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008:探索!エリスさん

「あ、あのっ!」


 最初に声をかけたのは、わたしにあの鍵束を渡してくれた執事らしき使用人さんだ。


「……何か御用ですか? 北宮の管理権限はすべて貴女にお渡ししてありますので、何か奇妙な音がするとか、ポルターガイストなどという戯言の対応はできかねますが?」


 丁寧ながらも明らかに「係わりたくない」という雰囲気を醸し出している。


「お忙しいところ恐縮でございます。お伺いしたいのはエリスさんとおっしゃる方についてなのですが?」


「……エリスさん、でございますか? 家名は何とおっしゃいますか?」


 家名!?

 いや、「エリス」としか聞いていない。


「申し訳ございません、家名は存じ上げておりません。」


 その答えに執事さんはピクリと片方の眉を跳ね上げた。


「大変申し訳ございません。『エリス』とおっしゃるお名前は比較的メジャーな女性名ですので、家名が分かりませんと何とも……旦那様とお付き合いのある貴族家にも、該当する方は複数いらっしゃいます。」


 ……ですよね。


 夜の女神『エリス様』は安らぎと安寧を司る神である。

 女性の名前として結構人気が高い。

 位の高い貴族家に限らず、平民にも多くのエリスさんが存在している。


「過去にマリクお坊ちゃまにお仕えしていた方でエリスさんとおっしゃる方「申し訳ございません。北宮についての事は私の管轄外でございます。直接アークヴェル様にお伺いください。ただ、今日、明日はアークヴェル様もご予定が詰まっておりますので、後日改めてご連絡をお願いします。」


 深々と頭を下げ、何やら書類をわたしに手渡すと、さっと踵を返す執事さん。


 おぉう……

 

「エリスさんとおっしゃる方はいらっしゃいませんでしたでしょうか?」


 が、全部言葉になる前に被せて来よった。

 知っていたとしても答えてくれる気は無さそうだ。


 まぁ、このお屋敷にはたくさんの人が働いているんだから、一人くらいは「エリスさん」の事を知っている人が居るでしょう。


 そんな訳で、わたしは中宮の使用人の皆様に片っ端から声をかける事にした。




 次に声をかけさせていただいたのはメイド長様だ。

 おそらく御髪の白髪の混ざり方から40代~50代だと思うんだけど……

 それにしては姿勢もスタイルも抜群で、30代と言われても違和感は無い。


 メイド長様は、女学院の校長先生のような鋭い視線でわたしの頭の先から足の先まで見つめた後に、小さく息をついた。


「……それは急ぎのお仕事かしら?」


「はい! わたくしとしては、マリクお坊ちゃまの為にも早急に対応したといと考えております。」


「…………左様ですか。」


 彼女なら、中宮の女性使用人を取り仕切る立場!

 きっとエリスさんについて何かご存知のはず……!


 だが、メイド長様は「左様ですか」と答えたっきり、何か汚いものでも見たかのように目を反らし、考え込むように口を閉じてしまった。


「きゃはははっ! 中宮(うち)のメイド長様に北宮(おばけやしき)の家庭教師風情が直談判なんてホント身の程知らずね。直接お答えを貰えるような身分じゃないって事すら分からないのかしら?」「メイド長様がマーキス侯爵家直系だって知らないんじゃないの?」「だって見てよ! あの顔……よくあの顔で公爵家に仕えようなんて思ったわよね」「お化け屋敷に就職した女は、お化け顔ってこと?」「きゃははっ」「やだ、こわ~い」


 メイド長様がお答えを保留している間、取り巻きらしき年若い3人娘が明らかにこちらを嘲った様子できゃらきゃらと笑いあっている。


 ま、この程度の陰口は慣れっこだ。

 むしろ顔の傷をについてコソコソ言われると、ついつい推しの賢者様が頭をよぎって、口角が上がりそうになってしまう。

 

 ……気をつけねば。

 

 だが、そんな三人娘を冷たい視線で見据えたメイド長さんが小さくため息をついた。


「……お三方とも、いつにも増して可愛らしいお声ですのね。今は奥様が別荘で療養なさっていますから、侍女候補生の教育はこちらで承っておりますが、お口でダンスが踊れないようでしたら、ご実家でお休みをいただいても構いませんのよ?」


「「「し、失礼いたしました! メイド長様っ!!」」」


 お、おぉ……


 三人娘がぴしりと姿勢を正す。

 確か『お口でダンスを踊る』って上流階級では「優雅で思いやりある言い回し」って意味だったはずだ。


 「さ、お三方とも、参りますわよ。……失礼しますわ。」


 サッとロングドレスの裾を翻して立ち去ってしまうメイド長さんと侍女候補生三人組。


 う、うーん……?

