037:【sideアークヴェル】⑤
【sideアークヴェル】
私は、広く開いたバルコニーからぼんやりと沈む夕日を眺めていた。
母上の暮らすこの別荘からは、目の前の湖を挟んだ向こう岸に皇王家の奥宮が良く見える。
一応、私にとっても祖父母の暮らす場所のはずなのだが、皇王家の皆様とは式典の際に謁見を賜ることが有る程度で、特に個人的なつながりは無い。
母上がこの別荘を好む理由の一つに、懐かしい祖父母の住むところが見える……という理由もある気はするのだが、本人の口から明言されたことはない。
ちなみに、母上の暮らす別荘に私が到着したのは、昼をすこし過ぎた時間だったと思うのだが、面会は晩餐会の後の時間に変更されてしまったおかげで、ぽっかりと時間が空いてしまったのだ。
個人的には、母上とゲドーダ殿の指示に真っ向から対立する訳だから、すぐにでも対面したいとは感じないのだが、こうも暇だと、いろいろと昔のことを思い出してしまう。
しかも、この部屋は私が小さな頃によく過ごしていた元子供部屋だから、未だに昔、母上に贈った花冠の一部を押し花にしたもの等が飾られたりしている。
そうだ。あの花冠は……ママリア殿に教えていただいて作ったものだ。
そもそも、私とカイナス殿やセレスとの仲を最初に取り持ってくれたのもママリア殿だった。
「なんでお前が長男なんだよ? オレの方がお兄ちゃんだぞ!」
「そんなこと言ったって……母上は、ぼくが長男だ、って言ってたもん……」
「まぁまぁ、カイナス様、アークヴェル様。それでしたら、このママリアが良いことを考えました。お二人で仲良く半分こにしませんか?」
「「はんぶんこ?」」
「そうです。はんぶんこ。……カイナス様がお兄様で、アークヴェル様が長男様、ということにいたしません?」
優しい子羊の瞳で、いたずらっ子のように微笑む。
「ん~、いいよ! じゃ、オレがお兄ちゃんで、アークが長男な!」
「えっ? あ、うん。それなら、良いよ。カイナス兄さんだね」
「カイにーあん? アークにーあん?」
「ええ、そうですよ。セレス様」
今考えると、あの頃はまだ「長男」の意味を、私もカイナス殿も理解していなかったのだろう。ただ、あれがキッカケでカイナス殿やセレスとは一緒に遊ぶようになったものだ。
あの時のママリア殿の嬉しそうな笑顔と、エリス殿と再会した後のマリクの嬉しそうな顔は……とても、よく似ていたと思う。
「ありがとう! 先生! アーク兄さま!」
そう言って笑った弟の声が脳裏によみがえる。
よかった。……諦めてしまわなくて。
正直なことを言うと……私自身、マリクの事を諦めかけていた節もあるのだ。
セレスと違って、よく分からないことを主張するし、見ているものが私たちとは違っている事は分かったのだが、だからと言って、どう対応して良いのか判断が付かなかった。
さらに、一時期は対話すら拒絶していたし……
あの時、パメリア殿を雇用していなかったら……
ぶるっと、背筋に寒いものが走った。
きっと私は母上の……ゲドーダ殿の指示に従っていたのだろう。
そう考えると、自分で自分が恐ろしくなってくる。
公爵家の安定のため。多くの民を守るためには一人の犠牲は仕方が無い。
そんな風に罪の意識を正論じみた正義感で塗りたくって……
いや、もしかしたら、母上やゲドーダ殿の凶行に気づかずに……ちがう。
気づこうともせずに『私は精一杯やったけれども、力が及ばなかった』と嘯いていたかもしれない。
「……ふぅ」
私は、バルコニーの手すりに肘をつき、組んだ腕に額をのせた。
こつん、と額が指先に当たる感覚。
その感覚に思わず笑みが零れた。
しかし、パメリア殿は、本当に……本当に不思議な女性だ。
ヘルメス宝飾店で出会ったレイン子爵夫人からはひどい扱いを受けていただろうに……
何故あんな――淑女としては奇怪な……
だが、決して不快ではない、魅力的な方向に吹っ切れたんだろう……?
