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黒幕からの招待状

 最初に異変に気づいたのは、ノアだった。

『警告。未登録の黒魔術、深淵接触術式(アビス)反応を検出しました』

 午後六時四十二分。

 天城魔術学院附属医療センターの病室で、久遠玲司は顔を上げた。

 窓の外では、消防車両と防衛局の輸送機が行き交っている。数時間前まで人工供物が暴れていた都市中心部は、今も混乱の中にあった。

「……どこ?」

『南西方向、約二百八十メートル。旧市街連絡橋付近です』

 玲司はベッドから立ち上がった。途端に視界が揺れる。

「おい、玲司」

 隣にいた伊佐波朔夜が肩を支えた。

「まだ寝てろ。さっきまで意識がなかったんだぞ」

「でも……」

『補足します。検出した術式波形は、過去の交戦記録と部分一致しています』

 玲司の指が止まった。

『以前玲司様を襲撃した黒魔術師。その術式波形との一致率、九十一・四パーセント』

 朔夜の表情から笑みが消えた。

「……あいつか」

 玲司は頷いた。

 攻撃が当たらず、目の前にいた敵が次の瞬間には別の場所にいる。そして、自分の能力を知っているかのような言葉。

 ――ようやく、最初の扉を開いたか。

『対象は移動していません。観測を妨害する兆候もありません』

「つまり、俺たちに見つけてほしいってことか」

 玲司は答えず、ベッド脇の黒い拳銃型デバイスを取った。

「待って」

 白瀬澪が、その手首を掴んだ。

「また戦いに行くつもり?」

「……うん」

「さっき、あんなに苦しんでたのに?」

 玲司は目を逸らした。

 記憶の混線は、まだ収まっていない。知らない戦場。死んだ仲間。朔夜を殺した自分。澪を救えなかった自分。

「……怖いよ。また、自分が誰なのか分からなくなるかもしれない」

「だったら――」

「でも、あいつは僕のことを知ってる。僕の能力も、人工供物のことも。もしかしたら……澪のことも」

 澪の指から力が抜けた。

「だから、確かめたい」

 しばらくして、澪は大きく息を吐いた。

「……ほんっと、頑固」

「ごめん」

「謝ってほしいわけじゃないし」

 澪は玲司の額を指で弾いた。

「ちゃんと帰ってきてよ。あーし、まだ聞きたいこといっぱいあるんだから」

「……うん」

 朔夜がデバイスを取った。

「話は決まりだな」

「朔夜も?」

「当たり前だろ。ただし、無茶はしない。防衛局にも連絡する」

『賛成します。現在の玲司様に長時間の戦闘は推奨できません』

「……分かってる」

 玲司は銃を握り直した。

 今度は、強い自分を探しに行くのではない。

 自分たちを戦わせてきた相手に、会いに行くのだ。

     ◇

 旧市街連絡橋は、半分崩落していた。

 橋の中央には亀裂が走り、傾いた街灯と放置車両が並んでいる。

 その先に、一人の男が立っていた。

 黒い外套。深く被ったフード。右手には細長い杖のような魔術デバイス。

「……久しぶりだな」

 玲司は十メートルほど手前で立ち止まった。

「あなたは……」

「覚えていてくれたか。以前より、ずいぶん良い目をするようになった」

 朔夜が一歩前へ出た。

「防衛局には通報済みだ。逃げ道も封鎖される」

「それは困った。できれば、もう少し静かに話したかったのだが」

 男は肩をすくめた。困っているようには見えない。

「だったら、答えてください」

 玲司は銃口を下げたまま尋ねた。

「人工供物を暴走させたのは、あなたたちなんですか? 地下施設で僕の能力を観測していたのも?」

「……なるほど。そこまで知ったか」

 否定しなかった。

「どうして僕なんですか」

「それを知るには、まだ早い」

「早いって……!」

「お前は、まだ完成していない」

 男の視線が玲司の銃へ落ちる。

「力の使い方を覚えた。選択することも学んだ。だが、その先へ進むには足りないものがある」

「何の話だ」

 朔夜が眉を寄せる。

「彼なら分かる。そうだろう? 久遠玲司」

 その声に、玲司の頭の奥が疼いた。

 白い研究室。無数の画面。そして、死んだ澪。

「……っ!」

『警告。記憶干渉に類似する神経反応を検出。玲司様、対象との視線接触を解除してください』

 玲司は咄嗟に目を伏せた。

「玲司、下がれ!」

 朔夜が叫ぶ。

 黒い外套が、膨れ上がった。

     ◇

 男の右肩から一本、左脇腹から二本の腕が飛び出した。

 黒い術式が皮膚を這い、骨格の軋む音が響く。

 腕は四本。いや、六本。

 瞬きするたびに、その数が変わっていた。

「……何だ、あれ」

『黒魔術、深淵接触術式(アビス)の高密度反応。肉体構造に異常な変動を確認。ただし、観測値が安定しません』

 男の腕が伸びた。

 玲司は横へ跳ぶ。直後、立っていた場所のアスファルトが砕けた。

「速い……!」

「違う!」

 朔夜が玲司の襟を掴み、後方へ引く。

 二本目の腕が頭上を通過した。

「見えてる腕と、実際に殴ってきた腕が違う!」

 朔夜のデバイスに青い光が走る。

 青魔術、論理構築術式(アビス)