 エリスさんについてご存じなのか、ご存じないのか、すら分からなかったな……。


 公爵家の四男であるマリク様と接点があった人のはずだから、エリスさんは、元乳母とか上級メイドなのかな、と予想していたので、メイド長様は大本命だったんだけど……


 手掛かりすら貰えなかったなぁ……残念。

 

 残念だけど、次がある、次が!



 

 ……と、考えておりました。少し前までは。


 ざ……惨敗!


 あの後、多くの使用人さん達にも同じ質問をしてみたのだが「知らない」か「忙しいから後にして欲しい」か「無視」の三択だ。


 あ、いや、わたしの姿を見ただけで逃げちゃった子まで含めれば四択か。


 わたしは支給された夕食を一人北宮の一室で食べながら、メモを広げた。


 とりあえず……「忙しいから後で」と答えてくれた方は夕食後に、もう一度当たってみよう。

 逃げちゃった子達は明るい時間帯の方が良いだろうから明日かな。


 無視を決め込もうとされてらっしゃる方には、アタックあるのみ。


 例えば、進行方向を妨害する形でねっちょり張り付くとか、それでもダメなら、ダイレクトに鼻の穴を摘まむように塞ぎ続けて差し上げると、大概は根負けして反応してくれる。

 今のところ、この方法を試したにもかかわらず、無視を貫く方にお会いした事は無い。


 わたしはそんな事を考えながら主食のリンムギパンをスープに浸してパクリ。


 ……うーん、美味しい。


 使用人の食事は肉体労働も多いから、香辛料もお塩もすごく贅沢に使われている。

 この味わい深い塩味。最高……!


 しかもお肉もお野菜もたっぷりだ。お肉はモツ系の物だと思うけれども、一切の臭みが無い。

 プルンプルンのムチムチ、トゥルトゥル。


 濃いめの味付けにびっくりするほどマッチしていて、これは丁寧な仕事だ。


「新しく来た家庭教師様にはスープとパンだけだよ」


 なんて謙遜していたけど、これ、相当リッチなスープですよ?


 おまけにパンも大きくて焼き立てだし、この香りはすごく上質なリンムギを使っている。

 噛めば噛むほどむっちりした食感の奥からは深い甘みとうま味があふれ出てくる。


 ちなみに、マリクお坊ちゃま用のスープも準備してもらっているけど……

 これは、ちょっと子供にはキツイんじゃないかなぁ? という見た目とお味だった。


 主治医のお医者様ご指定の薬湯だから仕方ないのは分かるが……

 見た目は、何が入っているかわからない薄紫色でドロリとした温かい粘液(ねんえき)だもんね。


 お味は、最初甘いんだけどその後渋みと苦みとえぐみがいつまでも喉の奥に張り付く感じ……と、散々である。


 あ、いや、わたしが食い意地を張ってお坊ちゃまの食事に手を付けたわけではないんですよ?

 調理場に食事を取りに行った際に「飲んでみな」と言われたので口をつけただけで。


 ちなみに、この薬湯を新任の家庭教師には味わっていただくのは、しきたりなのだとか。

 

 うーん、しかし、これが毎日の夕食だとすると、どんなに栄養たっぷりでも、体に良くても……

 たまったものではない。


 会話すらしてもらえないのに、これは飲んでもらえないだろうな~……。


 なお、マリク様はまだ昏々と眠っている。

 まぁホットミルクや定番の病人食であるリンムギ粥なら北宮(ここ)の台所でも十分準備可能だ。

 材料は分けてもらえたし。

 お坊ちゃまが起きられたら作って差し上げよう。


 しかし、エリスさんに関する情報収集の方は難航中だ。


 使用人さん達がダメなら、最終手段は直接アークヴェル様に確認しかないかな?

 あの人なら優しそうだし、親切だし、弟想いっぽいし。多分、ご存知なら教えてくれそうだ。

 ただ、唯一難点を上げるとしたら、お忙しそうなところなんだよね。


 わたしは執事さんからあの時手渡された書類……

 公爵代行の簡単なスケジュール表と面会依頼書をメモ帳から引っ張り出した。


 スケジュール表と言ってもそんなに詳細なものではなく、春は狩猟会とか本宅訪問とか別荘訪問とか王宮対応とか……


 え? ここ以外に、まだ家が複数在るの?


