006:改善!廊下の環境
エーフェ公爵家別邸『北宮』地下室にて、放り出される事、数十回。
わたしは、静かに確信していた。
マリク様のこの能力……
部屋に入ってきた気に入らないものを放り出せる場所はこの廊下まで、のようなのだ。
何回目かに放り出された際には、マリク様にお昼ご飯を持ってきてくれたらしいメイドの少女に悲鳴を上げさせてしまった。
いや、彼女には詳しい事情を聞こうとしたんですよ?
でも、ここは「お化け屋敷」として怖がられている館の地下。
そこへきて、突然、内側から乱暴に開かれる扉。
そして、内部から吹っ飛んで来たヘドロまみれの女。
さらには、その女が、笑いながら近づいて来られたら……
そりゃ、まぁ、悲鳴上げて逃げ出しますよね……
そんなわけで、わたしが家庭教師として最初に取り組むことになったのは、廊下の掃除だった。
廊下掃除が家庭教師の業務かどうかは多少疑問が残るところだが、必要性は非常に高い。
ここに大量に積み重ねられたゴミのおかげで、運良くわたしに大きなケガは無い。
それでも割れた食器のようなものが原因と思しき小さな擦り傷程度はそこら中にできているし、この様子だと、これから何度もわたしはこの廊下に放り出されることを繰り返すはずである。
……となると、この着地地点!
どんなに変な角度で放り出されても!
多少打ちどころが悪くても!
平気なように補強しておく必要があるッ!!
がっちゃ、がっちゃ、がっちゃ。
まずは、大量の生ごみや干からびた食材だったと思われるものは焼却へ。
肥料にできるものはした方が良いのかもしれないけれど、塩分が入っていた場合は畑の土を痛めてしまうから、これはやむなし。
次にスプーンのような金属系のカラトリーや、割れていない陶器のお皿等は1階の炊事場へ。
実はこの炊事場、素晴らしいことに魔道式くみ上げポンプが付いていて、井戸から桶で水を汲む必要がないのだ!
さらにはこの魔道式くみ上げポンプ、なんと最新鋭式で、柄の部分に付いている炎の魔石に触れた後でくみ上げると、温かなお湯が出るという優れもの!
「お化け屋敷」と呼ばれていたとしても、流石は最上流階級の公爵家である。
わたし、お掃除でお湯をこんなに豊富に使ったのなんて初めて!
どんなに汚れた食器もカラトリーもお湯の力ですっきりピカピカだ。
積み重なった食器類をあらかた片付けると、さらに下の方にはシーツやらタオルやらの布類が汚れを吸ってぐっちゃぐちゃ、かっぴかぴになっている状態でいくつも発掘された。
どうやら、わたしの身体が放り出された際の衝撃が吸収されていた一番の立役者は、この布類だったようだ。
……でも、何でこんなに大量に布類が放り出されていたんだろう? マリク様のお部屋って元が洗濯場だったとか?
布類があそこに溜まっていた理由は不明だが、それでも助かった事は事実。
しかもこれらが吸収してくれたおかげで、床や壁のダメージと汚れが想定より少ない。
わたしは、たくさんの布達には感謝をささげつつ、自分の汚れた衣類と一緒にお洗濯だ。
「ふふふんふーん、ふふふんふん、ふ、ふん♪」
もちろん、たくさんのお湯と備え付けの高級洗剤を使えば、腐った汁の染みついたシーツだってかなり元の生成り色を取り戻している。
この備え付けの洗剤、すごいわ……!
実家の「廃油と灰から作った手作り洗剤」ではここまで白さは戻らないのに!
思わず鼻歌も漏れるというもの。
これだけ白さが戻れば、本館……いや、中宮だっけ? 中央棟だっけ?
広すぎて屋敷の名前があやふやとか流石すぎる。
これなら、そこに備え付けられている専用ランドリールームに持ち込んでも文句は言われまい。
実は、最初のあのドロドロの状態で持ち込んだら洗濯係のメイド長さんに叱られてしまったのだ。
……ま、そりゃそうよね。
しかし、この状態まで原状回復できれば、後は専用部署へお任せしても問題はない。
次に、あの地下廊下と壁をブラッシングと乾拭きだ。
上に積みあがっていた布さんのおかげでこの作業は案外手間がなかった。
むしろ、天井の汚れ取りのほうが大変だったくらいだ。
ただ、これも最初に洗剤を吹きかけてしばらく置いておいたから、汚れのわりにスムーズに終わったと思う。
ついでにあの雑な結界も魔法文字に洗剤を浸透させておいたら、するりと落ちてしまった。
これは……結界を作った方が手抜きすぎなのか、洗剤が高性能すぎるのか、一瞬迷うところである。
まぁ、風通しも、過ごしやすさも良くなったから問題はない。
そして仕上げは、二階の使われていない部屋からスプリングの入ったマットを運び出す作業だ。
客間……なのかな?
