005:突撃!おばけ屋敷!?
ぎぎぃ……ばたん。
「うわぁ……」
わたしが中に入った途端、ばたん、ばたん、ばたん、と色々な部屋の扉が風も無いのに閉じたり開いたりを繰り返している。
窓もカーテンも閉め切っているせいなのか、微妙に黴臭く、室内は薄暗い。
かなりの期間使われていないような子供用車いすが廊下の隅に転がっていた。
「あの、どなたかいらっしゃいますか?」
わたしの声がむなしく屋敷に響いた。
シーン。
一瞬の静けさ。
ぎぎぃ……ばたん。ぎぎぃ……ばたん。
だが、すぐに色々な部屋の扉の不規則な開閉が繰り返される。
えーと……これが『お化け屋敷』って事?
ざっと見渡すと、おそらく1階の大部分がほとんど利用されていないらしく、床にうっすらと灰色のホコリが積もっていた。
ぎぎぃ……ばたん。ぎぎぃ……ばたん。
……ま、この程度の怪奇現象なら大きな害は無いか。
わたしは、ばたんばたんと自己主張を繰り返す扉たちを一旦無視して、唯一、往復分の足跡が複数続いている方向に足を進めた。
どうやら、この先だけはそれなりに人の出入りがあるようだ。
「……地下?」
だが、足跡をたどっていくと、そこにあったのは地下室への入り口。
普段は見かけないような、重厚な鉄格子の扉にそっと鍵を差し入れる。
この鍵束、きちんと「どこの部屋の鍵」って名札が付いているのが地味に親切である。
……だけど、鍵の管理って「執事」とか「家宰」とか「メイド長」とか……
そういう館を取り仕切る様な上級使用人が管理しなくて良いのかな?
一応「家庭教師」も上級使用人と言えばそうなんだろうけど……?
まぁ、鍵の管理込みでお坊ちゃまのお世話を任されてるって事なのかな。
わたしは、重厚な地下牢の扉を開け、階段を下る。
上の方には空気取りか、小さな窓は空いているが、かなり薄暗い。
ここまで薄暗い通路だと、ランプを渡されるのが普通だと思うのだが……それが無いってことは……?
わたしは、ふと、思い出したように瞳に魔力を込める。
「あ、見えた。見えた。」
やはり、大貴族のお屋敷。
魔力を込めて通路を見つめると、その壁の成人女性の目の高さ辺りに『灯火』の起点らしき文字が輝いている。
ぽちっとな。
わたしがその文字に触れた途端、
ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽ。
地下通路には魔法文字による明りが灯された。
その光に導かれるように地下に降り立つと、何より目に付くのは入り口扉の魔術結界だ。
こちらから向こう側へ行くことはできるけれど、向こう側から「何か」を出さないようにするための術式が魔法文字で記されている。
……の、だけれど……この結界、控えめに言っても、かなりお粗末じゃありませんかね?
いや、本当に「断固、出さない」だけに特化しているというか……
だって、多分おぼっちゃまが居るのはこの先って事でしょ?
こんな状態では、お出かけどころか、他の部屋へ移動することすらできないではないか。
まぁ、この手の魔法文字による結界術式は文字の形を正確に写すことさえできれば、わたし程度のしょぼしょぼ魔力量であっても書き換えは可能だし……後で修正しておこう。
「うっ……!」
その扉の魔術結界をくぐると、一気に鼻孔に悪臭が押し寄せてきた。
いったい何のニオイだろう?
足を進めると、その正体が判明した。一番奥の扉の手前だけ、異様な光景が広がっていた。
「うわ……」
見れば、その辺りの床も壁も天井も、汚物? ヘドロ? なんだかよくわからない汚れがべったりとくっついている。
さらに何故か複数のカトラリーやらお皿やらが散乱し、汚れに埋もれたり、割れたりして散らばっていた。
どういう事? この空間で排泄物と食器類の大戦が勃発したの?
わたしはゴミの山に背を向けて、向かいの扉に鍵を差し込む。
そして、何度目かの雑な結界の貼られた鉄格子の扉を開いた。
「あら?」
どうやらこれが最後の扉だったのだろう。
その中は飛亜竜が入れるくらいの部屋となっており、廊下の悪臭がウソのように消えている。
先程までの雑な結界とは異なり、ニオイだけをシャットアウトする高度な術式が追加されているのだろうか?
