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029:つまり筋肉、そして筋肉


「正直、面目ありません……パメリア殿には……本当に、本当に、ご迷惑ばかりで……!」


 翌日、珍しくアークヴェル様の方からわたしに呼び出しが掛かったので、執務室を尋ねると、深々と平身低頭の全力謝罪を受けてしまった。


「いえ、そんな……それより、昨晩の事は……?」


 一瞬、ピクリと身体を震わせ、しばらく頭を下げたまま硬直していたアークヴェル様だが、観念したかのように口を開いた。


「…………覚えております。パメリア殿が龍魔石をお持ちいただき、私の愚痴に付き合っていただき、その後、私が踊り狂って倒れるまで……」


 あ。どうやらかなり完璧に覚えていらっしゃるご様子。


 お酒を召し上がると、記憶を無くされる方も多い中で、アークヴェル様の場合は行動のリミッターは外れがちになるけれど、記憶のリミッターの方は非常にしっかりしているご様子。


 ……ある意味、気の毒な人である。


 どうやら顔色が優れないのは、二日酔いと、あの貴公子としては論外な奇行を反省しての事なのだろう。


 だが、マリク様の奇行に比べたら、アークヴェル様のそれは常識の範疇から出てはいない。


 ……精霊暴走やら内臓乱舞に比べたら、かわいい、かわいい。


「えーと……あの宝玉は壊してしまって良かったのですか?」


「はい、そこは問題ありません」


 アークヴェル様は、壊してしまった宝玉の話が出たところで、何故か少しすっきりとした晴れやかな表情を見せた。


 あ、良かった。


 結構、値打ちものっぽく見えたから、酔っぱらった勢いで壊しちゃったけど、実は壊しちゃダメだったもの……だったら目も当てられないところだった。


「今回……いろいろありましたので、その……お詫びとお礼を兼ねて、私からパメリア殿にお贈りしたいものがあるのです」


「えっ? いや、そこまで気にされなくても……」


「いいえ! これは、私にとってもけじめというか……ご迷惑かもしれないのですが、貴女に受け取って欲しいのです」


 そこまで言われては、断固拒否するのも気が引ける。


「えーと、その、いただいてしまってよろしいんでしょうか……?」


「是非、受け取ってください。つきましては、後日、町へ一緒に行きたいのですが……構わないでしょうか? 普段使いにしていただくような装備品は装着時のサイズ調整などもありますし……」


 なるほど、「はいどうぞ」と、渡して終わりって物じゃないって事か。


 ん? サイズ調整って……公爵家の方が使うようなオートクチュールなお店ってこと?

 そんな豪華な物は身の丈に合わない気がするんだが……?

 わたしの困惑を読み取ったかのように、アークヴェル様が言葉を続ける。


「ご安心ください……と、言って良いか分からないのですが、どちらかというと実用品ですので、逆にあまり期待されると申し訳なく……」


 おお、実用品! それはありがたい。


「パメリア殿は実用品の方がお好きかと思いまして……」


「ええ、実用品は助かります! それであれば、ありがたくいただきます!」


 流石に下着やら女性専用用品は気まずいので別だが、破れてしまった服を繕うための糸や指ぬき、あて布にできる端切れがいただけるとうれしいなぁ。


 マリク様の暴走に巻き込まれた時に着用していた服は、数か所切り裂かれたように破れてしまっているので、繕っておかなければいけないし……


「あと、できれば弟も一緒に連れて行けるとありがたいんですが……あの子にも渡しておきたいものが有りますので……」


 アークヴェル様が何やら深刻そうな表情でそう呟いた。


「かしこまりました、今はまだ高熱と咳が残っておりますが、来週くらいには回復できると思います」


「それと、パメリア殿……あの子に、自分自身の力で【魔波結界(マジック・シールド)】を壊せるような術(すべ)を教えていただくことは可能でしょうか?」


「えっ?」


 思わず、その問いに「すぐには無理です」と答えそうになるのを堪える。


 【魔波結界(マジック・シールド)】を破壊するには、魔力の込められていない物で、ぶん殴るのが一番簡単なのだが……マリク様ってスプーンやコップより重い物、持った事が有るのか?