 いや、それは置いて置くとしよう。

 財力規模の差に驚いていたら話が進まない。


 ともかく、ざっくりとした予定が記されたメモだ。

 えーと、このスケジュールを踏まえたうえでの記入内容は……

 面会事由、希望日時、提出者の氏名、提出先は執事室。


 ……そして注意書きに「必ずしも対応可能とは限りません」の一文。


 ……これは、今日のうちに作成して提出しておこう。うん。

 

 他には……


 セレス様やそのお友達も何か知っているのかもしれないけど、あの子が素直に教えてくれるかなぁ?

 どうも思春期が爆発していらっしゃるみたいだからねぇ。


「ごちそうさまでした!」


 わたしは美味しくいただいた食器類を綺麗に洗うと、中宮の食堂へと返却に向かった。

 スケジュール表によると、近日中にお屋敷で晩餐会などは無いようだから、この時間ならそろそろ台所仕事をなさっている皆様もお時間があるはずだ。


「失礼します。ごちそうさまでした。」


「「「え?」」」


 わたしが食器類を中宮の台所まで下げに行くと、料理担当のメイドさん達が怯えたような目でこちらを一斉に見つめてきた。

 あ、この子達は、あのヘドロまみれ状態で怯えさせちゃった子と、そのお友達かな?


 いや~、あの時は悪いことをしてしまったものである。


「ありがとうございます、大変おいしかったです。」


 にっこり笑って食器を差し出した。


「……なんだい、あんた?」


 そんな年若いメイドさん達を押しのけるように、ガタイの良い中年の女性が奥からこちらへ近づいてきた。


 大なべを軽々と持ち上げそうな太い腕。

 キリリとした目元には料理人としてのプライドと輝きのようなものが宿っていた。


 こちらの方が料理長さんかな?


「わたし、マリクお坊ちゃまの家庭教師として参りました、パメリア・レインです。本日は美味しいお食事をありがとうございます。」


 ぺこり。


 料理長さんは私の顔を一瞥するなり、顔をしかめた。


「なんだい? その傷は」


「あ、昔の火傷痕なんです。病ではないので他に感染(うつ)ったりはしませんよ」


「そうかい。それならいいけど……」


そう言った料理長さんの視線がわたしの手元まで下がると、彼女は少し驚いたように目を見開いた。


「へぇ? あんた、家庭教師だ、って言ってたね? それにしちゃ食器が随分綺麗じゃないか……まさか、あんたが自分で洗ったのかい!?」


「はい?」


 え? どういう意味だろう?


「北宮にも、ここほどの広さではありませんが台所がありますので……あの、洗わずに返しに来なければいけなかったのでしょうか?」


 わたしの質問に、料理長さんは豪快に笑い声を立てた。


「あっはっは! そんな訳無いさ! 洗ってもらう方が助かるに決まってる!」


「あ、よかったです。スープもパンも、とても美味しかったです。」


「フン、おべんちゃらは止しな。あんなモン、材料を長時間煮込めば誰だって作れるよ。」


 少し自嘲気味に手を振る料理長さん。


「いいえ、そんな事ありません! いくら素材が良くても、丁寧に沸騰しない温度でゆっくり長時間加熱しないと、スープには濁りがでてしまいますし、お芋は煮崩れてボロボロになってしまいますし、それにあのお肉は何度も塩もみしてから複数回下茹でをして臭みを取らないと美味しくならないんです!」


 下級貴族の食卓にモツ料理は欠かせないのだが、その下準備は結構な重労働なのだ。

 わたしも実家で経験があるからよく分かる。


 それを、あれだけたっぷり入れているのに、スープに濁りが無いなんて神業だ。

 さらに、モツには噛みやすいように隠し包丁まで入っていた。

 思わずスープの旨さと技に関して熱く語ってしまったら、料理長さんは目を丸くしていた。


「アンタ、個性的なお嬢さんだねぇ」


「ありがとうございます! 皆さんよくそうおっしゃっていただくんです」


 それを聞くと、またしても笑い声をあげ始めた料理長さん。


「アンタ、気に入ったよ。アタシは料理長のパンナ。家庭教師なんざ、普通は上級使用人様って顔してふんぞり返っているってのに! アンタは妙に厨房にもくわしいじゃないかい。」


