048:家庭教師、終わりました!・【sideババアンナ】③
「おかえりなさいませ! アークヴェル様! セレス様!」
わたし達から遅れる事数日、ついに、別荘の『後片付け』を終えたアークヴェル様とセレス様が別邸の方に戻って見えられた。
「……ありがとうございます、パメリア殿」
アークヴェル様の、この見る者の心をほっこりさせる、はにかんだ微笑みが、またこちらでも見られるようになって何よりである。
……中宮の執事さんとメイド長さん、げっそりしたままだもんなぁ……
「ふん。……じゃあ、アークヴェル兄さん。僕たちは一旦学園に戻って『深夜迷宮』攻略準備を進めるから」
「セレス様……ようやく戻って来たのに、もう行ってしまわれるんですか?」
「ふん! 当たり前だ! 僕は、あの……弟みたいに、のんびりしていられないんだよ!」
お? セレス様、マリク様の事を『出来損ない』と呼ぶのは止めたのね。なかなか良い傾向である。
「セレス……私の方で冒険者ギルドには特別依頼を出しておくから、無理はするなよ?」
「もちろん!」
さも当然、とばかりに頷くセレス様。
「セレス様、マリク様とはお話しされなくて良いんですか? 一日くらいゆっくりされても……」
「べ、別に……あいつと話す事なんて無い! 第一、もうすぐ雨女神月が始まるんだぞ? ここから深夜迷宮までは馬車でも1日半はかかるんだ」
セレス様が雨の中の長距離移動はごめんだ、とばかりに首を振った。
「それに、深夜迷宮の地下50階より下ならエリクサーや魔剣がみつかる可能性があるんだぞ? ダンジョンで見つけた品は、あくまでも個人の財産になる事を知らないのか?」
いや、流石にそれは知っていますけれども……
もしかして、セレス様……魔剣とか、エリクサーが欲しいのかな?
エクゥさんの剣を見て、お兄ちゃんとしてのプライドが刺激されたとか??
「セレス、クロードにはすでに依頼済だ。ダンジョンに向かう前にはヘルメス装飾店に寄ってくれ」
「うん、ありがと」
セレス様は少し照れたように言い捨てると、さっさと西宮の方へ足を向けてしまった。
これでしばらくは、中宮の食堂で、あの特徴的なバカ騒ぎ……ではなく、元気な声が聞こえなくなってしまうと思うと少し寂しい気もする。
そんなセレス様の背中を見送って、アークヴェル様が少し真剣な顔でわたしに向き直った。
「実は、パメリア殿にはお話ししておかねばならない事があります」
「はい、どのような事でしょう?」
どうやら、マリク様が皇族入りを断った件については、アークヴェル様や公爵様だけでなく、王宮側にも早急に伝わったらしく、王宮側からの新たな家庭教師受け入れが確定したようなのだ。
「マリクの新たな『家庭教師』として、宮廷魔導士であるオズヌ・エンノ殿を迎え入れる事が決定いたしました」
「えっ!? あのオズヌさんですか!?」
マリク様のもう一人の家庭教師がオズヌさん!?
「オズヌ殿をご存じですか?」
「は、はい。別荘の方でわたし達の事情聴取をしていただいたのも、マリク様に皇族入りの意思確認をしていただいたのも、オズヌさん……と、グモーヤンさん、とおっしゃるお二人でした」
「彼は、生粋の貴族ではなく元々冒険者からの転職者とのことですので、多少破天荒なところはあるようですが、人格的には信頼のおける人物です」
そうか……あのオズヌさんが……!
確かに、オズヌさんなら、マリク様とも良い関係が築けるはずだ。エリスちゃんの事を無下に扱ったりしないと思える所もポイントが高い。
「ただ……」
アークヴェル様がなにやら言い淀む。
えっ? 何だろう……嫌な予感がするな……
まさか、あのグモーヤンさんもおまけで付いてくるとか?
