三色の魔術師
最初の一体を倒すのに、三秒かかった。
二体目は二秒。
三体目は、わずか一秒。
伊佐波朔夜は、四体目の異形が倒れるより早く、次の敵へ視線を移していた。
「北側、六体。東側、九体。……いや、十体か」
天城魔術学院、北東防衛線。
午前八時四十九分。
崩れた防衛障壁の向こうから、黒い異形の群れが押し寄せていた。
かつて人間に似た形をしていた人工供物たちは、もはや原形を留めていない。
腕が三本あるもの。
脚の関節が逆向きに折れ曲がったもの。
胸から無数の黒い触手を生やしたもの。
そのすべてが、学院へ向かっていた。
「伊佐波! 左から来るぞ!」
「見えてる!」
朔夜は地面を蹴った。
右腕に赤い光が走る。
赤魔術、生命錬成術式。
筋繊維の収縮効率を高め、骨格と関節の耐久性を一時的に強化する術式。
だが、朔夜が強化したのは全身ではなかった。
右脚。
足首。
そして、踏み込む瞬間の大腿部。
必要な部位だけを、必要な時間だけ。
爆発的な加速。
異形の腕が空を切った。
朔夜はその内側へ潜り込む。
「――遅い」
掌底が、異形の胸部へ叩き込まれた。
鈍い衝撃。
異形の身体が後方へ吹き飛ぶ。
だが、まだ倒れない。
胸部の損傷が、黒い糸によって縫い合わされていく。
「再生型か」
朔夜の左目に、青い術式が浮かび上がった。
青魔術、論理構築術式。
対象の魔術構造を解析するための術式が、異形の体内を走る魔力の流れを可視化する。
胸部に集中する黒い反応。
その奥に、小さな術式核。
「そこだな」
朔夜は銃口を上げた。
発砲。
青い魔術弾が、異形の胸を貫いた。
黒い身体が痙攣し、崩れ落ちる。
『敵性個体、機能停止を確認』
デバイスの補助AIが告げた。
しかし、朔夜は振り返らない。
次の敵が、すでに迫っていた。
◇
「くそっ! 数が多すぎる!」
学院防衛隊の生徒が叫んだ。
北側道路では、緑魔術の適性者たちが炎の障壁を展開していた。
赤い炎が道路を横切り、異形の進路を遮断する。
しかし、敵は止まらない。
炎を無視して突進する個体。
壁を登って迂回する個体。
そして、炎の中で身体を再生し続ける個体。
「駄目だ! 突破される!」
「出力を上げろ!」
「これ以上はカートリッジが――!」
防衛線が揺らぐ。
そのとき、通信機から朔夜の声が響いた。
『全員、炎の出力を下げろ』
「は!?」
『聞こえなかったか。出力を下げろ。敵を焼き殺そうとするな』
「でも、それじゃ突破される!」
『突破させるんだ』
一瞬、通信が静まり返った。
『ただし、こちらが決めた場所にな』
朔夜は走りながら、周辺の地形を解析していた。
北側道路。
幅十二メートル。
左右には研究棟と倉庫。
中央には、避難誘導用の広い通路。
そして、その先には学院の外周防壁。
青い解析陣が、空中に立体地図を描き出す。
「北側第二班。炎の壁を中央から左右へ移動させろ」
『中央を開けるのか!?』
「そうだ。幅は三メートル。広げすぎるな」
『了解!』
「赤魔術班は中央通路の出口で待機。敵が通過しても、合図までは攻撃するな」
『了解!』
「青魔術班は敵の術式反応を共有してくれ。再生型と認識干渉型を優先する」
朔夜は通信を切った。
目の前で、炎の壁が左右へ分かれていく。
異形たちは、空いた中央通路へ殺到した。
最短距離。
最も抵抗の少ない経路。
黒魔術によって異形化していても、単純な行動原理は変わらない。
障害物があれば避ける。
通れる道があれば進む。
ならば、進ませればいい。
「……来い」
朔夜は、静かに呟いた。
異形の群れが、狭い通路へ入り込む。
一体。
二体。
三体。
