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049:楽しい!お買い物

 

「うふふふふ~~ん♪」


 わたしは初任給を握り締め、一人、町へとやって来ていた。

 オズヌさんが着任するのは来週以降らしいので、わたしにとっては、少しだけ時間が空いた形なのだ。


 なお、マリク様はというと、今は、なるべく身体を動かす事が、筋力アップにも、体力づくりにも大切!

 ……と、好きなだけエリスちゃんと遊んでいただいたところ、二人で大いにはしゃぎまわってくれたのは良かったものの、汗をかいたままバタンキューとお昼寝をしてしまったため、身体を冷やしてしまったようで、現在……風邪の療養中である。


 雨女神月(つゆ)の時期とはいえ、天気が良ければ半袖でも十分な気温だし、お昼寝だったので油断してしまった……。


 魔力多可症はかなり改善し、体力も付いてきている……とはいえ、やはり虚弱体質の枠からの脱出には、もうしばらくかかりそうである。


 そんなマリク様の看病は、エリスちゃんが担当してくれている。


「先生、少し休んだらどうだべ? ……この前はおらが先に休ませてもらっちまったし、マリクも寝ちゃってるし、お屋敷の掃除は、できるところは済んでるし、上の工事が終わらねぇと他にやることも無ぇべ?」


「良いんですか? 実は、お給料が入ったので、以前破れてしまった服の継ぎ当て用の端切れが欲しいんですよね……できれば、新しい靴も……」


「ああ、だったら、おらがマリクの所は見てっから、先生、お出かけしてくるとええべ! 今日なら、夕方までは晴れてるみてぇだし……!」


 との言葉に思いっきり甘えた形である。


 そして……そして、今回のお買い物は、過去に類を見ない富を!

 わたし史上最大級のお金様を有しているのである!!


 うっふふふ~♪


 いやぁ、水たまりを飛び越える足取りも軽いわ。

 しかし、金貨145枚なんて……わたしが一か月みっちり『写本』に明け暮れたとしても、金貨50枚と銀貨6枚が最高記録だったのだ。


 ……ま、それは全部実家の納税資金と使用人の皆様の給与に消えたけど……


 ちなみに、一般庶民が一人でひと月「何とか暮らしていける額」と言えば、金貨2枚が相場。

 ……今はちょっと……結構、物価が高くなりつつあるから、金貨3枚くらいはあった方が良いかもしれないけど……


 それが145枚も!!


 確かに、これだけあれば、侍女さんが仕立屋さんで1着金貨50枚はくだらない新しいドレスを仕立てる事も可能な訳だわ。


 ……流石にそんな贅沢を覚えてしまったら、今後が怖すぎるからやらないけれども……


 だけど! 銀貨2~3枚で購入できる中古ドレスや、冒険者さん御用達の革靴なら、崖上(シミーズ)の舞台から飛び降りる気持ちで購入するのもアリかもしれない……!


 いやぁぁぁん!

 ……そんな視線で町に並ぶ商品を見た記憶が無いから、もう、何もかもがわたしに向かって「買って、買って」と語りかけているように見えてしまうわ~……!


「お嬢様、こちらです。お財布(わたし)、軽くて丈夫なグレー・ブル皮ですので10年は現役で活躍できますよ?」「緑のドレス(わたくし)を試着してみませんか? 中古とはいえ、まだまだ十分綺麗でしょう? 麻の布は安くて着心地も抜群ですよ! これからの暑い季節に……! 是非!!」「いえいえ、やはりここはこの俺、オーク皮の革靴でしょう? 冒険者御用達! 雨にも雪にも強く、最初は少し硬いですけれど、履き続けると、どんどんお嬢さんの足に馴染みますよ、俺は!」「ダメダメ! 贅沢を覚えるとキリがないよ、お嬢さん! まずは端切れ(アタイ)を確保してから、他を見て回るってもんだろ?! ほ~ら、何にでも使いやすいホワイト系が木綿、麻、羊毛だけじゃなく、ダンジョン産シルク・スパイダーの布まで1枚入った10枚セットで銀貨1枚ポッキリさ! 全部の穴を繕ったって、まだまだ余裕のある量だろ?」


 ああああああ!

 ……魅惑の商品さん達のお声が聞こえるみたいな気分~!


