024:はじめてのお出かけ
今回は移動距離も長いので、わたしはマリク様を車いすに乗せ、メインエントランスへ向かうと、そこにはすでに1台の馬車が準備されていた。
「アークヴェル様、お待たせいたしました! 本日はよろしくお願いいたします!」
その隣に立って、御者と思しき老紳士と打ち合わせをしていたアークヴェル様が小さく手を挙げて応えてくれた。
「お待ちしていました、パメリア殿」
穏やかな笑みを浮かべるアークヴェル様とは対照的に、御者さんの方は、わたしとマリク様の姿を見て、びくっと、身体を震わせた。
そんな緊張が伝染したのか、馬車を引く2頭の馬もどこか落ち着かない様子で首を振ったり、せわしなく前足で地面を引っかいたりしている。
ただ、その馬の様子で、逆に御者さんが腹をくくったらしく、こちらと目を合わせこそしないものの、落ち着かせるよう、左右の馬の首筋をかわるがわる撫でていた。
「安心してください。今回の馬はウチでも特に気性の穏やかな二頭ですから」
その様子を見たアークヴェル様の微笑みに、少し苦笑が混ざる。
そして、その視線がわたしの手元……車いすにちょこん、と座った問題児様の方に寄せられた。
「あー……マリクは……体調は、大丈夫かい?」
「…………うん」
……こくり。
おたがい、やや、ぎこちない印象はうけるものの、以前は会話も成立しなかったのであれば、まぁ悪くない滑り出しだろう。
わたし達は、マリク様を一旦馬車へ座らせ、車いすを折りたたんで馬車の後ろに括り付けた。
そして、わたしとアークヴェル様が中に乗り込む。
外観こそシックで地味な装いだったが、車内は柔らかなビロードが張られており、クッションも分厚く……わたしが普段使っていた乗合馬車と比べると乗り心地は天と地の差だ。
多少のでこぼこ道でも、揺れがほとんど感じられないくらいなめらかに進んでいく。
この乗り心地なら、仮に半日馬車に揺られたとしても、病弱なマリク様の体調悪化の心配をしなくても良さそうだ。
マリク様も、おそらく初めての馬車移動に興味深々のご様子で、馬車が動き出してからは、窓に額をくっつけるようにして、外を眺めている。
その、ごく普通の子供らしい様子に、アークヴェル様がほっと大きく一息ついてわたしに向き直った。
「今日のルートは、下町の中央役場まではこの馬車で行き、そこから瓦版製作所までは徒歩になります」
「ええ、わかりました」
瓦版製作所は下町の中でも、割と細い道を入って行った先にあるそうなので、それは想定の内である。
……まぁ、公爵家としては「シックで地味」という外観の馬車だが、一般庶民からすると、明らかに高級品とわかる代物である。
こんな馬車を瓦版製作所の手前につけるように止まったら、それこそ格好のネタにされてしまう。
「でも、まさか……アークヴェル様がご一緒いただけるなんて思いもよりませんでした」
「ははは……私とて、たまには息抜きくらいしないと……」
と、軽く自嘲気味な笑いと同時にため息をつくアークヴェル様。
……お疲れ様です。
しかし、すぐにハッとした様子でいくつかの封書を取り出す。
「あ、でも、瓦版製作所の帰りには、中央役場にこれらの書類を提出してきますので、申し訳ないのですが、その間は少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
……この人、ホントに息抜きできているのか……?
息抜き、と言いながら途中で仕事をこなそうとしている様子に、思わずわたしの顔が引き攣ったのだろう。
「いや、むしろ、これを出してしまうと、この業務については完全に一区切りですので!」
と、なぜか弁明のお言葉をいただいてしまった。
その時、マリク様が小さくわたしの服の袖を引いた。
「……ねぇ。 あれ、なに?」
マリク様は、窓の外を指さしている。
どうやら、その指先は、牧場で寝そべる数頭の牛を指し示しているようだ。
「ああ、あれはウチの牧場の乳牛だよ。マリクもミルクは飲むだろう? 見たのは初めて……だったのか……」
「……うん。……頭のね、飾りがアメに、似てる……」
「あら~……ソウナンデスネ~」
その一言に、果たしてこのお坊ちゃまは本当に牛を見ていたのだろうか?
