023:情報誌を活用しよう!
「これは……流石に、公爵家として何か正式にパメリア殿にお礼をしなければいけませんね……」
北宮の龍魔石を中宮の特殊倉庫に移し終わると、アークヴェル様が苦笑するように微笑んでそう声をかけてきた。
なお、今後は、マリク様の魔力を吸収した龍魔石はアークヴェル様に直接お渡しすることになっている。
「何か、ご希望などはありますか?」
え……いや、でも、これらの龍魔石は、わたしの手柄というよりはマリク様のお手柄だと思うのだが……?
「ただ、ご希望と言っても、私ができることに限られる点は申し訳ないのですが……」
少し困ったように、照れたように首をかしげるアークヴェル様の様子に、ついつい、いや、お前……その表情で「できることなら、なんでもしてあげるから教えてね」というスタンスとか……
人によっては、そのシチュエーションだけでご褒美になるんじゃないか? と考えてしまった。
これは、申し訳ないどころの騒ぎではない。
次期公爵様にお願い事ができるなんて、逆にこちらが恐縮してしまうくらいだ。
しかし、お願い事なんて……あ。
そうだ。
エリスさんの探索を加速することはできないだろうか?
もし、彼女が見つかれば、マリク様の奇行が減る……か、どうかは分からないけど、それでもメンタルの安定性は増すだろうし、わたしの仕事もかなり楽になる。
最近のマリク様は、以前と比べるとかなり体調は安定しているし、こちらに対する興味関心も持ってくれるようになっている。
その反面、目が離せない時間は増えているし、精霊との対話なのか、魔力暴走なのか判断がつかないようなケースも増加傾向だ。
おかげで北宮の使用していない部分の清掃なんかは手が回っていないし、入浴も毎日……は入りきれないので、せいぜい3日に一度だ。
一応、今でもアークヴェル様の伝手でエリスさんを探して貰ってはいるのだが、アークヴェル様自身が使う「伝手」はどうしたって貴族方面に強い。
一般庶民のエリスさんを探すには、あまり向いているとは言い難いのも事実。
事実、つい先日アークヴェル様から
「探してはいるのですが、なかなか情報が乏しく……」
と探索は芳しくない、というお答えを貰っている。
「それでは、一つお願いですが……」
「はい、何でしょう?」
「エリスさんの探索についてなのですが、一つアークヴェル様のお力をお貸しいただけないでしょうか?」
「力を、ですか?」
わたしは、アークヴェル様に一つ提案があった。
それは、一般庶民が好んで読む情報誌「毎日瓦版」に人探しの依頼を載せる事だった。
こちらの瓦版、メイン記事の信ぴょう性は貴族の皆様が好む「王都新聞」と比べて数段劣るものの、貴族家のゴシップやら噂話、臨時市場の開催情報や特売の広告など、比較的庶民が好む雑多な記事が記載されている。
その中には冒険者ギルドとタックを組んだ人探しの依頼なんかも有り、瓦版製作所で依頼をすれば、記事として載せてくれるのだ。
とはいえ、その人探しの依頼……一文字でいくら、と金額が決まっていて、わたしのへそくり程度では、とてもではないが支払える額ではない。
しかも、その手の依頼は1度だけでなく、複数回載せた方が、多くの庶民の目に留まるため、何度か同じ記事を載せる必要性もあるのだ。
「……と、いう訳で……お願いできませんでしょうか?」
「なるほど……瓦版製作所、ですか。……それは盲点でした」
まぁ、上級貴族の皆様にとって「毎日瓦版」なんて、品の無いゴシップ紙ですもんね。
『〇〇伯爵の跡継ぎが高級娼館で乱交騒ぎ! 一部始終を克明に記録!! 娼婦の証言による真の変態性とは!?』だとか、そんな嘘か誠か分からないことを面白おかしく盛っている記事だらけだし。
そういえば『エーフェ公爵・別邸の怪物!何人か喰い殺された!悪霊のせいだ!』みたいな……
何か酷い見出しもあったなぁ……。
ただ、そんな娯楽極振りのトンデモ情報誌ではあるのだが、人探しの依頼については、冒険者ギルドとも提携しているせいか、まともで真剣なものが多い。
「し、しかし……パメリア殿へのお礼が……そんなことで良いんですか?」
「はい! もちろんです!」
第一、龍魔石の件はマリク様の功績みたいなものだもんね。
ご本人に還元するのが一番。
アークヴェル様は、手帳を開くと、予定表らしきものをチェックしている。
