030:遭遇!義母と義妹
「本日は、私の学生時代の友人が働いている店に予約を入れてあります」
翌日、わたしたちは街の役場前に降り立っていた。
なんでも、ご友人は魔道具技師を志し、主にアクセサリー型の装備品を作っていらっしゃるのだとか。
ちょっとわたしが想定していた実用品とはランクが違いすぎたのだけれどもアークヴェル様曰く
「弟の魔力暴走に巻き込まれた際に、パメリア殿をお守りする装備品は絶対に必要です!」
……とのこと。
さらに、それは流石に高価すぎませんか? と遠慮してみたのだが
「高価ではありません! 以前は髪を切られただけで命に別状は有りませんでしたが、あの衝撃破が身体を切り裂いていた可能性もありますし、こぶし大どころではない大きさの石や鋭利な木片などが飛び交っていたんですよ!? 女性の擦り傷は立派な傷です! 肉がえぐり取られなければセーフではありませんから!! パメリア殿は、もう少し肝を細くお持ちくださいっ!!」
と、少々しっかりめに叱られてしまった。
そんなやり取りをアークヴェル様と馬車の中で繰り広げていると、マリク様も不思議そうに首を傾げた。
「……先生……なんで、コーカだと、申し訳……ないの?」
「ほら、マリクもそう言っていることですし」
そこまで言われてしまうと、流石のわたしも、ぐうの音すら出すことができなかった。
しかし、アークヴェル様って本当に気遣いが出来る人だよね。
ただ、結構心配性だけど。
だが、冷静に考えてみれば、わたし個人では手が出ないような高級店に、合法的に入ることができるのだ。
気分を切り替えて、目の保養を楽しもうではないか!
そんな訳で、いつものようにアークヴェル様が役場で書類の発送手続きを終え、三人でご友人の働くお店へ足を向けた時だった。
「もっ、申し訳ございません!! アークヴェル・エーフェ様、あのっ、先程お預かりした荷物の件で……!」
と、役場の職員さんらしき方が顔色を変えてアークヴェル様を追いかけてきた。
「そ、その、エーフェ公爵様にお送りする、あの、た、大変、その、価値が高いものですので……! ま、万が一、荷物が盗賊や魔物などに襲われ、相手先に届かなかった場合であっても、その、弁済ができかねますので……!」
確か、アークヴェル様は、今回お父様のエーフェ公爵宛に例の龍魔石を送る予定、とおっしゃっていたな。
……そりゃ、役場の職員さんは慌てるわ。
「ええ、それについて、こちらは弁済などを求めるつもりはありません」
「はい、そう伺っておりますが、なにぶん……その、口約束ではなく、証書を交わしていただく必要が、はい。どうしても、その……金額が、金額なだけにっ!」
ペコペコと申し訳なさそうに頭を下げる職員さん。
「お時間は取らせません! 数枚の書類にサインと、規約了承の意思表示をお願いしたく……ッ!」
アークヴェル様は少し思案した後、懐から取り出した用紙に、さらさらっと何かをメモし、それと小さめの袋を一つわたしに手渡した。
「すみません。パメリア殿……友人の店は『ヘルメス宝飾店』という店で、すぐそこです。申し訳ないのですが、先に弟と一緒に店内でお待ちいただけませんか?」
おぉ、ヘルメス宝飾店!
わたしでも名前は知っている超有名店じゃないですか!!