 男の身体構造を解析する。しかし、結果が次々と書き換わった。

 六本だった腕が四本に減り、右肩の関節が左腰へ移動する。

「観測するたびに、構造が変わる……!」

「正確には、お前たちが観測した構造が正しいとは限らない」

 男が笑った。

 足元から黒い腕が伸び、橋の欄干を砕く。

 朔夜は後退し、青い術式を解除した。

「……目で追うから間違えるのか。だったら、見なきゃいい」

 緑魔術、原生循環術式(アニマ)。

 炎が橋の路面を走り、男を中心に輪を形成する。

 攻撃ではない。周囲の空気を熱し、炎の揺らぎから実体を探るための術式だった。

 男の輪郭が歪む。

 炎が何もない空間で押し分けられた。

「そこか!」

 赤魔術、生命錬成術式(アルス・カルニス)。

 身体強化した朔夜の拳が、炎の歪んだ一点へ突き刺さった。

 鈍い衝撃。

 男の身体が後方へ滑る。

「……見事だ。解析結果を捨て、環境の変化から位置を測るか」

 朔夜は答えず、後退した。

 右肩から血が滲んでいる。先の戦闘による負傷が開いたのだ。

「朔夜!」

「気にするな! 玲司、お前は腕を狙うな! 胴体の位置だけ見ろ!」

「……分かった!」

 玲司は銃を構えた。

 しかし、照準が定まらない。

 見える位置と実際の位置が違う。攻撃の直前には関節の配置まで変化する。

 通常の格闘技術も、狙撃手の経験も通用しない。

 玲司は息を整えた。

 ――必要なのは、目の前の敵に勝てる自分だ。

 師匠の声が蘇る。

 最も強い自分ではない。

 この異常な敵と戦ったことのある自分。

「……ノア。愚者の選択(ロードアルカナ)を使う」

『現在の神経状態では推奨できません』

「長くは使わない。必要な技術だけ選ぶ」

 玲司は目を閉じた。

 無数の記憶が浮かぶ。

 戦場。研究室。格闘場。崩壊した都市。

 その中に、異質な光景があった。

 形の定まらない四肢を持ち、動くたびに骨格を組み替える怪物。

 その前に立つ別世界の玲司は、短い槍と捕獲用の索を持っていた。

 ――形を見るな。

 記憶の中の男が考える。

 ――重さを見ろ。力を伝える場所を見ろ。

 玲司は目を開けた。

「《技術読込(スキルロード)》」

『技術読込(スキルロード)を確認。運動制御補助を調整します』

 玲司は男の足元を見た。

 増えた腕も、歪む胴体も無視する。

 代わりに見るのは、路面の亀裂。踏み込む際の荷重と、攻撃の反動を逃がす場所。

「……見えた」

 玲司は引き金を引いた。

 魔術弾は男の右側を通過する。

 外れたように見えた。

 しかし、男の身体が不自然に傾いた。

 弾丸は見えていた胴体ではなく、半歩右に存在する実際の肩へ命中していた。

「……ほう。その経験を選んだか」

 玲司の心臓が跳ねる。

 まるで、読み込んだ記憶の内容まで知っているようだった。

「玲司!」

 朔夜の叫び。

 黒い腕が迫る。

 玲司は横へ転がったが、回避した先にも別の腕が待っていた。

 間に合わない。

 その瞬間、緑色の炎が目の前を横切る。

 腕が炎を突き抜け、その軌道が明確になった。

「左!」

 玲司は身を捻り、攻撃を避けた。

 朔夜が赤魔術で踏み込み、男の肩を打つ。続けて手首を掴み、背中側へ折り曲げた。

 関節技。

 しかし、相手の関節は人間と同じ位置にない。

「無意味だ」

 拘束された腕が分岐し、新しい肘と手首が生まれる。

 黒い指が朔夜の喉へ伸びた。

「……だろうな!」

