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010:意思疎通を図ろう!


 翌日、マリク様は昨晩の疲労からか、朝には発熱してしまったのだが、こちらとしては大いに嬉しいことがあった。


 わたしが、差し出したミルク粥を二さじほど食べてくれたのだ!


 すっごい不本意そうな表情だったけど、それでも「食べるは生きるの第一歩」というではないか!


 ……まだ、お薬は飲んでくれないけど、大きな進歩。


 さて、発熱とはいえ、さほど高熱でも無いし……昼前には熱も下がるだろう。そうしたら湯あみができるように浴室にお湯を溜めておかねば。寝汗を流せばさっぱりするし。


 だば、どば、だば。


 湯船に溜まるお湯を眺めながら、わたしは一つため息をついた。


 しかし、すごいわ、公爵家。

 ……このお風呂、蛇口からお湯がでてくるだけでなく、自動で一定量まで湯舟にお湯を溜めてくれるし、そのお湯を何時間も保温してくれるとか!

 こんなすごい魔道システム、初めて見たわ!


 この広い屋敷をわたしひとりで何とか整備できているのは、これらの魔道システムの恩恵もかなり大きい。

 そんな便利装置に感謝しつつ、午前中はこのお屋敷を整える作業をしながら、わたしは今後の方針を考えていた。


 その中で一つ。

 昨日の件で決意したことがある。


 それは、解雇されたエリスさんを探し出して、再度マリク様専属メイドとして雇いなおしていただくようにアークヴェル様に交渉することだ。


 魔道具を壊してしまったメイドを雇い直してもらうお願いをするなんて、正気の沙汰ではない、と普通なら言われるだろう。


 だが、マリク様ご本人から聞いた話では、ちょっと事情が違うのだ。


 まず、昨晩の影みたいなヤツ……

 あれは、しょっちゅう部屋にやって来ては、自分の中に入って来よう(?)とするんだとか。

 大概は追い払えずに、アレに触れられると酷く体調が悪くなるらしいのだ。


 それを踏まえて、もしアレの原因が扉に付いていた魔道具で、本人の放出した魔力をもう一度、体内に戻し入れようとしていた……のであれば、思い当たる節はある。


 まず大前提として、貴族社会においては、魔力量は多い方が良いとされている。


 一口に「魔力量」と言っても、

 「本人が1日に生み出すことのできる魔力量……別名『魔力回復量』」と

 「体内に貯めて置ける魔力量……別名『魔力容量』」は別だったりするのだが、その両方を区別して使うのは、学者か宮廷魔導士くらいである。


 普通は最大魔力容量まで回復したら、それ以上、魔力は回復しないのだが、ごく稀に最大魔力容量よりも魔力回復量の方が多い人間が存在する。


 それでも、魔力を消費していれば問題にならない。だが、あまりにも魔力容量を上回る魔力が体内に溜まりすぎて排出・制御がうまくいかないケースがある。


 この場合は、健康を阻害する『魔力多可症』を発症してしまうのだが、それはあまり知られていない。


 ちなみに、この魔力容量や回復量の大小は生まれつきで、だいたい決まっている。


 もちろん、ご両親の生まれ持った魔力量が多いと子供も魔力が高い傾向があるが、絶対というわけではない。


 しかし、後天的に多少とは言え、魔力容量の方を伸ばす方法がいくつかあるのだ。


 その一つが、昼間無意識に放出した魔力を特定の魔道具に集めておいて、夜睡眠中に元の身体に戻すことで、本人の魔力容量を広げる、という方法だ。


 このやり方は貴族階級の間ではメジャーで、対応する魔道具もアクセサリー型・お守り型・設置型など、多様なものが存在している。


 しかも、この魔道具は12歳以下の子どもの時にしか使えないから、お子様が生れた際のお祝いの品として定番のものだったりしている。


 ……だが、この魔道具、『魔力過多症』を発症してしまっている子供の場合は話が変わってくる。


 この魔道具を例えるなら、発育不良のお子様用の高カロリー栄養補給装置。

 そして『魔力過多症』とは、ズバリ肥満。


 特にマリク様の場合は、ベッドから降りることもできない超・超・超肥満児のようなもの。


 そんな子供に激甘なジュースと油をぐびぐび飲ませているような状態、と言えばどれだけ身体に悪いか想像がつく。


 そりゃ、具合も悪くなろう。


 いわば、ありがた迷惑の極致みたいな状態だったのだ。


 そして、以前の魔道具はエリスさんが壊してくれたから少し楽になったのに、エリスさんが居なくなって、また新たに設置されてしまったのだとか。


 そんな話を聞くと、本宅だか別荘だかに行ってしまって、めったに顔を合わさない主治医とやらよりも、余程エリスさんの方が的確な処置ができていたと言えるだろう。


 つまり、単なる過失によるクビとは話が変わってくる訳である。


 家庭教師とはいえ、流石にわたし一人であの屋敷全体の管理・清掃からマリク様の衣食住・教育全ての責任を負うのは無理がある。


 そこで、もう一人、二人、三人……いや、欲はかくまい。

 でも、手分けできるうえに、マリク様のメンタル面のフォローができる逸材なんて、欲しくない訳がないではないか!


