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038:襲撃者と切ない乙女心


「エリス、今日は……一緒の部屋で寝てもいい?」


「パメリア先生、構わねだか?」


 まぁ、普通はどちらかの男女が10歳を超えたら、一緒の部屋で寝るのはあまりしないんだけど、マリク様の場合は自力では、ほとんど腰から下は動かせないし、今使っている北宮の二階の部屋はベッドを二つ並べたとて、十分すぎるくらいには広い。


「そうですね、構わないんじゃないでしょうか?」


「「わーーーい!!」」


「そんなら、どこまで呼ぶべ?」「エクゥは?」「エクゥさ、ふわふわだべな~」「ポポもくるくる~だよ」「あんまり回すと、目ぇ回るべ~」「「ふふふふふ」」


 あっ……二人の空気感が旅行の夜に「枕投げ」を始める前の悪ガキ達と同じノリだぞ?


「ただし! 『夜時(よるじ)フクロウ』が鳴いたらお布団に入って寝ないとダメですからね?」


 夜時(よるじ)フクロウは、大体日が沈んでから二刻程度で活発に鳴き始める鳥だ。

 基本的に、子供が寝る時間と言えば、夜時(よるじ)フクロウの声が目印みたいなものである。


「「はーい」」


 素直に頷くマリク様とエリスちゃん。


 いつものように龍魔石の量産を終えると、二人で仲良くキラキラした粒やらシャボン玉のようなものを体から生み出しながら、元気よく駆け回る半透明で足の生えた腎臓のようなものにその粒をぶつけてはしゃいでいる。


 うんうん。微笑ましいね。


「マリク様、粒を投げるとき、腕の筋肉を意識してみてくださいね!」


「うん! いくよ~! えいっ!」


「おらも負けねぇべ! とうっ!!」


 どうやら、この光る粒を逃げる腎臓に投げる動作は、マリク様にとって結構良い筋トレになっていそうだ。

 ひとしきり騒ぐと、夜時フクロウが鳴くよりも少し前にお坊ちゃまの体力が尽きてしまった模様。


「……はぁ、はぁ、はぁ……ふふ、え、エリス……つよ~い」


「あはは、マリクの方が上手かったべ」


「今日は色々ありましたし、少し早いですけど、そろそろ休みませんか?」


「……う、うん……ぜぇ、はぁ……そ、する……」


「パメリア先生も、おやすみなさいだべ」


 おとなしく布団に入り込んだ二人を確認すると、わたしは隣の自室へ戻り、ベッドの中へと潜り込んだ。


 ――だが、これは、まだまだ長い夜の始まりだった事をわたしはこの時、まったく気づいていなかったのだった。




 ガシャーーーンッ!!


「……?!」


  わたしの意識を眠りの世界から引きずり出してくださったのは、部屋の窓が粉砕されたようなけたたましい音だった。


 なにごと!?


 わたしが、何が起きたのかを理解する前に、砕け散ったバルコニー側の大きな扉から、黒づくめの人が飛び込んできた。


 ――ばふっ!! ダンッ!


「うぐっ……!」


 そのままの勢いで上半身だけ起こしていたわたしを押し倒すと、胸に何か、硬いものを乗せてきた。


「……?」


 えーと……え? の、乗せただけ??

 な、なにが、したいの……?


 だが、その黒づくめの人は、仰向けに倒されて、茫然としてしまっただけのわたしを、完全に死んでいると勘違いしたらしく


「ふん、女一人始末するなんて、楽なもんだぜ……しかし、ヒデェ面の女だな……」


 と笑い声交じりに呟いた。


 あれ? この声、どっかで聞いたことがあるな……?


「【遠念話(コール・コール)】……こっちは終わったぜ。アーク坊ちゃまに渡したゲドーダ様の指示書は?……見当たらない?……ああ……ふんふん」


 あー! この声!

 あのゲドーダさんの部下でマリク様を車椅子ごと蹴り飛ばした男だ!!


 何やら、少し離れたところに居るお仲間と連絡を取り合っている模様。


「いや、でも指示書を持ち帰らねぇと……またゲドーダ様に叱られちまうぜ?」


 ……指示書?


 ふと、アークヴェル様の言葉が蘇る。


『ただ、ゲドーダ殿のメモによると……いや、そうさせないためにも、あの子にも抵抗できる手段があった方がいいかと……』


 そう言いながら、きつく握りしめた痕のようなものが残ったメモを執務室の一番上の引き出しに仕舞われていた。


 あんなにぐしゃぐしゃな書類を、わざわざ机の引き出しに仕舞い込むのには、少し違和感があったのだが……もしかして……あれが指示書? それを取り戻しに?


 ぶわっ……!


 その時、バラバラに砕けて外と繋がっていたバルコニーから突風が吹きこんだ。


「居たわ! コナー!」


 ド、ド、ドッ!


「ぎゃぁっ!?」


 悲鳴を上げた黒づくめの男の腕に、一本の矢が刺さっている。


「姐さん、ご無事ッスか!?」


「フィリアちゃん!? コナーくん!?」


 がばっ!