 朔夜は拘束を解き、後退する。同時に足元から炎を噴き上げ、男の視界を塞いだ。

「玲司!」

「うん!」

 玲司は銃を向けた。

 だが、撃たない。

 炎の奥で、男の影が三つに分かれた。

 左、右、中央。

 どれも違う。

 玲司は地面を見る。

 割れたアスファルト。沈み込む踵。体重を支える本当の足。

「……そこだ!」

 三発。

 一発目が左脚を撃ち抜く。

 二発目が右肩へ命中する。

 三発目が胸元を捉えた。

「……っ!」

 男の身体が大きく仰け反り、初めて苦痛らしい声が漏れた。

 朔夜はその隙を逃さない。

 青魔術で実体位置を確認し、緑魔術で退路を塞ぐ。

 そして赤魔術。

「捕まえた!」

 強化した両腕で、男の胴体を背後から拘束した。

 今度は関節ではなく、体幹そのものを締め上げる。

 男の足が路面から浮く。

『照準補助、安定。対象の胸部に高密度の術式反応を確認』

 玲司は銃口を向けた。

「……終わりです。もう、逃がしません」

 男は黙っていた。

 そして、笑った。

「……素晴らしい。お前たちは、実に素晴らしい」

「……何を?」

「久遠玲司。お前はようやく理解し始めた。力とは、選ぶものだということを」

 玲司の背筋が冷えた。

 師匠と、似たことを言っている。

「そして、伊佐波朔夜。お前も予想以上だ。自分の人生で磨いた技術が、借り物の経験とここまで噛み合うとは」

「……お前、どこまで知ってる」

 男は答えなかった。

 代わりに胸元の黒い術式が膨張する。

『警告! 対象の肉体構造が崩壊を開始!』

「朔夜、離れて!」

 玲司が叫ぶ。

 しかし、遅かった。

 男の背中が裂け、無数の黒い腕が噴き出した。

 朔夜は赤魔術を強化するが、増殖した腕に拘束を押し返される。

 肩が腰へ、腰が背中へ、頭部が胸の位置へ沈む。

 人間の身体を無理やり組み替えたような黒い塊。

 腕が一斉に伸び、朔夜を十メートル以上吹き飛ばした。

「朔夜!」

 玲司の前に、男が立ちはだかる。

 もはや人間の形を保っていない。

「……これ以上は、まだ早い」

「逃げるつもりですか!」

「逃げる? 違う。今日は、ここまでだ」

 黒い術式が橋の路面へ広がり、空間が歪む。

 男の身体が影の中へ沈み始めた。

「待って! まだ何も聞いてない!」

 男の動きが止まる。

「お前の力を完成させる。それが、我々に与えられた役割だ」

 我々。

 つまり、この男一人ではない。

「……誰が、そんなことを命じたんだ! 僕の能力を使って、何をするつもりなんだ!」

 男は答えない。

「……澪のことも、知ってるんでしょう!」

 その瞬間、男の動きがわずかに止まった。

「……やっぱり」

 男がゆっくりと顔を上げる。

「……彼女の名前を、軽々しく口にするな」

 声から、それまでの余裕が消えていた。

「……どうして」

 男は答えず、左手を上げた。

 黒い光が集まり、一枚の薄い金属板が形成される。

 男はそれを玲司の足元へ投げた。

「……招待状だ」

「……招待状?」

「答えが欲しいのなら、来るがいい。お前たちが知りたがっているものは、すべてそこにある」

「待て!」

 朔夜が立ち上がり、デバイスを構える。

 しかし、男はすでに影へ沈みかけていた。

「……久遠玲司」

 最後に、声だけが残る。

「次に会うとき、お前は選ばなければならない」

「……何を?」

 返事はなかった。

 黒い術式が収束し、空間の歪みが消える。

 そこには、もう誰もいなかった。

