003:突入!エーフェ公爵家!
ここがエーフェ公爵家……!
乗合馬車を下り、大きな門扉をくぐって、公爵家の敷地内を走る専用の馬車に乗り換えてからすでに半刻。
ようやく道の先に立派な……わたしからしたら、王宮のお城のような建物が見えてきた。
……いや、ここ、本当に個人宅なのでしょうかね!?
門扉からこちら側には農園や畑といった広大な農地が広がり、農地の合間には、牧場でのんびりと草を食む牛や羊の姿が目に映る。
当然、それらを管理していると思しき農家さん・酪農家さんのご自宅らしき建物も点在しているし、流れる小川に、ため池と呼ぶには広大すぎるような湖。
さっきは、小さな市場や鍛冶屋っぽい一角まで存在していた。
村……ではないんですよね?
郊外の田舎の村と言われても違和感のない風景に開いた口がふさがらない。
いや、公爵家は格が違うとは思っていたけど……!
こ、こんなに違うんですね!?
ははは……ホント、何でわたしがこんなお屋敷のお坊ちゃまの家庭教師になれたの??
うぅ……以前に破れた服のすそは繕ってあるし、シミだってちゃんと抜いてあるから大丈夫!
だ、よ……ね?
そんな悩みに答えが出る前にスルスルと進んだ馬車は、大きな玄関(というより扉の付いた城門)前に停車した。
急いで馬車から飛び降りると、使用人らしき年配男性と目があった。
「本日より、家庭教師として着任いたしました、パメリア・レインと申します!」
胸元から、公爵家の封蝋が押されている例の採用通知を手渡し、帽子を脱いで最速での最敬礼。
ぺこり!
礼をしてしまったから、今、お相手がどんな顔でわたしをみつめているのか分からなかったが、
「主人より承っております。どうぞ、こちらです。」
という言葉が投げかけられたから、問題無いのだろう。
わたしは、彼の後ろからゆっくりと付いて行く。
うわー! うわー! うわー!
煌びやかで広い通路!
荘厳な絵画の描かれている天井!!
踏むのがもったいないくらい細かいモザイクタイルの床ッ!!!
廊下を飾るたくさんの肖像画ッ!!!
きょろきょろきょろ……
わたしの目の玉さんだけが、超高速反復横跳びをなさっておられるッ!
だがやむなし!
それはやむなしですよ!
だって、こんなに凄い建物、入る機会はなかなか無いのだ。
この建物に匹敵する豪華絢爛さを誇るのは、街の大聖堂くらいなものである。
流石に、首をキョロキョロと巡らせるような不作法はできないけれど、視線だけはあちらこちらへ東奔西走しまくってしまった。
うーん、格が、桁が、ちがいすぎる。
そんな芸術の塊としか言えない建造物内部の荘厳な扉の前で、ようやく使用人の年配男性が立ち止まった。
……コンコンコン。
彼のノックの手さばきも優雅なものである。
「アークヴェル様、今度の家庭教師候補をお連れいたしました」
「ああ、ありがとう、入ってくれ」
大きな扉が何の音もたてずにするりと開いた。
おそらく、魔術によるものなのだろう。
扉の向こうにいらっしゃったのは、ロマンス文学のヒーローもかくやというような容姿端麗な青年がお一人。
ショートカットにしておくのがもったいない品質の髪には、深夜の森に星々の光が落下したかのようなつややかな濃紺が鎮座している。
女性が嫉妬するのではないか? と不安になるようなキメの細かい肌。
知性をたたえた夜の湖のような深い青の瞳。それを縁取る長いまつげ。
椅子に腰かけているにもかかわらず、あふれ出るスタイルの良さ。
おー……
人体による造形美って、こういうことなんだなぁ、とトキメキ以前に納得の方が先に感じられる容姿ってすごいよね。
王侯貴族が必ずしも容姿端麗とは言えない事は重々承知しているけど……世の中、持っている方はとことん持っているものなんだなぁ……。
「貴女が……レイン子爵家の?」
「は、はい! パメリア・レインと申します! お坊ちゃまの家庭教師として採用いただき、ありがとうございます! 全身全霊で職務にあたる所存でございます。」
ぺこり!