さらに後続が続く。
その瞬間。
「――閉じろ!」
左右の炎が、一斉に中央へ収束した。
轟音。
異形の退路が塞がれる。
前方には赤魔術班。
後方には炎の壁。
逃げ場を失った異形たちが、激しく身体を揺らした。
「今だ! 赤魔術班、前進!」
強化された生徒たちが、一斉に踏み込む。
異形の腕を弾き、脚を崩し、地面へ押さえつける。
そこへ青魔術班から情報が届く。
『先頭個体、術式核は右胸部!』
『二体目は腹部中央!』
『三体目、視覚位置に誤差あり! 実体は右へ約四十センチ!』
情報が共有されるたび、生徒たちの攻撃精度が上がっていく。
一体が倒れた。
続いて、二体目。
三体目。
だが。
「――後ろ!」
最後尾の異形が、突然跳躍した。
炎の壁を飛び越え、緑魔術班へ襲いかかる。
「うわっ!」
生徒が尻もちをついた。
黒い爪が振り下ろされる。
その直前。
緑色の炎が、異形の顔面を横切った。
視界を遮られた異形の攻撃が逸れる。
同時に、赤い光が走った。
朔夜だった。
強化された右脚で地面を蹴り、異形の側面へ回り込む。
青い術式が一瞬だけ輝く。
敵の重心。
腕の可動域。
術式核の位置。
すべてを把握したうえで、朔夜は拳を振り抜いた。
衝撃。
異形の胸部が陥没する。
直後、術式核を撃ち抜く青い魔術弾。
黒い身体が、地面へ崩れ落ちた。
「……大丈夫か?」
朔夜が手を差し伸べる。
倒れていた生徒は、呆然と頷いた。
「あ、ああ……」
「なら、立て。まだ終わってない」
朔夜は短く言った。
生徒は、その背中を見つめた。
「……すげえ」
思わず、声が漏れる。
「三系統を、あんなに簡単に……」
だが、朔夜には聞こえていなかった。
次の敵を探していたからだ。
◇
朔夜が三色の魔術師と呼ばれるようになったのは、入学して間もない頃だった。
赤魔術、生命錬成術式。
緑魔術、原生循環術式。
青魔術、論理構築術式。
三つの系統に適性を持つ生徒は珍しい。
だが、それだけで強くなれるわけではなかった。
むしろ、最初の朔夜は不器用だった。
赤魔術を発動すれば、緑魔術の制御が乱れる。
青魔術で解析を始めれば、身体強化の維持が遅れる。
三つを同時に扱おうとすれば、術式が干渉し合い、どれも中途半端になる。
教師からは、何度も言われた。
『一つに絞った方がいい』
『三系統を均等に鍛えるのは非効率だ』
『君なら赤魔術だけでも十分に上を目指せる』
正しい助言だった。
少なくとも、一般的には。
だが、朔夜は首を振った。
彼には、忘れられない光景があった。
幼い頃。
自分を取り囲む、年上の少年たち。
地面に落ちた鞄。
笑い声。
そして。
『……やめてよ』
震える声。
自分よりも小柄な少年が、前に立っていた。
久遠玲司。
その頃の玲司は、今よりもずっと泣き虫だった。
喧嘩も弱い。
運動も苦手。
それでも、朔夜の前に立った。
『……朔夜を、いじめないで』
当然、勝てなかった。
玲司は突き飛ばされ、地面に倒れた。
それでも、何度も立ち上がった。
最後には、二人とも泣いていた。
けれど。
朔夜は、あの日の玲司を格好悪いとは思わなかった。
むしろ、初めて思った。
自分も、あんなふうになりたいと。
だから、強くなると決めた。
誰かの前に立てる人間になるために。
赤魔術だけでは、届かない場所がある。
緑魔術だけでは、守れない相手がいる。
青魔術だけでは、救えない命がある。
ならば。
三つとも、使えるようになればいい。
無謀だと笑われても。
非効率だと言われても。
朔夜は、訓練をやめなかった。
朝、誰よりも早く訓練場へ行った。
夜、誰よりも遅くまで術式を研究した。
