009:物理にものを言わせよう!
結局その後、洗濯メイド長のクリーナさんに話を聞かせていただいた。
その話をまとめると、どうやらエリスさんはごく普通の一般庶民の娘さんで、数年前から洗濯メイドとして公爵家で雇われていたのだそうだ。
パンナさんの言うとおり、少し変わったところがあって、なかなかメイド仲間になじめない子だったそうだが、ある時から北館に入り浸るようになったのだとか。
おそらく何かのきっかけでマリク様と仲良くなったのだと思うが、流石にそこまでは本人に聞かなければ分からない。
そして一時期は洗濯メイドとしての業務よりも、マリク様の専属メイドのようなことをしていたらしい。
だが、マリク様の成長に伴い、例の魔力過多症が悪化。
そこで主治医のお医者様が魔道具による治療を開始。
「そしたらサァ、ある時、あの娘……誤って、その治療用魔道具だか、別の魔道具だか知らないけど、何かお偉い方から贈られたっていうスゴイ魔道具を壊しちまったのさ!」
……とのこと。
「まぁ、あの娘は普段はボケ~っとしてるくせに、パニックになると慌てる子だったからねぇ」
とはクリーナ様の言だが、どうやらそれが原因で解雇を言い渡されてしまったようなのだ。
……とは言え、当のエリスさんに大いに懐いていたマリク様が彼女の解雇に納得するはずも無く。
そこから先はエリスさんに会えないというマリク様のストレスと言うか……
八つ当たりじみた魔力暴走やら怪奇現象やらが頻発し、北宮からは使用人達が逃げ出してしまったらしい。
う……う~ん
……ここまでの事情を聞くと、解雇されてしまうのは仕方がないと言えば仕方がないような気も……
いや、どんなものかは知らないが、公爵家で扱うような魔道具なんて言ったら、中級の貴族家だって弁償できるか知れたものではない。いくら過失とはいえ、そんな貴重品を破壊してしまっては、解雇を言い渡されるのはやむを得ない話である。
でも、彼女が解雇されてからというもの、マリク様の荒れ方は酷いらしく、今では一日1回、食事を運ぶのが精一杯。
時には2日くらい何も持ち込めない日もあるとのこと。
マリク様が北宮の地下室にお住まいなのは魔力暴走に備えるためと魔力過多症の治療のためらしいのだが、 ハッキリ言って治療の役には立っていない。
魔力暴走を封じ込める意味では成功しているが、食事すらまともに持ち運べないような孤立した場所に閉じ込めていては、治るものも治らない。
さて、どうしたものか。
当初はエリスさんに事情を聞こうと考えていたのだが、どうやらマリク様が他人を拒絶するのは、そのエリスさんに戻って来て欲しいからに間違いないようだ。
これをマリク様の『わがまま』と取るか……
それとも……
わたしがそんなことを考えながら北宮に戻ってきた時だった。
『出てって!!!』
「うわっ!?」
館に足を踏み入れた途端、脳髄を揺さぶるような衝撃と共に 猛獣お坊ちゃまの声が響いた。
『入ってくるな!!』『出てけ!』『お前なんか嫌いだっ!!』
おぉう……荒ぶっておられる……。
どうやら、お坊ちゃまはお目覚めのご様子だ。
しかも、わたし……
ずいぶん嫌われちゃっているみたいだなぁ……とほほ。
肉声というよりは魔力的な衝撃波に近い叫びに脳を揺さぶられる感覚。
これは……なかなかに激しい。
ここまで拒絶されるとちょっぴり切なくなるが、せっかく起きていらっしゃるなら、何か口にできるものをお持ちせねば。
『嫌だ! 嫌だってば!!』
はいはい。分かっておりますよ。
でも、マリク様は今日一日、ほとんど何も食べていないはずだ。
流石にあの薬湯を飲んでいただけるとは思えないが、ホットミルク程度なら何とかなるかもしれない。
わたしは、ミルクパンで温めた牛乳にはちみつを追加したものを持って猛獣おぼっちゃまのお部屋へ向かう。
……が、地下室に向かうにつれ、その叫び声になにやら切羽詰まったものが混ざってゆく。
『やだっ! やめて! 離して!』
ん? はなして……?
