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001:家庭教師、はじめました!

 ガタゴト。

 

 揺れる乗合馬車の中でわたしは小さくため息をついた。

 公爵家の家庭教師なんて……本当にわたしに務まるのかなぁ?

 実家の使用人の皆からは「鋼メンタル」と評判のわたしだが、不安や心配の気持ちが一切発生しない……と言うわけではない。

 わたしは胸元のポケットから、ババアンナ義母様(おかあさま)に貰った紹介状を今一度そっと開いてみた。

 

 子爵家(ウチ)では冠婚葬祭でしか使わないような上質な白い紙にしっかりと「採用」という文字が刻まれている。

 何度も読んで、ほとんどそらんずることすらできるようになった文面。それを、もう一度、真剣に、力を込めて目を通した。


『採用』

 レイン子爵家・長女パメリア嬢。


 エーフェ公爵家四男の家庭教師として採用します。

 勇王歴2026年4月1日より千年王都郊外エーフェ公爵領別邸『中宮』へお越しください。

 勤務の詳細についてはその際にご説明いたしますが、今後『北宮』での住み込みとなりますことをご了承ください。


 エーフェ公爵代行:アークヴェル・エーフェ。


 うん。

 全力で魔力を通して通知文を読んでも一言一句、変化はない。

 稀に上級貴族からの文には、瞳に魔力を込めて読み取らないと読む事すらできない魔法文字が使われていることもあるのだが、この採用通知にはそんな細工はされていないようだ。


 やはり、何かの間違いではない。本当に、リアルに、大真面目に採用されている。

 あああああ……。


 わたしは思わず頭を抱えそうになりながらも、採用通知に傷をつけるわけにはいかず、丁寧に折りたたみポケットに戻す。


「あ」


 だが、そのタイミングで天を仰ぎすぎたせいか、頭の上に乗せていた帽子をスルリと床へ落としてしまった。


「よう、お嬢さん! こんな乗合馬車に年若い女一人ってのは不用心……って、うわっ!? なんだ? その顔?!」


 帽子を拾ってくれた向かいの席の男性が、思わずわたしの顔面を見て目を丸めた。


「へ? あ、これは昔の火傷痕なので……」


「や、火傷!? じゃ、こっちに感染(うつ)ったりは……?」


「ああっ!? 大丈夫です! 病気ではありませんので、感染はいたしません!」


 わたしは、焦って大きく首を横に振った。

 数年前にとある隣国で高熱と同時に体中に黒い痣が出来る病が流行していたことを失念していた。

 

「そ、そうか……すまなかったな。ま、まぁ、その……ほ、ほら帽子……落としたぜ」


「あ、ありがとうございます!」


 ぽふっ、と傷を覆うように帽子を戻してくれた男性は、気まずそうに、手にしていた『毎日瓦版』を広げると、わたしと視線を合わせないよう、その記事をのぞき込んでいる。


「うわっ、見たか? あの傷」「気味が悪いわ……」「あの痕さえなきゃ、そこそこ上玉なのに惜しいぜ」「顔の一部が変色していて怖〜い」「ホントに変な病気じゃないのかい!?」


 耳をそばだてなくとも、他の乗客のひそひそ、とささやく噂話がわたしの耳に飛び込んできた。


 どうやら、わたしの顔面の火傷痕はかなりひどいように見えるらしい。


 確かに、左の額から瞼、頬にかけて赤黒く変色しており、あまりマジマジと見たいものではないものなのだろう。

 ただ、幸い左目の視力には影響が無い。もちろん、すでに痛みも治まっているので、日常生活の支障はゼロだ。


 世間一般の評判はよろしくないのだが、個人的には、この傷痕……


――結構、気に入っている。


 一部の方からは「正気か?」と問われかねないのだが、実はこの傷痕、わたしの“推し”とほぼ同じなのだ。

 推しというのは、愛読書でもある冒険物語……『勇者伝説』の登場人物である。

その中に、顔に痣のある賢者様が居らっしゃるのだ!

 英雄である勇者様に匹敵する実力を持ち、勇者様の親友兼懐刀。

 お顔の傷痕の事で辛い思いもするんだけど、勇者様や理解ある友人に恵まれ、『半顔の魔導士』としての武名を轟かし、敵国には大いに恐れられたようなのだ。

その傷痕すら自らの武器に変える程の強メンタル!


 ……す、素敵すぎる……っ!

 しかもこの物語、完全な空想物語ではなく、数百年前の実話が基になっている。


 そんな賢者様とおそろい(に近い)痣……となると、そりゃ、乙女としてテンションも上がるというもの!

 ……と、いう個人的な「萌え」とは違い、世間的には女の顔に痣が有れば、風当たりが冷たい事になるのは重々承知している。

 それ故……いくら不人気職とは言え、この顔でよく「上級貴族の家庭教師」として採用されたものだ、と我ながら首を傾げてしまったのだ。


 募集の際にわたしの姿絵を送っているはずなのだが……?

 公爵家ほどの上級貴族だと、物語の勇者様みたいに、そういう見た目での偏見は無いのかしら?

