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21/50

努力の天才

 天才とは、何だろう。

 生まれ持った才能か。

 誰にも真似できない技術か。

 それとも、凡人には届かない領域へ、たった一人で到達した者のことだろうか。

 久遠玲司は、ずっと親友を天才だと思っていた。

 赤、緑、青。

 三つの魔術系統を自在に操り、学院の誰よりも強く、どんな戦場でも迷わず前へ進む少年。

 伊佐波朔夜。

 玲司が知る限り、彼ほど才能に恵まれた魔術師はいない。

 けれど、玲司は知らなかった。

 その才能を、朔夜自身がどれほど信用していなかったのかを。

     ◇

 最初の砲撃で、通路が消し飛んだ。

「伏せろ!」

 朔夜が叫ぶ。

 直後、緑色の閃光が地下研究都市の隔壁を貫いた。

 轟音。

 床が跳ね上がり、天井から無数の破片が降り注ぐ。

「きゃっ!」

「澪!」

 玲司が白瀬澪の腕を掴み、横へ飛んだ。

 爆風が背中を叩く。

 肺から空気が押し出された。

『警告。高密度魔術反応。推定出力、通常の軍用制圧術式を上回ります』

 ノアの声が響く。

 玲司が顔を上げると、煙の向こうに巨大な影が立っていた。

 全高、およそ五メートル。

 人間の上半身を模した装甲と、四本の脚部。

 両肩には砲身。

 胸部には、三つの円環状術式が埋め込まれている。

 赤。緑。青。

 それぞれが独立して回転していた。

『対象を多重術式防衛兵器と仮称。赤魔術による構造強化、緑魔術による広域攻撃、青魔術による自動解析を確認』

「……全部載せかよ」

 朔夜が舌打ちした。

 兵器の頭部が動く。

 青い光が玲司たちをなぞった。

『敵性解析術式、起動』

「散れ!」

 朔夜の指示と同時に、三人は別々の方向へ走った。

 次の瞬間。

 玲司がいた場所へ、緑色の炎弾が着弾した。

 避けたはずだった。

 だが、二発目が逃走先へ落ちてくる。

「……っ!」

『回避経路を予測されています!』

 玲司は咄嗟に壁を蹴った。

 炎が頬を掠める。

 熱い。

 そのまま床へ転がり、柱の陰へ滑り込んだ。

「オタクくん!」

「大丈夫!」

 答えた直後、兵器の右腕が持ち上がる。

 腕部装甲が開き、赤い術式が走った。

 巨体が、消えた。

「……え?」

 違う。

 消えたのではない。

 速すぎたのだ。

 五メートルの鋼鉄の塊が、一瞬で十メートル以上を移動していた。

 拳が玲司へ迫る。

 間に合わない。

 そう思った瞬間。

「遅い!」

 横合いから赤い閃光が割り込んだ。

 朔夜だった。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)によって強化された脚が床を砕く。

 玲司の襟を掴み、その身体を後方へ放り投げる。

 直後、兵器の拳が朔夜へ振り下ろされた。

 朔夜は受け止めない。

 半歩だけ軸をずらし、拳の側面へ手を添えた。

 衝撃の方向を変える。

 鋼鉄の拳が床へ突き刺さった。

「玲司! 澪を連れて下がれ!」

「でも、朔夜は!」

「俺はこいつを調べる!」

 朔夜の左手に、青い術式が浮かんだ。

 青魔術、論理構築術式(ロゴス)