 一応、昨日の段階でアークヴェル様への面会許可申請は提出してあるから、数日以内に話し合いができるだろう。


 チャンスはその時だ。


「マリク様、具合はいかがです?」


 わたしは、額にあてていた濡れタオルを取り換えるべく、お部屋に突撃した。


「…………」


 お坊ちゃまは、ジトっとした目つきでバツが悪そうにしている。

 多分、昨日の深夜に号泣しちゃったのが気恥ずかしいのだろう。への字に結ばれている小さなお口がわずかに開いた。


「……よくない。……ごほっ、ごほっ」


 ……ですよね。

 だが、もうあの不思議な力で廊下へ放り出される事はなさそうだ。

 ちょっと残念だが、ありがたい限りである。


「ではお坊ちゃまが元気になっていただけるよう、わたし、全力で頑張りますよ!」


「……」


「だから、早く元気になって、一緒にエリスさんを探しましょうね!」


「っ!? げほっ、ごほっ、げほんっ!!」


 わたしの言葉に衝撃を受けたのか、何かを叫ぼうとして、声のかわりに咳が飛び出してしまったようだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


「な、なんで?」


「え? あの、マリク様はエリスさんにお会いしたいんですよね?」


「そうだけど!」


そう言うと、今度はくしゃりと顔をゆがめる。


「……でも、見つから、ないよ……ごほっ、ごほっ」


「どうしてそう思うんです?」


「だって! エクゥにも……頼んで探してもらった……」


 その言葉に、淡く緑に輝く光の玉が何故か自慢気に、ぽよんぬ、ぽよんぬ、とわたしの頭の上でジャンプを繰り返した。


 どうやらこの光の玉がエクゥさん(?)と言うお名前らしい。


 もしかして、マリク様って聖霊を使役できちゃうの……?


 いや……よく考えよう、わたし。

 あの無尽蔵の魔力量だ。

 当人の意思はどうあれ……寄ってきちゃうか。


 むしろ、この部屋、聖霊なんて1匹見たら30匹は居る、レベルの方がしっくりくる。


 視界の端にちらちら輝く粒たちが全部聖霊だとしたら100匹は居るか?


 ……とは言え、聖霊は比較的「清浄な聖域」とか「魔力の豊富な空間」を好む傾向があり、人間の住む町……特に下町のようなところや貧民街の隅々まで探している、とは考えにくい。


「でもマリク様、聖霊さんは人間の下町なんかは嫌いでしょう? そこは探してもらっていないのでは?」


「……でも……ごほっ、ごほっ、だからお父様にお願いして、エリスに手紙……書いたけど……」


 返事が無いの、と落ち込んでしまったお坊ちゃま。

 どうやら、マリク様は簡単な文字の扱いは可能なようだ。


「そうなんですね。だとしたら、それこそマリク様が体力を付けて、わたし達で直接エリスさんに確認をしに行くしかありませんね。」


「えっ!?」


「実は、お手紙のやりとりって、送り方にお作法やルールがあって、貴族ではない方がお返事を書くのは難しいんです。」


 手紙さえきちんと書けているなら公爵家から下町に手紙が無事に届いている可能性は高い。


 そりゃ、四大貴族家筆頭の屋敷から出る郵送物だ。業者も気合を入れるだろう。

 だが、「下町からの手紙が、公爵家などと言う名門中の名門貴族の、さらには未成年のご子息の手に無事に届く確率は?」といわれるとガクっと低くなるのだ。


 まずは、貴族家に郵便物を送るお作法を知らずに、普通に郵便業者に渡した場合、「いたずら」だと思われて業者の時点で止められる可能性が一つ。


 侯爵以上の貴族家に個人が手紙を出す場合、専用の用紙・封蝋の手配は必須だ。

 送り主が平民である場合は、役所で代理手続きをしてくれるサービスがある。

 だが、普通の平民であれば、そんな特殊なお作法を知っている方が稀。

 実際、貴族とはいえ、まだ幼いマリク様だって知らないんだし。


 それだけではない。

 無事公爵家に返事が到着したとしても、これだけの規模の屋敷である。

 当然、屋敷の主たるエーフェ公爵家のご家族以外にも、多くの使用人が働いており、彼ら宛の郵便物も大量に届いてくる。


 普段届く書状や手紙などの管理部署が存在しているはずだ。


 その末端である担当者までマリク様の手紙とエリスさんの返事の事が周知徹底されていなければ、結局返信がマリク様の手に届くことは無い。


 第一、貴族家の未成年者に手紙を送りたい場合は、保護者か代理人宛で送るのが基本である。

 もし、直接『マリク様宛』にでもされていたら「不審物」まっしぐら。速攻、破棄ルート一択である。


「そ、そうなの……?」


 わたしが郵便事情を簡単に説明すると、マリク様は困惑した様子で眉を顰めた。


「信用できませんか?」


 こくり。


 おおっと。

 大真面目に頷かれてしまった。


「……大人は、みんな嘘つき……」


 ジトっとこちらを値踏みするようなまなざしが痛々しい。


 うーん……急に信じてくれ、と言ったところで白々しいだけだろうし。


「仮にわたしの話が嘘だとしても、直接マリク様がエリスさんに事情を聞けるのなら、挑戦してみる価値があると思いません?」


しばらく考え込んでいたらしいお坊ちゃまが「……何を、したらいいの?」と呟いた。



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