懐に余裕のある貴族や中級以上の冒険者さんからも大人気の装備品を取り扱っているお店だ。
この道を進んだ角のお店で、すでにその看板はここからでも見えている。
「ええ、わかりましたわ」
「店の者に、このメモを渡して、クロード・ジダンを呼んでいただくようにお声がけください。」
「ご友人様はクロード様とおっしゃるんですね」
「ええ。彼なら腕も確かですし、私の弟の事も多少は知っていますので……では、少々失礼いたします」
職員さんと共に、役所へと踵を返すアークヴェル様を見送る。
「さ、先にお店に行っていましょうか」
「……え?……あ、うん……行く」
やはりまだ人混みには慣れないらしく、何故か両耳を塞いでいるマリク様にそう声をかけてから、ヘルメス宝飾店へと足を向けた。
……カラカロロン。
扉の手前まで行くと、鈴の音と同時に扉が自動でスッと開いた。
「いらっしゃいませぇ~?」
対応してくれたのはわたしとほぼ同い年くらいの女性店員さんだ。じろじろとわたし達を頭の先から足の先まで眺めると、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「あのぉ、ウチ、診療所じゃないんですけどぉ?」
と、不満げな様子で長い桃色の髪を弄っている。
「いえ、わたし達、アークヴェル様のお名前で予約をさせていただいているかと思うのですが……あの、クロード・ジダン様はいらっしゃいますか?」
「はぁ? ……確かに、アークヴェル・エーフェ様からご予約は承っておりますけれどぉ……」
店員さんは
『本当に? お前らの恰好……公爵家に関わりのある人間には見えないんですけど? 有名貴族の名前を騙ってる不審者じゃないの?』
と言う態度を一切隠さずにあからさまなため息をついた。
まぁ、仕方が無いよね。
わたし、場違いなほど質素な恰好だし。
「申し訳ございません、こちら……アークヴェル様から預かっております。クロード様にお渡しいただければと思います」
アークヴェル様のメモと小袋を差し出すと、店員さんは面倒くさそうに受け取ると
「……技師長に? 別に良いですけどぉ。ただぁ……技師長もお忙しい方ですしぃ、今、来客対応中なのでお待ちいただけますかぁ?」
と、メモと小袋を机に置いたまま、お店の奥の方へと姿を消してしまった。
「……お手紙……置いて……いかれちゃったね……」
マリク様が少し悲しそうに折りたたまれたままのメモの方を見つめて呟いた。
マリク様もエリスさんへ出したお手紙が戻ってこなかった事があるみたいだったし……
お手紙が途中で放置されてしまうことに対して、しょんぼりしてしまうのだろう。
「大丈夫ですよ。アークヴェル様もそんなに時間はかからないでしょうし。ゆっくり待ちましょうね」
「……はーい……」
わたしたちが店の壁際に寄って待っていると、先ほどの店員さんと、その接客を受けていたと思しきお客様の姿が見えた。
「奥様とお嬢様は、本当にお目が高くていらっしゃいますぅ」
「ほほほ、貴族のたしなみとして、この程度は……あら?」
「えっ? パメリア義姉様!? どうしてこんなところにいらっしゃるの?」
奥から出てきたのはババアンナ義母様と義妹のイヤミーナだ。
「まぁ……! お元気そうで何より、です、けれど……」
じとー……。
思わず二人の装いをまじまじと見つめてしまう。
うーん、二人とも、わたしが見たこともない新しいドレスを身に纏っているし、手に付けているアクセサリーも恐らく新品。
あーあ……あんなに散財してしまって……!
ウチにそんな余裕は無いって止めていたのに。実家のお財布は大丈夫なのか?
だが、私が何か言うよりも早く
「まったく、そのおぞましい顔を晒して街を歩くなんて! 最悪だわ!」
「義姉様ったら、こんなお店に来るのに継ぎのないお洋服も無いなんて! 平民の使用人よりもみすぼらしいじゃない!」
と、まくし立ててきた。
「あのぉ、お知り合いですか?」
「いいえ! こんなみっともない女は存じ上げておりませんわ」
「不愉快ですわ~、早く追い出して差し上げて~?」
と、店員さんに無茶振りをかますイヤミーナ。
「イヤミーナ、店員さんに無茶を言わないの」
わたしの叱責が気に入らなかったのか、頬を膨らませて癇癪を起してしまった。
「ふん! なによ! 偉そうに!! 店員さん、ホントにさっさと追い出してよ! 次はイヤミーナのネックレスを見るんだから! 邪魔よ、邪魔ッ!!」
やれやれ。
ファリスン……いや、ハリセェンだっけ? を持ってくればよかったなぁ。
「次はって……予算は大丈夫なんですか?」
「あ、あたりまえです! 第一、多少使っていない不用品を売り払ったって、もうあなたには関係ないでしょう! このドレスやアクセサリーは、イヤミーナが立派な殿方を射止めるための投資だ、と前から言っているでしょう!」
こりゃ、実家で保管していた財産を手放して換金しているな……?