赤魔術の強化時間を、百分の一秒単位で調整した。
緑魔術の発動範囲を、何千回も測定した。
青魔術の解析結果を、身体が考えるより早く反映できるようにした。
そして、ある日。
三つの術式が、初めて一つの動作として繋がった。
赤。
緑。
青。
その切り替えに、迷いがなくなった。
才能があったからではない。
失敗を、何度も繰り返したからだった。
◇
『警告。残存カートリッジ、七本』
デバイスの声が、朔夜を現実へ引き戻した。
「……七本か」
朔夜は、短く息を吐いた。
右肩に鈍い痛みがある。
数日前、魔術犯罪者との戦闘で負った傷。
治療は済んでいたが、完全には回復していない。
加えて、三系統の連続使用。
術式処理の負荷が、徐々に蓄積していた。
青魔術を起動するたび、こめかみに鋭い痛みが走る。
赤魔術の強化時間も、少しずつ短くなっていた。
それでも。
朔夜は、表情を変えなかった。
「北側、残り四体。東側は?」
『東側防衛線、敵性個体七体。うち二体が学院敷地内へ侵入』
「……二体?」
朔夜の目が細くなる。
「避難通路に向かった個体は?」
『一体は追跡中。もう一体は所在不明』
玲司と澪。
二人の顔が、脳裏をよぎった。
だが、朔夜は走り出さなかった。
今、自分が持ち場を離れれば、北側の防衛線が崩れる。
ここには、まだ避難を終えていない人々がいる。
守るべき場所は、一つではなかった。
「……玲司」
小さく呟く。
あいつなら、きっと。
そう思った瞬間、通信機が鳴った。
『伊佐波! 東側の異形が避難通路へ侵入した!』
「分かってる。そっちは――」
『待て! 通路内で交戦している生徒がいる!』
朔夜の呼吸が止まる。
『久遠玲司だ!』
「……っ!」
思わず、足が動きかけた。
だが。
朔夜は、その場で踏みとどまった。
目の前には、まだ四体の異形。
背後には、防衛隊の生徒たち。
ここを離れるわけにはいかない。
「……くそ」
拳を握りしめる。
そのとき。
通信機から、別の声が響いた。
『朔夜!』
玲司だった。
「……玲司!?」
『今、避難通路の西側にいる。澪と逃げ遅れた子は、無事に避難できた』
「お前は!?」
『僕も大丈夫。ノアが誘導してくれてる』
朔夜は、思わず息を吐いた。
「……馬鹿野郎。心配させるな」
『……ごめん』
「謝るのは後だ。今どこにいる?」
『西側連絡通路。北東防衛線の近くだと思う』
朔夜は、青魔術、論理構築術式を起動した。
学院の構造図が、視界へ浮かび上がる。
西側連絡通路。
北東防衛線。
その接続地点。
「……玲司。聞こえるか」
『うん』
「お前に頼みがある」
◇
午前九時二分。
北東防衛線は、限界に近づいていた。
敵の数は減っていた。
だが、防衛隊の消耗も激しい。
赤魔術班の生徒が、膝をつく。
緑魔術班の炎が、弱まる。
青魔術班の解析速度も、落ちていた。
「伊佐波! これ以上は――!」
「分かってる!」
朔夜は叫んだ。
前方には、最後の四体。
そのうち一体は、これまでの個体よりも明らかに大きかった。
全長、三メートル近い。
両腕は地面に届くほど長く、背中には黒い突起が並んでいる。
そして、胸部には複数の術式核。
「……厄介だな」
朔夜は、青魔術、論理構築術式で解析を始めた。
だが。
視界に、警告が浮かび上がる。
『解析負荷、許容値に接近』
こめかみに痛みが走った。
朔夜は歯を食いしばる。
青魔術を使い続ければ、判断速度が落ちる。
赤魔術を強く使えば、右肩の傷が開く。
緑魔術で広範囲を焼けば、残りのカートリッジを使い切る。
すべてを自分で処理することはできない。
ならば。
「……みんな、聞いてくれ」