 兵器の全身を、幾何学模様の光が走る。

 だが。

「……なるほどな」

 朔夜の表情が険しくなった。

 青い解析陣が、途中から崩れ始めたのだ。

 兵器の胸部で、別の青い術式が回転する。

 解析に対する解析。

 朔夜の術式構造を読み取り、逆に干渉している。

「こいつ、俺の解析そのものを解析してやがる」

 兵器の左肩が開いた。

 緑色の光が収束する。

「朔夜!」

「分かってる!」

 朔夜が床へ掌を向けた。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 炎の壁が立ち上がる。

 兵器の砲撃と衝突し、巨大な火柱が生まれた。

 だが、その炎の向こうから、赤く輝く拳が突き出された。

「……っ!」

 朔夜は身を捻った。

 それでも拳の端が右肩を掠める。

 鈍い音。

 朔夜の身体が数メートル吹き飛ばされた。

「朔夜!」

 玲司が駆け寄ろうとする。

「来るな!」

 朔夜は片膝をついたまま叫んだ。

 右肩を押さえている。

 先日の戦闘で負傷した場所だった。

 兵器は追撃しない。

 ただ、三つの術式を回転させている。

 観測しているのだ。

 自分たちの動きを。

「……厄介だな」

 朔夜が笑った。

 その笑みには、いつもの余裕がなかった。

     ◇

「ノア。あの兵器の制御構造を調べて」

『了解。ただし、敵性青魔術による妨害が継続しています』

「……分かってる」

 玲司は銃を構えた。

 そして、目を閉じる。

 《愚者の選択(ロードアルカナ)》。

 意識の奥に、無数の記憶が浮かび上がる。

 戦場。

 射撃場。

 格闘訓練。

 研究室。

 その中から、玲司は一つの人生を選んだ。

 魔術研究者として生きた自分。

 《技術読込(スキル・ロード)》。

 視界が変わる。

 兵器の装甲が、単なる金属の塊ではなくなる。

 術式の配線。

 代償供給経路。

 独立した三つの制御系統。

 そして、それらを統合する中枢演算機構。

「……見えた」

『玲司様?』

「生命錬成術式(アルス・カルニス)が装甲を守ってる。原生循環術式(アニマ)が攻撃して、論理構築術式(ロゴス)が僕たちの動きを予測する」

『そのとおりです』

「でも、それぞれ独立してる。だから一つの系統を止めても、ほかが補う」

『解析結果と一致します』

 玲司は歯を食いしばった。

 普通の魔術師なら、三つの系統を同時に扱うだけでも大きな負担になる。

 だが、この兵器は違う。

 三つの制御機構が、それぞれ最適な処理を続けている。

 疲労しない。

 集中力も切れない。

 同じ失敗を繰り返すこともない。

「……これじゃ、隙がない」

『敵性予測精度、上昇中』

 玲司は銃を撃った。

 青い光弾が兵器の頭部へ向かう。

 だが、着弾寸前に赤い防御術式が展開した。

 弾丸は弾かれる。

 玲司が射角を変える。

 次の弾丸も防がれた。

 三発目を撃つ前に、兵器の砲身がこちらへ向く。

『射撃行動を予測されています!』

 玲司は飛び退いた。

 炎弾が柱を砕く。

「……くそっ」

 研究者の知識があっても、突破できない。

 相手も同じように考え、しかも自分より速く答えを出してくる。

 玲司は思わず、朔夜を見た。

 朔夜は、兵器を睨んでいた。

 やがて。

「玲司」

「……何?」

「中枢の位置、まだ分からないか?」

「大まかには。でも、装甲の奥に隠れてて……」

「なら、引きずり出す」

 朔夜が立ち上がった。

 右肩から血が滲んでいる。

「俺が三系統を同時に使う。お前は、その隙に中枢を探せ」

「……え?」

 玲司は耳を疑った。

 三系統の同時運用。

 それがどれほど危険か、玲司も知っていた。

 術式の並列処理。

 膨大な代償消費。

 身体強化と術式干渉による神経への負荷。

 しかも朔夜は、すでに負傷している。

「無茶だよ!」

「そうかもな」

「そうかもって……!」

 朔夜は、笑った。

「こういう日のために、ずっと練習してきたんだ」

     ◇

 朔夜が最初に魔術を使ったのは、七歳のときだった。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 身体能力を高める、最も基本的な強化術式。

