026:襲来!主治医ゲドーダ
正直、わたしは怒っていた。
いや、そりゃ、わたしごときが腹を立てたところで、なにがどうなる、という訳ではないんだけれども。
ええ、だけど、何なんだ? あの方の言い草は。
あの方が主治医?
患者を「あれ」呼ばわりする、あの方が?
はッ!!
ちゃんちゃらおかしくておへそで茶を沸かしますわ。
マリク様が嫌がっているんじゃなくて、怯えているというのが認識できないのだろうか?
確かに、マリク様は、猛獣お坊ちゃまだとか言われているし、普通の使用人さんからは怖がられている部分もあるし、わたし達との意思疎通の面でスムーズにいかない部分も多々ある。
だが、決して理解力が無い訳でも、感情が無い訳でも、心が無い訳でもない。
それなのに!!
しかも、あの付き人の二人組もなかなかに腹立たしい。
あの方……ゲドーダさん? については、アークヴェル様が止めてくださったのだけど、その付き人さんときたら!
「おい、ソノイ……あれを押さえておけ」
「そんなのは不要だろ? あれがまともに動けるわけないんだ……こうすりゃ、手間が省ける……!」
ガシャン!
「きゃんっ!」
「何するんですか!?」
あろうことか、車いすごとマリク様を蹴り飛ばしたのだ。
衝撃で車いすから投げ出され、そのまま地面に倒れ伏すお坊ちゃまに対して上から押さえつけるように馬乗りになると、注射器のようなものを振りかざす。
その姿が……何故か、あの地下室で見た黒い影とダブって見えた。
「だめっ!!」
駆け寄ったわたしが、相手の注射器を蹴り飛ばすよりも早く
「いやだぁぁぁっ!!」
ドゥッ!
「うわっ!?」「なっ!?」
お坊ちゃまの絶叫と暴風が、二人の付き人さんを吹き飛ばした。
ナイス!! 魔力暴走ッ!!
この時ばかりは、流石に、マリク様の起こす超常現象よりも、あの二人がマリク様から離れたことに対しての安堵が勝った。
「大丈夫ですか!? マリク様っ!?」
「……ッふ、ぅ、うえぇぇぇぇぇん!!」
号泣するお坊ちゃまを抱き起す。
ばっと見た感じでは、擦り傷や打撲はあるかもしれないが、関節がおかしな方向に曲がっていたり、致命的な損傷はないように見える。
両手で涙をぬぐいながら泣きじゃくっているということは、腕や指は普通に動かせるみたいだし……
「大丈夫ですよ、さっきの酷い人たちはもう近くに居ませんからね?」
だが、泣き声が大きくなると同時に、周りの突風は強さを増してゆく。
わたしは、マリク様を抱きしめられるほど密着していたせいか、さほど風の影響は無い。
だが、ふと見渡すと、不思議な光景が見えた。
……誰?
半透明で明らかに人ではない方々が激怒の形相で暴れまわっている。
6本の剣のようなものを自在に操る真っ白な翼の生えた青年、三つ又の槍を持った下半身が魚にも見える青い肌の男性、鉾のようなものを振り回し、こめかみから牛の角のようなものを生やした女性……?
……あれ? もしかして、これ……マリク様が普段見ている景色……なの?
わたしがあっけにとられていると、そんな暴風をものともせず、あの主治医さんがこちらへ近寄ってくるのが見えた。
精霊さん(?)達が、その手にしていた武器で切り裂こうとしているようだが、まるで光が壁に当たると遮られるかのように、彼らの攻撃手段はゲドーダさんに近づくと、スっと途切れてしまい意味を成していないのだ。
ただ、わたしの目には、彼の頭上に『【魔波結界】使用中』という魔法文字のようなものがはっきりと見えた。
えっと……? これもマリク様の世界の見え方のおかげなのか?
だが、その情報が確かなら……一つ手がある。
わたしは、ゲドーダさんがギリギリ近くまで近づいたタイミングで、一歩踏み出すと、そのまま思い切り立ち上がった。
当然、頭突きする勢いである。
「おい! 女、邪魔だ! そこをどごふぇっ!?」
がごぉんっ!!!
