046:襲来!?宮廷魔導士
その翌朝、エリスちゃんからマリク様が起きた、と報告を貰った。
想定よりかなり早いのだが、この子供部屋は魔力を集めやすい構造なので、恐らく今回の休眠状態を回復するのに好都合だったのだろう。
「マリク様っ?! 体調は? 大丈夫ですか?」
「……ん~……なんか、お腹……すいた……?」
もう、何か、色々とあの日の事について、マリク様には聞きたいことがいっぱいあるけれども!!
とりあえず……食欲があることは良い事である!
……とは言え、数日間意識不明だったマリク様については、急に大量のお食事は体に毒だろう、ということで、消化に良いポタージュ系のスープと白湯だけの朝食となった。
「マリク、ゆ~っくり噛んで食べるだよ?」
「……うん。……おゆ~、……おいしい~」
「えがったなぁ」
ただ、マリク様ご本人はメニュー内容よりも、エリスちゃんが一緒にご飯を食べてくれている事実が嬉しいらしく、楽しそうに白湯をもぐもぐと噛んでは飲み込んでいる。
さて、そんな訳で、フィリアちゃんの【緊急念話】でセレス様経由アークヴェル様にマリク様が起きられた事を伝えてもらった。
これで、おそらく数日の内には宮廷魔導士さん達がこちらにお見えになるだろう。
それまでに、わたしは一番気になっていた事をマリク様に聞いてみた。
「ところで、マリク様……」
「……?」
「マリク様は、あの、最後の時……エクゥさん、いいえ、エクスカリバー様に魔力のほかに何をお渡しになられたんです?」
「ん~……えっとね、ボクの……何だろう? ボクが、こっちじゃなくて……あっちに居るようになるの」
つまり……今回の休眠状態、になってしまった、ということなのだろうか?
「あっちで、エクゥと……飛んだり、融けたり、はねたり、潜ったり……いろいろ、好きにしていいよ、ってことなの」
……なんか、楽しそう……?
「マリク、あんまり魔力以外のモンは、渡しすぎたら、ダメだべ?」
「……うん」
「エクゥさ達に好きにさせ過ぎたら、こっちに帰ってこれなくなるべ?」
ちょっと待った。
結構、おおごとだった。
「おら、マリクと会えなくなったら、悲しいべ……」
「……うん。それは……嫌……」
「マリク様!? 今後、精霊さんには魔力以外は渡さないと約束してくださいね!?」
「……うん、先生……わかった」
マリク様が納得してくださったので、午前中はゆっくりストレッチをしたり、紙折り遊びで指先などを動かしたりして、寝たきり状態から少しづつ身体をほぐしていった。
なお、あの暴走劇にも少しだけよかったことがあって、それが、マリク様の下半身の痣が、ほとんど見えないくらいに薄くなったことだった。
まぁ、仮に痣が完全に消えていたとしても、かなり筋力が衰えているから、すぐに動けるようになる訳ではないんだけど……
それでも、今までは自力で寝がえりをすることも一苦労だったのが、かなりスムーズになっている。
エリスちゃんと一緒に、ベッドの上でコロコロと転がる『芋虫ごっこ』で遊べるほどだ。
これは、素直に喜ばしい。
……まぁ、屋敷を合計3棟吹っ飛ばして、結構伝説級っぽい精霊さんを複数体具現化させ、瀕死の人間を蘇生し、空間を切り裂き、まがりなりにも最高位貴族に類する魔力量を持つ方々をフルボッコにしたのだから、そのくらいは消費していただかないと……! とは思いますけど。
「ねぇ、パメリアさん……宮廷魔導士とおっしゃる方々が、お会いしたいって……もう、こちらの別邸にお見えになってるわよ?」
「えっ!?」
昼食は、朝食よりもしっかりしたものを食べ、午後も身体を動かしていただこう! と考えていたのだが、昼食を終えたばかりのわたし達の部屋にフィリアちゃんが、そう告げに来てくれた。
想定外に早く宮廷魔導士様達がマリク様との面談を望んでいたらしく、午後には、あの時、わたし達の事情聴取をしたオズヌさんとグモーヤンさんがお見えになったのだ。
「ふん! ようやっと起きたか!」
「グモーヤン殿、突然そのように威圧しては……驚かれてしまいますよ」
「えっ!?」「?!」「……?」
本来ならば応接室に全員移動して話し合いが成される手筈で、こちらが移動の準備をしようとしていたところ、突如、バーンと子供部屋の扉が開かれ、記憶に新しい二人の宮廷魔導士様がヅカヅカと入り込んできた。
……エリスちゃんが一緒に居てくれるようになってから、マリク様のサイコキネシスが発動することが無くなっているから良いものの、少し前のマリク様なら、絶対に室外に吹っ飛ばしていると思える態度である。
「ふむ。……ほぅ?」
グモーヤン殿、と呼ばれたお鬚の中年男性は、じろじろと、まだベッドの上だったマリク様を値踏みするように一瞥すると、ニチャァ……とした少し見る者に嫌悪感を抱かせるような笑みを浮かべた。
「ふむふむ……。悪くないではないか。吾輩の玩具として存分に可愛がってやる。……ひざまづけ」
突如、彼の周りから、ねっとりとした何かが立ち上ったような気がした。
それを見たマリク様が、不快そうに眉を曇らせた。
「……触らないで」
……パァン!