 適性検査の結果は、極めて優秀だった。

 教官は言った。

 ――君は天才だ。

 けれど、その日の模擬戦で、朔夜は負けた。

 身体強化はできた。

 だが、拳を振るう技術がなかった。

 踏み込み方も、距離の取り方も知らなかった。

 相手の攻撃を怖がり、目を閉じた。

 才能だけでは、何も変わらなかった。

 だから、練習した。

 翌日も。

 その翌日も。

 何百回も転び、何千回も拳を振った。

 緑魔術を習得したときも、同じだった。

 最初は炎を出すことさえできなかった。

 ようやく炎を発生させても、狙った場所へ飛ばせなかった。

 青魔術を学び始めたときには、解析結果を理解する前に攻撃を受けた。

 三系統に適性がある。

 それは、三つの魔術を使えるというだけのことだった。

 使いこなせることとは、違う。

 朔夜は毎朝、誰よりも早く訓練場へ向かった。

 授業が終わっても、一人で術式を組み続けた。

 赤から緑へ。

 緑から青へ。

 青から赤へ。

 切替時間を、一秒縮める。

 さらに、〇・一秒。

 その〇・一秒を縮めるために、何週間も費やした。

 手の皮が裂けた。

 筋肉が痙攣した。

 術式処理の負荷で、何度も意識を失いかけた。

 それでも、やめなかった。

 強くなりたかった。

 あの日。

 自分をいじめていた少年たちの前に、震えながら立ちはだかった、小さな背中。

 勝てるはずもないのに。

 殴られると分かっていたのに。

 それでも、逃げなかった少年。

 久遠玲司。

 朔夜は、あの背中に憧れた。

 いつか。

 あいつが誰かを守ろうとするとき。

 今度は、自分が隣に立てるように。

 そのために、強くなった。

     ◇

「……始めるぞ」

 朔夜が呟いた。

 左手に、青い光。

 右腕に、赤い光。

 足元に、緑の術式。

 三色の魔術陣が、同時に展開した。

『警告。対象、伊佐波朔夜の術式負荷が急上昇』

 ノアが告げる。

「朔夜、待って!」

 玲司が叫ぶ。

 だが、朔夜は振り返らなかった。

「玲司」

 ただ、短く言った。

「俺を信じろ」

 次の瞬間。

 朔夜の姿が消えた。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 身体強化による高速接近。

 兵器の青い解析陣が反応する。

 予測された移動先へ、緑の砲身が向く。

 しかし。

 朔夜は、そこにいなかった。

 床から炎が噴き上がる。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 兵器の脚部を包み込み、移動経路を塞ぐ。

 同時に、青い術式が走った。

 青魔術、論理構築術式(ロゴス)