朔夜は、通信機を開いた。
「ここから先は、俺一人じゃ無理だ」
生徒たちが、顔を上げる。
「だから、力を貸してほしい」
一瞬の沈黙。
そして。
『……当たり前だろ』
赤魔術班の生徒が答えた。
『ここまで、お前だけに戦わせるつもりはない』
『緑魔術班も、まだやれる!』
『青魔術班、解析支援を継続します!』
朔夜は、小さく笑った。
「……助かる」
そして、指示を出した。
「赤魔術班は、俺の左右を固めろ。敵の突進を止めるだけでいい」
『了解!』
「緑魔術班は、炎を広げるな。敵の足元だけを狙え」
『了解!』
「青魔術班は、術式核の位置を俺へ送ってくれ」
『了解!』
最後に。
朔夜は、通信機へ向かって言った。
「……玲司。準備は?」
『うん。できてる』
「頼むぞ」
『……任せて』
その声を聞いて、朔夜は前を向いた。
異形の群れが、動き出す。
巨大な個体が、地面を蹴った。
轟音。
黒い巨体が、一直線に迫る。
「――今だ!」
赤魔術班が、左右から飛び出した。
強化された身体で、異形の両腕を受け止める。
だが、力が違いすぎた。
「ぐっ……!」
「押される!」
その瞬間。
異形の足元で、緑色の炎が弾けた。
地面を焼く、小さな火柱。
巨体の重心が、わずかに崩れる。
「朔夜!」
通信機から、玲司の声。
『右脚! 次に踏み込むのは右脚だ!』
朔夜は、迷わなかった。
青魔術を起動する。
玲司の予測と、解析結果が一致した。
異形の右脚が、地面を蹴る。
その瞬間。
「――そこだ!」
朔夜は、赤魔術を右脚へ集中させた。
踏み込み。
加速。
異形の懐へ潜り込む。
拳が、右脚の関節へ叩き込まれた。
鈍い破砕音。
異形の巨体が、傾く。
だが、まだ倒れない。
黒い触手が、朔夜へ襲いかかった。
「……っ!」
回避が間に合わない。
その直前。
遠方から、青い魔術弾が飛来した。
触手の根元へ命中。
黒い肉が弾ける。
『命中確認』
ノアの声。
続いて、玲司。
『朔夜! 左側、空いた!』
「……ああ!」
朔夜は、笑った。
そして。
三つの術式を、連続して起動した。
青。緑。赤。
青魔術で、術式核の位置を確定する。
緑魔術で、異形の再生部位を焼き、修復を遅らせる。
赤魔術で、最後の一撃に必要な筋力を集中させる。
切り替えに、迷いはなかった。
それは、何千回も繰り返してきた動作だった。
何万回も失敗してきた技術だった。
朔夜の拳が、異形の胸部へ叩き込まれる。
衝撃。
黒い装甲が砕けた。
その奥に、複数の術式核が露出する。
「玲司!」
『分かってる!』
遠方から、魔術弾が飛来した。
一発。二発。三発。
露出した術式核が、次々と破壊される。
異形の身体が、大きく痙攣した。
そして。轟音とともに、地面へ崩れ落ちた。
◇
戦場が、静まり返った。
黒い煙が、ゆっくりと空へ昇る。
炎の壁が消える。
倒れた異形たちは、もう動かなかった。
『北東防衛線、敵性個体の機能停止を確認』
通信機から、報告が届く。
『防衛成功です!』
一瞬の沈黙。
そして。
「……やった」
誰かが呟いた。
「やったぞ!」
「守り切った!」
歓声が上がる。
生徒たちが、互いの肩を叩き合う。
座り込む者。泣き出す者。笑う者。
朔夜は、その光景を見つめていた。
そして、ゆっくりと膝をついた。
「……はぁ」
全身が重い。右肩が痛む。
頭の奥では、青魔術の残響が鳴り続けている。
『警告。魔術処理負荷、許容値を超過』
「……今さらだな」
朔夜は、苦笑した。
そのとき。
「朔夜!」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、玲司が走ってきていた。肩で息をしている。
