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028:酒と弱音とワルツを君に


「さ、マリク様、お夕飯を召し上がっていただいてから、休みましょうね」


「……うん……先生、ありがと」


 あのゲドーダさんの襲来事件だが、一つだけ良い事があったとしたら、マリク様がわたしを「家庭教師」として完全に認めてくださった事だろう。


 それに、毎回食後に断られ続けていたあの薬……あれについても、あの方が処方したものである……ということで、襲撃以降は処方すること自体を止めている。


 まぁ、作っても飲んでくれた試しは無いし、あの無駄な作業を一つ完全に破棄できたのは地味に助かった。


 あの薬を作るのに薬草代もそれなりにかかっていたし、煮出す時間が必要な分、台所の負担も大きかった。


「そりゃ助かるよ! マリク坊ちゃんのお薬を処方しなくて良いなら、コンロが一口空くからね!」


 その代わりに、とパンナさんが淹れてくれたほんのり甘い薬草茶をマリク様には「お薬」として召し上がっていただいている。

 こちらの薬草茶、魔力多可症には効果は無いものの、食べ物の消化吸収を助ける役割があり、覚醒効果のあるカファインも入っていないので食後に飲むにはぴったりである。


「……これ、おいし~。……飲んでも、気持ち悪くならないから……好き」


「パンナさんにお礼を言わないと、ですね」


「……うん……ごほっ、ごほっ……」


「あらあら……まだ、少し咳が出ますね……お熱も高いですし……これを飲み終わったら、ゆっくり休みましょうね」


「……はい。先生、おやすみなさい」


 薬湯を飲み終わると、素直に歯磨きを済ませてベッドに横になるお坊ちゃま。精霊さん達もいつも通り、マリク様の周りでキラキラ、ぽわぽわしているだけで、荒ぶる様子は無い。


 こちらは、まだ多少、体力の消耗などはあるものの、順調に回復傾向だと言っていい。


 しかし……

 わたしは、部屋の隅に溜まった龍魔石を眺めながら腕を組んだ。


 アークヴェル様の方は大丈夫なのかしら……?


 あの後、お母様に事情を聞いてくる、という話は伺ったものの、戻られてからというもの……

 何を尋ねても、どこか上の空だし、顔色もずっと悪いし……


「一体、どうしたのかねぇ? アークヴェル様は?」


 と、パンナさんが不振がるくらいお食事の量が減っているらしく、朝食も昼食もほとんど手を付けられていない、とのこと。

 いつもは好き嫌いなく何でも召し上がっていただける方なのに、と首をかしげていた。


 夜は貴族としての社交界などの予定が詰まっていたはずなのに、そのほとんどをキャンセルし、自室に閉じこもっている。


「……何か……アークヴェル兄さん、おかしくないか?」


 と、基本的には週末しか別邸に戻らないはずのセレス様でさえ違和感を覚えたのか、空っぽの魔石を貰いに行った際に、わたしに


「おまえ、ずっと屋敷に居るんだから、何か知らないか?」


 と尋ねられる程だったのだ。


 何か知らないかと言われましても……多分、マリク様の治療方針についてお母様とご相談をされた、くらいの事しか分からない。


「とりあえず、この龍魔石、アークヴェル様の所にお届けしなきゃ」


 わたしは、箱に詰めた龍魔石を持って中宮のアークヴェル様の執務室へと足を向けた。


 ……コンコンコン。


「失礼します……うっ!?」


 扉を開いた瞬間、鼻の奥を殴りつけてくるようなこのアルコール臭……!


「アークヴェル様……?!」


「……ん、あー……パメリア殿ぉ?」


 うわぁ!? 机の上だけじゃなくて、床にも空の酒瓶!?


 しかもこれ、社交の席で良く使われる度数の低いワインじゃなくて、冒険者さんとかが、賭けとか飲み比べに使うような度数のキツイお酒じゃないですか!?


「……どーされましたぁ、こんな夜更けに? ……ヒック……」


「飲みすぎですよ!? べろんべろんじゃないですか!?」


 目の下にはうっすらと隈が刻まれ、少しやつれたような印象なのに、湯上りよりもピンク色に染まった顔で困ったような笑顔を浮かべ、いつもの執務席ではなく、休憩用らしきソファにだらしなく腰かけているアークヴェル様。


 わたしは龍魔石を部屋に置くと、急いで水差しから真水……だよな? うん。

 真水をアークヴェル様に手渡した。


「あははは、も~……飲まなきゃ、やってられませんよぉ、私だって……ははは」


 笑い声をあげているのに、泣きそうな顔で何やら手にしている紫の宝玉を弄ぶアークヴェル様。


 多分、「何があったのか」「話せば楽になる」なんて、今日までに何度尋ねられてきたか分からない程、投げかけられてきたんだろう。


 でも、アークヴェル様って……弱音吐くの、下手そうなんだよなぁ……


 見れば、私が手渡した水を飲み欲し、その器にまたしても濃そうな琥珀色の液体を注ぐアークヴェル様。


「パメリア殿も、ご一緒にいかがです~、ははは」


「……そうですね。では、いただきます!」


 仕方がない。

 受けて立ってやろうじゃないですか。


「えっ?!」


 まさか、この状況下で誘いに乗るヤツが出るとは思わなかったのか、誘っておきながら驚いたように目を丸くするアークヴェル様。


「え~と……では、何にします? ああ、あそこにあるものはお好きにどうぞ」


 書斎棚の奥にはセラーでもあるのか、アークヴェル様が指さしている棚には、高そうなボトルがいくつも並んでいる。


「あ、では、わたしはミネラルウォーターを水割りでいただきますね!」


「はい、どうぞ~。……ん?」


「はい、アークヴェル様、カンパーイ!」「か、カンパイ~」「お隣失礼しますね」


 一瞬、何かを考えるように首を傾げたアークヴェル様だが、わたしの水割りグラスと、アークヴェル様のグラスがチリン、と音を立てた。


 ぐっと二人一緒にグラスを空ける。


 しばらく、沈黙が続いたが、ぽつりとアークヴェル様が話し始めた。


「…………パメリア殿は、どうして……どうして、いつも、そんなに……迷いなく、正しい……正しい道を行くことができるのですか?」


「え?」


 正しい道……かな?