     ◇

『対象の魔術反応、消失』

 橋の上には、砕けたアスファルトと焼け焦げた欄干、そして一枚の金属板だけが残っていた。

「……玲司。大丈夫か?」

「……うん」

 玲司は頷いたが、男の言葉が頭から離れない。

 ――お前の力を完成させる。

 ――我々に与えられた役割。

 ――彼女の名前を、軽々しく口にするな。

 自分の能力。人工供物。黒魔術。そして澪。

 すべてが繋がっている。

 しかし、肝心な部分だけが見えない。

「……ノア。これ、調べられる?」

 玲司は金属板を拾い上げた。

『解析を開始します』

 数秒後。

『異常を確認。記録されているのは座標情報です』

「座標?」

『はい。ただし、通常の都市地図には存在しない位置です』

 視界に天城市の立体地図が表示された。

 都市中心部。地下鉄網。研究施設。防衛局の地下区画。

 そのさらに下に、地図に存在しない空白地帯があった。

『地下深度、推定百八十メートル。既存の都市インフラとの接続は確認できません』

「……地下、百八十メートル?」

 朔夜が呟く。

 玲司は地図を見つめた。

 地上の天城市。その下に、もう一つの都市がある。

「……これが、地下研究都市」

『金属板には入口への経路を示す暗号化情報も含まれています。地上の旧研究区画から接続する未登録の搬送路です』

「……最初から、俺たちをそこへ誘導するつもりだったのか」

 朔夜が息を吐いた。

 玲司も理解していた。

 これは偶然見つけた手がかりではない。

 敵がわざと残したものだ。

 罠かもしれない。

 いや、おそらく罠だ。

 それでも、そこにしか答えはない。

     ◇

 午後七時二十分。

 玲司たちは医療センターへ戻っていた。

 榊原宗一郎への報告と防衛局への情報提供は済み、回収した金属板は解析中だった。

 玲司は病室の椅子に座り、窓の外を見ていた。

 街の灯りが少しずつ戻り始めている。しかし、あちこちにはまだ黒い煙が残っていた。

「……オタクくん」

 澪が隣へ座った。

「……聞いたよ。また、あの黒い人が出てきたんだって?」

「……うん」

 澪はしばらく黙っていた。

「……あーしのこと、何か言ってた?」

 玲司は迷った。

 だが、澪は以前、あーし抜きで決めないでよ、と言った。

「……君のことを、知ってるみたいだった」

「……そっか」

「……怖くない?」

 澪は少し考えた。

「……怖いよ」

 笑わず、誤魔化さずに答えた。

「あーし、自分が何したのかも、まだちゃんと分かってないし」

 玲司は、崩れ落ちる建物と、止まった時間のような光景を思い出した。

 そして、白い光。

 あれが何だったのか、誰にも分からない。

「……でもさ」

 澪が玲司の手を握った。

「分かんないまま、誰かに決められる方が嫌なんだよね」

 真っ直ぐな瞳が玲司を捉える。

「……あーしのことは、あーしが決めたい。だから、行くよ」

「……澪」

「地下研究都市、でしょ?」

「……うん」

 そのとき、病室の扉が開いた。

「俺も行く」

 朔夜だった。

 右肩には新しい包帯が巻かれている。

「……朔夜」

「何だよ、その顔。俺だけ置いてくつもりだったのか?」

「……そんなことないけど」

「なら、決まりだな。ただし、今度は防衛局の突入作戦に合わせる。勝手に潜るのはなしだ」

 玲司は頷いた。

「それと、一つ約束しろ」

「……何?」

「無理に強い自分を探すな。必要なときに必要な技術を使え。それ以外は俺たちに任せろ」