 こ、これは楽しい。

 義母様達がお買い物好きな理由が少しだけ理解できてしまった気がする。


「あれ~? これは、これは! 顔面魔法陣のお嬢さんじゃないですか!」


 わたしが端切れセットと革靴を購入し、中古ドレスを吟味していた時に、明るい声をかけられた。


「あら? 情報組合のカインさん?」


 見れば、鮮やかな緋色の少し癖のある髪を一つに結び、黒ぶち眼鏡をかけた青年が、何故かワインの瓶を握り締めて立っていた。

 肩から下げている鞄からも瓶の頭が飛び出しているから、おそらく、いくつもワインを購入したのだろう。


「あっしの事を覚えていてくださったんですか?」


「ええ、もちろん!……あの、原稿は間に合いましたか?」


 その質問に、カインさんは明らかに動揺した様子で視線を斜め上にさ迷わせた。


「あ~……あはは、まぁ、一応、なんとか……あっし、考えるのや調べるのは得意なんですけど、それを短くまとめて原稿にするのはどうにも苦手で……たはは~」


 あー……確かに。


 カインさんの話って、推察も的確だし理路整然としているから、聞けば面白いし、内容にも納得はできるんだけど……ちょっと長いのよね。


 多分、調べた事の全部と、そこから推察できる可能性の全てを載せたくなっちゃうタイプなんだろうなぁ。


「今日は……フィリア様は?」


「フィリアちゃんなら、数日前にセレス様達と一緒に学園に戻られましたわ。きっと今頃は、『深夜迷宮』の攻略を始めているかと」


「えっ!? 『深夜迷宮』……直接、潜られるんですか? セレス様ご自身が?」


「ええ。そのようですよ」


 ちなみに、この迷宮……わたしも昔、一度コッソリ潜ってみようとした事がある。

 ただ、流石に


「冒険者でもなんでもない小娘が単身で入れるような場所ではない!」


 と門番さんにめちゃくちゃ叱られてしまったけど……


「あの、どうせなら、少しお話をさせていただいても?」


「え? でも、カインさん……そのお酒をどこかに届けるご予定なのでは?」


「あぁ、違いますよ! こいつぁ、情報収集のためのエサみたいなモンですよ! 貴族の皆様は、まずワインが無いと話にならないっておっしゃる方も多いもので」


「えっ!?……でも、これ、結構お高いワインですよね?」


「いや、1本銀貨7枚程度ですよ?」


 1本でわたしの今日のお買い物総額を超えてきたァァァッ!!


 だが、衝撃を受けるわたしをよそに、一旦手にしていたワインを鞄に仕舞って、その荷物を降ろすと、いつものメモ帳と魔道筆を取り出したカインさんは少しいたずらっ子のような明るい笑みで話し始めた。


「ちょうど、この辺りの価格帯って、上級貴族の皆さんは購入しないじゃないですか?」


「え? ええ、まぁ……それは」


 ……確かに。


 わたし達、庶民にとって銀貨7枚は、ワイン1本にかける金額としては破格だが……

 年に数回の贅沢として手が出ない程の額ではない。


 逆に、上流階級の晩餐会だと1本金貨1枚からでないとワインと認められない、みたいな風潮がある……と言う話は聞いた事がある。


「でも、この辺りの価格帯って、探せば品質や味は金貨10枚級のワインとさほど変わらないような高クオリティな年の品も混在してるんですよ。ただ、蔵元が新参だったり、年毎の味にバラつきが大きかったり、ちょっと調査が必要なワインが多いんです。……だから、そういう品の中で、おすすめの品質になっているヤツをワイン好きの方……特に高位貴族に使える執事さんとか料理長さんなんかにご紹介すると、案外喜ばれるんですよね」


「まぁ! ……ふふ、でも、確かにそれは喜ばれそうですね」


 わたしが貧乏舌だからなのか、流石に五流(ジャンク)と一流の味の差は分かるけれども、一流と超一流の差って正直分からないもんなぁ。


 ……一流以上は、どれもおいしいです……


「それに、そういう方々と人脈を築けば質の良い情報も集まりますからね! 経費としてカーティア先輩にねじ込んで貰えるって寸法ですよ!」


 あはは~、と軽いノリで笑うカインさんだが、それは、別の意味で大丈夫なのかな……?