いや、それにしてもこれだけ散財するとなると……
もしかして貴族の位を捨てるつもりなのかしら?
確かに。
もうお父様もいらっしゃらないし、義母様達に爵位の維持……
言い換えれば、毎年、貴族としての定額税を国に納め続けること――は難しそうだから、爵位を返上し、今ある財産を使い切って、ここでイヤミーナの婚活に賭ける道を選んだだけかもしれない。
イヤミーナは可愛らしい顔立ちをしているし、魔力量も下級貴族にしては高いから、悪くない選択だろう。
……着飾る事よりも、もうちょっと素直で口が悪くなければ、もっと引く手数多だと思うんだけど……
いや、でも男性の選択基準では、見た目も重要か。
それならば、わたしがとやかく言う必要は無いだろう。
……カラカロロン。
「……失礼。……パメリア殿?」
「あ、アークヴェル様」
わたしたちが入口付近でたむろしていたせいで、遅れて入って来たアークヴェル様と鉢合わせしてしまった。
「クロードは?」
「先程、店員さんにお願いしたところなんです」
「そうなんですね。……本日予約しています、エーフェ公爵代行、アークヴェルです。先程、こちらのパメリア殿にクロードを呼んで貰うようメモを渡したのですが……」
にっこり。
白馬に乗った王子様も霞むと言わんばかりのアークヴェル様の営業スマイルを真正面から浴びた、わたしと同じ年ごろの店員さんは、頬をピンクに染めながらも顔色を悪くする、という絶妙に奇妙な表情で喉の奥から「ふひっ!?」という悲鳴のような音を漏らした。
「い、い、いま、すすす、すぐにお呼びいたしますぅぅぅっ!!!」
接客中だったはずの義母様たちをほっぽって、淑女としてギリギリ許されるラインで、全速力でメモと小袋を握り締め奥へと走っていく店員さん。
「ま、まぁぁ、これは、これは、エーフェ公爵代行様! ふつつかな義娘が大変お世話になっておりますわ!」
「これは……レイン子爵夫人? レディ・パメリアには非常に良くしていただいており、私も弟も大変、助かっております」
ババアンナ義母様とイヤミーナは仲良く揃って頬を染める。
まぁ、微笑みの貴公子の顔面オーラが直撃すると、そうなりますよね、わかります。
「あ、あのっ! わたくし、義妹のイヤミーナと申しますわ! アークヴェル様はどんな女性がお好きですの? わたくしにお教えいただけませんか?」
瞳をうるうるキラキラさせてアークヴェル様を見上げて可愛く首をかしげるイヤミーナ。
「えっ……?」
「申し訳ございません、下の娘には、まだ婚約者がおりませんので、アークヴェル様のような素敵な殿方に釣り合うにはどうするべきか悩んでいたようでして……ほほほ!」
「ああ、なるほど。……そうですね」
アークヴェル様は困ったようにチラリとわたしの方を見た。
多分、わたしから「貴族女性の理想像」を教えられるより、アークヴェル様の口から話していただいた方が素直に聞けるだろう。
わたしは、義妹に「貴族女性の理想像」をお伝えいただけるように願いながら小さく頷いた。
「やはり『教養があり、礼儀作法をわきまえ、精神的な気高さを持つ女性』でしょうか?」
アークヴェル様は穏やかに『貴族女性の五大美徳』のうちから3つをチョイスして伝えてくださった。
ちなみに、残りの2つは「容姿の美しさ」と「魔力量の多さ」なので、後天的に努力できる限界が、ある程度は見えている要素だ。
「もぅ! 違いますわ! そうではなくて、アークヴェル様の個人的な好みのお話ですの!」
だが、イヤミーナは納得できなかったらしい。
我儘を言えるのは子供の特権とばかりに、可愛らしく頬を膨らませた。