と、疑問が湧いたのだが、アークヴェル様は自身の住む敷地内の動物すら何か分からない、という末の弟の現状の方に衝撃を受けているご様子。
「しかし……ありがとうございます、パメリア殿」
「は、はい?」
唐突に呟かれたアークヴェル様の言葉に首をかしげる。
「弟が……いえ、弟とこんなに穏やかに会話ができるなんて……まるで、ママリア殿が生きていた頃のようですよ」
アークヴェル様はそう言いながら、どこか遠い……過去の記憶を見ているような瞳でマリク様を眺めている。
そうか。
大人の間では、第一夫人VS第二夫人でバッチバチのバトルが繰り広げられていたとしても、第三夫人のママリア様がご健在の頃は、兄弟仲が良かったのかもしれない。
しかも、マリク様ってお母様のママリア様にそっくりだもんね。
「ただ、ママリア殿が亡くなってからは、兄弟間でもあまり会話がなくなってしまって……特にマリクがママリア殿の事を一切話さなくなってしまったのは……何とも、やりきれなかったんですが、こうして昔のように、普通の子供らしい顔をみせてくれるようになったのも、パメリア殿のおかげです」
そんな暖かな雰囲気のまま、馬車は町の中央役場へ到着した。
ここからは徒歩である。
「はい、ラッシャイ、ラッシャイ! 北の小国で取れたリンムギが安いよ!」「この白足鳥の串焼きは絶品だよ~、今なら1本買うとおまけでもう1本ついてくる!!」「トトー陶器店の皿は薄いのに丈夫で割れにくいから多少値段は張るが一生モノだよ!」「冒険者御用達!軽微な傷からの魔獣毒や炎症を防ぐ、この特性ポーション! 今なら1本銀貨1枚ポッキリ!」「ラッシャイ、ラッシャイ!!」
商売人の皆様の威勢の良い声が広場に響き渡り、多くの買い物客がごった返している。
ちなみに、近辺の町からの行商人さん達が集結する週末市の賑わいは今日の比ではなかったりするのだが、屋敷から出たことの無いお坊ちゃまにとっては、これでも圧倒される人混みなのだろう。
「……すごい……みんな、人。……いっぱい……いる」
車いすに乗り、通りすぎる人波に頬を染めて呆然とする様は、まるで、人の群れに溺れているようにも見える。
「大丈夫ですか? マリク様」
「……う、うん。……平気……」
少し呼吸が荒そうに見えるのは、緊張・警戒・不安が入り混じっているせいなのだろう。
呼び込みの声が大きいのか、時折、両耳を塞いではぷるぷると首を振っている。
……ぽん。
マリク様の様子に、アークヴェル様が、その青銀色の髪にやさしく手を置いた。
「マリク、瓦版製作所まで……行けるだろう?」
……こくり。
一瞬、驚いた様子でアークヴェル様を見上げたお坊ちゃまが、少し安心した様子で頷いた。
「では、参りましょう、パメリア殿」
「はい」
アークヴェル様のエスコートで瓦版製作所へ向かう。
ちなみに、今回、わたしは顔の傷を隠すための帽子は被っていない。
理由は簡単。
「目立たないようにする」のが120%無理だからである。
まず、下町では、車いす自体が非常に珍しい。
さらに、マリク様の容姿は……個人的には非常に可愛らしいと思うのだが……
一般的には、少し異質な部類の魅力と言っていいだろう。
特にその子羊のような「瞳」は、顔の中でも注目されるパーツですからね?
そんな子を車いすに乗せているだけでも、かなり目立つのに、それをエスコートしているのはアークヴェル様……という、これまた人目を引く、生きた造形美である。
夜の女神に愛された色のつややかな髪。
「白馬の王子様」という単語に命を吹き込んだような顔立ちに、穏やかで柔和な表情。
結構、地味な色の癖のないコートを羽織っているのだが、逆にそれが、どんな服でも着こなせるスタイルの良さを強調している。
この状況下で、わざわざわたしが「目立たないように」と、傷を隠す意味はあるだろうか?
――いや、無い!
であるならば、わたしの、この傷のある顔面は有効活用すべきである。
そう、わたしが傷のある顔を堂々と晒すからこそ、お二人への近寄り難さは上がる!
……はずだ!
実際、こちらを凝視していた人に、わたしがニチャァ~と笑いかけたところ、ぎょっとした様子で避けていく人たちも結構いらっしゃったので、この顔面は人払いに効果有りとみて良いだろう。
「今日は平日だからでしょうか? 強引な押し売りや無理な客引きが無くて助かりますね」
ふっ、ふっ、ふっ。これぞ、顔面結界!
……なんちゃって。
「弟をあまりトラブルには巻き込みたくありませんから、都合が良いです」
アークヴェル様の言葉にわたしは、自然と頬がゆるんだ。
「ええ。本当に」
我ながら良い仕事をしたものである。
そんな訳で、無事に瓦版製作所でエリスさん捜索の依頼をすることができた。
正直、製作所の中でエリスさんの名前が出た時はもう少しマリク様が騒ぐかな、とも思ったのだが、どうやら人が多い場所に居る、というのは、マリク様にとってかなり消耗するらしく、街中を進むにつれて、少しづつ体力を削られていっていたようなのだ。
馬車の中に戻って、大きく息をつく様子に、無理をさせてしまった、と反省。
ただ、本人的には結構楽しかったようなので、それは救いだと言っていいだろう。
「大丈夫ですか? マリク様?」
「……はぁ……はぁ……ふぅ。ん……平気……」
「初めての町はどうだったかい?」
「……うん。人がいっぱい、だから……大変……混んでると、みんなの声、聞き取りづらいし……」
この「みんな」には、わたしとアークヴェル様だけではなく、わたしには見えない精霊さん達の声も含まれると思うけど「でも、また、行きたい」の言葉に胸をなでおろした。
「次は……町で軽食が取れるのを目標にしようか?」
「ああ、それはいいお考えです」
アークヴェル様の提案にわたしは大きく頷いた。
なお、本日については、マリク様の消耗が大きすぎるように見えたので、馬車近くのカフェで販売されていた「はちみつ水」と「サンドイッチ」を3人分買い込んで馬車に戻ることにしたのだ。
幸い、アークヴェル様のお仕事も本当に提出だけだったみたいで、すぐに終わったし。
「マリク様、そういうお店の店員さんへの聞き込みもエリスさんを探すのに有効なんですよ」
「……! うん、わかった」
わたし達は馬車の中で軽食を取りながら、和やかに公爵家別邸への帰路についていた。
だが――この穏やかな時間が、あんなに唐突に終わりを告げるとは、この時は想像することができていなかったのだ。
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