それにしては一部屋のベッド数が多いから、メイド部屋?
だとしたら、こんな高級スプリングマットが使用人にも標準装備なんですか!?
うーん、流石すぎる……公爵家。
しかも、ぽよん、ぽよんのふっかふかなスプリングマットが使われない部屋に放置って……!
最上流階級って、本当に物に対する執着が無いんだなぁ。
第一、このお屋敷のものは何を使っても良いってお墨付きは貰っているし、空き部屋はどこの部屋を家庭教師用にしても構わないらしい。
なんて……なんて太っ腹!
いや、ここはあえて丁寧にごんぶとお腹様とお呼びせねばなるまい。
ありがとうございます! ごんぶとお腹様!
なお、一番小さなお部屋でも、実家のお父様の寝室よりも広くてビックリしたのは、言わずもがなである。
そんな訳で、わたしは客間と思しき一番大きな部屋から、スプリングマットを引っ張り出した。
もちろん、ポルターガイストさんが定期的なタイミングで扉を開けてくれるので大助かりだ。
せっせとスプリングマットをマリク様のお部屋の扉の前に敷き詰める。
もちろん、そのうち1枚は壁に立てかけて固定。床側は贅沢に2枚重ねだ。
これで、どんなに乱暴に廊下に放り出されても、衝撃吸収100%!!
ふっかふかのぽよん、ぽよん!
「マリク様、マリク様ぁー!!」
わたしは、早速廊下のふわふわ加減を堪能すべく……
もとい、公爵家四男様の心をほぐすべく、満面の笑みで寝室に飛び込んだ。
が、案の定。
即、放り出された。
ばいーん!
ぼよーん、ぼよん、ぼよん……。
「…………っ」
ほ、本来は……本来は、拒絶されて悲しむべきだとは、分かっている。
分かってはいるのだが……!
や、ヤバい!! これ、楽しい!!
この放り出される瞬間の浮遊感!
そして、廊下に敷き詰めたスプリングマットの弾力!!
ほよん、ほよんと弾む身体。
本当に小さな頃、お父様に高い高いと遊んでいただいて、そのままベッドの上に放り投げてもらうのが好きだったんだけど……
その感覚!!
その感覚が鮮やかに今、蘇りましたよ!!
「マリク様~」
ばいーん!
「聞いてくだぁぁぁ」
ぼいーん!
「わたし、何度放りだされてぇぇぇ」
ばふーん!
「あきらめませぇぇぇぇぇん」
ぺいーん!
「きゃぁ~!」
ぼいーん!
放り出される事、幾星霜。
最後の方では自己紹介のはずなのに、明らかに歓声になっていたような気もするが気にしてはいけない。
「……あら?」
気づけば、マリク様のお部屋にわたしが滞在している時間が伸びてきている。
もしかして、多少は聞く耳を持ってくれたのか?
「マリク様? わたし、多少変わっていると言われることが多いんですけど、一生懸命家庭教師のお仕事をやらせていただこうと思っているんです。だから……」
わたしはしゃがみ込んでうつむいたままの少年の顔をそっとと覗き込むと、ずっと無表情だったはずの表情が小さく歪んでいる。
子羊のような可愛い瞳には今にも溢れそうなほどの涙。
銀色の長いまつげがぷるぷると揺れている。
うわわ、悲しませちゃった!?
ご、ご、ごめんなさい!?
嬉々として放り出されるのを楽しんでしまうなんて……!
流石に淑女としてあるまじき行為!!
奇行が過ぎたかな? いやでもあの浮遊感が! 幼い日々の記憶が!! わたしを狂わせたのです!
わたしが少しパニックになりながらわたわたしていると、マリク様の唇が小さく揺れた。
「え?」
「……っ」
初めて聞いた彼の声は小さく掠れていて、とても聞き取りづらい。
だが、誰かを呼んでいるような……?
「……? えっと、エリス、さん?」
わたしがそう声をかけた瞬間。
ゴッ!!
「わっ!?」
ばあーんッッ!
今までとは一線を画す勢いで放り出され、そのうえで入口の扉も固く閉ざされた。
「ま、マリク様!?」
がちゃがちゃがちゃ!
