004:開始!教育的指導?
えっと……これ、この鍵を使って北宮に入って良いってことだよね?
指さされた方向には、そこそこ大きな屋敷とそれに続く屋根付き石畳の通路が伸びている。
指示どおり、てくてくと通路を歩いていると、北宮の入り口手前には中庭庭園が広がっていた。
この中庭庭園は、今まで見てきた公爵家内の手入れ状況と比べると多少放置されているようにも見えるが、それでも最低限にお手入れがなされているようで、噴水付近の四阿に設置されている石造りのガーデンテーブルでは5人の青少年・少女達が楽し気に談話をしている。
貴族……というよりも街中で見かける駆け出し冒険者風の装いなのが、少々場違いな気もする。
だが「駆け出し冒険者」と呼ぶには、身なりが整いすぎていた。
どの子も髪はキューティクルつやつやだし、血色も良いし、服に継ぎ宛てや着古した感は無い。
……どういう子達なんだろう?
思わず立ち止まってしまったわたしにメンバー紅一点の少女が気づいたようだ。
「あら? ねぇ、こっちの庭に使用人が入ってくるなんて珍しいんじゃない。」
透き通る様なブルーの髪を姫カットに切りそろえた美少女は、わたしを指さすと、唯一テーブルの上に座っていた青年……いや、少年に語り掛ける。
少女に声をかけられた少年は、眉を吊り上げると、ぴょん、とテーブルから飛び降りた。
「おい! そこのお前!」
ギリギリ声変りが終わっていないような中性的な声が響く。
「はい? わたくしでしょうか?」
「そうだ! なんで僕たちの庭に勝手に入り込んだんだ?」
一応、威圧しているのかもしれないけど、まだ怖さよりも可愛さの方が強い。
身長も、今のわたしよりちょっとだけ低いみたいだし……おそらく十五歳前なのだろう。
夜の色よりは、まだ昼の気配が強いようなナイトブルーの髪がふわりと風に揺れる。
彼の意志の強そうな眉を少し穏やかにして、白い法衣でも着用させたら、降臨した天使にも見えるような美少年だ。
「あの、わたくし、マリクお坊ちゃまの家庭教師として本日より北館に住まわせていただくことになりまして……」
「はぁ……アークヴェル兄さん、ま~た新しい家庭教師を雇ったのか……」
わたしの言葉を最後まで聞く前に、少年は面倒くさそうに顔をしかめた。
ん? アークヴェル兄さん……??
と、いうことは、この子がわたしの教え子となるマリクお坊ちゃまなのか?
そういわれてよくよく目の前の少年を見ると、アークヴェル様とご兄弟と言われて納得できる髪色に整った顔立ち。
アークヴェル様のお話で「魔力量が多い」とおっしゃっていたとおり、かなり多くの魔力をお持ちのようである。
わたしがわざわざ視ようとしなくても分かる程には魔力が豊富なようだ。
……正直、次期公爵であるアークヴェル様の倍以上である。
「ふん。わかったよ。……アークヴェル兄さんの指示なら、僕たちの庭に勝手に入り込んだことは許してやる。兄さんがここを通れって言ったんだろうし。」
アークヴェル様には頭が上がらないのか、何やらバツが悪そうに目を伏せるお坊ちゃま。
「だが、僕たちの邪魔はするなよ。お前は、もうあっちに行っていいぞ。」
ぺぺぺ、と犬を追いやるようにわたしを追い払おうとする問題児。
……なるほど。
公爵家の末っ子でありながら、豊富な魔力量に物を言わせ、冒険者ごっこに現を抜かし、テーブルに腰かけるようなじゃじゃ馬くん……という訳か。
確かに曲者なのだろう。
だが、この程度なら、お可愛らしいものである。
実家で本職の冒険者さんと交渉することもあったけど、彼らの持つ一種独特の「圧」はこんなものではない。
このくらい元気なお子様ならば、マナー教育のし甲斐がありそうだ。
すそそっ……
わたしは、にっこりとほほ笑むと、持参した数少ない荷物の中から蛇腹折りにした植物紙の束をするりと取り出した。
そして、フルスイング!
スパアァァァァン!
「こらっ! マリク様っ! テーブルは腰かけるものではありません!! 公爵家の品位を疑われますよっ!」
わたしは、自分の言いたいことだけ言い放って仲間達の元へ戻ろうとするお坊ちゃまの尻を紙束で叩く。
こちらのアイテム、叩かれるとものすごくよい音がするのに、叩かれた方はたいして痛みを感じない、というなかなか凄いアイテムである。
東方で「ファリセン」とか「ハリスェン」と呼ばれ、おボケな行動を正すのに使用されているらしい。
「な……な……!?」
鳩が豆鉄砲を食らったようなお坊ちゃまの顔に、友人達らしき少年少女が一斉に噴出した。
「あはははは!」「ヤベ~!!」「教育的指導されちゃってるじゃん、マジウケる」「何? 今回の家庭教師、顔もヤバいけど指導もヤバイじゃん!」
仲間達にからかわれたお坊ちゃまは、顔を真っ赤に染めると怒声を上げた。
「ぼ、僕はセレスだ!! エーフェ公爵家、三男のセレス・エーフェ!! 僕は騎士道学園の学年首席だッ!! 家庭教師を呼ばれるような、あの『出来損ない』と一緒にするな!!」
「え!?」
三男!? ……ひ、人違い!?
