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027:【side・アークヴェル】④

 【sideアークヴェル】


 あの魔力暴走で出た怪我人はゲドーダ殿一行を除くと、パメリア殿とマリク本人だけだった。

 馬車に繋がれたままだった馬も、御者にも怪我は無かったのは不幸中の幸いと言っていいだろう。


 ただ、その分、一番近くで弟の暴走に巻き込まれてしまったパメリア殿には大変申し訳ないことをしてしまった。

 擦り傷や切り傷のような細かい傷だけでなく、背中まで伸びていた美しいミルクティー色の髪が、肩辺りで無残に断ち切られてしまったのだ。


「気にする必要はありませんわ! 髪なんてまた伸びますし、切られたところで痛くもありませんから」


 屈託ない笑顔で断言されてしまった。


 さらには、「そんな事より、アークヴェル様やマリク様の方が、顔色が良くありませんわ!」と、こちらを心配される始末。


 ……二人をまともに守れなかった自分が、兄として、男として……人として情けない。


 そして、なぜ弟を無理やり追い詰めるようなことをするのか、ゲドーダ殿を問い詰めた際の言葉。

 何故か、忌々しそうに顔をゆがめると、ただ一言。


「ヤンデルーナ様とお話しされては?」


 と、返されてしまった。


 一体……どういうことなんだ?


 私は、小さくため息をつきながら、動く馬車から窓の外を見た。

 比較的通いなれた道。


 あの後、早急に母上と連絡を取った結果、


「貴方にお話ししておくことがあります。都合をつけて、わたくしの住む別荘においでなさい。」


 という連絡を受け、今、まさに母上の元へ向かっている途中だ。


 母上は、ちょうどカネモティア殿が実家に戻られた頃から、少し体調を崩し……療養のために、父上の居る本宅とも、私達が普段過ごしている別邸とも違う別荘で暮らしている。


 馬車で一刻程度の距離だが、この辺りは質の良い温泉が出るため、昔から母上が気に入っており、ほぼ母専用別荘となっている屋敷だ。


 子供の頃は私も毎週末のように通っていたものだが、成長に伴い、毎週末が隔週になり、月一になり、母上に呼び出されたら……と、通う頻度は落ちてしまっていた。


「アークヴェル様、間もなく到着いたします」


「ああ。ありがとう、いつものエントランスに付けて欲しい」


 降り立ったエントランスでは、よく整えられた庭木に小鳥がさえずり、木々の香りが漂っている。

 空は青空が広がっているし、実にすがすがしい空気……なのだろう。


 だが、私にとっては……少し重いような気がするのだった。




『アークヴェル様がご到着です! アークヴェル様がご到着です! ピピピピピッ!』


 母上が気に入っている小鳥を模した小さな魔道具が、パタパタと飛び回りながら鈴のような声を上げると同時に扉が開く。


「よく来てくれました、アークヴェル」


「母上も、ご健勝で何よりです」


 いつもの応接室で、ゆったりとほほ笑む母上の様子は、怖いくらいに、いつも通りだった。


 子供のころと比べると、多少、髪に白髪が混じったり、肌に皺があったりもするが、それでも、母上のスタイルは変わりがない。


 ほっそりとした体に馴染む白ベースのマーメイドスタイルドレスに淡い薄紫のケープ。


 私と同じ色の……というよりも、私の髪質は母譲りだ……髪をゆるく纏め、長く後ろに伸ばす。

 そして、額のヘッドドレスには小さな龍魔石が輝いている。


 傍らの杖に留まった魔道具の小鳥が『よく来てくれました、チチチチチ……』と母上の言葉と小鳥の声を交互に響かせていた。


 これらの装いは、皇族がラフに休日を過ごす際の様相なのだ、と以前母上が教えてくれたものだ。


「アークヴェル、貴方は先日ゲドーダ先生にご迷惑をおかけしたそうですね?」


「あ……」


 私が何か尋ねるよりも早く、母上が手にしていた扇子で口元を隠しながら、少しあからさまに視線を逸らした。


 その視線の先にたたずんでいたのは、不機嫌そうに足を組み、あごに湿布を貼っているゲドーダ殿の姿だ。


 どうやら母上の「ゲドーダ殿に謝罪しなさい」という合図のようだが、私はあえて何も言わずに言葉を続ける。


「その事なのですが、私からも母上に確認したいことがございます」


「……ふぅ……」


 母上は、やれやれ、といった様子で小さく息をつくと


「やはり……仕方がなかったとは言え、貴方を別荘(こちら)で教育できなかったのは、悔やまれます。」


 と、呟いた。


「可愛い貴方が、あの女に毒されてしまったと思うと、断腸の思いです」


「……カネモティア殿の事でしょうか? 私は別に彼女の」「ちがいます」


 ?!


 母上の珍しく強い口調に、思わず言葉が音になる前に、喉の奥で潰れて消えた。

 母上が「あの女」と呼ぶのはカネモティア殿だけだったと記憶していたのだが……?