 砲身の制御術式へ干渉する。

 発射角度が、わずかに逸れた。

 炎弾が天井を貫く。

「……すごい」

 玲司は呟いた。

 三系統を同時に使っている。

 それだけではない。

 すべてが、必要な瞬間にだけ発動していた。

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)は、踏み込む瞬間。

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)は、敵の退路を塞ぐ瞬間。

 青魔術、論理構築術式(ロゴス)は、敵の攻撃が確定する瞬間。

 無駄がない。

 兵器の青い解析陣が高速回転する。

 朔夜の動きを予測する。

 だが、予測が確定する直前に、朔夜は術式を切り替える。

 赤。緑。青。赤。青。緑。

 魔術の切替速度が、兵器の予測更新速度を上回り始めた。

『敵性兵器の解析処理に遅延を確認』

 ノアが告げる。

「……今だ!」

 朔夜が叫んだ。

 兵器の右脚が炎に包まれる。

 青い術式が防御系統へ干渉する。

 その隙に、朔夜が赤魔術で接近した。

 拳が装甲へ突き刺さる。

 轟音。

 巨大な兵器が、初めて後退した。

 だが。

「……っ!」

 朔夜の右腕が震えた。

 筋肉が限界に達している。

 肩の傷が開き、血が飛び散った。

 兵器の赤い装甲が、さらに輝きを増す。

 反撃。鋼鉄の拳が朔夜へ迫る。

「朔夜!」

 玲司が叫んだ。

 しかし、朔夜は避けなかった。

 左手を突き出す。

 青い術式が、兵器の腕へ絡みついた。

 攻撃軌道を、ほんの数度だけずらす。

 拳が頬を掠めた。

 朔夜は、そのまま踏み込む。

「……まだだ!」

 赤い光が、全身を駆け抜けた。

 拳が兵器の胸部を打つ。

 装甲が軋む。

 赤い防御術式が、衝撃を受け止める。

 だが、その瞬間。

 朔夜の足元から、緑の炎が噴き上がった。

 兵器の脚部が熱膨張する。

 姿勢制御が乱れる。

 青い解析陣が、修正を開始した。

 その一瞬。

 三つの制御系統が、互いに異なる処理を要求した。

 赤は、防御。緑は、迎撃。青は、姿勢修正。

 兵器の胸部で、三色の光が激しく明滅した。

「玲司!」

 朔夜が叫ぶ。

「今しかない!」

     ◇

 玲司は、すでに動いていた。

 別世界の研究者の知識。

 ノアの解析。

 そして、目の前で朔夜が作り出した隙。

 そのすべてを、一つに繋げる。

「ノア! 三系統の接続部分を表示して!」

『了解。統合中枢への接続経路を抽出します』

 視界に、無数の線が浮かび上がる。

 赤い線。緑の線。青い線。

 それぞれが、胸部の奥へ伸びている。

 だが、装甲が厚すぎる。

 直接撃ち抜くことはできない。

「……違う」

 玲司は呟いた。

 狙うべきは、中枢そのものではない。

 中枢を守っている、防衛機構。

 その制御を一瞬だけ止めればいい。

「ノア! 青魔術の干渉信号を、僕の弾丸に重ねられる?」

『可能です。ただし、敵性防御術式の解析が必要です』

「解析は、もうできてる!」

 研究者の記憶が、答えを示していた。

 玲司は銃口を上げる。

 兵器の胸部。

 赤い装甲の継ぎ目。

 そこにある、小さな術式接続点。

「……ここだ!」

 引き金を引いた。

 青い光弾が、一直線に飛ぶ。

 兵器の解析陣が反応する。

 防御術式が展開する。

 だが、玲司の弾丸は装甲を貫こうとしなかった。

 接触した瞬間、術式へ干渉する。

 防御制御が、一瞬だけ停止した。

『敵性防御機構、機能低下!』

「朔夜! 右側の装甲、その奥!」

 玲司が叫ぶ。

 朔夜は、笑った。

「上出来だ!」

 兵器が動く。

 赤い防御術式を再構築しようとする。

 だが、間に合わない。

 朔夜は、最後のカートリッジを装填した。

 赤い光が、全身を包む。

 骨格。

 筋肉。

 神経。

 すべての強化術式が、右腕へ集中する。

『警告。伊佐波朔夜の身体負荷、危険域』

 ノアが告げる。

 玲司は、思わず叫んだ。

「朔夜! それ以上は!」

「大丈夫だ!」

 朔夜は、拳を握りしめた。

「俺が、何年やってきたと思ってる!」

 その声には、恐怖も迷いもなかった。