 思い返せば、本を読むときでさえ本棚から勝手に本が浮いてマリク様の手元まで飛んできていたし、魔道インクなんかも、サイコキネシス系の魔力で物を包み込んで動かしていたはずだ。


 【魔波結界(マジック・シールド)】が、いくら物理に弱いとは言え、触れたら壊れるシャボン玉レベルという訳ではない。


 せめて、子供用マグカップを私の身長より高く投げ飛ばすことができる程度の筋力は必要だろう。


  つまりは、筋トレだ。


「今、すぐには……まずは体調を整え、ある程度の練習が必要だと思います」


「そうですか……」


「でも、どうして急に?」


 わたしの問いに、顔を曇らせて何やら思案するアークヴェル様。


「……その……いえ、まだ……私の口からは……申し訳……ありません」


 何とも苦し気に、絞り出すような声で、そうポツリとつぶやいた。


「ただ、ゲドーダ殿のメモによると……いや、そうさせないためにも、あの子にも抵抗できる手段があった方がいいかと……」


 そう言いながら、握りしめたような折り目がついたメモを執務室の一番上の引き出しへとしまい込む。


 まぁ、公爵家の事情を何から何までつまびらかにする訳にはいかないのだろう。

 特に上流階級の場合は、子爵家(ウチ)と比べて、守るべきものも多いだろうし。


 それでも、何となく……あの主治医さんのお名前が出た時点で、マリク様自身が抵抗できる手段があった方が良い、というアークヴェル様の意見には大賛成だ。


「かしこまりました、全力を尽くさせていただきますわ!」




 そんな訳で、アークヴェル様の呼び出しから3日後、マリク様の体調も回復したので、マリク様が個人で【魔波結界(マジック・シールド)】を壊せるのか、調査してみることにした。


「マリク様、一つ質問なんですけれど、マリク様って魔力を使わずに物を投げたりすることってございます?」


「……え、と?」


 不思議そう、というよりも何を言われているのか分からない様子で頭に「?」を浮かべるお坊ちゃま。


「こういう事ですよ?」


 わたしは、その場で近くにあった龍魔石をぽん、と天井に向けて軽く放り上げるとそのまま落ちてきた石をキャッチする。


「分かりました?」


「……やったこと、ない……」


 ないんだ……


「では、やってみましょうか」


 わたしは、龍魔石をマリク様に手渡すが、マリク様は「ん~……」と言ったっきり、しばらく両手で龍魔石を握り締めていたものの、膝の上に置かれたそれをゆ~っくりとお腹のあたりまで持ち上げた時点で


「……むり、重い……」


 と、ぽてん、と両手を離してしまわれた。

 そして、宙に浮く龍魔石。


「へ!?」


「……この方が……らく……」


 と、ジト目のまま龍魔石をぽん、ぽん、とお手玉のように投げ飛ばしているお坊ちゃま。

 ただし、その起点は両手ではなく、マリク様の胸の前の空中。


 ……魔力で操作しているのが明らかだ。


 そ、そうかぁ……マリク様レベルになってしまうと、身体を使うより魔力を使う方が楽なのね……


 これは、下手したら普段の食事でも、マグカップを両手で持ち上げているのではなく、魔力で持ち上げたマグカップに両手を添えている、だけなのかもしれない。


「わかりました。流石にそれは重すぎますよね……では、これならどうです?」


 わたしは、ささっと近くにあった紙を折り、紙カモメを作ってお坊ちゃまに手渡した。


 この紙カモメは上手く投げるとふわりと飛ぶ、子供向けの紙折り遊びとしてメジャーなものである。

 これなら、重くはあるまい。


「魔力を使わずに投げてみてくださいな」


「……えいっ!……あれ?」


 ぺひゅん、とベッドの端に到達することなく落下する紙カモメ。


「ん~……えいっ! ……むぅ……えいっ!」


 マリク様はベッドの上から飛び出すことなく落下する紙カモメを、サイコキネシスで手元に戻し、再度投げる……という、ぱっと見は何をしているのか判別しづらい事を数回繰り返すと大きく何度も息をついた。


「……はぁ、はぁ……こ、これ……疲れ、る……」


 両手をだらんとさせるお坊ちゃまの様子に、わたしは、物理攻撃までの道のりは長そうだぞ……と悟ったのであった。


 筋肉は、一日にしてならず……で、ある。


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