002:【side・ババアンナ】
部屋の窓から、とぼとぼと家を出ていく先妻の娘……パメリアの後ろ姿を見送ったババアンナはにんまりとほほを吊り上げた。
「ふぅ、あの邪魔な女が居なくなってせいせいしたわ!」
「あら、お母様、イヤミーナだって義姉様のあの不気味な顔を見なくて済むようになって嬉しいわ」
「まぁ、可愛いわたくしのイヤミーナ!」
ババアンナは愛おしそうに柔らかな金髪をふんわりとカールさせた気の強そうな少女の頭をなでた。
「今まで辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」
おそらく、その言葉を聞いた使用人たちは心の中で「いや、辛い思いをしていたのはあんたらじゃないから」とツッコミをかましていたに違いない。
「だって、義姉様ったら、あの気色悪い火傷のお顔を全然隠さず家じゅうを歩き回るんだもの! 気味悪いったら無かったわ!」
イヤミーナと呼ばれた少女は、ぷくっと頬を膨らませた。
「それに、亡くなった義父様も義父様よ!『女の子の顔なんて男にとってはボーナスポイントだ、首から下だけで100点満点だよ。首から上が付いていて、にっこり笑ってくれるだけでお前は充分以上に可愛い』だなんて、狂ったことを義姉様に言っていたのよ! 頭がおかしいわよ!」
「はぁ……まぁ、一応、お父様なりの気遣いだったのよ。醜くなってしまった娘への」
ババアンナは手にしていた扇子を苛立たし気にパチンと閉じた。
「だからと言って、そんな狂言を真に受けてわざわざ素顔を晒して生活する方もする方よ!義姉様には『恥じらい』というものが無いのかしら!?」
イヤミーナの言葉にババアンナも大きく頷く。
「ええ、本当だわ」
「イヤミーナ、あの気持ち悪い顔を見るの、嫌だったわ!」
「ごめんなさいね、イヤミーナ……気持ちの悪いモノを見せてしまって」
ババアンナの謝罪に、きょとんとした顔で首をかしげるイヤミーナ。
「あら、お母様のせいじゃないわ?義姉様は、イヤミーナ達の気持ちを全然分からないだけだもの」
「そうね。それとも、わたくしに対する当て付けのつもりだったのかしら? ホント嫌味な女だったこと!」
パメリアの顔の傷をつけてしまったのはババアンナである。
だが、彼女の中に罪悪感などというものは存在しない。
曰く、あれはあくまでも単なる不運。
当時は、子爵家に嫁いできたばかりで慣れないことだらけ。
まだ幼いイヤミーナにも手がかかる盛りだというのに、夫は仕事が忙しく構ってもくれない。
だから、ほんのちょっとだけ思い知らせてやるつもりで食事の前に”軽〜く”突飛ばしたら、”運悪く”食卓へ運ばれる途中だった熱々の油鍋をあの娘がひっくり返して頭から被ってしまったに過ぎない。
(まぁ、食卓で直接素揚げした料理を食べたいとリクエストしたのはワタクシだから……あの時、夫から怒鳴られたことに関しては、もう腹を立ててはいないわ。)
ババアンナは思わず扇子の腰をギュギュッと軋みそうなほど握りしめた。
(ワタクシが、この広い心で! 心無い夫の暴言を許しているというのに!)
それなのに、いつまでもネチネチと、ことあるごとにあの傷の事に文句を言う夫は心が狭い。
流石にあの顔で社交界などもってのほか! というワタクシの当然の主張すら、常識外れな夫に認めさせるのには時間がかかったのだ。
「ねぇ、お母様ぁ」
「どうしたの? イヤミーナ」
「せっかく義姉様がいなくなったんだから、イヤミーナに新しいドレスを買っても良いでしょ?」
キラキラとした笑顔の可愛い娘にワタクシは微笑みかけた。
「ええ、もちろんよ!」
「きゃ! ありがとう、お母様! もう、義姉様ったら、いつもケチケチのどケチだもの! 『買いすぎィ〜』とか『身の丈に合ったアクセサリーを〜』って! うるさいったらなかったわ!」
そうなのだ。
あの娘は態度が腹立たしいだけでは飽き足らず、いつもワタクシやイヤミーナの買い物にすら口を挟んでくるのだから、身の程知らずも極まっていると言っていいだろう。
挙句の果ては、夫の遺産を横取りしようとすらしてきたのだ。
法律が変わったから、ソーゾクゼーとやらが莫大だの何だの。ワタクシから金をむしり取ることだけには頭がまわる女である。
「イヤミーナのアクセサリーやドレスは、素敵な殿方との出会いのための投資なのにィ!」
「ええ。美しく着飾るのは大切なことよ、ワタクシの可愛いイヤミーナ。ちょうど、公爵家から『家庭教師』としての手付金もいただいたことですもの。」
「ふぅ〜ん? ……でもお母様、どうしてあんな義姉様なのに『公爵家の家庭教師』に採用なんてされたの?」
イヤミーナの顔には「自分ならば、あんな容姿の家庭教師は嫌だ」と書いてある。
ワタクシは実娘の当然の困惑顔をやさしく撫でながら答えた。
「いいのよ。どうせ持って半年程度ですもの」
「え〜?」
噂によると、あの娘が奉公に行く公爵家の末息子は、気難しい性格の上に余命いくばくもないのだとか。
仮にその子供が亡くなってしまえば、責任を取らされる大人が発生するのは、当然だ。
第一に、担当の『医者』か、子供の面倒を見ている『乳母』もしくは『家庭教師』となる使用人である。
『乳母』はすでにいないようだし、公爵家に仕えるような有能な医師を、手の施しようが無いほど虚弱すぎる子供のせいで処罰するのは忍びない……。
そんな場合のスケープゴートとするための使用人が必要となる。
……つまり、ここまで家格が釣り合わない家の娘が採用される、ということは、そういうための要員に過ぎないはずだ。
間違いなく『監督不生き届きによる過失』として処罰されるだろう。
この手付金にしては妙に高額な報酬は、いわば人身御供のための詫び料も含まれているに違いない。
「じゃぁ、義姉様はウチへすぐに戻ってきちゃうの?」
「そんなことはないわ。あんな面の皮の厚い娘が上手くやれっこないのよ。仮に、戻って来たとしても、あんな女にレイン家の敷居は跨がせないわ。」
「あはっ! それなら義姉様は戻ってこないわね! よかったぁ!」
「さ、それよりも今回は奮発しましょう!」
夫の遺産と、公爵家からの手付金でワタクシのお財布は潤っている。
早速、王都でも特に有力な方々の御用達となっているブランド店へ赴こう。
アクセサリーの『ヘルメス宝飾店』、鞄なら『ルイ・ヴァドン洋品店』だし、新しい靴も……
「あ、あの、奥様……!」
そう考えていたワタクシに使用人の一人が声をかけてきた。
「あら?どうしたの?」
「あの、玄関に国税庁のお役人とおっしゃる方がお見えです!」
「……は?」
淑女にはあるまじき間の抜けた声を出してしまった。
「後にしてちょうだい。これからお買い物に出なきゃいけないのよ」
「で、ですが、相続の件で大至急、奥様にお話ししなければならない重要なことがある、と……!」
面白い・続き読みたいと思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
イマイチと思ったら☆を2個か1個
押してね! 励みになります!!