「あ、ああ、私はエーフェ公爵代行のアークヴェル・エーフェです。……よろしく。」
わたしの顔……いや、傷かな? を見たアークヴェル様は一瞬とまどったように瞳を揺らしたが、すぐに先ほどまでの冷静な表情で言葉を続けた。
おお……アークヴェル様は女性の見た目の醜聞について言及するような器の小さい男性ではないらしい。
悪気は無くとも「どうしたんだ、その傷?」と尋ねる方が多い中でそれに一切触れないということは「容姿は人格判断の材料にしない」という意味である。
これは人格面も持っているということか。ホント、持ってる方というのは以下同文だわ。
「君にお願いしたいのは……末の弟、マリクの家庭教師です。」
「はい。教育内容はどのようなことでしょう?」
下級貴族の女性が「家庭教師」をするのだから、教育内容は王侯貴族としての基本的なマナーとか躾……だとは思うのだが、簡単な四則演算や基本的な文字の読み書きが教育内容に含まれる場合もある。
それに、公爵家クラスになってくると、お子様お一人に対して、「躾・マナー」「一般読み書き計算」「体術の基礎」「魔術の基礎」等、数人の家庭教師が教育内容を分業して付くこともあると聞いている。
「まずは、基本的なマナーや躾……あと、弟には他に家庭教師が居ないので……。」
お? 家庭教師はわたしだけなのか。
自分の好きに教え方を選べるのはありがたいが、その分、責任も重大だ。
「やり方は全てレディ・パメリアにお任せしたい。」
「かしこまりました。アークヴェル様。……それと、わたくしの事は『パメリア』とお呼びください。」
ありがたいけど、次期公爵様と思しきお方に「レディ」なんて敬称を付けられたら、なんだか居心地が悪くて胃腸が縮み上がってしまう。
「そうですか。わかりました。では、パメリア殿、その他にも弟に一般的な文字の基礎や四則演算の教育もお願いしたい。それにパメリア殿は魔法文字の読み書きもできると聞いているんですが、それも教える事は可能でしょうか?」
「はい。子爵家とはいえ貴族の端くれ、魔力の籠った文字の読み書きは習得しております。」
特に、魔導書の模写は実家に居た頃、内職(?)として大変お世話になっておりました。
わたしは、毎日のように魔法文字を書き写していた日々がふと頭をよぎった。
魔術を習得するための『魔道書』というものは、ぱっと見では何も書かれていない白紙にしか見えないのだが、瞳に魔力を込めて閲覧した場合のみ、文字が見えるようになる『魔法文字』が使われているのが一般的である。
そのため、魔力が全く無い者や、例え魔力が有っても瞳に魔力を込める事ができない者には読む事すらできないようになっている。
この国で一般的に「貴族=魔術を扱える者」「一般庶民=魔術を扱えない者」とされているのはこのためだ。
もちろん、庶民であっても、魔力が豊富で生まれながらに瞳に魔力を宿しているような稀有な者も居るのだが、その割合は非常に少ない。
そのため魔導書を複製する場合、最低でも下級貴族程度の魔力を持つ者が、その目で見て、手書きで写本する、といった作業が必須となるのだ。
この作業……わたしは本を読むことが大好きだし、全く苦にならないのだが、一般的には面倒で大変な作業とされている。
まぁ、わたしのような下級貴族だと、読んで書き写すだけでかなりの量の魔力を消耗してしまうから、他の事に魔力を使えなくなってしまうのも不人気な理由のひとつだ。
ただ、それよりもこの作業が下級貴族の間で倦厭されている最大の理由は、そんな高価な魔導書を借りるなんてもってのほかだから、持ち主のお屋敷や図書館等に出向いて作業しなければいけない点なのである。
「内職」に(?)が付くのはこのためだ。
これが、体面を重視する貴族にとっては、屈辱中の屈辱であるらしいのだ。
なんでも「○○の娘さんは、国営図書館で毎日魔導書の写本をなさっているんですって! 本当に勉強熱心でいらっしゃるのね」という言葉は「○○家では、写本のために国営図書館へ通わなければならない程お金に困っているんですって! はしたないことですこと」と、同義語だと義母様がよく文句を言っていたものである。
実際、魔導書複写の作業報酬はかなり高額。
もちろん報酬は実家の生活費に回される訳だが、それでもわたしとしては家の外にでかけることもできるし、報酬もおいしいし、貴重な魔導書も読める……と、いいことづくしの内職(?)だった訳だ。
まさかこんなところでも役に立つとは。
国営図書館に置いてある魔導書に記載されている内容なら諳んじているし、初歩的な部分であるならば、他人に教えることも可能だろう。
……書いてあったことをそのまま伝えるだけだし……。
「では、魔法文字……延いては魔力制御の基礎もお願いしたくは思いますが……」
おや?