「ありがとうございます。実家で鍛えられましたので」


「実家? ……アンタ、『家庭教師』だろ? 元はお貴族様じゃないのかい?」


「ええ、でもレイン家は子爵ですし……」


「子爵ったって貴族は貴族だろ?」


「はい。でもウチの教育方針で、炊事・洗濯・家事・掃除・雑用はわたしの担当だったんです。」


 あと経理と財務と図書館での内職なんかも。


「へぇ?! そりゃすごいね。それなら、あのお化け屋敷が嫌になったらアタシの下で働きなよ。このパンナさんがアークヴェル坊ちゃんに推薦してやるよ。」


「ありがとうございます。でも、北宮の生活もとても快適なので、このまま家庭教師を続けたいと思います。」


 その言葉にパンナさんは目を丸くしながら噴出した。


「あはは! そんな奇妙なことを言うのは、あのエリス以来だね!」


「えっ!?」

 

 い、い、今なんとおっしゃいました!?


「あの、パンナさん。え、エリスさんとおっしゃる方をご存じなんですか?」


「へ?」


「わたし、北宮のマリクお坊ちゃまにお仕えしていた方で、エリスさんってお名前の方を探しているんです!」


 わたしの質問に少し首をかしげて瞳を閉じるパンナさん。

 

「いや、お仕え……と言うか……以前、北宮に入り浸っていた洗濯メイドの娘が居たけど……そのエリスの事で良いのかい?」


「せ、洗濯メイド、ですか?」


 こう言っては何だが、洗濯メイドは女性使用人の中ではかなり立場が低い。


 女性で上級使用人と呼ばれるのは、同じ女性使用人を取り仕切る「メイド長」。

 その家の奥様の話し相手や服装のアドバイスを行う「侍女」。

 そして一枚格は落ちるが、お子様の育成・教育に携わる「乳母・家庭教師」辺りが鉄板だ。


 しかも公爵家クラスの上流貴族になってくると、使用人とは言え、この辺りの役職に就くのは実力だけではなく、家柄も必要である。

 

 なお「料理長」も上級使用人なのだが、この役職は屋敷によっては男性も多いし、家柄よりも断然実力がモノを言う。


 間違いなくパンナさんは凄腕なのだろう。


 そして実際、中宮のメイド長様は侯爵家の直系ご息女だと聞いているし、あの侍女候補生三人娘も多分子爵(ウチ)よりも上流階級な雰囲気だった。

 

 てっきり、エリスさんは、公爵家四男様と親交が厚い方……

 乳母やメイドの中でも、個人のお部屋に入る機会が許されている上級メイドなのかと思っていたのだが予想は外れたようだ。

 

 実際、洗濯だけを専門に行う洗濯メイドは、極論、貴族の皆様が暮らす屋敷内に入る必要性が無い。


 汚れた衣類などを掃除担当のメイドさんから受け取り、洗っては干して乾かし、畳んでまた担当のメイドさんに渡せば仕事は完了だ。


 そのため、平民の子……

 いや、貧民の子であっても真面目に仕事を続けられるなら、雇い続けて貰える職場ではあるのだ。

 重労働・低賃金・出世の見込無し、ではあるのだが。


 逆に言えば、専属の洗濯メイドが居るというのが上流階級の証みたいなものでもある。


 わざわざ専属の人員を雇わなくても、洗濯屋(クリーニングショップ)に外注できる仕事だし、子爵(ウチ)レベルだと、洗濯と掃除を別の人にお願いする余裕なんてありませんでしたからね?

 第一、わたしも戦力の一人だった訳ですし?


 ただ、その洗濯メイドさんが、何故マリクお坊ちゃまと……?


「ああ、あの娘も変わった子でね。空を見ながらボーっとしてたり、草や壁に向かって話しかけてたりしててさ。どんないきさつかは知らないけど、そんな所がマリク様に気に入られたみたいでね。よく北宮に入り浸ってたよ。」


「そ、それで、今、そのエリスさんはどちらに?」


「さぁね。」


「もうお仕事はされていらっしゃらないんですか?」


「ああ。だいぶ前に屋敷を出て行った、って話だけど……」


「ぱ、パンナさん、それ、詳しくお願いします!!」


「いや、詳しくって言ったって……アタシも洗濯メイド長のクリーナから聞いた話だから……」


「では、そのクリーナさんに伺えばもっと詳しいお話が?!」


「た、多分ね。……だがアンタ、クリーナに話を聞きたいならこれを持ってかなきゃ始まらないよ」


 パンナさんがくいッと指で杯を傾けるしぐさをした。


「あの、ではワインを一本譲っていただけませんか? お代はこちらで……!」


 わたしは実家にいた頃から蓄えていた雀の涙ほどのへそくりから、1枚銀貨を取り出してカウンターに置いた。


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