「第三夫人、ママリア。……あれは、貴方の魔力量を増やすための『薬』を生み出すためだけの道具に過ぎなかったというのに……」


「……それは……、どういう?」


 背中に冷たい汗が伝う。


「アークヴェル、貴方も皇家が管理していると言われている『禁書』の事は聞いた事があるでしょう?」


 その存在は聞いたことはあるが、公爵家の人間と言えども『禁書』と呼ばれる類の魔術について知ることは許されていない。それは元皇族である母上自身ですら同様だ。


 むろん、嫁ぐ前に学んだ知識はあるのかもしれないが……


 私の中で、何かとてつもなく嫌な予感が膨れ上がる。

 胃袋から酸っぱい何かが逆流しそうになるのを堪えた。


「……良いですか? 当家の歪み……そもそもの原因は、わたくしが貴方を魔力量豊富な子として産んであげられなかったこと……それについては、慙愧(ざんき)に耐えません」


 母上の声は大きくはない。

 むしろ、悔しさ・辛さ・やるせなさに満ちた……慟哭(どうこく)のようだった。


「ゲドーダ先生の秘術は、その『禁書』の記述に近い『装備した者の魔力量を増加するための魔道具』を作るための術なのですよ。」


 ふと、昔から母が「貴方の魔力量は必ず、わたくしが増やしてあげますからね」と、言っていたことを思い出す。


「流石に、ここまで母君からハッキリと言われれば、純粋なアーク坊ちゃまであってもご理解できますでしょう?」


 ゲドーダ殿が母からバトンを受け取ったように口を開いた。


「最も魔力をためることができる物質は何か? ……魔石? 教本ではそうなっているかもしれません。……ですが、実際は違います。魔力を生み出すことが可能で、さらにはそれを操ることもできるもの」


 それは……


「そう。……人間です」


「アークヴェル、わたくしが何度も言っていたでしょう? あれの事で貴方が気に病む必要などない、と。マリク(あれ)は貴方の為の魔道具の素材に過ぎないのです。」


 かちり。


 ……!!

 不可解なピースが、はまる音。

 同時に、目の前が暗くなるような衝撃。


「それなのに……あれを『弟』だなんて……あれに情を持たせてしまったのは……そうなるような育て方をする女に貴方の事を任せてしまったのは……わたくしの不覚でした。ごめんなさいね、アークヴェル。」


 私に謝罪の言葉を投げかける母上は、いつもと変わらない様子で……それが一層、息が詰まる。


 その様子に何か思う事があったのか。

 ちらり、とゲドーダ殿を見た母上の視線にわずかな非難の光が混ざった。


「あれが生まれた時に、さっさと済ませてしまえればよかったのに……」


「……申し訳ございません、ヤンデルーナ様。ですが、あ(・)れ(・)は、当時私が聞いていた想定をはるかに上回る魔力量だったために仕損じましたが、二度と同じ轍(てつ)は踏みません。あと少しあれの魔石化が進行できれば、すぐにでも心臓を抉り出して坊ちゃまのための人工魔石《ブラッティ・クリスタル》をお作りします」


「待ってください! そんな……! それでは、あの子の命は!」


「そのための命です。くだらない感傷は手放しなさい、アークヴェル」


 そういうと、母上は、自分の杖に留まっていた小鳥の魔道具を机の上に移動させた。


「ピピピ、チチチチ」


 場違いに明るい小鳥のさえずりが耳に突き刺さる。


「御覧なさい。……愛していますよ、わたくしの可愛いアークヴェル」


 がしゃん!


「ピヂィ……!」「なっ!?」


 そう言うと、母上は突然、手にしていた杖でお気に入りの小鳥型の魔道具を叩き潰した。

 あれは、母上が輿入れする前から、ずっと、いつも手元に置いていた品だと……


「人の言葉を理解するように振舞ったとしても、所詮、道具は道具。」


 凛とした様子で私を見つめる母の視線は、暖かさを嘯(うそぶ)く真冬の満月の光。


「よくお考えなさい。貴方があれのような豊富な魔力量を得ることができれば、お父様も、国も、誰も……例え『鍵』をあの女が持っていたとしても、貴方が『次期公爵』となることに文句をつけられることは無いのですよ」


「お坊ちゃまは、まさか外国に住む異母兄弟などに爵位やエーフェ家の富を譲る気なのですか? 国家の財産を外国に売り払うなど、逆賊のすること。公爵殿も私の仕事を黙認している、という事実をご理解ください。ヤンデルーナ様のお気持ちを無下にしてはなりませんぞ? さ、お坊ちゃま……」


 ゲドーダ殿はそういうと、私の手に紫色の宝玉のようなものを握らせてきた。


 これは……以前、母が弟に贈ったあの『魔力量を増やすため』の魔道具……


「以前の物より、高性能にしてあります。あ(・)れ(・)を処置室に封じ、この魔道具で魔石化の進行を速めてください。やり方はこちらに記してあります。坊ちゃまが正式な処置をしていただけましたら、ひと月程度で次の治(・)療(・)に移れるでしょう。ああ、あと、あの邪魔な女は解雇しておいてくださいね」


 身体が震えるのは、小鳥の声が途絶えた、この別荘の寒さか……それとも。

 あの後、どうやって別宅へ戻ったのか……正直、記憶にない。


 ただ、押し付けられたメモと宝玉の重さに、酷く、頭と胸が痛かった。


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気持ち的にはすぐにでも国に訴えてほしくはありますが、それをしたら家ごと全員が処されそうで、どうにか無かったことにするしかないかな。いっそのこと、異母弟を巻き込んで、国だけに得をさせないよう、家同士の交…
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