 わたしは、あの美人なお姉さんが鬼の形相で迫って来た時の事を思い出してしまった。


 この投資(ワイン)が、取らぬドラゴンの皮算用にならない事を祈ろう……。


「それよりも、何故、公爵家の血筋の御曹司がわざわざそんな危険な迷宮へ? こういったタイプの補償の場合、普通は冒険者ギルドへ特別依頼……要は、大貴族様が攻略推進にお金を出すことで、庶民に富を還元させる役割もあるんじゃないんですか?」


「ええ。そちらはアークヴェル様が手配されているみたいです。ただ、セレス様は個人的に地下50階より下で手に入るアイテムを探していらっしゃるみたいですよ」


「……なるほど、地下50階……」


 凄く真剣そうな表情でメモを書き出すカインさん。


「確か『深夜迷宮』って入場制限がありましたよね?」


「ええ、正式に冒険者として、ある程度の実力が無いと入ることすらできませんよ。……昔、お弁当売りのフリをしてコッソリ入ろうとしたら怒られちゃいました」


「へ!?」


 以前、冒険者さんから「ダンジョンに入ると毎回保存食ばかりで飽きる」という愚痴を聞いていたので、お弁当の配達員としてなら入れてもらえるかも? と考えたのだが、そういうものではなかったのだ。


「だから、カインさんも情報のためとはいえ、コッソリ入ろうとすると怒られちゃいますよ?」


「あはははは! 面白い事を考えるお嬢さんですね~。でも、そんな迷宮に潜れるなんて……セレス様はあっしの調べよりも冒険者としての実力が有りそうですね。……まだ、14歳なのに……」


 成人前であるにも関わらず、危険なダンジョンへ潜る事には少し抵抗があるのか、一瞬顔を曇らせたカインさんだが、さすが、と言った様子で肩を竦めた。


「やっぱり、高位貴族の方は格が違いますね。……それに、アークヴェル様も思い切った事をされましたよね? ご存じです? 『ゲドーダ卿のリスト』の件」


 アークヴェル様があちらの別荘にいらっしゃる内に発表した声明の件だ。


 わたしは詳しくは知らないが、それを公表したことで、マリク様のように道具として扱われる予定の子供たちが助かる、という話だったと思う。


「もう、あのリストの件で王宮では大騒ぎですよ! まさか、あんな大胆なカードを切って来るとは……てっきりアークヴェル様はもっと保守的な方かと思っていましたよ」


「保守的、ですか?」


「ええ、次期公爵としては中央の政治にはあまり口を出さず、おそらく御父上であるアルベルト公爵の指示に従って無難に領地経営をされていた印象だったので……あんなに多くの王宮貴族に敵を作るような情報を公にするタイプだとは……少し、意外です」


 アークヴェル様の性格なら、道具にされる子供がいる、と言う情報を聞いたら、そりゃ、それを防ぐために公表するだろうなァ……とは思うのだが……

 身内の贔屓目なのかしら?


「ただ……」


 カインさんは、くいっと眼鏡を正すと


「そんな情報を握っていたのなら、もっと早く公表していれば……第一夫人ヤンデルーナ様の凶行を止められたのでは? とも思いますけどね。ま、それは結果論かもしれませんけど」


 多分、アークヴェル様がそのリストの情報を知っていたとしたら、もう少しお母様たちとの話し合いを早めていそうだから……

 きっと、その存在を知ったのは、マリク様の暴走と同時か、それ以降なんだろうなぁ、とは思うんだけど……


「仮に、その情報を得たのが凶行後だとしたら、こんな白か黒かはっきりさせなければいけないやり方は、政治家としてはまだまだ一流とは言えないと思いますし……」


「そうなんですか?」


「この国の場合、一番賢明なのは『上にチクる』ことだと思うんですよね。もちろん、人道的な部分の救助と出所を公表しない事を条件に『リスト』を皇家に丸ごと献上してしまえば、エーフェ公爵家は無駄に敵を作る必要も無いですし、上の権力も強まりますし、救助を条件として受け渡している以上、人道面の配慮もされるハズですから」


 ……と、なかなか辛辣ながらも、政治面では、かなり三方良しに収まりそうなお考えを教えてくださったのだった。


 ……この人、新聞記者よりも参謀とか軍師の方が向いてるんじゃないかな……?


「まぁ、部外者のあっしが、そうは考えたところで……実際にその立場になると、他にも他言できないような情報もあるでしょうから、そう簡単にはいかないのかもしれませんけどね。……あははは」


 カラーン、コローン、カラーン……


 その時、午後の鐘の音が響いて来た。


「……って、さすがに昼食の買い出しでこれ以上遅れたら先輩に怒られちゃうっスね! それではお嬢さん、失礼いたします!」


 時間を思い出したのか、大荷物を抱え直して、そそくさと情報ギルドの方へ駆けてゆくカインさん。


 わたしはこれが昼食の買い出しだとしたら、戻ったら多分、絶対、あの美人先輩に怒られているんだろうな……と、思いながら、ランチタイムが終わりそうな屋台で、何とかギリギリ、無事にランチセットを購入できたのだった。



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