「王宮側が、マリクに複数の『家庭教師』が居る状態を快く思っていないらしく……大変申し訳ないのですが、パメリア殿については、一旦、マリクの『家庭教師』を解任させていただきたく思います」
「えっ!?」
そっちの方向!?
も、もしや、わたし、解雇って事?
いや、まぁ、王宮サイドから圧力、なんて言われたら、頷くしか無いですけれども……!
「そして、弟の『侍女』として、改めて雇用させてください」
「んん!?」
恐らく、アークヴェル様の話を聞きながら、わたしは一人百面相をしていたのだろう。
少し苦笑しながら「つまり、肩書が変わるだけで、実際の仕事内容には何も変化がありません」と説明してくれた。
なるほど! それなら一応、王宮側の指示も飲んだ事になるし、わたしは引き続きマリク様の侍女の肩書で家庭教師を続けられる、という訳か!
「ええ、それでしたら、何も問題はございませんわ!」
「では、今月からは、侍女としての給与をお渡ししますね」
じゃしり……
「へ?」
突如、アークヴェル様から手渡された布の袋には、何やらじゃらじゃらした物が詰まっており、結構な重さになっている。
「『家庭教師』職は、紹介元であるご実家へ給与をお送りするのが常ですが、『侍女』は、ご本人に渡すのが通例です。……役職柄、ご自身の身の回りの支度等にもある程度は金銭を使わなければならないですからね」
えっ! えっ!? えええええええええええっ!?!?
ふ、ふおおおおおおおおおおお!?
お、お、おちんぎん……!! まさか……! わたしが手にする事になるなんて思いもしなかった、あの、まぼろしの、お賃金と言うヤツですか!?
「金額については……エリス殿とほぼ同額で申し訳ないのですが、最初の支給額は爵位によって大枠が決められており……あ、あの? パメリア、殿?」
こ、この重さ……!
手が……手が……! 興奮で手の震えが止まらない。
仮に、中身が全部銅貨だとしても、わたしのヘソクリさんを遥かに上回る金額であることは疑う余地が無い……!
こ、これだけあれば……!
破れた下着を縫い合わせてニコイチにして、擦り切れるまで使い潰さなくても!
靴が壊れた時に、靴底をそこら辺の木材から削り出さなくても!
お金様のお力をもってすれば、町で購入するという贅沢ができるじゃないですか!!
端切れだって買い放題ッッ!! さらには、夢の『老後に向けた貯金』だってし放題!!
おおおおおおお……!! アークヴェル様のご尊顔が銭神様に見える……ッ!!
「……あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「えっと、あの、どうして私を拝むんですか? 中身は金貨145枚ですので、後ほどご確認ください。」
「きんッ……!?」
は、ははぁ~……! __|\〇_
「パメリア殿!? どうして突然、床に額づくんです!? パメリア殿っ!?」
【sideババアンナ】
「あの娘が『家庭教師』を解任!? しかも『侍女』として再雇用ですって!?」
公爵家から届けられた手紙にはあの女の雇用形態が変わったことが書かれていた。
「あ、あの娘の給料は!? そんな!? こっちは、それを当てにして借金をしているのに!?」
「お母様ぁぁぁぁ!! せ、セバスチャンが、こんな書置きを……!!」
その時、わたくしの可愛いイヤミーナが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「……なんですの? えーと……『先月と今月の給与分が未精算のため、この屋敷に残った財産は全て現金化させていただき、使用人一同の給与として補填しました。併せて、本日をもって一同退職させていただきます。使用人代表:セバスチャン』ですって!?」
屋敷に残った財産を全て現金化!?
「お母様、どういう事なの!? 家に帰ったら誰も居ないし、今、身につけている物以外、ほとんど何も残ってないのよ!」
「きいぃぃぃぃえええぇぇぇあああああああああっっ!!」
わたくしは、書置きをビリビリに引き裂いた。
だが、がらんどうの屋敷に響いた声は、ただ、虚しくこだまするだけだった。
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