 それとも……。


 わたしは「世の中はそんなに甘くない」という事実を頭の片隅に置いて「家庭教師」の仕事に想いを馳せた。

 ……うん。多分、これからする想像のほうが正解なのだろう。


 まず、この国では、下級貴族の子女にとって「上級貴族の家庭教師」ほど「キツイ・ツライ・キビシイ」と言われている職業はない。


 なぜならば、このご時世、貴族の子弟教育といえば王立の騎士道学園や魔道学院がごく普通に運営されており、各学校の教育内容も優れていることで有名だからだ。


 ……にもかかわらず、専属の『家庭教師』を必要とする、ということは……。

 言い換えれば、教育対象となるお子様は大人しく椅子に座って人の話を聞くことすらできないような問題児である可能性が高いのだ。


第一、エーフェ公爵家と言えば、この国でも名門中の名門! 

四大公爵家『筆頭』と呼んでも差し支えないくらいには名家である。


 確か、皇王家からも妻として姫君を降下されているようなお家柄だったと記憶している。

 一応、同じ王国貴族ではあるのだが、貴族の末端であるウチの貧乏子爵家とは太陽とケシ粒ほども家格に差があるのだ。

 かなりの不人気職ではある『家庭教師』といえども、正直、わたしの家のような下級貴族にまでお鉢が回ってくる事は、通常ではありえないと言っていいだろう。


 それこそ、エーフェ公爵家には後宮が複数あって、キングス・サーモンの産卵並に、ポコポコお子様がお生まれになっている……というならまだしも。

 お相手は「四男」様である。

……「四百男」ではないのだ。


 これはもう、問題児of問題児で手が付けられないレベルの可能性に、わたしは白目を剥きそうになってしまう。


そんなとき、ふと、馬車の向かいで『毎日瓦版』を読んでいる男性が手にしている記事の見出しが目に留まった。


『エーフェ公爵別邸・幽霊屋敷の怪! 喰い殺された使用人は17人!! 密室監禁強姦の果ての謎の悪霊!!』


「…………。」


 ……エーフェ公爵別邸って……これからわたしが向かうところ……だよね……?

思わず、ひくり、と頬が痙攣してしまう。


 い、いや! だが、前向きに考えよう! 推しの賢者様のように!!


 そもそも、「毎日瓦版」は、信ぴょう性の薄いゴシップ記事がメイン! 

人探しだとか、訃報のお知らせ、店舗割引のような一般庶民が普通に使える情報も載っているが、記事の一部は、噂や、もっと娯楽に寄った刺激的で適当なことを「さも調査しました」の体で載せていることの方が圧倒的に多い。特にそれは上級貴族が対象であればあるほど顕著。


 そう! 適当な情報に踊らされて逃げ腰になるのは、賢いとは言えない!


前向きに考えれば、わたしにとっては「家庭教師」は適職である可能性もしっかりと存在している!


 まず、『家庭教師職』が不人気な理由は、その子の問題行動を正せないと八つ当たりじみた体罰が有る事もザラという点だ。

 だが、わたしの場合は、元々、実家での扱いが悪い。特に体罰に関しては相当耐性がある方だからあまり問題は無いだろう。

 使用人の皆の間でも「パメリアお嬢様は超ドМ」と評判だったのだ。


 なお「ドМ」とはウチの使用人の間では、体罰や痛みに対して耐性が強い人につく称号として使われているらしい。他にこの称号で呼ばれている人は居なかったから、わたしの耐性はかなりのものである可能性が高い。


 次に不人気な理由、上級使用人とも下級使用人とも微妙に異なり『家』の中で孤立しやすい立ち位置だ。


 しかし! わたしの場合、実家でもかなり孤立していたのだから、孤立に関してはプロフェッショナルと言える。

 お一人様として、他の追随を許さないほど成長した「妄想力」!

 妄想の中でなら、わたしは一瞬で賢者様にもなれるし、勇者様にだってなれるのだ!

 そして、些細な幸せを噛みしめて、噛みしめて、噛みしめる。さらに、味がしなくなってからのもう一噛みこそが、楽しく生活するコツである。

 そう考えると、この条件も大きな懸案事項ではないはずだ。


 極めつけに嫌われている理由は、基本給が紹介者である実家に振り込まれるため、個人が自由に使えるお金や時間が無い……という点だ。

 だが、冷静に考えるのだ、わたし。

 そもそも、わたしに、自由になるお金や時間があっただろうか!? いや、無い!

 この17年の人生においてわたしが蓄えることのできたヘソクリは銀貨3枚! もちろんこれは懐のポケットの奥に大切にしまってある。

 つまり、今までと変わりがないと思えば何てことはないのだ。

 むしろ、義母様たちのお小言が無い分、快適とすら言える可能性すらあるのだ!

 正直、この家庭教師の話……断固拒否して実家に残ろうと思えば残れたはずだ。だけど、あのまま義母様の元で働くよりも、楽しそうだな……と思ってしまったのも事実!


 そう考えると、わたしはきっと向いている!


となると、やはり、最大にして唯一の懸案事項は、その四男君と上手くやれるか? に尽きる訳である。


 こればっかりはなぁ、気が合う・合わないは人次第だし……せめて、意思疎通ができれば良いなぁ……!

 あと、わたしの顔に嫌悪感が無い子だとありがたいんだけど……。

 流石に、小さな子供に怯えられて泣かれたら、わたしだって少しは落ち込む。

 

 いやいや、そんな。会ってみなければわからない事をうじうじ考えても仕方がない!!

 亡くなったお父様、お母様、神様、仏様、聖霊様! どうか見守ってください!

 わたし、がんばります……っ!


 しかし、この時、わたしは知らなかったのだ。

 これから向かう屋敷が、本当に「幽霊屋敷」と呼ばれていることを。


ほぼ完結まで作成済なので、さくさく投稿いたします!

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