そ、そうよね……お相手が四男ってことは、そりゃ、上には三男様や次男様がいるはずよね。
「も、申し訳ございません! ……で、ですが、セレス様! お庭のテーブルの上に腰かけるのはお行儀が良いとは言えませんよ?」
わたしの指摘に「う」と声を殺して目を泳がすあたり……
お行儀が悪かった自覚は有るな?
「う、うるさいな! 野外ではパーティーリーダーは視野を広く取るべきなんだ! 行儀なんて気にして、突然魔物に襲われていたらどうするつもりだ!!」
「そーだ、そーだ!」「マナーとかマジウザ~」「言ってやれリーダー!」
いやいや、セレス様よ。ここは、公爵家の敷地内ですが?
普通、町や村には魔物除けの結界で守られているし、一日一往復しか乗合馬車が無いような街道ですら簡易型の結界が張られている。
なお、この結界も始まりは、わたしの推しの賢者様の張ったものなんだけど、これを語り始めてしまったら小一時間程度では済まないので、今は意識して、思考を目の前のセレス様へと引き戻す。
そんな辺鄙な街道の簡易結界でさえ、それを壊す魔物がいたら、警備部隊や冒険者ギルドは大騒ぎである。それが、こんな大貴族の私有地に魔物が出たりしたら前代未聞の大ニュースだ。
騎士道学園に通っているような生徒様が、そんな常識中の常識を知らないはずがない。
「それに、何だその顔の傷は!……え? お前、本当に魔物にやられたのか? 痛まないのか?」
お? 急にわたしを心配するような顔をするあたり。
不良ぶっているけど、本質的に悪い子ではないな。
「いいえ、これは昔の火傷痕ですよ」
「ふん! なんだ、どんくさいだけか! そんな奴にとやかく言われる筋合いは無い!」
どうやら、大人から「お行儀が悪い」と叱られるのは、このぐらいの年頃の少年にとって屈辱なのだろう。
マナー違反程度の事で謝る気は無い、とばかりにふんぞり返るセレス様。
だが、若さ故か……マナーの大切さを分かっていないご様子。
「いいですか、セレス様。『これくらい構わないだろう』とマナーを軽んじる人の周りには、同じようにマナーを軽んずる人間が集まってきます。そうすると、やがては、セレス様自身が『これくらい粗雑に扱っても構わない』と判断されてしまうような人間になりますよ?」
「……っぐ……!」
わたしの言葉に反論できないのか、悔しそうに顔をゆがめるセレス様。
「セレス~、そんな変な顔のおばさんの言う事、どうだっていいじゃない!」
だがその時、最初に目が合った青い髪の美少女がセレス様に抱きつくように声をかけた。
「どんなに偉そうなことを言ったって、あの『お化け屋敷』の家庭教師なんて1週間も持たないわよ!」
彼女に続いて友人達もやんや、やんやと囃し立てる。
「そうだよな~! 俺もお前の弟の家庭教師が3か月続いたのは見たこと無いぜ?」「だって、セレスの弟ってアレだろ? 猛獣?」「ぎゃはは!」「なぁ、あのおばさんがいつまであの『お化け屋敷』に居られるか賭けようぜ! 俺、1カ月!」「リーダーの尻をぶっ叩けるよーなヤバいババアだぜ? 俺はもっと長期間だ! 3週間は持つと見たね!」「お前、長期間って意味分かってんのか? 俺の予想より減ってるじゃねーか!」「あれ?」「ぎゃはははは!」
楽しそうな友人達に混ざりたくなったようで、セレス様は青い髪の美少女と頷きあうと、ふいっとわたしに背を向ける。
「ふん。どうせ3日で尻尾を巻いて逃げ出すだろうさ。興が削がれた。後は中で話そう、みんな。行こう、フィリア」
そういうと、セレス様ご一行は中庭を突っ切り別の館へと入って行った。
あのご様子だと、三男様にも教育係が必要なんじゃないかナァ?
でも、学年首席って言っていたな……
まぁ、その辺りの必要性はアークヴェル様かエーフェ公爵様がご判断なさるのだろう。
わたしは、セレス様ご一行の消えた建物に背を向け、「北宮」の通用口にたどり着くと、お借りした鍵を使ってその扉を開いた。
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