047:【sideアークヴェル】⑦
【sideアークヴェル】
「……マリクは、皇族にはならないそうですよ」
「…………ふぅ。……そうか」
セレスの言葉に、父上は何か重い荷物を持ち続ける事を義務付けられているような、苦いため息を一つ付いてから、小さく頷いた。
「先刻、僕のパーティーメンバーから【遠念話】が届きました。もうすでに、正式に宮廷魔導士との謁見も済んでいるようです」
「……本音を言えば、皇族になってくれた方が楽だったが……仕方、あるまい」
その言葉に、セレスが明らかにムッとした表情をしたのだが、私は父の言いたい事が……分からない訳ではない。
恐らく、あの子を皇家に渡さないことで、皇家から、敵対……とまでは行かずとも目を付けられる事は確実。
マリクは……あれだけ上質な龍魔石を毎日いくつも生み出せるほどの魔力量なのだ。それだけで、エーフェ公爵家は生きた金鉱山を得たようなもの。
今後、間違いなく……恭順の意を示すための無理難題を押し付けられる事が目に見えている。
だが……
「父上……政治家としての言葉だけでは、セレスが誤解します」
「む……」
父上は、私の言葉を聞くと不機嫌そうに鼻に皺を寄せた。だが、すぐに小さく首を振るとセレスの顔を見つめて「そうか」と頷いた。
「……ヤンデルーナ様の妄執を増長させてしまった責任は、ワシにもある。……あれ……いや、マリクにも、お前たちにも迷惑をかけた……すまなかった……」
「「!?」」
小さく頭を下げた父の様子に、思わず私とセレスは目を見合わせてしまった。
『公爵家当主が首を垂れるのは皇家のみ』『気高くあれ』と普段から口が酸っぱくなるほど言っていた、あの父上が……!
「……至急、わしの方で家系図の修正作業を貴族庁に申請しておく」
「わ、わかりました。お願いします、父上」
「……それに伴い、ヤンデルーナ様の沙汰だが……」
父上は、母上の名を出すと、少し言い淀んだように一旦口を閉ざした。
だが、それもさほど長い時間ではない。
「……もう少し、空気の良い北方で療養していただく必要があると考えている。……ここは、王宮にも、皇家にも……近すぎる」
中央から遠く離れた北方で療養……と、言えば聞こえが良いが、実際は、外出は愚か外部からの「お見舞い」も厳しく制限され、ごく少数の身の回りの世話をする使用人以外は母上と会うことすら許されない、事実上の『蟄居・幽閉』に近い処置である。
「本来は、『魔力封じ』の枷をつけるのだが……幸か不幸か、それも不要のようだから、対外的には『療養』で押し通せるだろう」
母上は……私の魔力量の少なさを嘆いて、あの凶行に走った事を思うと……なんともやるせないのだが……だが、母上の高貴な血筋を思えば、このままこの地に留め置く事の方が残酷なような気がしなくもない。
「……せめて母上の好きな温泉の出る地を療養の場としてお考えください」
「……善処しよう」
「しかし、その処置で王宮側が納得しますか?」
セレスが、僅かに納得しかねる、と言う様子で口を尖らせた。
「……せざるを得まい」
そう言いながら、父上は私とセレスの前に一冊の本……というよりも、メモ帳のようなものを置いた。
「これは?」
「ゲドーダ殿の顧客リストだ」
顧客リスト!?
何故そんなものが?
「……ゲドーダ殿は……この別荘の一室に事務所を構えていたようだ」
「!?」
事務所、とはいってもそんな大々的なものではなく、あくまでも別荘の一室を母上がゲドーダ殿の作業部屋として貸し出していたのだそうだ。
父上は母上の行動を黙認していたのだから、もしかしたら、父上もゲドーダ殿の事務所の存在を知っていたのかもしれない。
だから、警備部に押収される前に、このリストを回収できた可能性が高い。
「……これをどうするかは、アークヴェル……お前が決めろ」
!?