「……うん」

 澪も笑った。

「そうそう。オタクくん、すぐ一人で背負い込むから」

「……そんなこと」

「ある」

 朔夜と澪の声が重なった。

 玲司は思わず苦笑した。

 胸に残っていた恐怖が、少しだけ和らぐ。

 別世界の自分は、何度も失敗し、何度も誰かを失った。

 しかし、今の自分にはまだ二人がいる。

 そして、まだ何も終わっていない。

     ◇

 同じ頃。

 天城市の地下深く。

 巨大な研究施設の一室で、一人の男がモニターを見つめていた。

 画面には旧市街連絡橋の戦闘記録が映っている。

 久遠玲司。伊佐波朔夜。

 二人の連携と、黒魔術師の撤退。

「……予定より早いな」

 背後から声がした。

「問題がありますか?」

 先ほど玲司たちと戦った黒魔術師だった。

 身体はすでに人間の形へ戻っている。

「いや。むしろ、好都合だ」

「……久遠玲司は、まだ不安定です。記憶の混線が進んでいる。これ以上の負荷は危険かと」

 男はしばらく黙っていた。

「……分かっている。だが、時間がない」

 モニターの映像が切り替わる。

 そこには、医療センターの病室で玲司と笑い合う白瀬澪がいた。

 男は、その姿を見つめた。

 長い沈黙。

「……今度こそ」

 男が呟く。

「……間に合わせる」

 その声には、後悔と執着、そして決して消えることのない喪失の記憶が滲んでいた。

「……では、次の段階へ?」

 黒魔術師が尋ねる。

「ああ」

 モニターに地下研究都市の構造図が表示された。

 最深部にある巨大な装置。

 その中心では、黒い術式が脈打っていた。

「……彼らを迎え入れろ」

 男は静かに告げた。

「すべての答えは、ここにある」

     ◇

 翌朝。

 天城市には久しぶりに青空が広がっていた。

 しかし、街はまだ平穏を取り戻していない。

 防衛局の車両が、次々と旧研究区画へ集まっている。

 地下研究都市への突入作戦。

 その準備が始まっていた。

 玲司は学院の屋上に立っていた。

 手には黒い拳銃型デバイス。

 隣には朔夜と澪。

 三人は遠くの旧研究区画を見つめていた。

「……ねえ」

 玲司が口を開いた。

「もし地下に行って……僕たちが知りたくないことを知ったら」

 朔夜が振り返る。

「……うん?」

「……それでも、進めるかな」

 朔夜は少しだけ考えた。

「進めるかどうかじゃない」

 玲司を見た。

「進むかどうか、だろ」

 玲司は目を見開いた。

 澪が隣で笑う。

「そうそう。オタクくん、難しく考えすぎ。あーしたち、三人いるんだからさ」

 玲司は二人を見た。

 朔夜。澪。

 別世界の自分が、何度も失った記憶を持つ二人。

 しかし、今ここにいる二人は生きている。

 玲司はゆっくりと頷いた。

「……うん。行こう」

 三人は歩き出した。

 地上の天城市。その遥か地下に眠る、もう一つの研究都市。

 そこには玲司の能力の秘密がある。

 朔夜が親友を襲撃した理由がある。

 そして、澪の奇跡に隠された、まだ誰も知らない真実がある。

 玲司はデバイスを握り直した。

 別世界の自分たちが何を選び、どんな未来を生きたのか。

 今はまだ分からない。

 けれど。

 これから何を選ぶのかは、自分で決める。

 たとえ、その選択が。

 これまでのすべてを、覆すことになったとしても。

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