 澪が玲司の手を握り直した。

「オタクくん、立てる?」

 玲司は頷いた。

 頭は痛い。身体も限界だった。

 それでも。

「……うん」

 銃を拾い上げる。

「まだ、やれる」

 朔夜が笑った。

「だったら、最後まで付き合うぞ」

「もちろん、あーしもね」

 澪も隣へ並んだ。

 三人は暴走する巨大な装置を見上げた。

 敗者たちの記憶は、まだ玲司の中にある。

 だが、それはもう、彼を縛る鎖ではなかった。

 失敗を知っている。

 後悔を知っている。

 守れなかった痛みを知っている。

 だからこそ、次は違う選択ができる。

 玲司は一歩踏み出した。

 まだ誰も選んだことのない未来へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。