「……中を見ても?」
「好きにしろ」
中を開くと、そこには、四大公爵家を始めとする名だたる貴族家が名を連ねている。
特に大物は、元老院にも名を連ねているシャンナ公爵、軍部に絶大な支持を持つベーサー辺境伯、先代に法衣貴族となった元皇族など……
当家とはライバル関係に当たる家から、逆に当家に仕えているメイド長の実家であるマーキス侯爵家のような……友好関係にあたる貴族家も含まれている。
その比率は……ほぼ半々、と言ったところだろう。
「……あの、アークヴェル兄さん、僕にも見せてもらっていい?」
「ああ。……ざっと確認したところでは、セレスのパーティーメンバーの実家は記されていないようだけど……自分の目で確認すると良い」
メモ帳をセレスに渡すと、順番に指折りリストをチェックしたセレスが、本当に仲間たちの実家の名前が無い事を確認したのだろう。
小さく、ほっと息を吐いた様子が見て取れた。
どうやら人工魔石を作るにあたり、マリクのような……あそこまで綿密且つ長期計画で魔石化を進めておかなければならない子供は、他にはいないようだが……それでも、幾人かは今現在も事前準備を実行中であることが見て取れる記述が散見している。
……このリスト、どうするべきか……
仮に、このリストを全面的に公開した場合、「材料」とされるはずの子供たちの保護が緊急で成されるのは間違いないだろう。人道的に、正しい処置と言える。
だが、その反面、王宮貴族には激震が走るのは確実。
例えどんな詭弁を使ったとしても、人の……子供の命を道具にするなんて、「聖皇国人民法」を真っ向から否定する行為なのだ。
当然、このリストにある貴族家は臨時増税の受け入れ、徴兵、公共事業の肩代わりなど……何らかのペナルティを負うことになるだろう。
ただ、皇家としては、リストを公表されるということは……数多くの貴族家に貸を作ることになるから、悪くはないだろう。
マリクが皇族入りを明確に断っている以上、エーフェ家としては皇家に恭順の意を示すにも、リストの完全公表が必要な気がする。
そこまで思い当たった事で、父上がこのリストを私に任せた理由が、一つ見えてきた。
……当主である父上の名前で公表したのでは……他貴族に敵を作り過ぎる。
だが、これが代行である私の名ならば、リストに記載があるものの、当家とは友好的な貴族家に対しては「未熟な息子による正義感の暴走」として、父上自身の根回しによるフォローが多少は可能だ。
逆に、公表しない選択をした場合は、全てが反転する。
道具化される予定の子供たちがどうなるかは不明だし、皇家からの不興は全て、エーフェ家が被ることになる代わりに、他貴族家に対してゲドーダ殿のリストの存在をほのめかし、貸しを作ることができる……となる訳だ。
「父上……このリスト、全て、公表します」
私は、父の目を見てハッキリとそう告げた。
「……そうか」
父上は低い声で頷くと続けて「青いな……」と呟いた。
「だが、よかろう。……ただし、アークヴェル、勘違いはするなよ? 我々がすべて正直に公表したとしても……それが必ずしも周りに伝わるとは限らん」
王宮という魔窟で揉まれている父上の言葉には、私の考えも及ばない重みがあった。
『これでリストは本当に全てなのか?』『一部は意図的に隠されているのではないか?』という声は必ず付きまとうし『敵対することになる貴族家は必ず足を引っ張ろうとしてくる』とのこと。
「……そして、もう一つ……これをお前の名で公表する以上……アークヴェル、お前の婚約者に高位貴族の娘を娶る事は諦めるんだな」
「へ? ……いや、別に……それは、そこまで大した問題では無いのでは?」
私の言葉を聞いた父上が、あからさまに大きな溜息をついた。
「お前は公爵の位を継ぐには魔力量が少なすぎる自覚があるのか?! お前よりは魔力量の多いセレスでさえ、このわしよりも魔力量が少ないのだぞ!? わしが歴代公爵の中でも特に多いという訳ではないのに、だ! 『公爵家筆頭』の地位を賜りながら、他の公爵家当主たちとさほど変わらないということが、どれだけ家の存続に不利か!」
「……申し訳、ございません」
そればかりは、父上の発言に誤ったところは何一つ無い。
胃の辺りに冷たく尖った岩を押し込まれたような、ずん、とした重さを感じながら、私は父上に頭を下げた。
「……お父様が兄さんにいつもそう言うから……ヤンデルーナ様がああなったんじゃないの……?」