「そうですね……では、お姉様のパメリア殿を見習ってみてはいかがですか?」
アークヴェル様は苦笑した様子で、当たり障りない答えを出したつもりなのだろう。
あっ……でも、義母様やイヤミーナに対してわたしを褒めたりすると……
「んまぁ! 義姉様を見習うところなんてありませんわ! あのおぞましい素顔を恥じらいもしないうえに、場もわきまえず、どこでもボロの服を着て恥ずかしい! いつも偉そうにイヤミーナのすることに文句ばっかりですのよ?!」
「左様ですわ、アークヴェル様! あんな不気味な顔の女よりも可愛いイヤミーナをお側仕えにさせていただければ、日々の安らぎや華やぎが増しますわ!!」
あーあ、やっぱり。
二人とも、どうしてもわたしの事が気に入らないんだよねぇ。
ただ、無難な答えに真っ向からNOを突き付ける二人に、流石のアークヴェル様も表情を曇らせた。
「いえ、当家に必要なのは弟の家庭教師ですので……」
「あ~ら、下のお坊ちゃまだって、義姉様のような不気味な顔の女より、わたくしの方がずっと良いはずです、わひっ!?」
「……?」
それまでは手紙を持って奥へ消えていった使用人さんの方をずっと見つめていたマリク様だが、色々と囃し立てるイヤミーナを不思議そうに見上げた。
蒼銀色の髪に瞳孔が横に避けた子羊の瞳。
その瞳と視線を合わせたイヤミーナが引き攣った悲鳴を上げた。
「何よ!? ばけも……ぬぉっじゃなくて、お、お可愛らしい……弟様ですわね、ふぉふぉふぉ」
義妹よ……「ほほほ」と笑えていないんだなぁ……
明らかに顔を引きつらせるイヤミーナと義母様。
わたしは可愛いと思うんだけどなぁ……マリク様のこの瞳。
「「おっ、お待たせいたしましたっ!!」」「アークヴェル・エーフェ様、特別応接室へご案内いたしますわ!」「レイン子爵夫人とお嬢様はこちらへ!!」
と、先程の顔色の悪い店員さんが、もう一人ベテランらしき店員さんを連れ、二人体制でこちらに駆け寄って来た。
「では、失礼します」
アークヴェル様は少し冷たい声色と表情で義母様たちに背を向けるとサッとベテラン店員さんの案内する方へと足を進めた。
「それでは、義母様、イヤミーナ、ごきげんよう」
「っ!!」
ギリィッ! と歯ぎしりの音が聞こえたのは気のせいだろうか?
「アークヴェル様、マリク様、失礼いたしました。……義母と義妹がご迷惑をおかけしてしまい……」
「……いえ、パメリア殿が謝る必要はありません。しかし……レイン子爵夫人や妹殿は、いつもあのような言い方をされる方なのですか……?」
アークヴェル様が嫌悪感をあからさまに表情に出すのは珍しい気がする。
「え、ええ……まぁ……あ、でも、当たりが強めなのは、わたしに対して特に強いだけで……一応、目上のお相手にはそこまで酷いことは無いと思います」
「……人間性は、身内や目下の人間と接する時にこそ出るものだと思うのですが……」
「ハイ……オッシャル通リデ……ゴザイマス」
駄目だ。フォローもできない。
「あ、いえ、その……パメリア殿を責めている訳では……!」
一転、焦った様子でわたしのフォローをしてくれるアークヴェル様は本当に心が広すぎる。
義母様たちにアークヴェル様の足の爪の垢でいいから煎じて飲ませて差し上げたい気分で、わたし達は特別応接室へと向かったのだった。
面白いと思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
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