わたしは、再度、扉を開こうと取っ手を引っ張った。
だが、鍵が掛かっていないはずなのにその扉は微動だにしない。
さらには室内では強風が吹き荒れているのか、ゴゴォォォォ……という音に混ざって、がん、ごん、がたたん、と硬質な何かと何がぶつかり合うような音も聞こえてくる。
えええ……!?
な、何が起こっているの?
中心部にいらっしゃるマリク様はご無事なの!?
どのくらい時間が経過したのか。
正直なすすべなく、扉前のスプリングマットの上で立ち尽くすしかできなかったわたしだが、扉の前から離れなかったおかげであることに気づくことができた。
そう。
ほんの少し前に、どん、ごどん、と重い音が響いてから一切の音が聞こえなくなったのだ。
「……お坊ちゃま?」
かちゃ……
あ!? 開いた!
ようやく開いた扉から中を覗き込むと、複数の家具が吹き飛んで部屋の床に散らばっている。
椅子などは壁か何かにぶつかった衝撃で砕け散っているし、床に釘で打ち付けられていたらしいサイドテーブルは、根本から引き抜かれて炭化しており、扉の傍で無惨な姿に変わり果てていた。
だが、部屋の中央の天蓋付ベッドだけは何事も無かったかのように鎮座している。
「マリクお坊ちゃま!」
慌てて駆け寄ると、ベッド中央部であおむけに倒れ込み、静かに瞳を閉じている少年の姿が。
「……」
「……ね、寝て……る?」
相変わらず顔色は悪いが、ゆっくりと静かに上下する胸の動きに、思わずほっと胸を撫でおろした。
どうやら怪我などは無いようだ。
そっと彼の涙の痕をぬぐう。
これって……もしかして、魔力暴走?
わたしは地下の一室にしては異様に高い天井から垂れてくる水滴に打たれながら唖然としてしまった。
教本等で読んだことはある。
非常に高い魔力を持つ人の場合、感情が高ぶると魔力の制御ができなくなることがあるのだそうだ。
暴走状態となると『魔力嵐』と呼ばれる現象が発生するらしいのだが、これがそうなのか……?
一旦、魔力嵐を発生させると、魔力を使い尽くして倒れてしまうことがある、というのも本の通りだ。
初めて見た……。
あれ? おかしいな?
ふと、湧き上がる違和感。
三男のセレス様は、一見しても魔力が高いのが見て取れたんだけど……
マリク様にはそんな印象が無かったぞ?
一応、魔力多可症では有るみたいだったけど……
改めてマリクお坊ちゃまを見ると、あれだけじゃらじゃらと、首や手首にぶら下げていた宝石類が全て真っ黒なものに変わっている。
あれ? こんなに黒かったっけ? と疑問が頭に浮かんだ瞬間。
ぷちん。
複数のアミュレットが役目を終えたかのように弾けた。
「……ふごっ!?」
途端に網膜に突き刺さる……いや、網膜なんて生ぬるい。全身を突き刺すような圧倒的な魔力光。
うわ、待って、待って、待って!?
いや、魔力が多いとは伺っておりましたけれども……!
え? あ、そういうレベルだったの!?
例えるなら、アークヴェル様の魔力量が輝く暖炉の光、セレス様が大きなキャンプファイアーだとすると、マリク様は真夏の昼の太陽だ。
なお、その場合、わたしなんかは干からびたヒカリゴケの欠片である。
何で公爵家のご子息様がこんな地下牢みたいな所に?
とは、多少、頭の片隅に違和感としてひっかかっておりましたが、この魔力暴走の威力を見ると話は変わる。
……普通の屋敷だったら壁も屋根も吹き飛んで木端微塵だ。
これは早急に制御する術を身に付けていただかないと!
廊下に放り出されるサイコキネシス程度なら、可愛いものだわ……と思っていたが、どうやらこれは、とんだ猛獣お坊ちゃまである。
さて、となると……わたしは図書館で模写した魔導書の知識をフル回転させた。
そもそも魔力とは人の心の動きに準ずるものである。
本来はどんな人間でも最低限の魔力を持っているのだ。
そのため、心理的な安定は何よりも魔力制御の役に立つ。
つまり、あの時マリク様が呟いていた言葉。
わたしには「なんで、エリスは?」と言っていたような気がする。
つまり、何かのカギを握っているのが、その「エリスさん」という方のはずだ!
……となれば、直接エリスさんに直談判するのが早いだろう。
わたしは、一通りマリク様のお部屋を片付けると、静かに眠る彼の肩まで毛布を掛け直し……
中宮へと足を向けたのだった。
面白い・改善箇所そこかよ!?と思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
イマイチと思ったら☆を2個か1個
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