ちょっと待て。
これ、もしかして、わたしに向けて言っている訳では、ない……?
と、思った瞬間、わたしの足は全速力で地下室へ駆け下りていた。
「マリク様!?」
ばたーんっ!!
わたしが扉を開いた瞬間、部屋の中央のベッドに覆いかぶさっていた黒い影のようなものがベリリっと引き剝がされた。
「っ……げほっ、げほっ、ごほっ、はぁっ、はぁっ……!」
その影が離れたことで、ようやくまともに呼吸ができたのか、激しく咳き込み始めるお坊ちゃま。
見れば、その黒っぽい影のようなモノに小さな光の粒たちがぺちぺちとぶつかって爆ぜているが、その影はずずり、ずずり、とマリク様の方へ近づこうとしている。
その影……上半身こそ人間型だが、下半身は蛇のように伸びており、その尻尾(?)に当たる部分がわたしの方にまで長く伸びている。
いや、違う!
この影の尻尾(?)は、あの紫色の見慣れない宝玉の中に消えている……
というより、この宝玉からあの影の蛇人間が伸びているのだ!
「……ッ、おい、だして!」
マリク様の掠れた声に応えるように突風が影の蛇人間を切り裂いたのだが、風にはその黒く溜まった何かを止める効果は無いようだ。
魔術?!
いや、でもマリク様の言葉は呪文というよりも、もっと純粋な魔力の塊だけだった気がする。
魔術の発動には、正しい呪文とそれにふさわしい魔力量が必須。
普通だったら「追い出して」という一言で突風が巻き起こるなんてあり得ないんだけど……
正直言ってマリク様の魔力量は破格。
「攻撃魔術」としての「術」が成立していない状態でも、半端に成り立ってしまったのだろう。
言わば、あれも魔力嵐と同じ一種の暴走と呼べなくもない。
だが、そんな暴走状態とはいえ、魔力の塊を真正面から浴びてなお動き続けられる、ということは……
あの「影」は魔力の耐性に特化した呪物、ということになる。
その手の呪物には……!
わたしは手にしていたミルクパンをフルスイング。
「物理が効くッッ!!!」
がしゃーんっ!!! ばしゃーん!!
あの影が伸びていた扉の宝玉を全力でぶん殴った。
ギキャェェエエエエエオオオオッロロロォォォォ……!!
宝玉がはじけ飛ぶのと同時に奇妙な音を立てて黒い影が砕けて消えた。
よし!! 想定どおりだ!
わたしは小さくガッツポーズ。
その時、何が起きたの? という困惑の浮かぶ子羊の瞳と私の瞳が交わった。
「大丈夫でしたか? マリクお坊ちゃま!」
「え?…………あ……う、うん。」
おお! ついに意思疎通が!?
わたしが感動を覚えるより先に、小さな光の粒たちがわたしにぽこぽこぶつかりながらジャンプをしたり跳ねまわったりして感動を表しているように見えた。
そうよね、この粒ちゃん達も頑張ってたもんね。
「……おんなじ……」
「へ?」
その様子を見たマリク様が急にぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
「エリスと……うえぇぇ…ぇん」
号泣、と呼んでいいくらい泣きじゃくり始めたマリク様だが、以前の時のような魔力嵐は発生していない。
「え!? えっと……その……そうだ! せっかくなので、このホットミルクを飲んで落ち着……あ」
と、思ったのだが、べっこりと凹んだ鍋は見事にからっぽ。
そ……そうだよね。
さっきこのミルクパンでフルスイングしちゃったから……!
ちらりと扉の方を見れば、紫のかけらに混ざって白い液体が散っている。
いや、まぁ、でも、これは不可抗力でしょう。あの状況では仕方なかった! うん。
……後で片付けます。
結局……あの後はマリク様が落ち着くまでは、その小さな背中をひたすらさすり、事情を聞くに徹することしかできなかったのだった。
面白い・これはよき物理……!と思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
イマイチと思ったら☆を2個か1個
押してね! 励みになります!!
続きが気になる、続きも読みたいと思ったらブックマークをお願いします!