 ただ、積み重ねてきた時間への確信があった。

 朔夜は、玲司を見た。

「お前が道を作れ。俺が決める」

 玲司は、頷いた。

「……うん!」

 最後の一発。

 玲司が引き金を引く。

 青い光弾が、兵器の防御術式へ突き刺さる。

 赤い装甲が、わずかに開いた。

 その瞬間。

 朔夜が踏み込んだ。

 床が砕ける。

 赤い光が、一直線に走る。

 拳が、装甲の隙間へ突き刺さった。

 轟音。

 鋼鉄がひしゃげる。

 衝撃が内部へ伝わる。

 兵器の胸部で、三色の術式が激しく明滅した。

 赤。

 緑。

 青。

 そして。

 すべての光が、消えた。

 巨大な兵器が、ゆっくりと傾く。

 四本の脚が折れた。

 五メートルの巨体が、床へ崩れ落ちる。

 轟音が、地下研究都市を揺らした。

 静寂。

 やがて。

『敵性反応、消失』

 ノアが告げた。

『多重術式防衛兵器の機能停止を確認』

 玲司は、ゆっくりと息を吐いた。

「……勝った」

 朔夜は、その場に立っていた。

 右腕が震えている。

 肩から血が滴っている。

 それでも、倒れなかった。

「……当然だろ」

 朔夜は、笑った。

「俺たち二人なんだからな」

     ◇

「当然じゃないでしょ!」

 澪の怒声が響いた。

 朔夜の肩へ応急処置を施しながら、彼女は眉を吊り上げていた。

「右肩、また血出てるじゃん! 何回同じとこ怪我すんの!」

「……悪い」

「悪いと思ってない顔!」

「……思ってるって」

「絶対嘘!」

 玲司は、その光景を見て小さく笑った。

 朔夜が、こちらを見た。

「……何笑ってんだ」

「……いや」

 玲司は、少しだけ考えた。

「……やっぱり、朔夜はすごいなって」

 朔夜は、呆れたように息を吐いた。

「またそれか」

「……だって、本当にすごかったから」

 玲司は、崩れ落ちた兵器を見つめた。

 三系統の魔術。

 そのすべてを、ほとんど遅延なく運用する技術。

 自分が別世界の記憶を借りても、簡単には真似できない。

 何年も。

 何千回も。

 失敗を繰り返して、ようやく到達できる領域。

「……僕には、まだできないことばかりだ」

 玲司が呟く。

 朔夜は、少しだけ眉をひそめた。

「玲司」

「……何?」

「お前は、お前のやり方で戦っただろ」

 玲司は、顔を上げた。

「俺には、あの兵器の中枢を見つけられなかった」

「……でも」

「でもじゃない」

 朔夜は、静かに言った。

「俺は、自分の人生で覚えた技術を使った。お前は、別の世界の経験を使って、今ここで答えを出した」

 玲司は、黙って聞いていた。

「どっちが上とか、そういう話じゃない」

 朔夜は、笑った。

「俺たちは、違うんだよ」

 その言葉が、玲司の胸に落ちた。

 違う。

 だからこそ、並んで戦える。

 自分が持っていないものを、朔夜は持っている。

 朔夜が持っていないものを、自分は持っている。

 どちらかが、どちらかになる必要はない。

「……うん」

 玲司は、頷いた。

「……そうだね」

 澪が、二人の顔を交互に見た。

「はいはい。男同士の友情は分かったから、そろそろ先に進まない?」

 朔夜が苦笑する。

「お前、さっきまで休めって言ってただろ」

「休めとは言ったけど、ここでずっと立ち話しろとは言ってないし」

「……理不尽だな」

「何か言った?」

「何でもない」

 玲司は、また笑った。

 そのとき。

『玲司様』

 ノアの声が響いた。

『防衛兵器の停止に伴い、最深部隔壁の封鎖が解除されました』

 三人が顔を上げる。

 崩れ落ちた兵器の向こう。

 巨大な扉が、ゆっくりと開いていた。

 その奥から、冷たい空気が流れ込む。

 そして。

 暗闇の向こうに、一つの光が見えた。

 黒い光。

 それは、まるで生き物の鼓動のように、ゆっくりと明滅していた。

「……行こう」

 朔夜が言った。

 玲司は、頷いた。

 澪も、二人の隣へ並ぶ。

 三人は、最深部へ足を踏み入れた。

 その先で待っているものが、何であろうとも。

 もう、誰か一人だけに背負わせるつもりはなかった。

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