041:【sideアークヴェル】⑥
【sideアークヴェル】
今夜には、素材が全て揃う……そう言って笑ったゲドーダ殿の顔が歪んだ。
「な……」「!?」
ガタリ……!
それは、ゲドーダ殿だけではない。
座っている椅子から音を立てて立ち上がろうとした母上の顔も驚愕に満ちている。
!?
二人の視線は私……ではなく、その後方に固定されているようだった。
「こ……これ、は……」
……ずぬ……っ!
振り向くと、部屋の奥の壁から……青白く輝く刃が生えていた。
いや、壁から……と、いうよりも壁に近い空間から、突如生えた刃が
……ヌリリ、ニリリ……
というような聞いた事もない音を立てて空間を引き裂いて行く。
その切り口が円形を形作った瞬間、壁の手前の空間に、ぽっかりと漆黒が現れた。
「……みつ、けた……」
そこから聞こえたのは、聞き覚えのある幼さの声……
そして、ゆっくりと、その漆黒から青白く輝く小さな子供が姿を現した。
「……マリ、ク?」
それは、別宅北宮に居るはずの弟の姿。
だが、普段の様子とは明らかに異なり、薄い寝巻の下から青白く光り輝くような魔力光が溢れているし、ママリア殿によく似た子羊の瞳は、内側から虹色の光が燃えている。
何より車椅子でなければ移動できないはずの弟が宙に浮いたまま、滑るようにこちらに近づいてくる。
「……魔力光だと!? ば……バカな、バカな、バカなぁぁぁっ!!!」
「ひいっ……!!」
「ありえん!! こんなこと、有る訳がないっ!!」
叫び声をあげたゲドーダ殿がそのまま呪文を唱える。
「【炎虐消滅弾】!!」
炎の最上位攻撃呪文!?
「【氷激黒壊槍】!!」
さらには、立て続けに氷の最上級攻撃魔術も叩き込んだ。
「よせっ!!」
だが、その魔術はマリクの近くに到達する前に、空間を切り裂く刃がぬるり、とその存在そのものを消し去るように切り裂いてしまった。
「馬鹿な!? 私の人口魔石で強化した最上級攻撃呪文だぞ!? なぜ発動しない!!」
慌てふためくゲドーダ殿を、冷たい瞳で見つめていたマリクがゆっくりと彼を指さした。
『……アソコニ……居ル。』
「だめだっ!!」
咄嗟に、母上とゲドーダ殿を庇うように床に押し倒すと自分の背中すれすれに、何か力の塊のような衝撃破が通り過ぎた。
ドォンッ!!――――おん、おん、おん、どぉーん……
「ッ!?」
見れば、応接室には大きな穴が出来ており、さらに、その穴の先……湖の向こう側の山の方までその一撃の余波が届いたような地響きが聞こえてきた。
「きゃああああ!!」「わぁぁ!?」「何事だ!?」「姫様っ!?」
別荘の使用人達の混乱する声が遠くから聞こえた気がした。
「……アーク、兄様……じゃま……ど、いて……」
「ダメだ! マリク……!」
私は、母上とゲドーダ殿を庇うような形で立ち上がった。
「母上が……いや、私たちがマリクにしてきた事は、許されるようなことじゃない。
……でも、それでも……許してくれ……頼む」
「……なんで?」
マリクは、ゆっくりと視線を後ろの二人から、私の瞳に合わせ、そして、不思議そうに首を傾げた。
「アーク兄さん!?」「アークヴェル様?」「ま、間に合った!?」
その時、突如マリクが現れたあの空間から、セレス達やパメリア殿、そして見慣れない女性が飛び込んでくるのが視界の端に見えた。
「……すまない、マリク」
「…………」
「……あんな……あんな母でも、私には……母なんだ」
言葉を、吐き出すことが、こんなにも……にがく、苦しいと感じたのは初めてだった。
永遠とも思えるような、一瞬の沈黙。
「……マリ、ク……マリク、もう、ええべ?」
不思議な女性に抱きかかえられていたエリス殿が、ゆっくりと弟に近づいた。
「……」
それまで、明らかに剣呑な雰囲気を漂わせていたマリクの表情が一瞬、柔らかくなった気がした。
「……マリクが、けばけば……なったら、皆、悲しいべ」
「エリス……わかった……『エクスカリバー……アイツラ……コッチニ、二度ト 来ナイヨウニ、デキル?』
私には見えない中空に向かって語り掛けるマリク。
『イイヨ! マリク半分チョーダイ!!』
弟の声に反応して、妙に明るい男性のような声が聞こえてきた。
『……代償トシテ、我ガ魔力……ニ分ノ一ヲ、与エル』
『……チョット、足リナイカラ……少シ、トキモ……貰ウヨ?』
こくり、と小さく頷く。
そして、私の後ろ……母上とゲドーダ殿に向かって温度の無い眼差しを向けた。
「……もう……こっち、来ないで……」
それは、断罪の言葉にしては弱々しいものだった。
ザンッ!!
「!?」
何かが断ち切られるような音。
「マリク様!?」
それと同時に、光を……意識を失ったマリクの身体を、パメリア殿が抱き留めた。
ふっ、と空気の濃度が変わったような気がした。
壁にぽっかりと空いていたはずの漆黒の空間は消滅し、ついさっきまでエリス殿の近くにいたはずの不思議な女性の姿もない。
「あ、あれ? ここ、王宮じゃ無いっスね……」「どこだ?」
未だ武器を構えたままの冒険者風の一行は、セレスの学友たちだ。
きょろきょろと少し混乱した様子であたりを窺っている。
「うああああああああ!!! 貴様っ、貴様ああああ! 何を、今、私達に何をしたああああっっ!!!」
突如、発狂したような声を上げ、髪を搔きむしると、マリクを抱えたパメリア殿に突進しようとするゲドーダ殿。
「ふんっ!」
それに最初に反応したのは、セレスだった。
手にしていた剣で、ゲドーダ殿の突進を阻止する。
「何だ……? お前……いつもの魔法医……か?」
「あああああ……うおおおおお……無い……ない……あああ……」
セレスに静止させられ、その場で膝から崩れ落ちて泣き崩れるゲドーダ殿。
その様子に、セレスは困惑した様子で首を傾げた。
「お前ら……魔力はどうしたんだ?」
!?
セレスの言葉で……気がついた。
高位の貴族としても引けを取らないくらい豊富な魔力量を誇っていたゲドーダ殿からも、元皇族としては少ない、と言われていたものの、貴族としては十分な魔力量を誇っていたはずの母上からも……ほとんど……いや、一般庶民と同じ程度にしか魔力を感じない事に。
「い、いや……うそ!? 嘘よ!! いやあああああっ!!!」
母上の絶叫が――まだ暗い湖畔に響き渡った。
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