「それでは、急で申し訳ないのですが、明日にでもご一緒に製作所に依頼に行っていただいても?」
「ありがとうございます! あと、その時はマリク様もご一緒で構いませんか?」
「えっ!? ……ええ、可能であれば、構いませんが、だ、大丈夫なのでしょうか?」
アークヴェル様が少し焦った様子で瞳を見開いた。
マリク様の体調面であれば、今はかなり安定してきている。
明日、明後日は天気も穏やかな予想だし、外の空気を吸わせてあげる意味でも悪くはないだろう。
逆に、色々なことに興味を持ち始め、行動できる時間が増えている分、半日以上お一人で北宮の寝室でおとなしくしていてもらう方が不安だ。
「……その、暴走の……可能性は?」
「一応、溢れた魔力の吸収用として空の魔石はいくつか持って行こうと思います。それでも、魔力暴走の危険性はゼロではありませんが、暴走を気にしすぎていては、マリク様は永遠に公爵家から外には出られませんし……」
わたしの言葉に、真剣に考え込むアークヴェル様。
当然と言えば当然である。
「ただ、本当に同行するかは、マリク様ご本人の意思を尊重したく思います。もし、『行きたくない』とおっしゃるのでしたらお留守番していただいた方が良いでしょうし、逆に『一緒に行きたい』となった時に無理に残していったら……お屋敷に残った使用人の皆様が……困ってしまうと思います」
割とオブラートに包んで伝えたつもりだが、本当に「一緒に行きたい」というのを無理に置いて行ってしまった場合、使用人の皆様が困るレベルで済むかどうか、非常に不安なところだ、というのが本音だ。
「っ! なるほど……それは、確かに」
わたしの言葉に、ハッとした様子で頷くアークヴェル様。
理解が早くて助かります。
そんな訳で、翌朝、朝食を召し上がっていただき終わったマリク様に訪ねてみた。
「マリク様、本日はわたし、町の瓦版作成所に行ってこようと思うんです」
「……うん」
マリク様はまだ意味がよくわかっていないのか、あまり興味無さそうに小さく頷いた。
おそらく「好きにしたら」程度の感覚なのだろう。
「町の瓦版製作所で、エリスさんを探してもらえるように依頼してきますね」
「えっ?!」
だが、エリスさんのお名前を出した途端、マリク様の目の色が変わった気がした。
同時に、光の粒たちが、興奮したようにはじけ回る。
だが、すぐにしゅん、と俯いてしまった。その速度は葉物野菜を熱湯に入れた時を上回る。
「……エリス……」
小さく彼女の名を呟くと、そのまま、ぎゅっと膝に掛けられた毛布を握り締めるお坊ちゃま。
「マリク様も一緒にエリスさんを探してもらえるようにお願いしに行きませんか?」
「!? ……いいの?!」
「わたし、前に、マリク様が元気になったら、一緒にエリスさんを探しに行くしかない、って言いましたよね?」
「……うん……うん! 言った!」
ぱぁっ、と普段の青白い頬がピンク色に染まった。
普段は表情の薄いマリク様だが、今回ばかりは年相応に興奮気味のご様子。
ふふ……なんだか微笑ましい。
「でも、一つ約束してくださいね? 町には知らない人がたくさんいます。だから、わたしがお願いしたら、一番最初にわたしの言うことを聞いてもらえますか? エクゥさんたちよりも、ですよ?」
ぽぽぽぽぽ……
精霊さんの抗議のつもりなのか、わたしの頭の上に光の粒が降ってきているような気がするが、気にしてはいけない。
それに、町に行ったとしたら、まわりは普通の人間だらけだ。
いくらマリク様が精霊と仲良しとはいえ、この条件を飲んでくれないなら連れていくことはできない。
「……うん、いいよ」
だが、その条件をあっさりと飲むお坊ちゃま。
「それに、今日は『探してください』ってお願いに行くだけで、すぐにエリスさんに会える訳ではないですからね?」
念のため、わたしは、マリク様に癇癪を起されないよう、少し厳しめの言い方で釘を刺した。
「……うん、わかってる……」
だが、小さく頷く子羊の瞳に不機嫌や不満の色は無い。
きちんと、現実は現実として受け止める準備ができているのだろう。
ただ、そこに浮かんでいたのは切実な願い。
はやく……エリスに逢いたい。
言葉にしなくても、マリク様がそう言いたいのが手に取るように伝わって来たのだった。
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