 そんなの気にしたことないけど……?


「私は酷い人間です……いっそ、その窓から飛び降りてしまえば楽になるのに……怖くてできない」


 いや、ここ、5階ですからね!? 

 飛行系の魔術を使わずに飛び降りたら「楽になる」の意味が、この世とおさらばの方向ですよ?

 そりゃ、怖くてできないのが普通ですから!?


「母上を、止めることが正しい……と、分かっているのに……母上の言うとおりにする事も……正しいと、思ってしまっている……だから、母上を止めることもできずに、こうして……何もできずに……無駄に息をしているだけの……駄目な、駄目な人間なんです」


 消え入りそうな震える声に、思わずアークヴェル様の背を優しく撫でた。


「アークヴェル様……わたし、正しい道なんて選んでいませんわ」


「でも……」


「わたしの父からの受け売りなんですけど……『何が正しいかよりも、何が楽しいか』で行動した方が人は幸せになれるって。……だから、わたしはいつも自分が楽しい方を選んでいるだけなんです」


 だって「正しさ」なんてものは、時代でも立場でもコロコロ変わるし。

 戦争なんかは、どっちも自分たちが正しいと思っているから起こる、というのは有名な話だ。


 この家庭教師の仕事だって、断固拒否して実家で働き続ける事だって、やろうと思えばできただろう。


 ……でも、実家でババアンナ義母様の元で働くよりも、外に働きに出られるのは楽しいかもしれない、と感じたのは確かだ。


「アークヴェル様は、どちらが楽しいですか?」


 わたしの言葉を聞いたアークヴェル様が、最初ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしていたのだが、突如、ボロボロと涙をこぼし始めた。


 えええええ!?


「は……ははは……そうです、本当……そう。昔、似たようなことをママリア殿からも言われました……」


「え?」


 ふと、肖像画の優しそうな第三夫人の笑顔が思い浮かんだ。


「己が心に、従えと……あるがままでも、いい、と……ふふふ。あの頃は……一時の平穏、でした……」


 確か、第三夫人のママリア様は、アークヴェル様たちの保育士みたいだった、と聞いているが……

 もしかすると、実質は母親のぬくもりそのものだったのかもしれない。


「……私は、私は……ふふふ、もう、分かっていたことです。くくく……ははははは!」


 アークヴェル様は、両目から涙をこぼしながらも爆笑する、という器用な真似で椅子から立ち上がった。

 手にしていた空いたグラスと紫の宝玉を机に残したまま、新たな酒瓶を手に取ると


 ガシャン!!!


 ついさっきまで大切そうに握りしめていた紫の宝玉を叩き割った。


「!?」


「あはははは! 私は……こんな風にしか選べない……。ふふふっ……くくくっ、さぁ! パメリア殿!! ご一緒に踊りませんか? ははははは」


「えっ!? あのっ!? えぇッ!?」


 何かを吹っ切ったような笑みで突然ワルツを踊り出そうとするアークヴェル様。

 瞬間、何かの魔道具か!?

 アークヴェル様の言葉に合わせて明るいワルツ曲が流れる。


「ちょ、アークヴェル様!?」


 ご機嫌でステップを踏んでいたのだが、突然、へにゃり、とわたしの方へと倒れ込んできた。


 うおおおおおお!?


 重い荷物は身体に密着させ、全身の骨格でささえる重心移動ぉぉぉぉ!!!


 ふんぬぅんッ!

 さすが成人男性……っ!

 だが、塩一樽分よりは軽いわァッ!!


 倒れ込んできたアークヴェル様を背負う形で担ぎ上げると、広いソファの上へとおろす。


「……ふぅ」


 あれだけ強いお酒をかぱかぱ空けて、突然踊り狂ったりしたら、そりゃ、倒れますわ!!

 大丈夫か!?


「アークヴェル様? ……寝てる……」


 まさか、公爵代行様に押し潰されそうになるとは思いもよらなかった。

 やはり、重い荷物の運び方を身につけておいてよかった。


 呼吸は普通だし、幸せそうな寝顔だから多分、大丈夫だと思うけど……?


 わたしは、とりあえず部屋中に転がる酒瓶と壊れた宝玉の掃除にとりかかったのだった。


面白い・ミネラルウォーターは水割りに限る!と思ったら☆を5個か4個

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皆様の感想と、本文のミネラルウォーターの水割り 胸に来ます 下戸なので、親に付き合ってあげられないから、そのままにしていたけど あの頃、その水割りやお湯割りで付き合えばよかったな…
うちの親が酔いすぎて、お湯の水割り作ったの思い出しました(ノ∀`)
ミネラルウォーターの水割りは個人的に新しかった… 今度からそれ使います……
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