ふと見ると、それを裏付けるように扉中央にはめ込まれた見慣れない紫色の宝玉がキラリと輝いた。
視線を部屋へと移すと、そこは地下でありながら「貴族の子供部屋」と言ってもおかしくない装丁となっていた。
壁一面の本棚と異常に高い天井。
そして天井付近に空気取りの窓(ただし鉄格子付)。
部屋の中央部には天蓋付のベッドがひとつに上品なテーブルと椅子。
「……げほっ……げほっ……」
そして、そのベッドの上から、小さな湿った咳が聞こえてきた。
「マリクお坊ちゃまでいらっしゃいますか?」
「…………」
そのベッドの主は、ゆっくりとわたしを一瞥した。
年の頃は7,8歳と言ったところだろうか?
全く日に焼けていない青白い肌。
その白さは美しいというよりも、どこか不安を誘う病的な白だ。
咳が収まっても、少し不自然に肩が上下している。呼吸器系に異常がある可能性も高い。
くすんだ灰色のような髪は艶が無く、服の裾から見える首筋や小さな手は、やせ細ってガリガリ。
もっと健康的なら、可愛らしい顔立ちだと思うのだけど、アークヴェル様やセレス様に似た面影は一切無い。
その細い首や両手首にはじゃらじゃらと重そうな宝石をいくつもぶら下げた多くのアミュレットやネックレスが括り付けられている。
比較的暗めのくすんだ色が多いとは言え、その大きさと数は子供が持つ量としてはなかなかのものだ。
だが、わたしは、一瞬だけ目が合った少年の瞳に思わず息をのむ。
その瞳孔は真横に裂けており、青銀色の光彩と相まって、ヒツジやヤギを思わせるような特徴的なものだった。
この瞳は……確か、自身の持つ魔力が多すぎるが故に、体内に魔力を溜め込みすぎた結果、体調面に不調をきたす『魔力多可症』の症状の一つだったはずだ。
見た目的には、子羊みたいで可愛い。
……個人的にはちょっと憧れだったりする。
とは言え『魔力多可症』は体のあちこちに負担をかけるから、早いうちにご本人に合った魔力排出方法を身につけてもらわないと。
だが、その瞳から感情のかけらは読み取れず、彼は無表情のまま手元の本へと視線を落とした。
「はじめまして、マリクお坊ちゃまですよね?」
「…………」
「わたしパメリア・レインと申します」
「…………」
なるべく怖がらせないように視線を合わせるために腰を落とし、笑顔でマリクお坊ちゃまに声をかけてみたものの、反応は無し。
真一文字に結ばれた唇は、咳き込む以外に開かれることは無い。
「えーと……その本、お好きなんですか?」
ちらり、と彼の手元の本を覗くと、何も書かれていない真っ白の白紙。
え? えぇ……?
あ。もしかして魔法文字で何か書かれて……は、いない……だと?
「…………」
「えーと、あの、これから、マリクお坊ちゃまの家庭教師としてYO」
ばんっ!!
「ろっ!?」
よろしくお願いしますね、と音が言葉を作る前に来た、ぐわっと押し上げられるような衝撃。
浮遊感。
そして、わたしの身体は、あの悪臭の廊下にひっくり返っていた。
え、えええええ!? な、なにが起きたの!?
逆さまな視線の正面には、あの最後の扉が開け放たれたまま、部屋の奥の天蓋ベッドが見えた。
急いで部屋に戻ると、マリクお坊ちゃまは先程見た無表情のまま、視線を手元の本に落としている。
「す、すいません! わたし、突然……あの、家庭教師としTE」
ズダーンっ!!
「!?、??、!?」
再度、世界が回転すると同時に、廊下に投げ飛ばされて背中を強打する。
「申し訳ありません、おぼっ!?」
ズダーンッ!!
……ズズリ……
廊下の壁から床にずり落ちる感触。
何度も廊下の壁に叩き付けられているにもかかわらず、大したケガはない。
幸いにも、どうやら、このヘドロ? なのか、堆肥? がクッションの代わりになってくれている。
だが、3度目にして、ようやくわたしはこの現象に思い当たる節があった。
わたしが家庭教師としてお坊ちゃまに近づこうとすると、自動的に廊下に投げ飛ばされるのは……
お坊ちゃまの拒絶によるサイコキネシスの一種に違いない。
だが、この程度の怪奇現象に負ける訳にはいかない。
わたしは、猛獣と例えられているお坊ちゃまに向かい、ニッコリとほほ笑みながら、ゆっくりと立ち上がった。
面白い・やっと問題児が出たな!と思ったら☆を5個か4個
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