 わたしがベッドから身を起こすと、胸の上に置かれていたものが、何の抵抗もなく、ぽてりとベッドに落ちた。


「えっ!?」「なっ……!?」


 バルコニーの外では、ペガサスに二人乗りしているフィリアちゃんと、弓使いの少年の姿が認識できる。


「ば、バカな!?……ぐぅぅっ!」


 黒づくめの男が驚愕の声を上げた。


 よく見れば、黒づくめさんの左足にも矢が2本深々と突き刺さっており、特にその一つは床までめり込んでいるようで、男の身体をこの場にとどめる楔の役割を果たしている。


「【捕縛縄陣(デアエィ・オナーダ)】!」


「ぐあっ!」


 ペガサスの背からバルコニーに飛び移ったコナーくんが部屋に駆け込んでくると、捕縛用のマジック・アイテムを活用しながら、黒づくめの男を縛り上げた。

 おお……鼻をつまんで口を開かせてからの猿轡を噛ませる手際は、なかなかに手慣れている。流石、騎士道学園主席であるセレス様のパーティーメンバーだ。


「いや~、姐さん、間に合ってよかった~」


「まだ仲間が居るはずです!」


 わたしはコナーくんに縛り上げられて伸びている男が、通話用の魔術を使っていた事を思い出した。


「た、大変! セレスに知らせないと……」


 バルコニーでペガサスから下馬したフィリアちゃんが顔色を変えた。


「【緊急念話(トーク・コール)】 こちらフィリア! ……セレス!! 聞こえる? こちらは損害無し、捕縛、1!……でも、まだ賊の仲間がどこかに居るわ!」


 通話の魔術でセレス様へ緊急連絡を入れている。


「何か……アイツの仲間の手掛かりってあるかしら? 賊の目的とか……」


「えっ!? 俺、もう気絶させちゃったよ!?」


「ちょっと、コナー、何やってんのよ!?」


「いや、でも緊急時は情報よりも安全確保優先だろ!?」


「あの、この方……たぶん、ゲドーダさんとおっしゃる魔法医の部下の方かと……以前、お会いした事があります」


 フィリアちゃんとコナーくんが、わたしの言葉に顔を見合わせた。


「それで、ゲドーダさんの指示書を探されていたみたいです。」


「な、なんでそれを?」


「いえ、あの、お二人が飛び込んでくるまで【遠念話(コール・コール)】の魔術で誰か別の方と話をされていたので……それと、恐らくその指示書は、アークヴェル様の執務机の一番上の引き出しに仕舞われている、ぐしゃぐしゃなメモじゃないかと思うんですが……」


 二人の顔に「何でそんな事まで知ってるの?」という疑問が浮かんでいるのは分かるのだが、それを最初から説明すると、結構時間を要するなァ……


「と、とりあえず、その情報も念のためセレスに伝えておくわ……【緊急念話(トーク・コール)】! こちらフィリア! セレス、もう一人の賊は、セレスのお兄さんの執務机の一番上の引き出しのメモを探している可能性が高いみたい……うん、気を付けて!!」


「いや~、でもよかったッス。実は俺、窓の外から見たとき、もう姐さんは死んでるのかと思ったッスよ」


「いえ、それが……」


 わたしが簡単に、この賊さんの奇妙な行動――わたしを押し倒して胸の上に何かを置くと遠方通話を始めてしまった――と説明すると、コナーくんとフィリアちゃんが少し顔色を悪くして、頭を抱えるように目を反らしてしまった。


「あの……パメリアさん……それ、多分【危急身守(ライフ・セーブ)】の効果かと」


「へ?」


 フィリアちゃんにそう言われて右手を見ると、装備していたはずの指輪が無い!


 あああああああ!?

 さっきまで私が横になっていた布団の上に、無惨にも砕け散った指輪が!!

 しかも、いただいた時には、みっちみちに満ちていた魔力の「ま」の字も無い!!


 ふおおおおおお!? 

 家宝として大切にします、と誓ってからまだ一日半しかたっていないんですけどぉぉぉ!?


 ど、どうしよう!?

 アークヴェル様にも、クロード様にも申し訳が……!!


「いや~……でも、学生時代から有名だったけど、クロード先輩ってマジですごいんスね……同じ【危急身守(ライフ・セーブ)】でも、造りが粗いのは、攻撃が通らなかったって事がすぐ分かるのに……」


 コナーくんが、わたしが起き上がった時に胸の上からベッドの上に転がり落ちたと思しき代物を拾い上げた。


「……柄?」


 見れば、本来は短剣かナイフだったと思しきそれは、刃の部分が完全に消え、『柄』だけとなっている。


「攻撃者側には、刃が突き刺せたような感触を持たせたまま、実際は【危急身守(ライフ・セーブ)】で守られている人の身体に刃が届かず消える術式を組んであるって事っスよね?」


 良く見れば、その短剣の柄の先に金属の刃が存在していた跡が見えた。


「だから、アイツ……姐さんを殺せたと勘違いしたんスね。スッゲェ……ッ!!」


 と、装備品のレベルに興奮している。


『な、なるほど。そういうことか~、流石クロード様!』


 と納得半分……


『だとしても、こういう損害って賊さんに弁償して貰えるように法整備して貰えないかな!? コレ、いくらすると思ってんのよ!? 襲って来るにしても、もうちょっとこう……手心というか……! わたしに、もうしばらく高級品を堪能させてくれても良くないですか? 生活レベルを一度でも上げてしまったら老後が大変だから身の程をわきまえよ、って神から啓示受けてますか!?』


 というやるせない気持ち半分。


 どうしてくれよう、この切ない乙女心!


「ま、まぁ【危急身守(ライフ・セーブ)】ってそういうための装備品だから……」


 とほほ……フィリアちゃんのフォローが心の瞳に沁みるわ~……


 ――ドゥンッ!!


 だが、その時、突如、わたし達を現実に引きずり戻す、地鳴りのような衝撃が襲ってきた。



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