と、そこまでは、凛とした様子を崩さなかったアークヴェル様が気まずそうに目をそらして、何やら言いよどむ。
「……弟は、その、少々……多少、いや、かなり魔力量が多いので……無理にとは言いません。」
んん? 「少々」を「かなり」に言い換えた……だと?
基本的に高位の貴族ほど魔力量は多くなる傾向があるので、公爵家の四男ともなれば、魔力量がわたしとは段違いに豊富なのは想像できるけれど……。
当主代行であるアークヴェル様が、直接わたしに注意を促すほどなのか。
まぁ、「マリク」ってお名前自体が、古代魔法語で「魔力」を意味する単語だもんね。
……直球すぎる名付けをしたら、その名のとおり育ってしまった、という事か。
「それと……」
アークヴェル様はまたしても少し言い淀んでから言葉をつづけた。
「……退職の希望や弟の事での困りごとは、直接私に伝えてください。ただ、弟の癇癪やわがままなどは私も対応できないので、そこはきちんと躾てやってもらえるとありがたいです。」
「はい。かしこまりました。」
最初に離職の話が出るあたり……どうやら、担当する四男様……かなりの曲者のようだ。
「家庭教師の自室は北宮になりますが、北宮に専属の使用人が居ませんので、食事等は中宮の使用人の食堂をいつでも利用していただいて構いません」
「えっ!?」
「いや……まぁ、その……北宮に住み込みで構わないという使用人がいないせいで、申し訳ないんですが」
「問題ございません! むしろ、いただけるだけ助かりますッ!!」
思わず食い気味に答えてしまった。
おおお!? 夢の一日三食生活!?
さらにアークヴェル様曰く「弟の体調次第では、料理人さんに療養食を作ってもらえるように依頼して欲しい」「わたしの為の食事は中宮の使用人に準ずる」「北宮については、どの部屋でも自由に使って構わない」「備品についても、北宮に置いてあるものは使い放題」とのこと。
身分の垣根を越えての気遣いまでできるとか……!
この男――神か?
「では、彼女を北宮に案内してやってください。」
「………………かしこまりました」
そんなアークヴェル様の言葉を何故か異様に間をあけて年配の使用人さんが了承する。
あれ? 何か顔色が悪いような?
「……パメリア様、こちらへ」
「は、はい!」
アークヴェル様の元から退出したわたしは、執事さんと思しきその使用人さんの後を追う。
「……この通用口を出て、道なりに進めば北宮の入り口です。中はご自由にお使いいただいて構いません。それでは、私はこれで。こちらをどうぞ」
じゃらり。
「あ、ありがとうございます……」
中宮の通用口付近で、彼はわたしに鍵の束を押し付けるように渡すと、そそくさと元の仕事場へ戻っていったのだった。
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