だが、それらがわたし達の方へ来るより早く、マリク様の拒絶であっさり霧散する。
「なっ!?」「へ~ぇ……」
オズヌさんとグモーヤンさんがまたしても対照的な反応を示した。
方や、驚愕と憤怒。方や、興味と感心。
「なぜ吾輩の言葉が通じん!? オズヌ君っ!! 今すぐ、その子供に枷を付けよ! 嬲り壊して「いや、無茶言わないでください。グモーヤン殿」
「吾輩の言う事を聞かぬ玩具など、存在する価値が「まぁまぁ、落ち着いてください、グモーヤン殿」
地団太踏み踏み、フンス、フンスなグモーヤンさんの意見を、聞いているようで聞いていない感じにハイハイ受け流すオズヌさん。
マリク様の前でまたしても漫才のような喧嘩(?)を始めてしまったお二人。
その様子に、マリク様もエリスちゃんもどうしていいのか分からず、困惑した様子で顔を見合わせている。
……この人たち……ホント、何で一緒に仕事をしているんだろう??
「あー……あのー……マリク様……?」
「先生、なぁに?」
「あちらで言い争ってらっしゃるグモーヤンさんを眠らせてしまう事って出来ますか?」
「?……あの、ぬとぬとしてる方の人?」
……子供の素直さって時に残酷よね。
「そうです」
「……たぶん、できると思う……眠れ」
「吾輩を誰だとッ……ふぐぅ……ん……」
「グモーヤン殿!?」
……とさり。
かなり腹部や臀部に脂肪を蓄えていらっしゃる感じのグモーヤンさんが、ゆっくりと床に伏すと、気持ちよさそうに、スヤァ……と寝息を立て始めた。
オズヌさんが、その様子と「先生……これで良かったの?」とわたしに向かって呟くマリク様の様子を交互に見ながら、頬の十字傷をポリポリとバツが悪そうに掻くと、苦笑しながら呟いた。
「あ、何か……悪ィな、お気遣いいただいちまって……」
「い、いえ……それで、本日はどのようなご用件でしょう?」
「もちろん、このお坊ちゃんの意思確認だよ」
と、マリク様と目線を合わせるようにしゃがみ込んで、にやりと笑った。
「よぅ、ボウズ! 俺はオズヌって言う魔導士の端くれだ。お前さん、このお家が好きか?」
当初警戒した様子で、オズヌさんに向かって、ぽこぽこと光の粒を降らせていたマリク様だが、何か通じるものが有ったのか、光の粒の落下が終わったころに、恐る恐る頷いた。
「……うん。……好き」
「もし、魔法を色々教えてやる代わりに、ここから別の場所に行って、他の人たちと生活しなさい、って言われたら嫌か?」
「……うん。……嫌」
「よし! 分かった。じゃ、皇族入りは断るように上に言っとくわ」
割と重大事案だと思うのだが、あっさりと、マリク様が皇族入りの意志が無い事を確認すると、マリク様の頭を軽く撫でてから立ち上がった。
「え? あ、それで良いんですか? そんな簡単な感じで?」
「いや、だけど、グモーヤン殿をこうもあっさりあしらわれちまうと……本人が『絶対にここは嫌だから、皇族に入れてくれ』と言っているんじゃなけりゃ……止めといた方が良い」
どうやら、このグモーヤンさん『魔法使い』としては、かなりの実力者なのだとか。
「……ただな? だからと言ってこの坊主をこのまま野放しにはしてやれねぇんだ。」
「……と、おっしゃいますと?」
「皇族入りは無理……となると、国側から専属の『家庭教師』を送り付けることになるだろうな。『魔法使い』としての教育ができるような教師だ」
な、なるほど。
わたしレベルでは魔術の基礎知識だとかマナーだとか、図書館にあるような情報を教えることはできるけれども、音そのものに魔力を込める技術とかについては、正直お手上げだ。
「……先生なら、もう……居るよ?」
マリク様が少し警戒した様子でわたしのスカートを握り締めた。
「あー……そうだな。もちろん、そっちのパメリア先生や、そこの嬢ちゃんを追い出すわけじゃねぇからな? 安心してくれよ?」
「……そうなの?」
「もちろん!」
明るくウィンクをするオズヌさんの様子に、少し安心したのか「……うん、なら、いい」と小さく呟いてスカートを握る手の力を緩めた。
その様子を見て、わたしに向き直ったオズヌさんが、少し真剣そうな顔で切り出した