わたしの頭はゲドーダさんの下あごにヒットし、当然のごとく、彼の体が吹っ飛んだ。
「ああ、やっぱり。【魔波結界】は、魔力的な影響力を最小にするかわりに、物理に非常に弱くなってしまうので、使用時には注意が必要、と教本にあったとおりですね」
そうなのだ。
【魔波結界】は、魔力・呪術などの働きを完全阻害する性能はピカ一だが、単純な物理的衝撃には非常に弱くなるデメリットがあるのだ。
ちなみに、今回、ゲドーダさんがこれだけきれいに吹っ飛んでくださったのは、
わたしの頭突きで【魔波結界】破壊 →
魔力的防衛を失った状態でマリク様の暴風直撃 →
精霊さん(?)たちの追撃発動……というトリプルコラボの産物だと思う。
精霊さんが見えた訳じゃないんだけど、多分、そうだろう。
流石に、わたしの頭突きだけで、成人男性があんなに見事に吹っ飛ぶことはありませんよ?!
……たぶん。
ごうっ……!
「ッ!?」
だが、ゲドーダさんを吹っ飛ばすために、マリク様から一歩離れてしまったせいで、あの不思議な視界から出てしまったらしく、突如、皮膚を切り裂くような突風が襲い掛かって来た。
「ま、マリク様……もう、大丈夫! 大丈夫ですよ?」
「……ひっく、せん、せい……」
お? マリク様がわたしの目を見て「先生」と呼んでくれたのはこれが初めてじゃないか?
号泣状態から、多少落ち着いた様子で涙をぬぐうマリク様。
これで落ち着いてくれるか?
びゅごぉぉぉぉぉおおおおおっっ!!
「……ふぬおぉっ!?」
いや、そんな事なかった!!
全然落ち着いていない!!
さらに威力を増す風圧に、抗うように背を引くする。
「くっ……くそっ……! ソノイ、チトニ!! いったん引くぞ!! 貴様らは私を守れ!」
わたしの背後の方ではゲドーダさんたちが捨て台詞と共に去って行ったような怒鳴り声が聞こえたのだが、そちらを見ている余裕は無い!
「ひっく……やめて、もういい、もういいよ!! なんで? やだっ!! もういいってば!!」
マリク様が焦った様子で周囲に叫んでいる。
これは……もしかして、精霊さん(?)たち、ヒートアップが止まらない感じ?
しかも、マリク様自身も制御できてない?
あれ?
それ、結構……危ないのでは……?
びゅごっ!!
頭に直撃したら即死しそうな大きさの石が、わたしのこめかみすれすれをフッ飛んで行く。
思わず、背筋に冷たいものが走った。
と、同時に小さなかまいたちのようなもので服の一部や皮膚に薄く切り裂かれたような痛みを覚える。
ザンッ……!
「パメリア殿!!」
何かが断ち切られるような音と、妙な頭の軽さ。
そして、アークヴェル様の叫び声が聞こえた。
「!! せ、先生……ご、ごめんなさい……髪が……!!」
一度、乾き始めていた子羊の瞳にみるみるうちに涙の粒が溢れる。
ああ、何だ。さっきの衝撃は髪が切られただけか。
どおりで。なんだかさっきから急に頭が軽くなったと思ったわ。
わたしは、にっこり微笑むと、ゆっくりと、噛んで含めるように、混乱する猛獣お坊ちゃまに語りかけた。
「大丈夫ですよ、マリク様。マリク様はご存じ無いかもしれませんが、わたし……髪の毛に血管は通ってないんです!」
「……えっ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったらしく、ぽかん、と口を開くお坊ちゃま。
「……ぼ、ボクも……無い……よ?」
「まぁ! おそろいですね!」
「えっ!?……うん。……うん?」
どうやら、この、混乱には別の混乱をぶつける作戦が功を奏したらしく、呼吸をすることも苦しいほどの暴風は、明らかにトーンダウンをしはじめた。
「ふふっ……皆さん、落ち着いてくれました?」
「えっ? あ……う、うん……そうみたい……」
「パメリア殿! マリク!」
しばらくすると、アークヴェル様が空の魔石を握り締めて駆け寄って来てくださった。
「……ご、ごめんなさい……アーク兄さま……」
「いや、私の方こそ……済まなかった」
魔力暴走を引き起こしてしまったマリク様の顔色は優れないが、アークヴェル様の方も、そのマリク様とほとんど同じような顔色だ。
「それより、ふたりとも、すぐに傷の手当てをッ!!」
結局、あの後、マリク様は魔力の使い過ぎと打撲・捻挫・擦り傷のせいで高熱を出し、数日間、絶対安静となったのだった。
面白い・自分も髪の毛に血管は通ってねぇな……と思ったら☆を5個か4個
普通かなと思ったら☆を3個
イマイチと思ったら☆を2個か1個
押してね! 励みになります!!
続きも読みたいと思ったらブックマークをお願いします!