そっぽを向きながら、不機嫌そうにぼそりと呟いたセレスの言葉に、室内はしばらく気まずい沈黙が支配した。
「……っぐ……!」
だが、突然、父上が自分の胸を抑えて小さく呻いた。
「お父様!?」「だ、大丈夫ですか!?」
一瞬、父上の額に脂汗が浮き、顔色が変わったような気がしたが、すぐにゆっくりと深呼吸を繰り返しながら姿勢を元に戻した。
「…………問題ない。最近は……興奮しすぎると、稀に胃痛がするだけだ……大したことでは無い」
明らかに胃よりは胸を抑えていたような気がするのだが、父上の場合、一度「大したことは無い」と宣言すると、改めて不調を認めるような男ではない。
私とセレスは、思わず顔を見合わせた。
「……まぁ、お前の婚約者については……追々、探すしかあるまい」
父上が、苦い薬を大きなグラス一杯飲まされたような表情で「それよりも今後の事についてだ」と、改めて場を取り仕切り始めた。
「……とりあえず、アメリア王国のカイナスには『金の鍵』を持って帰国するよう、正式通知を出している……ティアが承知する可能性は薄いがな……」
父上は、カイナス殿本人の帰国よりも、公爵家を継承するための『金の鍵』について何度となく返還要請をカネモティア殿にお送りしている。
セレスの様子を見ると、少しうつむいたまま、強く両手の拳を握り締めていた。
「それよりも! 宮廷魔導士の方に伺ったのですが、我がエーフェ家で皇家の管理している『深夜迷宮』を70階まで攻略することになったとか?」
……実の兄と母であるカイナス殿やカネモティア殿の話題を無理に打ち切ったセレスが今後の皇家に対する補償についての話題を振った。
「ああ。それ以外の金銭的な補償については私の方で納める準備ができている。深夜迷宮の攻略については、必ずしもお前たちが潜る必要は無い。冒険者ギルドに特別依頼を出す形でも問題はないだろう」
「……それでも、僕は潜ります」
セレスが椅子から立ち上がると、懐から小さな瓶を取り出して父上の前に置いた。
「これは?」
「お飲みください、お父様……以前、仲間たちとダンジョンに潜った際に手に入れた薬です。【鑑定】によるとリトル・エリクサーという、体調の改善に効くようですが、あらゆる病を完治するようなものではありませんので……気休めではありますが……」
「…………わかった、後でありがたくいただこう」
小瓶をそっと胸ポケットにしまおうとした父上に思わず待ったをかける。
「父上! 今、ここで、飲んでください」
私の言葉にセレスが少し驚いた様子でこちらを見た。
……父上はこう見えて、かなりの薬嫌い。「後で飲む」が、本当に飲んだのかどうなのか、神のみぞ知る、となりかねない。
「……その心配性は誰に似たのか……」
そう呟いてから、セレスの薬を一気飲みすると、父上は「私は王宮に戻る」と、しっかりした足取りで部屋を出て行ってしまった。
「……セレス、私もダンジョンの攻略……できる限り協力するよ」
「アークヴェル兄さんが?」
少し意外、と言う顔で「アークヴェル兄さん、後方支援タイプじゃないの? ホントに大丈夫なのかな~?」と、いつもの悪ガキの顔をのぞかせて笑ったのだった。
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補足:前の話でパメリアはフィリア→セレス間が【緊急念話】、今回の話でセレスが【遠念話】と言ってますが、パメリアが【念話】系の魔術に疎いだけで、実際、今回、フィリア→セレス間は【遠念話】が使用されとります。
セレス・フィリアはどっちも習得済みなので、近距離なら【緊急念話】を、離れているなら【遠念話】をと使い分けてます。
説明ねじ込むタイミングが無かった……w
【緊急念話】→パーティー間・家族間などの非常に親しい人同士で無いと使えない。消費魔力量:少、伝達時間:約10秒、通話距離:小(ダンジョン内の近い階層・町中など)
【遠念話】→「顔見知り」程度であっても当人同士の了承(魔力的契約)があれば使える。消費魔力量:中、伝達時間:数分~数十分、通話距離:中(ダンジョンの場合10階層以上離れている、隣町など)
【緊急遠念話】→同じ「緊急遠念話」使用者同士でなければ通じないが、他の2種と違って会話できる距離が遠距離。大きな組織や高位貴族家に数人程度は使える人が仕えている。消費魔力量:大、伝達時間:数分~数十分、通話距離:大(国内であれば、ほぼどこでも。技能が高い人は海を越えての通話も可能)