「むしろ……俺はこの坊主とお前さんたち二人……あと、あの身内のお兄さんか? その辺りの人間ともあんまり引き離すべきじゃねぇと思ってる」
「アークヴェル様の事でしょうか? それともセレス様?」
「……どっちも、だな。……むしろ、つながりは多ければ多い方が良い」
オズヌさん曰く、どうやらマリク様は、ご自身の気に入った人間の存在を魔術の制御棒として登録していく性質を持っているらしいのだ。
そもそも、魔法とは、制御や威力自体が術者の精神状態に影響を受けやすい技ではあるので、その性質はさして珍しいものではないらしい。
それに、マリク様の事を恐れずに大切に思っている人から引き離すべきではない、と言う意見にはわたしも大いに頷けるものがある。
「ただ『魔法使い』ってのはな、ちっとばかりあっち側の世界から愛されすぎちまってる。あっち側との付き合い方のバランスを取ることを覚えさせねぇと……そこで寝てるグモーヤン殿みたいになっちまうぞ?」
「「!?」」
えっ!? マリク様が……?
わたしは、思わずエリスちゃんと目を合わせてしまった。
「それは……嫌だべ」「……ですね」
何でも、このグモーヤンさんは『魔法使い』としては優秀なのかもしれないが、魔力以外の色々なモノ……判断力、忍耐力、記憶力といったものを、代償として精霊側へ渡してしまっている可能性が高いのだとか。
「特に『一部の記憶』に関しては、俺もまず間違いないと踏んでいる。そっちの坊主も、渡して良いのは魔力だけ、ときっちり教え込んでおかないと、取り返しがつかないことになる可能性があるぜ?」
記憶、と言われて、ふとアークヴェル様が以前、マリク様は自分の母であるママリア様の事を何も話さなくなった、と言っていたのを思い出した。
……いや、でも、ママリア様が亡くなったのは、マリク様がまだ物心つくかつかないか、の時期だったはず。
……まさか?
一瞬、鳥肌が立ってしまった。
……いや、だが、もう、そこは考えても仕方がない。
しかし、魔法使い専門の先生が必要、と言う意味はよく分かった。
「なぁ、坊主……もし、もう一人先生が増えるなら、どんな人が良い?」
オズヌさんは、再度しゃがみ込むと、マリク様にそう質問を繰り出した。
「ん……ぬとぬと……してない人が……いい。……けばけばも、やだ」
「ぬ、ぬとぬと? けばけば?」
流石のオズヌさんも、絶妙に対応しずらいリクエストに目を丸くした。
そういえば、エリスちゃんもマリク様を止める時に「ケバケバになったら悲しい」みたいなことを言っていたな。
「エリスちゃん、あの、ケバケバとかヌトヌトってどういう意味なんです?」
「えっ!? えーと、何ていうんだべ? あの、何か……怖い人は皆、魔力が……そうなるんだべ。な、マリク」
「……うん」
「魔力が?」
どうやら、ヌトヌトとは、顔面の皮脂量の事ではなかったようだ。
……ごめんなさい、グモーヤンさん……わたしの方が失礼でした。
ちなみに、今まで二人が出会った中で、魔力がヌトヌトしている人は、このグモーヤンさん。
ケバケバで、さらにヌトヌトもしているのが、ゲドーダさん、そして、その助手のお二人だそうなので……それが手掛かり、なのだろう。
「『けばけば』や『ぬとぬと』は、おらたちはあんまり好きじゃねぇけど、それが別に魔力として『悪い』とか『弱い』って訳ではねぇんだ。そういう魔力が好きな精霊も多いし」
エリスちゃんが困ったように眉を寄せながら答えた。
「……ただ、エクゥさ達はあんまりそういう魔力が好きでねぇから……ちょっと……先生には合わねぇかなぁ? って。……な、マリク」
「……うん」
「……なるほど。じゃあ、ちなみに、俺の魔力はどうだ?」
「……ふわふわしてる?」
「ふ~む、なるほど。……ま、とりあえずは、それを踏まえたうえで、対処してもらえるように上に掛け合っておくわ。サンキューな、坊主」
ぽりぽり、と頬の十字傷を掻きながら立ち上がったオズヌさんは、ぐっすりすやすやなグモーヤンさんを連れて、王宮へ戻って行ったのだった。
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