だが、彼女のおかげだ。彼女が私達の側に居てくれたから、マリクには笑顔が戻ったし、私もこうしてここに居ることができている。
重苦しい気分の中で、彼女の事を考えると、息が上手く吸えるような気がした。
……コンコンコン。
「アークヴェル様、ヤンデルーナ様のご準備が整いました」
明かりを持った侍女らしき使用人が、部屋の扉開いた。
いつの間にか、夜のとばりは落ちきっており、辺りは漆黒に包まれている。
「え、あ、ああ……すぐに向かいます」
私は自分自身に気合を入れて、母上の待つ応接室へと足を向けた。
「アークヴェル……わたくしは悲しく思います」
「ご心配なさらないでください。坊ちゃまは、まだ大局のご判断ができるほど大人になりきれていらっしゃらないだけにすぎません、ヤンデルーナ様」
例の宝玉を私の手で砕いた、と伝えた時、母上は少し肩を落とし、隣に立つゲドーダ殿は「やれやれ」と言った様子で肩をすくめた。
「母上、ゲドーダ殿、冷静になってください! 人の命を道具にするなんて……そんなやり方を、この聖皇国の法が許すはずがありません!」
「聖皇国人民法第十一条、すべて国民は人権を有し、個人として尊重され、生命を維持する権利を持つ……ですかな?」
ゲドーダ殿が何故か嘲るように法律の一文を諳んじた。
「え、ええ……それを犯すような事は、例え公爵家であっても許されないはずです!」
「やれやれ。アレには人権など無い事をご存知ないのか?」
「ゲドーダ殿……ッ! そんな言い方は……!」
……シャラン。
だが、その時、母が手にしていた杖を振ると、奥から一抱えあるような木箱を持った年配の侍女がしずしずと近づいて来た。
「それを置いて下がりなさい」
「……御意に。姫様」
私と母上の間にあるテーブルの上に、大きな木箱が鎮座している。
「母上……?」
「……これは、正式にあなたが『爵位継承の儀』で使用するものです」
爵位継承の際には、家の家系図を表す『本』そして『金の鍵』をセットで皇王家に提出し、承認を得る必要があるのは……私も承知している。
そして、そのうちの片方……『金の鍵』は、第二夫人であるカネモティア殿が、ご実家へ持ち帰られている事も。
「……御覧なさい」
箱から取り出された本――家系図はエーフェ家初代から私達までの名前が記されている。
だが、一番新しいページに記されている名前……父、アルベルトと第一夫人である母、第二夫人であるカネモティア殿、第三夫人であるママリア殿。
そして、其々の下に、私、カイナス殿、セレスの名が記されている。
「――は?」
だが、ママリア殿の子であるはずのマリクの名前はどこにも書かれていなかった。
「……わかりましたか? 何の心配も無いのですよ、アークヴェル。ただの魔力に過ぎないモノに、人としての登録など……必要ないでしょう?」
「母上っ!!」
私は思わず声を荒げてしまった。
貴族社会において、家系図の改ざんは……ものによっては重罪に値する。
「坊ちゃん、落ち着いてください」
だが、ゲドーダ殿は鷹揚に頷くと母上の後を引き継ぐように言葉を続けた。
「……確かに家系図の改ざんは問題でしょうが、特に重罪となるのは、本来の筋とは異なる人間を直系貴族と偽り、財産を合法的に強奪すること。ただの記載漏れなど、大した問題ではございません。……実際、下級の貴族などは、この家系図に記載してもらう為の事務手数料が払えず、次男以降は名簿に載せず平民落ち、という事もさほど、珍しくはありません」
「……っ!」
「ご納得いただけましたかな? アレは、貴族どころか国民ですらないのです。良いですか? 坊ちゃんには、元より三人目の弟など……居なかったのです」
頭がくらくらした。
確かに、私達四兄弟で、マリクだけは少し変わった名だ……と感じていた部分はある。
私のアークヴェルは創造神『アークヴェルト』様から頂いた名だし、カイナス殿は商売の神、セレスは軍神……と、それぞれ神話などから取られた名前だ。
聖皇国では神話や偉人の名をそのまま子供に付けることが多い中で、なぜ、ストレートに「魔力」の古代読みである「マリク」なのかと……魔法の神や過去の賢者様の名の方が一般的なのに、と。
「ですから、坊ちゃんも、ヤンデルーナ様もこれ以上気に病む必要はございません」
ニコニコと、冷酷な月が夜の砂漠を照らすような笑みを浮かべるゲドーダ殿。
「念のため、仕込みを終わらせておいてよかった。」
「仕込み?」
その瞬間、首筋の後ろが毛羽立つような悪寒が走った。
「ご安心ください、今夜にはすべての素材が集まるのですから」
面白いと思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
イマイチと思ったら☆を2個か1個
押してね! 励みになります!!
続きが気になる……続きも読みたい、
シリアスパート頑張ってるな……!と思ったら、ブックマークをお願いします!




