033:仕立屋と服屋と異変と
「じゃあ、買い物も済んだし……クロード、今日は助かった」
「何だよ、せわしないなー? お茶でも飲んでゆっくりしていけよ。ね、パメリアさんもコイツの学生時代のやらかしとか気になりません?」
片肘をテーブルについたまま、ニコニコと、ちょっといたずらっ子っぽい笑みを浮かべるクロード様。
アークヴェル様のやらかし……それは気になるな。
「……やらかし……と言うか、お前だって大概だっただろ?」
「……ほう? そう言えば俺がひるむとでも?」
あ、これ、お二人とも多分、武勇伝がそれなりにあるタイプだわ。
「だが、悪いな。私たちは次に行くところが有るんだ」
「ちぇー」
クロード様は口ではつまらなそうに文句を言いながらも「無理に引き留めて悪かった」と言う表情で小さくほほ笑んだ。
「ホント、忙しいやつだなお前。……わかったよ。じゃ、また何か必要な装備が有ったら連絡寄越せよ?」
「ああ」
そんなやり取りを交わした後、わたし達はヘルメス宝飾店を出る事にした。
「アークヴェル様、次に行く所とは?」
「仕立屋です」
おお、「服屋」とか「布屋」ではない辺りが、上流階級だよね。
わたしみたいな庶民に近い下級貴族はすでに完成している中古服を「服屋」で購入するか、「布屋」で布を買って自分で作るかの二択だ。
「レイン子爵夫人も妹さんも気にされていましたよね?」
「へ?」
「パメリア殿の服装です」
「ほわっ!?」
えええええ!?
ちょっと待て!?
仕立屋ってわたしの服ゥ!?
「いえいえいえ、わたし、布屋で端切れを購入できればそれで充分ですのでっ!!」
「……端切れ……?」
必死に手を振るわたしの様子を、ぽかん、と驚いて見つめるアークヴェル様。
そ、そりゃそうか。
公爵家の跡継ぎ様と言う上流階級トップクラスのお方だもんなぁ……!
端切れで継ぎ当てをする、という発想は無いのか!
だが、流石に仕立屋さんなんて!
もうすでにとんでもなく高価な装備品までいただいて、そのうえ服まで仕立てて貰ったら、わたしの貧乏性メンタルが臨界点を迎えてしまうッ!!
あーもう、義母様達があんなこと言うから!
気遣いの鬼が新たな仕事を見つけちゃったじゃないの!
「……物を大切にする気持ちも分かりますが、弟もいずれは社交界に出る必要がありますし、そのためにも家庭教師であるパメリア殿にももう少ししっかりとした衣装は必須でしょう?」
いやいやいや、マリク様の場合『社交界』の前に『人間界』の方にもう少し馴染んでいただく必要性があるかとッ!!
「……シャコーカイ……?」
だが、その言葉を聞いたマリク様が何故か興味を持ったように小さく呟いた。
「マリクは、社交界に興味があるのかい?」
アークヴェエル様も意外そうな顔で思わず問いかけた。
「……うん。……シャコーカイの貝殻……見てみたい」
「「……。」」
思わず、アークヴェル様と顔を見合わせてしまった。
社交界はそっちの貝じゃないかな……
「……あのね……エリスが……貝殻、集めてたの」
「まぁ、そうだったんですね。社交界には貝殻が無いんですけど、でも、海にはシャコ貝という大きな貝が居て、それの貝殻ならございますよ?」
「……海……」
「海か……マリクがもっと元気になったら、海に行ってみるのもいいかもしれないな……少し遠いけど……」
「……うん!」
確かに、聖皇国は港はあるけれど、海流の関係で周囲の海の水温は低い。
海で遊びたいなら、リゾートビーチがある属国まで足を伸ばす必要性が有るけど……
それを目標に、ゆっくりと体力を付けるのはアリかもしれない。
そんな事を考えていると、マリク様が少し興奮気味に口を開いた。
「……僕……まだ、大丈夫だよ? 先生の服、見に……行けるよ?」
おうふッ!?
マリク様からも散財の提案をなさらないで!?
「マリクもこう言っている事ですし……」
いや、別にわたしだって、かわいいお洋服が嫌いな訳ではないのよ?
むしろ目の保養的な意味では大好きですよ!?
だけど、ここでこんな贅沢を覚えてしまったら!
公爵家の家庭教師稼業を引退した後、生活レベルを戻すのに手間取りそうなのが心配なのよ……!
あの北宮で、蛇口から直接お湯の出る生活に慣れつつあるというのに……!
「で、でしたら、下町にも『服屋』がございますので! せめて、せめてそちらに行ってみませんか?!」
「パメリア殿がその方が良いなら……」
……そういう事になってしまった。
そんな訳でヘルメス宝飾店からは少し距離があるが、下町で服屋や布屋が立ち並ぶ問屋街の方へ歩いて来たのだが……
「はぁ、はぁ……こ、このあたり……なんだか、すごい……いっぱい、居て……」
と、途中までは割と体調が良さそうだったマリク様が急に息苦しそうに両耳をぎゅっと塞いで車いすの上で小さく背を丸めてしまった。
「だ、大丈夫ですか? マリク様……?」
「……はぁ、はぁ……」
「あまりマリクの調子が悪いようなら、今回、服屋は諦めましょう。」
「ええ、もちろんです!」
「……ちがう……もう、誰? ……やめて……やめてよ」
ふるふる、と首を振るマリク様。
どうやら、この辺りにはわたし達には認識できない何かが居るようだ。
気のせいかもしれないが、空……いや、空気が、ざらついたような違和感を覚える。
「……さ、今日は戻りましょう!」
わたしが車いすを反転させ、来た道を戻ろうとした時だった。
「やめてったら!!」
ぱぁんッ!!
「なっ!?」「!?」
マリク様の叫び声と同時に、わたし達が立っていたすぐ真横の中古服屋の展示用の服がはじけ飛んだ。
「も、申し訳ございません、お客様! お怪我はございませんだったべか!?」
気の毒な事に、少し北方の訛りが残った12,3歳くらいの若い店員さんが謝りながら散らばった服を集めるために、店内から顔色を変えて走り寄って来た。
「またおめぇか! 今度おかしなことをしでかしたらクビだからなっ!!」
その後ろから、店長さんらしき男性の怒号が飛んでくる。
「ひえぇ……す、すすす、すいませんです、ごめんなさいだべ!!」
いや、今のはむしろこちらが原因で……
「――え? エリス?」
エリスさんが悪い訳では……え?
マリク様の声に、服を拾い集めていた店員さんの視線が、声の聞こえた方――車いすに座るマリク様の子羊の瞳とぶつかった。
「えっ!? マリク? おめ……何で……ここに居るだ?」
一瞬、時が止まったかと思った。
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