手には、黒い魔術デバイス。
その表情には、疲労が滲んでいた。
「……大丈夫?」
「ああ。ちょっと疲れただけだ」
「……嘘だ」
玲司は、朔夜の右肩を見た。
制服の袖が、赤く染まっている。
「傷、開いてる」
「……ばれたか」
朔夜は、肩をすくめた。
「でも、まあ。勝っただろ?」
玲司は、しばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……うん」
朔夜は、立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らない。
身体が、前へ傾く。
「……っと」
その瞬間。
玲司が、肩を貸した。
「……無理しないで」
朔夜は、驚いたように目を見開いた。
そして、笑った。
「……お前に言われるとはな」
「……お互いさまだよ」
二人は、顔を見合わせた。
遠くで、まだサイレンが鳴っている。
都市の封鎖は、解除されていない。
戦いは、終わっていない。
それでも。
この場所だけは、守り切った。
朔夜は、ゆっくりと空を見上げた。
黒い煙の向こう。
灰色の雲の隙間から、わずかに光が差していた。
「……なあ、玲司」
「……何?」
「お前、さっきの予測。どうやった?」
玲司は、少し考えた。
「……別世界の、僕の経験だと思う」
「……そうか」
「でも」
玲司は、朔夜を見た。
「朔夜が、あの場所に敵を誘導してくれたから、分かったんだ」
朔夜は、黙って聞いていた。
「僕だけだったら、あんなにたくさんの敵を相手に、何をすればいいか分からなかった」
玲司は、少しだけ笑った。
「……やっぱり、朔夜はすごいよ」
朔夜は、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……馬鹿」
小さく呟いた。
「お前がいなかったら、最後の一体は倒せなかった」
玲司が、目を見開く。
朔夜は、続けた。
「俺は、三つの魔術を使える。でも、それだけだ」
「……そんなこと」
「あるんだよ」
朔夜は、真剣な表情で言った。
「俺一人で、全部を守れるわけじゃない」
その言葉に、玲司は何も返せなかった。
朔夜は、笑った。
「だから、これからも頼むぞ」
玲司は、ゆっくりと頷いた。
「……うん」
そして、二人は歩き出した。
まだ、守るべき人々がいる。
まだ、戦うべき敵がいる。
だが、もう。
一人で戦う必要はなかった。
◇
同時刻。
天城市中央区。
崩壊した高層ビルの屋上で、一人の男が街を見下ろしていた。
黒い外套。
顔を隠す仮面。
その手には、小さな端末。
画面には、学院北東防衛線の戦闘記録が映し出されていた。
『観測対象:伊佐波朔夜』
『三系統魔術運用効率:想定値を超過』
『観測対象:久遠玲司』
『技術読込精度:向上』
『共同戦術適応:確認』
男は、静かに画面を閉じた。
「……なるほど」
低い声。
「二人とも、予想以上だ」
その背後で、黒い影が蠢いた。
巨大な培養槽。
内部には、人間に似た何かが浮かんでいる。
だが、その身体は、これまでの人工供物とは明らかに違っていた。
筋肉。
骨格。
術式核。
すべてが、異常な密度で組み込まれている。
男は、培養槽へ視線を向けた。
「……次は、これを使う」
端末に、新たな文字が浮かび上がる。
『適応型異形兵器』
『戦闘学習機構:起動準備完了』
『実戦投入まで、残り三十分』
男は、静かに笑った。
「さあ、久遠玲司」
その声は、誰にも届かない。
「次は、何を選ぶ?」
培養槽の中で。
異形の瞳が、ゆっくりと開いた。




